戦場で男は珍しい   作:ウニダコ

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第十一話

 

 

 10分後に攻撃開始ともなると、もはや塹壕の中に和気あいあいとした雰囲気はない。

 

 兵士たちの間に流れていた会話は消え去り、その表情は緊張に満ちている。

 

 思い詰めたように一点を見つめ続ける者・ひたすら喫煙に耽る者・塹壕側壁の穴にある聖父像に祈りを捧げる者──安らかな人間は、誰一人としていなかった。

 

「平気平気エリカちゃん、あんまり気張ると死んじゃうよ?」

 

「そうですよ、万が一転んで薬品が破損したら一大事です」

 

「わ、分かってますけど……分かってますけどぉ……!」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、堡塁は砲兵があらかたやってくれてるさ。

 それにホラ、うちの隊には」

 

 エリカさんをなだめていたラウェルさんが指差す先には、同じ分隊の隊員であるケムリヒリ一等兵があった。

 

 塹壕の底に敷かれた板の上で、オーゼフさんと共に黙々と08式重機関銃の点検をする彼女。彼女たちの役目は機関銃の扱いであり、火力だけで言うならば間違いなく最大の威力を有した班であった。

 

 そんな班の一員であるケムリヒリさんだが、それと同時に、この隊の中では最も異彩を放っている人だった。

 

 まず目に入るのはその1.8mはあるであろう身長。彼女以外の隊員が彼女と会話するときは、必ず首を上げなければならないというほどの身長だ。男にしてはそれなりに身長の高い自分でも、彼女の前では幼い子供のような気分だった。

 

 次にあげるのはその寡黙さ。彼女は無口であり、隊員や古い付き合いであるオーゼフさんでも、滅多に彼女の声を聞くことはないらしい。ましてや新参者の自分は一度も聞いたことがない。

 

「? ケムリヒリさん……?」

 

「彼女がどうかしたんですか?」

 

「そう。あいつがいる限りこの班は安泰だよ。

 なんでって? それはね……ああいうことさ」

 

 ラウェルさんの発言の意味がくみ取れず、聞き返す自分とエリカさん。

 

 ラウェルさんがまたも指差し、自分たちはまたその方向に目を向けた。

 

「えっ」

 

 そこには、機関銃を()()()歩き具合を確かめている彼女がいた。

 

 通常、重機関銃は突撃任務に適した武器ではない。複数人で脚を持つ・前脚を折りたたみ橇型にする・彼女のように前脚を担いで運ぶなど運搬自体はできるものの、その重量ゆえに部隊の進行が遅れてしまうからだ。

 

 冷却水を合わせたその総重量は62kg。そして彼女の場合、それに加えて40kgの通常装備を前掛けで装備している。単純計算で102kgだ。

 

 人間か? 

 

「ケムがいれば、移動可能な機関銃の火力が手に入るってことなんだよ。

 まあ弾の問題とか水の問題とか色々あるけどね」

 

「……すごいですね」

 

「本当に人間なんですかあの人」

 

「たぶんね」

 

「たぶんって……」

 

 だが、心強い味方であることは間違いない。

 

 エリカさんもその頼もしさに、いくらか気分が楽になったようだ。

 

「あーでも、その分任務は危険になるから。

 多少は覚悟しといてね」

 

「えぇ……」

 

「ま、そんなに心配するな。

 突撃しなきゃいけないってのは、どうせ変わらないんだから」

 

「全員梯子に就け! グズグズするな速く動け!」

 

「……そろそろ時間だね、準備しなさい」

 

「あっ、はい!」

 

「了解です」

 

 装備を背負い、分隊の梯子の元へ行く。

 

 嵐のような砲撃は鳴りを潜め、戦場には不気味な静寂が漂っている。

 

 まるで初めから何もなかったかのようだ。戦いなんて起こらない、平和な土地のようだった。

 

 果たしてこの戦いで、班のうち何人が生き残れるだろうか。

 

 その静けさは、俺にそんなことを考えさせた。

 

 

 

 

 

「突撃開始! 行け! 進め!」

 

 小隊長の怒号とともに、けたたましいホイッスルの音色が隊員の耳を駆け巡る。

 

 梯子を伝って続々と戦場に出ていく兵士たち。自分とエリカさんは最後に出た。エリカさんの兵科ゆえだ。

 

 梯子を登った先に広がる光景は、まさしく地獄だった。

 

 月面と見間違うような、クレーターだらけの土地。深いモノから浅いモノまで、その種類は豊富だ。落ちれば上がるのは容易ではないだろう。

 

