近所にある小さな神社。あたしの密かなお気に入りスポット。正月でさえあまり人が来ない。今日は元旦。リョウとふたりで初詣。去年もふたりで来たんだ。
「リョウ、何お願いしたんだ?」
「秘密」
「なんだよそれ」
こういう時にいじわる言うんだよな、リョウは。もう慣れたけど。どうせロクな願いじゃないだろうし。
「いいじゃん。星歌は?」
「じゃ、あたしも秘密で」
正直言うと神様なんて信じてないんだ。もし神様なんてのがいるなら、あたしたちから母さんを奪ったことが許せない。認めたくない。それでもここに来た理由は、決意表明のためだ。姉貴が言ってた。こういうのは神様にお願いするんじゃなくて、無事生きてこれた感謝と1年の目標を心に誓うものだと。
あたしが今年やりたいことはズバリ『バンドを組むこと』だ! 高校に入学してからは、勉強とかいろいろ忙しくてロクに音楽活動は出来てなかった。
それでもドラムの練習だけは怠らずにやってきた。……殆ど雑誌を叩いての練習だけど。バンド自体は中学の部活でもやってたけど、高校では学外で本格的に活動したかった。夢はでっかく、やるからにはプロを目指すんだ! 今年こそは必ず始めてみせるぞ! まずメンバ―探さないと、だけど。
「おみくじ引きたい。星歌奢って」
「今日は金あんだろ。どうせ親と親戚からたっぷりお年玉貰ってるだろうし」
「親戚廻ってスマイルふりまいてきた。ちょろいビジネスだったぜ」
「ドヤってんじゃねぇよ! 少しは感謝しとけ」
「いいじゃん。親戚の集まりから抜け出してくるの大変だったし」
「よくねぇよ」
全く。どういう神経してんだ。とりあえずおみくじを引いてみる。1回200円。もちろんリョウも自腹。
「お、大吉。星歌は?」
まじか。リョウは昔から顔と運だけはいいよな。ついでにベースのウデも。
「吉だってさ。ま、平凡だね」
平々凡々無難な結果。でも、一つだけ見どころがある『待ち人来る。必ず逃がすな』ってところ。
「で、結局ウチに来るのかよ」
「匿って。今家に戻りたくない」
ここらで一番の名士、山田家の新年会なんてさぞや豪華だろうに。でもリョウはそういうのが苦手なんだよ。やたら溺愛する両親や親戚連中の期待、音楽の神童なんて言われてうんざりしてるってさ。
「ウチに来たって雑煮ぐらいしか無いぞ」
「えーおせちは?」
「やらねぇよ、バカ。お前は家でたらふく喰ったろ?」
「じゃあ、お雑煮だけでもいいや」
「じゃあってなんだよ。……しょうがねぇな」
姉貴は最近忙しい。近日中には夢だったライブハウスを春には開店する予定だ。元日も諸々用事があって1日家を空けてるそうだ。おせちは通販で冷凍の物を買った。母さんが生きていたころは手作りしてくれてたっけ。ガキの頃はお手伝いもしてたっけな。まあ、今もガキだけどさ。
父さんは今年の正月も戻らないらしい。姉貴もふたりきりじゃおせちを作る気にはならんだろうな。でもお雑煮は作っておいてくれた。澄まし汁と焼いた餅が美味いんだ。
「それじゃ、行くぞ」
「あ、ヨモギだ。あれ食べてから行こう」
「お前なぁ……」
こんなときまで草食うなよ。
「へえ、あそこで新しく始めるんだ?」
「おう、来年からな」
あたしんちがあるビルの地下テナント。ここにライブハウス『スターリー』ができる。少し前までは老舗のライブハウスが営業してたらしい。姉貴は幸運にもこの物件、知人を通じて借りている。
「お前のバンドも出てくれよ。な?」
「……」
「え? どうしたんだよ、急に黙っちまってさ」
「あのさ、星歌。来月路上ライブやるんだけど、絶対来てほしいんだ」
「なんだよ、あらたまって」
最近忙しくて、リョウのライブは行けてなかったけどさ。
「次が最後かもしれないから」
「は? どういうことだよそれ」
リョウの寂しげな顔。いつもトボけたリョウが、あたしに一度も見せたことのない表情。
「今のバンド、抜けようと思うんだ」
「なんで? 最近軌道に乗ってきたって言ってたじゃん」
「わからない。でも、このバンドじゃもう私のやりたい音楽はできない」
「……」
リョウの音楽への拘りや頑固さはよく知っている。でも流石に結論を急ぎ過ぎだ。
「正直、まだ迷ってる。今度のライブが終わるまでには結論を出すつもり。だから、お願い星歌」
「わかった。……必ず行く」
――路上ライブの後でリョウはバンドを抜けた。相当揉めて、なし崩しにバンドは解散になったらしい。
次回最終回『ヒーローはひとり』 やべえ今年があと1日しかない!