私、伊地知虹夏が経営するライブハウス『STARRY』の入口に全身ピンクの不審者がいる。ライブハウスって場所柄、奇抜な恰好の子は結構来るのよね。とりあえず邪魔なので……。
「あのーチケットの販売は5時からですよ。準備中なんで、出直してもらえると……」
「ババババババ! バババババ!」
「え。バババ? なに?」
「バ、バイ、トのののの!」
「ああー! キミか! と、とりあえず中へどうぞ。妹から話は聞いてるよ」
「はい、コーラ好きでしょ?」
とりあえず飲み物を渡す。星歌ちゃん曰くこの子はコーラが好きらしい。上はピンクジャージ、下が申し訳程度に制服のスカートに革靴という奇妙な服装。まさかこれで学校に行ってるの? 服装自由の学校なんだろうけどすごいな。妹がこの格好で出歩くなら、私は全力で止める。雰囲気自体は不良とかじゃない、いかにもネクラちゃんって感じだ。今風に言うと陰キャってやつか。妙に前髪が長くて猫背。顔があまり見えない。
「へ? あ、ありがとうございます」
「では、面接を始めます。改めまして、店長の伊地知虹夏です。よろしく!」
「あ、よろしくお願いします」
「えーと、後藤ひとりさん。秀華高校1年生。親御さんの許可も頂いてるみたいね」
書類に目を通しながらピンクな彼女に声をかける。
「あ、はい」
「この間は急にギター入ってくれてホントごめんね? それと正式にあの子たちのバンドに入ってくれたんだね? 私もうれしいよ」
「あ、いえ、私なんかを入れてくれて……こ、こちらこそ感謝しなきゃ、です」
「いやいや、妹たちに付き合ってくれてありがとね。じゃ、バイトは採用だから。仕事のことは星歌ちゃんに聞いて」
「え、あ、ありがとうございます」
「でさ、ちょっと確認したいんだけど、ぼっちちゃんって……すごいあだ名だね。ホントはイヤだったりしない?」
この子のことは星歌ちゃんからさんざん聞かされたけど、あだ名についてはちょっと違和感あるよね。うちの妹に限ってあり得ないけど、まさかいじめとかしてないよね? もしそうだったらお姉ちゃん許さないよ!
「あ、いえ。は、初めてあだ名とかつけてもらえたから、う、うれしいです」
「そ……そっか、それならよかった」
『ひとり』って名前もなかなかインパクトあるけど『ぼっちちゃん』ってのもかなりアレよね。まあ、本人がいいなら私もそう呼ぼうかな。響きはちょっとかわいいし。
「おう、ぼっちちゃんおはよ! 今日は早いな。姉貴もおはよ」
言っている間に妹たちが入ってきた。今日は早速、営業準備から働いてもらうことになる。
「ざいま~す。名前がひとりだから、ひとりぼっちでぼっち。私がつけた」
なんじゃそりゃ。リョウちゃんはかなり変な子だけど、弱い者いじめとかしない安心感はある。ちょっとセンス独特すぎるけど。
「伊地知サン。ここでは店長と呼びなさいっていつもいってるよね?それから、2人とも挨拶ぐらいちゃんとなさい」
わざとらしく二人をたしなめる。
「あ~ごめん姉貴」
「……まあ、いいや。3人とも時間になったら準備始めて」
事務作業に一段落付けて、今日のスケジュールを確認しながら、遠巻きに3人の仕事ぶりを眺める。
「じゃあ、このテーブル片して。終わったら拭き掃除……」
星歌ちゃんはぼっちちゃんにテーブルのセッティングや拭き掃除を教えている。指示は割と的確だけど、ちょっとぶっきらぼうかな? 整頓や掃除に関しては意外とぼっちちゃんの手際は悪くない。いきなりテーブルに隠れたときは、どうなることかと思ったけど。
リョウちゃんも床掃除がサマになってきた。テキトーに見えて根は真面目な子よね。でも油断するとすぐ怠ける。
できたばかりのこの店で、2人ともよく頑張ってくれている。最初はいろいろおぼつかなかったけど、少しは良くなってきた。まあ、仕事についてはあまり褒めないけど。身内だからこそ、厳しく育てなきゃね。特に星歌ちゃんはすぐ調子に乗るタイプだし。
でもぼっちちゃんは褒めて伸ばす方がいいかも? キツく叱るとすぐ逃げそうだし。えこひいきにならないよう、ほどほどに。
「ぼっちちゃん、初日にしてはなかなかいいよ。掃除や片付けは得意なの?」
「あ、まあまあ得意です。へ、部屋とかちゃんと掃除してないと、お母さんがうるさい、ですし」
「そっか。でも、お母さんのこと、うるさいなんて言っちゃだめだよ?」
そう言いながら頭をポンっとしてあげる。ぼっちちゃん顔が真っ赤だ。ちょっと馴れ馴れしかったかな?
おまけ
伊地知虹夏(29)
身長体重は高校生の時からあまり変わらず。かつてはメジャーデビューを期待されていたバンドのドラマーだったが理由あって脱退。最近ライブハウス『STARRY』を開店。
普段は温厚だが、仕事と音楽には厳しい。スキンシップ過剰気味で男を勘違いさせる名人。でも本人は仕事が恋人と、どこ吹く風らしい。
実は喫煙者。仕事のストレスで20代半ばから吸い始めた。若く見えるため、大人になってから何回か間違って補導されかけたことがある。
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