戦場で男は珍しい   作:ウニダコ

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プロローグ
第一話


 

 機関銃・砲撃・火炎放射器・戦車。

 

 言葉にすればそれだけだが、その裏には幾万もの悍ましい死が積み上げられている。

 

 そしてそれは、自分たち兵士にしか分からないことだ。

 

「はあっ、はあっ、はああ!」

 

 頭上からは榴弾。前方からは弾丸。ありとあらゆる死の形が、濁流となって自分たちを襲っている。

 

 隣にいた味方が突然倒れた。糸が切れたマリオネットのようだった。だが助ける暇はない。

 

 あちこちに死体が転がっている。比較的形の残っているものから、バラバラの肉片まで。

 

 自分もいつ、それに仲間入りしてもおかしくない。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

 

 そんな地獄を、自分は駆けている。

 

 泥に足をとられても止まることは許されない。あまつさえ、逃亡など。

 

 そんなことをしたら銃殺刑だ。味方に殺されるのだけは勘弁だった。

 

 狂っている。

 

 前方に機関銃のマズルフラッシュ。たまらず、運よく見つけた遮蔽物に身を潜めた。

 

た……

 

 誰かの声が聞こえた。

 

 反射的に目を向ける。

 

「助けて……助けて……」

 

 味方の兵だった。トレンチコートに身を包み鋼鉄のヘルメットを被った()()。地に伏せて這いずっていた。

 

 腹でも撃たれたのか、這いずる跡を赤が彩っている。量からして、致命傷。

 

 助けることは、おそらく不可能。せめて機関銃からは守ろうと、遮蔽物に引き寄せようとする。

 

 

「あ」

 

 兵士の頭を、弾丸が貫いた。

 

 死んだ。

 

 死んだ。

 

 死んだ。

 

「……」

 

 だが、感傷に浸る暇はない。

 

 腰に差した擲弾のピンを抜き、機関銃の方向へ全力で投げる。

 

 数秒後。

 

 女性の悲鳴とともに、機関銃の音が途絶えた。

 

 喜びを抱く暇もなく、遮蔽物から躍り出る。思った通り、機関銃は沈黙できた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 

 敵塹壕へと駆け寄り、小銃を向けた。

 

 破壊された機関銃、バラバラになった敵国の女兵士の屍体。そして──両足を吹き飛ばされ、指がぐちゃぐちゃになりながらも、まだ息がある敵女兵士。

 

『よるなよるなくそくそくそクズクズクズクズ』

 

 崩れた指では満足に銃も持てず、俺に喚き散らす他ない彼女。

 

 反射的に、俺は彼女に引き金を引いた。

 

 死んだ。

 

 狂っている。

 

「制圧! 制圧!」

 

 上官の命令とともに、味方の兵士たちが塹壕を襲っていく。そのほとんどが女性だった。

 

 頭を撃ち抜かれる女性。スコップで首を切られ、出血多量で死ぬ女性。トレンチナイフで肺を刺され、苦しみながら死ぬ女性。

 

 いやでも目に入るソレを無視しながら、敵塹壕を歩み進める。

 

『死ね!』

 

 角から突然、敵兵士が襲い掛かってきた。

 

 腹をねらう銃剣を紙一重で避け、腰のスコップを抜き反撃する。

 

 防ごうとする腕を打ち、むき出しになった首に何度もスコップを振り下ろす。何度も、何度も、何度も。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 

 死んでる。

 

 

 ふと敵の兜が脱げ、その容貌があらわとなる。

 

 金髪、そして碧い瞳。

 

 母に似ていた。

 

 年も同じぐらいだった。

 

 なんで。

 

 

「おえ」

 

 

 狂っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二の人生の世界がどこかおかしいことに気づいたのは早かった。

 

 街並みや文化レベル、己や周囲のコーカソイド的顔つきからして前世でいう20世紀初頭のヨーロッパ。それだけなら特に問題はない。だが決定的な違和感があった。

 