 遠くからでも見えていた、山の一部を覆っていた森が紅く轟轟と燃えている。十時間前は遠目でも分かるほどの立派な森林だったが、もはやその面影は欠片も残されていない。完全な再生には、一体どれほどの年月がかかるのだろうか。

 

 登ってきたエリカさんを後ろに付かせ、突撃を続ける分隊に追いつく。

 

 重機関銃を背負ったままで、他となんら劣らない速度で走り続けるケムリヒリさんが目に入った。なんと現実離れした光景だろうか。

 

 そんなことを考えているうちに、敵の塹壕が見えてきた。

 

 どうやら砲撃が効いていたらしい。共和国兵の動きは通常よりも緩慢で、動きも遅かった。瞬く間に共和国の塹壕は、帝国軍の兵士で埋め尽くされた。

 

 自分もエリカさんとともに、分隊に付き添い塹壕を歩み進める。

 

『おああああ!!』

 

「!」

 

 掩蔽壕から突然、共和国の兵士が襲い掛かってきた。

 

 すかさず振り下ろされたナイフをいなし、シャベルを振りかぶり思い切り肩に振り下ろす。

 

 肉の感触が、ジワリとシャベルを通して伝わってきた。

 

 シャベルの刃は肩の肉と服を裂き、心臓にまで達していた。穴掘り用の道具といっても、金属製の、それも軍用品だ。念入りに研いで渾身の力で振り下ろせば、この程度のことは容易い。

 

 敵兵は断末魔を上げる暇もなく、くたりとその体を大地に投げうった。

 

 自分はそれを見届けると、その兵士の小銃と弾丸を回収した。共和国のライフルと帝国のライフルに違いはあまりない。多少撃ち心地は違うだろうが、使えないことはないだろう。

 

「どうぞ」

 

「え……」

 

 弾薬ポーチに弾丸を詰め、後ろで呆然としているエリカさんに渡す。機動性が重要な突撃衛生兵に小銃では少々取り回しが悪いが、致し方ない。

 

「万が一のときには使ってください。幸い、弾はかなりありました」

 

「……」

 

「さぁ」

 

「は……、い……」

 

 エリカさんは青ざめながらも、それを震える手で受け取った。

 

 できれば、使ってほしくはない。

 

 彼女にこんな、残酷な感触を知ってほしくない。

 

 だが、万が一抵抗もできずにただ死なせるのは、あまりにも哀れだ。

 

 だからこれは、必要なことなのだ。

 

「塹壕の掃討は完了した! 次は山を攻めるぞ!」

 

 タチェンスキー隊長の声が響き渡り、分隊員が一斉に塹壕を出る。それに続き、自分たちも塹壕を出る。

 

 不意に、何かが足に引っかかった。

 

 苛立ちを感じながらも、それに視線を移す。

 

 人間の手だった。

 

 正確には、瓦礫の山の中に咲いている手。おそらく砲撃で掩蔽壕が崩落し、生き埋めになった人間のものだろう。

 

 手はまだ死んでおらず、かすかに動きその生存を示していた。

 

「……」

 

 俺は気にせず、それを避けて塹壕を出た。

 

 この作戦は速力が武器だ。こんなことで立ち止まっていたら、隊に迷惑をかけてしまう。

 

 それに、もう何人も死んだ。何人も殺してきた。

 

 いまさら一人助けたところで、なにかが変わるわけでもない。

 

「さあ進め! 皇帝陛下万歳! 皇帝陛下万歳!」

 

 小隊長が狂ったように声を上げる。数千の兵士たちの熱狂が響き渡る。

 

 戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 砲撃を受けたのか、グチャグチャに崩れ落ちた堡塁の残骸を横切る。

 

 ディオモン要塞が鎮座する378高地はなだらかな高地だ。攻める側にとっては登り易いことこの上なく、ゆえに大量の堡塁と有刺鉄線で堅牢な守りがなされていた。

 

 しかし帝国の猛烈な砲撃の嵐によって、その防御力は格段に下げられていた。多くの堡塁が瓦礫と化し、有刺鉄線は基部ごとえぐられその体をなしていない。

 

 もはや死に体の防衛陣地に、数千の帝国兵が襲い掛かった。

 

「鉄条網は切断しろ! 不発弾には注意するんだ! 間違っても誘爆させるな!」

 

 タット分隊長の指示に従い、ヒューレルさんやラウェルさんがワイヤーカッターで鉄条網を切断していく。鉄線を固定している杭は深く埋め込まれいるため、抜いて無力化するといったことは不可能だ。そのため、大型のハサミを用いるのがこの戦争では一般的だった。

 

