ぼっちちゃんとふたりきりの楽屋。タオルで頭を拭いてから。本番の衣装に着替えてリョウと喜多ちゃんを待つ。
「う、なんか、き、緊張しますね」
「あたしも。つーかぼっちちゃん髪の毛結構ボサボサじゃん。今日は大事な本番だし、ちゃんとしなきゃダメだろ」
「あ、すみません。美容院行く勇気が無くて伸びっぱなしですみません……」
「はあ……もう、一応女子なんだからさ。伸ばしてんだろ? だったらしっかりケアしないと。ほら、座って。髪整えてあげる」
「あ、ありがとうございます」
ぼっちちゃんの長い髪に櫛を入れてやる。髪質自体はサラサラで悪くないんだけど、手入れがイマイチなせいか枝毛とか目立つよな。少しずつ髪を整えて、前髪は余り触らないように。ヤベーことになっても困るし。そしてあたし愛用の香水を振りかけてやる。
「わぁ……とってもいい香りがします」
「うん。いいだろこれ」
柑橘系のさわやかな香り。主張が強すぎないところが好き。
「よし! これで終わり。綺麗になった!」
ぼっちちゃんに手鏡を向ける。
「えへへ……。いい感じかも、です」
少し照れるぼっちちゃん。5月ぐらいなら同じことしたら溶けそうになってたけど、昔よりあたしに心を開いてくれてるってことでいいのかな。こういうの妹が出来たみたいでなんかいいな。
昔は姉貴にこんな感じでブラシを掛けてもらってたっけ。でもたまにはお姉さんの気分を味わってみるのも悪くない。
『しっかりやれよ』
――お姉ちゃん?
なんださっきの? あたしなのか? いやそんなはずない。あたしは伊地知星歌。あたしの姉貴は伊地知虹夏。
そうだ。あたしの姉貴は虹夏お姉ちゃんしかいない。
――じゃあ誰の声だよ?
「おはよう。二人とも早いね」
「おはようございます! 伊地知先輩! 後藤さん!」
リョウと喜多ちゃんが来た。頭をタオルで拭きながら楽屋に入って来る。
「お、おはようございます」
「おはよ。早速だけど準備するか」
リョウと喜多ちゃんもバンドTに着替えて椅子に腰かける。喜多ちゃんはさっきからスマホとにらめっこ。
「雨どんどん強くなるみたいですね。ライブの前ぐらいがピークになりそうですって」
「うーん。厳しいな」
「チケット売った人たちから、さっき来れないって連絡あった」
「私もです……。この天気じゃ外出るのもキツいですよね」
『ごめんせーちゃん! 駅までは来たけど、さっき電車止まったって』
ダチのリナからロイン。
「こっちもダメ。やっぱ電車止まってるのがキツいよな」
「あ、私も両親から来れないって連絡ありました……」
チケット買ってくれた人には本当に申し訳ないと思う。あたしたちツキを『持ってない』のかな……。
「もういっそライブを映像配信して、最初から無観客ライブってことにしよう……」
「いまさらやって、そんなの誰が見るんだよ! 少ないけどお客さんだって来てるんだぞ!」
他のバンド目当ての人たちだけど……。
「とにかく! 今来てくれてるお客さんのために頑張るしかないだろ!」
あたしは努めて気丈に振る舞う。バンドやっていくなら、このぐらいの理不尽は乗り越えてやるって覚悟はしてたけど、いざこうなると正直キツいな。
「ですよね! まだ時間あるし、これから増えてきますよ!」
「そ、そうですよ! 私たちの事、みんなが待っていてくれてるんだからー!」
この間ぼっちちゃんパパが掛けてたオモシロメガネ! 装備するな! そしてなんだよ『一日巡査部長』ってタスキは! どこで売ってんだ?
「ぼっちちゃん、今日は真面目なライブなんだから。その恰好だけは絶対やめろ!」
「後藤さん、それ気に入ってるのね」
なんで引かないんだ喜多ちゃん……。
「え、あ、まあ……」
「でもそんなのより、メイクしましょう! 後藤さん!」
そうだよ、ぼっちちゃんかわいいのにもったいないよな!
「ええ! わ、私がお化粧なんてしても需要ありませんよ……」
「そんなことないって! ぼっちちゃんはかわいいんだから! それに今できるベストを見せることがステージに立つ者の義務だ。分かるよね?」
後半は姉貴の受け売りだけど。
「くんくん……。星歌の匂い。なんで?」
ぼっちちゃんの頭を嗅ぐリョウ。いきなりどうした?
「あ、それは星歌ちゃんにつけてもらいました、いい匂いですよね」
「ふーん……」
表情には出ないけど、威嚇のオーラがビンビンに出る。
「ひぃ!」
「リョウ! ぼっちちゃんをビビらせるな! 香水ぐらいいいだろ?」
「まあいいじゃないですか。リョウ先輩は私とお揃いの匂いにしましょうね♪」
後ろから抱き着く喜多ちゃん。そういうのは後でやってくれ。
「郁代、暑苦しい。ぼっちは匂いだけじゃなくてビジュアルも頑張ってみようか。ダイヤの原石はしっかり磨かないと」
「そうですよ。後藤さんだけノーメイクじゃ恰好付きませんよ! ここは私に任せて! すぐ終わるから! ね、後藤さん!」
今日は3人ともメイクばっちりキメてるんだよな。あたしとリョウはあんまりお化粧とかしないんだけど、今日は特別。特に喜多ちゃんは学校のない日はかなりこだわってるみたいだし。化粧っ気全くないのはぼっちちゃんだけだ。
「あわわ……」
「女は度胸。なんでも試してみるもんさ!」
さあ、観念しなよ。ぼっちちゃん。彼女の両肩をしっかり手で掴んで座らせる。
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