 育児や家事は父親がやっていた。労働に出ていたのは母親だった。

 

 歴史の重要人物のほとんどは女性。物語の主人公もたいていは女性。社会の重要な職に就いていたのも、たいていは女性。

 

 ようするに、逆転していたのだ。前世における男が女に。前世における女が男に。

 

 女性が社会的主導権を握り、男性は育児や家庭に専念することが一般的な世界。そんな世界に産まれたのだ。

 

 そして時代は前世でいえばまだまだ男本位の世間。性差別撤廃が叫ばれる前世とは違い、女性の社会的立場はまだまだ弱かった。 

 

 そんな世界の時代に男として産まれたのは、不幸としか言いようがなかった。

 

 何をするにも軽んじられ、全てにおいて見下される。

 

 前世の日本では受けたことのなかった差別的な視線に、当初は大きく動揺したのを覚えている。

 

 だが、それで折れるのは前世で培ったプライドが許さなかった。そしてなにより、苦しい生活でも男だからと差別せずに分け隔てなく育ててくれた今世の両親に恩返しがしたかった。

 

 幸い、勉強だけは前世から得意だった自分。親を説得し、死に物狂いで勉学に励み、どうにか一流の大学に入学。さらに成績が認められ、制度の一つである資金援助の受領が可能となった。

 

 何もかもが順調だった。

 

 戦争が起こるまでは。

 

 

 

 

 

 母が死んだ。

 

 母は印刷業に勤務していた。新聞や本、その他もろもろの出版物の印刷が仕事。母の来ているコートには、いつもインクの匂いが染みついていたのを覚えている。

 

 家計を支えるため、母はいつも夜分遅くまで会社に残り多くの仕事をこなしていた。そしてその晩も、それは例外ではなかった。

 

 それが運の尽きだった。

 

 会社に突然火が放たれた。冬の乾燥した空気と強風があれば、マッチの火を業火へと変えるのはそう難しいことではない。

 

 翌朝、母は黒焦げの屍体となって発見された。

 

 後に捕まった犯人は、病的なタカ派の人間だった。曰く、あの出版社は反戦思想の新聞を刷っていた。だから天誅を下してやったのだと。

 

 なんだよ、それ。

 

 

 

 父が倒れた。

 

 もともとそこまで丈夫でない体に、妻を失った精神的ショック。資金援助があるとはいえ、息子の学費は莫大。男の身でそれを稼ぐには、すさまじい激務は必至だった。

 

 国は何もしてくれなかった。

 

 

 

 家のベッドに横たわる父。

 

 体はやせ細り、息はまさしく虫の息。

 

 父を救うには、金が必要だ。

 

 そして資金援助は、戦争長期化の影響で打ち切られた。

 

「父さん」

 

「ポール……」

 

「父さん、俺、大学辞めるよ」

 

「……すまない」

 

 泣くなよ、父さん。

 

 俺は平気だから。

 

 

 

 

 この国では、男は士官学校への入学を許されていない。

 

 そして国内は全面的な不景気で、全ての国力が軍備増強に注がれている。今もっとも給料が高い職は、全て軍に関係していた。

 

 ならば、答えは一つ。

 

 軍に入り活躍する。大学を中退した男が出世するなど、この時代であれば軍以外ありえない。

 

 そして階級を上げ、高い給与を受給する。そうでなくとも、二等兵の時点で父の療養費は何とか賄えたのだ。このまま出世すれば、もっと楽をさせてあげられることに間違いはなかった。

 

 大丈夫だ、自分ならやれる。

 

 そんな根拠のない自信が、なぜか胸を満たしていた。

 

 

 

 

 

 浅はかだった。

 

 前世で見た映画で、死への耐性はついていると思ってた。

 

 前世で読んだ物語で、戦争の辛さは理解してると思ってた。

 

 現実は、想像以上で。

 

 ドラマ性も、感動も何も無く。ただ冷たく、厳しく、自分へと牙を剝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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