パカライブTV
トレーナーに見送られて地下道から出て東京レース場のターフに立つ
風が金色の髪を揺らし、陽の光に煌めき視線を集めた
様々な声が飛び交い騒がしい観客席だが、私がレース場へ姿を見せるとさらに歓声が大きくなった
今日私が出走する『日本ダービー』
最も『運の良い』ウマ娘が勝つというクラシック路線二つ目のレース
一つ目のレース『皐月賞』に勝った私は、『日本ダービー』も三つ目の『菊花賞』も取って無敗クラシック三冠も夢じゃ無いと太鼓判を押されたのもあり1番人気
当然、一生に一度しか無いチャンスにかける他のウマ娘は、自身が勝つ為に私に対して何かしらの策を張り巡らしてくる
トレセン学園でもよく話す
17双の眼に宿る様々な感情を身に受けながらゆっくりとレースの開始に備える
「『セレーネグリマー』、今日はよろしくお願いいたしますわ!ワタクシは負けませんわよ!」
白く長い髪に臙脂色に金色の刺繍が施された勝負服を纏った『スノウエンゼル』が話しかけてきた
私に対して『勝つ』という類いの宣言が少なくなっていく中、G1レースが初めてだという彼女は真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに宣言した
子供の頃、毎日のようにかけっこをしていた懐かしい気持ちを思い出し
「こちらこそ、よろしくね」
小学生の時に何故か“怖い”と言われた笑顔を向けて応えた
彼女は満足げな表情になってゲートへと歩んで行った
まもなく、日本ダービーが始まる
扉によって閉ざされた視界が開け、ド派手な音が鳴る
いつもの如く先頭に立つために力強く前へと踏み出した『ハヤテイチモンジ』は、同じく〈逃げ〉の作戦を選んだウマ娘を横目で確認をした
内側には『スノウエンゼル』
珍しい白い髪をたなびかせてハヤテイチモンジと並走するスノウエンゼルを見て、彼女は選択を迫られた
このままのペースでいけばコーナーに入った時に外側にいる自分は内側にいる彼女よりも長い距離を走る事になり、それを避けて内側に居たいのなら先頭を譲ることになる
かと言って無理矢理に先頭を奪おうとすれば競り合いとなって最終直線までに体力が保たない可能性がある
最後方
〈先行〉を得意とし、出遅れなど一度もしなかった彼女が、だ
G1『日本ダービー』という大一番の舞台で〈追込〉への作戦変更
一番人気としてマークされる事を見越しての隠し玉か
ならば『皐月賞』よりも末脚の切れ味はどれ程変わるのか
そう考えたのは時間にして1秒にも満たない
が、その一瞬の思考がこのレースにおいて致命的だった
「(…⁈嘘っ⁉︎)」
[『スノウエンゼル』飛ばしている!『ハヤテイチモンジ』を突き放して独走体制!これは大逃げだぁ!]
先程まで横にいたはずの白いウマ娘は一心不乱に前へと突き進み、すでに手の出せる距離では無くなっていた
目の前を走る暴走に近い大逃げ、最後方に有力バの未知数の末脚
両極端の脅威に挟まれて決断した答えは
前者の自滅に賭けてのペースキープだった
[一番人気の『セレーネグリマー』が最後方!失策?はたまた狙い通りか⁈]
[落ち着いて後ろにつけていますが…大逃げがいるこのレースで適切なタイミングでの仕掛けが重要ですよ]
「(…ミスしちゃったなぁ…)」
18人中18番目、それが
普段絶対に居るはずもないこの順位になったのは作戦だとかマーク外しだとかそんな駆け引きなど何も無い、ただ最初の一歩目を滑らせただけだった
[先頭は『スノウエンゼル』、9バ身離れて『ハヤテイチモンジ』]
[冷静に自分のペースで走ろうとしていますね]
出来ればもっと前に出たいのだが、G1に出るような精鋭中の精鋭である彼女らが前に行かせてくれる訳もない
現に『トルククロール』を含む後方組が此方を見ながら的確に前を塞いでくる
序盤のコーナーで仕掛けるわけにも行かないので彼女たちのペースに合わせてゆったり進んでいく
「(さて、どうする、か)」
向正面ストレート
まだレースは半分残っている
焦る時では無い
[さぁ先頭の『スノウエンゼル』が一人第3コーナーへと突入!後ろはまだ見合ったままだ!]