 鉄条網に空いた穴を潜り抜け、兵士たちが次々と前進する。

 

 もうこれだけで、七キロは戦線を進めただろうか。

 

 塹壕を奪っては奪い返され、奪われては奪い返す。数百メートル戦線を広げるのに、数千の死者が出る。

 

 そんな無意味な一進一退を何ヶ月も続けてきた兵士たちにとって、この戦果は夢のようだった。

 

 砲撃開始から僅か十数時間で約一キロ。死傷者の数も少なく、攻撃を中止するほどの被害にはまるで届かない。

 

 兵士たちは夢中になって、山を登り進めた。

 

 

 しかし、そう上手くいくことはないのが、戦場というものである。

 

「! 伏せろ!」

 

「穴だ! 砲弾の穴に隠れろ!」

 

 砲撃によって舞い上げられた土煙で、格段に悪化している視界。

 

 そんな中で先行していた前方の部隊が、機関銃の掃射音と共にバタリと倒れ伏した。

 

 誰かが発した言葉に従い、咄嗟にエリカさんと砲弾孔に転がり込む。無理な体勢で転がったため、エリカさんが呻いた。

 

 砲弾孔よりそっと顔を覗かせ、周囲を警戒する。

 

 どうやら他の兵士は隣の孔や後ろの孔に逃げ込んだらしい。死んだ帝国兵の屍体を積み上げて、簡易的な遮蔽物を孔の淵に立てているのが見えた。そして、前方の部隊を殺した存在の正体も。

 

 土煙が徐々に晴れて、その堅牢なシルエットが露わになる。コンクリートで固められ、高低差の力のもと歩兵に絶望を与えてくる存在。姿も機能も健在な堡塁が複数、一列にそこにはあった。

 

 堡塁より無数の弾丸が放たれる。

 

 その鉛の暴力は、今まさに砲弾孔に飛び込もうとしていた兵士の、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ひ……」

 

 頭の断面より血液を吹きあがらせる兵士は、そのまま震えながら三歩歩くと、穴の底のエリカさんの隣へ滑り落ちた。そして何度かピクリと痙攣すると、そのまま動きを静止させた。

 

 孔の底に血が溜まっていく。エリカさんは逃げるように俺の近くに寄った。

 

「大丈夫ですかエリカさん」

 

「あ……いや……でも……あ、あの人……あれ……」

 

「エリカさん?」

 

「し……死っ死んだっ! 血だっ! 血! 血! 血! 血! 血!」

 

「エリカ!!」

 

「ひっ」

 

 怯える彼女の肩を掴み、意識を強制的に戻す。

 

 重機関銃の発射音がやかましい。

 

「今ここであなたに狂ってもらうわけにはいかない!! 

 あなたがおかしくなったら、この分隊はおしまいだ!! 誰も傷の適切な手当てをできない!!」

 

「わっわかりました……」

 

「分かったら隠れてて!! いいな!!」

 

 彼女は今にも泣きだしそうな表情になると、孔の奥の方へ下がっていった。なるべく屍体の方は見ないようにしたようだった。

 

 そんな彼女を尻目に、周囲の状況把握を開始する。

 

 現在この小隊を足止めしているのは一つの堡塁。他にも堡塁はあるが、それらは全て他の部隊にかかりきりのようだった。

 

 堡塁には機関銃が二機に、随伴の兵が数人。いずれも銃眼より銃身を覗かせ、こちらを狙っている。

 

 これでは突破するのは不可能だ。さてどうしたものか──

 

 突然、隣の孔より重機関銃の掃射音が耳に入った。

 

 思わず目を向けると、そこには死んだ帝国兵を土台に、折りたたんだ状態の機関銃を掃射するケムリヒリさんの姿があった。

 

 思わぬ逆襲に怯む敵の堡塁。たまらず一機の機関銃は沈黙し、攻撃が止む。すかさずそこに擲弾が投げ込まれ、堡塁の視界を土煙で遮った。

 

 だがそれでは堡塁にとって致命傷たりえない。ただ一時的に盲目にしただけだ。それに敵の機関銃は二機で、一機だけでは抑え込めない。ケムリヒリさんの機関銃だって、無限に撃てるわけではない。このままでは──

 

「失礼しますっ」

 

 そんな声と同時に、一人の帝国兵が孔に転がり込んできた。この声と、小柄な体形は。

 

「シンさん」

 

「はい、ディリー・シン一等兵です。

 早速ですが、あれをごらんください」

 

 彼女は手鏡を取り出すと、孔に身を隠しながら鏡に目標を映し出した。

 

 そこにはケムリヒリさんが狙ったのとは別の機関銃があった。今もなおそれは低い音で唸り、こちらの進出を阻んでいる。

 

「手短に説明します。

 まずハインリヒさんは、ここからあれの射線上に擲弾を投げてください。

 爆発と土煙で相手の視界は一瞬奪われます。そこで私が機関銃の撃ち手を狙撃します。

 もう一つの機関銃は、隣でさっきやったように一時的に沈黙させます。

 あとは全力で突撃して堡塁を押さえます。なるようになれ、です」

 

「待ってください」

 

 擲弾の爆発で上がる土煙なんてせいぜい4秒程度しかもたない。

 

 それに、土煙はあちらのみならずこちらの視界も奪う。

 

 その間で敵を狙撃する? 

 

 それに機関銃士を殺しても、すぐに別の兵士が射手につくだろう。

 

 その時間差を突けば、堡塁に取りつくことができるぐらいの距離ではあるが。

 

 はっきり言って自殺行為だ。

 

「いいえ、できます。だいたい位置は覚えています。

 私、これだけは得意なので。作戦予定時刻は、あと20秒後です。

 頼りにしてますよ?」

 

 彼女はそう言ってニコリと笑うと、小銃の準備を始めた。

 

 クソ。もうやるしかない。

 

 隣の孔より、作戦開始の合図があった。

 

「今!」

 

「っ!」

 

 擲弾のピンを引き抜き、射線上に投げつける。数秒後、爆発が起こった。

 

 すかさず彼女は身を乗り出し、4秒きっかり沈黙した後──ズドンと弾を発射した。

 

「ヒット!」

 

 彼女の言葉が示すのは、作戦成功。

 

 それと同時にもう一機の機関銃が、先ほどと同じ攻撃を受けて沈黙した。

 

「今だ突撃! 進めぇ!」

 

 ホイッスルが悲鳴を上げ、兵士たちが雌たけびを上げて堡塁に迫り行く。

 

 視界を遮られた方の機関銃がヤケになって発射される。僅か2秒程度の銃撃だったが、それだけで5人が行動不能になった。

 

 射手を殺された機関銃に慌てて別の兵士が就くが、時すでに遅し。次の瞬間には、銃眼から内部に擲弾が投げ込まれた。

 

 内部から上がる悲鳴。もはや、堡塁は落ちたも同然だった。

 

 さらに追い打ちをかけるように、後続の火炎放射器兵が堡塁の内部に炎を走らせる。炎は瞬く間に堡塁内部を駆け巡った。

 

『嗚呼AHあ熱い熱い熱い熱い熱ぃ!!!!』

 

『ぎゃ亜ぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!』

 

 堡塁の後方出口から、共和国兵が悶えながら勢いよく飛び出す。

 

 人の肉が焼ける嫌な臭いが鼻をついた。

 

 彼女たちは地面に倒れこみ、わけの分からないことを喚きながら転がりまわり、動かなくなった。

 

「他の堡塁の後ろに回れ! 足を止めるな!」

 

 タチェンスキー隊長の指示に従い、焼屍体から目を離しラウェルさんと急いで堡塁の後ろへ回る。

 

 背後から機関銃の射手を二人射殺した。他の二人の兵士は驚いたようにこちらを見ると、急いで両手を挙げてきた。

 

『う、撃つな! 降伏する!』

 

 そういう兵士の手にはピストルが握られていた。投げ捨てるのを忘れていたのかは分からないが、ラウェルさんはその兵士を射殺した。

 

 もう一人の兵士はそれを見ると、何かわからないことをつぶやきながら頭を抱えコンクリートにうずくまった。死の恐怖に震えるその姿は、散々俺たちを痛みつけた堡塁の兵士とは思えなかった。

 

 その兵士は捕虜となり、死体運びをさせられた。

 

 

 

 

 

 砲兵の移動に合わせ、ひたりひたりと二日かけて帝国軍はディオモン要塞へ接近。

 

 帝国軍の急襲と砲撃が生んだ混沌に共和国軍の指揮系統は寸断され、もはや組織的な抵抗はなされなかった。

 

 攻撃開始から四日後。

 

 共和国軍はほぼ無抵抗で、帝国軍にディオモン要塞を明け渡した。

 

 その日はまさしく、帝国軍にとって歴史的な勝利であった。

 

 膠着した戦線に辟易していた将軍たちは勝利に酔い、第5軍の軍団長であるギルヒルム皇太子は飛び上がって喜んだ。

 

 しかし、この後に待ち受ける最悪の戦いを。

 

 当時の俺を含む彼女らは、予想することすらできなかった。

 

 

 

 

 

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