『トルククロール』は迷っていた
一番の難敵である『セレーネグリマー』が何故か後方に位置取ったので他のウマ娘と合わせて前への走路を塞いだが、その結束も時間の問題であった
このレースの出走者は皆それぞれ一着を目指している
だから最後にはこの暗黙の同盟を破る必要がある
しかし、その瞬間に周り全てが敵になり、セレーネグリマーへの包囲網も無くなってしまう
かと言ってこのまま手をこまねいていると、〈逃げ〉〈先行〉に追いつけない
ましてや、未だに大逃げをしている『スノウエンゼル』は健在なのだから
「お先に失礼」
第3コーナー入り口
不意にコースの外側から声が聞こえた
『セレーネグリマー』の声だ
私たちが塞いでいた壁の大外から追い抜こうとしている
「ま、ける、かぁ‼︎」
一番大外、セレーネグリマーに近いウマ娘が飛び出した
それに続いて周りのウマ娘も加速し始めた
「くっそ…!」
一歩分遅れてトルククロールも加速し始めたが、その一歩が響き先に加速し始めたウマ娘の後ろに追従する他なかった
前方集団を呑み込むかのように一団となって勢いよく第4コーナーへと入り
スピードをあげて大きく膨らんだ事によって出来た内側のスペースを
[さぁ最終直線に入った《スノウエンゼル》苦しい表情!しかし勢い任せに坂を駆け上がって行く!後ろはまだ第4コーナーだ!セレーネグリマーすごい脚!一気に先行集団を捉えて最終直線へ入った!]
「いけぇぇっ!スノウぅっ!逃げ切れぇっ‼︎」
「差せぇ!グリマー!お前ならいける‼︎」
この東京レース場の最終直線で『大逃げ』と圧倒的な『末脚』による一騎打ちがあった
レースの種類は違えど
再び繰り広げられた両極による決戦に
この東京レース場の観客は湧き上がった
先行集団を追い抜き、逃げの『ハヤテイチモンジ』を抜き去り、先頭を走る白き逃亡者を捕えるべく駆ける
[残り100メートル、『スノウエンゼル』失速!しかしまだ粘っている!迫る『セレーネグリマー』!残り50!]
無我夢中で駆ける
間に合うかどうかなど考えている暇など無い
ただただ全力を振り絞る
目前に迫った『スノウエンゼル』
走るフォームも崩れて今にも倒れそうだが私の気配を感知してか一瞬だけ力強さが戻った
[今ゴール板を通過!差し切ったかセレーネグリマー⁈粘り切ったかスノウエンゼル⁈三着争いを制したのは…]
勢いよく駆け抜け第1コーナー付近まで辿り着いた
激しく鼓動する心臓
茹る思考
火照る身体
それらをゆっくりと時間をかけて落ち着かせるべく歩いて引き返す
ゴールし終えて息が上がっているライバル達の横をすり抜けて、仰向けで倒れ込んでいるスノウエンゼルの場所まで行く
「立てる…?スノウ…」
「ムリ…ハァ…デスワ…ハァ…」
正直私も余裕が無いのだが、息を荒げる彼女を無理矢理立たせて肩を貸して観客席の方へと歩き始める
「ほら手を振って、スノウ」
「ハヒィ…スパルタ、ですわね…」
観客席に向かって二人で手を振る
レース場に響く大音量の声が少し辛いが仕方ない
「…次は…」
「…うん」
「次は…負けませんわよ…」
「うん、楽しみにしてるね」
際どい結果による長い写真判定が終わり、電光掲示板の一着の枠に私の数字が点灯した
スノウエンゼルがダービーに出たのも
大逃げしたのも
超接戦になったのも
ダイスの女神の意思なんだ…