戦場で男は珍しい   作:ウニダコ

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第十二話

 

 初めて人を殺したのは、戦線に着いてから一週間が経った頃だった。

 

 突如上官に召集された、自分と他数名の新兵たち。困惑する自分たちの眼に映ったのは、目隠しをされ口枷をされ、一本の柱に縛り付けられた一人の兵士。

 

 嫌な推測を得た自分の前で、彼女の罪状は読み上げられた。

 

 曰く、こいつはこの戦況にもかかわらず故郷に帰りたいなどとほざき逃亡。あげくの果てには発見時に抵抗し、あまつさえ捜索隊の一人を銃殺したという。

 

 敵前逃亡は重罪だ。それだけでも銃殺刑に処されるというのに、彼女は味方殺しの罪まで犯してしまった。いや、逃亡を決心した時点で彼女にとっては敵であろうが。

 

 どちらにせよ、死は免れなかった。

 

 自分たちのような新兵がその執行人になるのは珍しくない。上層部としては、人を撃つ感覚を少しでも慣れさせておかなければならないからだ。

 

 上官が合図をした。小銃の銃口を彼女の心臓に向ける。

 

 彼女は合図を聞くと、途端にめちゃくちゃに体を暴れさせた。死にたくない、死にたくない、一人にしないでーーそんな声が、体を通して漏れ出ていたようだった。

 

 目が見えていたら、どんなに恐ろしい光を宿していただろう。口が利けたら、どんなに恐ろしい言葉を発していただろう。

 

 目隠しと猿轡の存在に、心の底から感謝した。

 

 上官の合図が放たれた。

 

 銃声。

 

 弾丸は全て、吸い込まれるように彼女の体に命中した。

 

 彼女の体は、ビクンと反応したかと思うと。

 

 水が抜けたホースのように、くたりと縄に身を委ねた。

 

 その時自分が抱いたのは、人を殺したという感覚と。

 

 故郷に残してきた、病床の父のことだった。

 

 

 

 

 

「なあ。これ、なんて書いてるか分かる?」

 

「……海老ですね。海老の缶詰です」

 

「海老か。

 じゃ、あげる」

 

「どうも」

 

 歩兵にとって、戦利品の物色というのは楽しいひと時だ。武器弾薬ならもちろんのこと、それが食糧ならば万々歳である。戦場での最大の娯楽は食事だ。

 

 しかも今回は、巨大な要塞に蓄えられていた軍需品が戦利品だ。量も質も、前線の塹壕の食糧庫で手に入る物とは格が違う。新鮮な卵に肉野菜と、至れり尽くせりな結果だった。

 

「葉巻にビールにワインにチョコレートまで……ここは天国か?」

 

「あ、チョコくださいチョコ。

 私タバコいらないので」

 

「おうディリー。

 ……しかしあれだな、あるところにはあるんだな。

 戦争も、いつもこうだったら、言うことはないんだがな」

 

「あとはゆっくり寝られれば、もう文句はありませんね」

 

「違いない」

 

 オーゼフさんのそんな愚痴を尻目に、黙々と戦利品を探し続ける。

 

 戦争で数多の国との貿易が途絶えた帝国は、主に食糧面で慢性的な物資不足だ。

 

 今は戦争にすべてがつぎ込まれているため軍で飢えることは少ないが、反面銃後ではそれが顕著に表れ始めているという。

 

 父がどんなものを食べているかは知らないが、彼は病人だ。なんとかいいものを食べて快復してもらいたい。

 

 今探しているのは、そのための食べ物だった。

 

 コケモモのジャムを見つけた。これは父の好物である。

 

 瓶を緩衝材で包み、そっと背嚢に収納した。

 

「あっハインリヒ。丁度いいとこに」

 

「……なんですかヒューレルさん?」

 

 彼女は両手に上等そうな葉巻の箱を抱えながら話しかけてきた。

 

 彼女からの頼みというだけでイヤな予感が頭をよぎるが、仮にも上官であるため無視するわけにはいかない。大人しく拝聴した。

 

「エリカ探してきてくれない?

 さっきから探してるんだけど見当たらなくて」

 

「いいですけど……なんでですか?」

 

「なんでって」

 

 ヒューレルさんが指を差す。

 

 その先には、大きな運搬用の鍋を担いだケムリヒリさんの姿があった。

 

「パーティだよ」

 

 葉巻の端がカットされ、赤い炎が灯された。

 

 

 

 

 

 薄暗い要塞の中を、懐中電灯の明かりを頼りに足元に気を配りながら注意深く進む。

 

 現在自分たちのいる区画は要塞の最深部である。地中深くに埋められ厚いコンクリートに守られたそこは、砲撃の影響をモロに受けて半壊していた外面部とは異なり、その姿を十全に保っていた。

 

 要塞制圧時、共和国の守備隊はあっさりと降伏した。

 

 砲撃で守備隊のほとんどはコンクリートの下敷きに。残存勢力は分断された指揮系統が原因で完全に混乱し、突入してきた帝国軍に対し早々に白旗を揚げた。

 

 得た捕虜の数は120名。

 

 ディオモン要塞の規模には明らかに見合っていない数だったが、これにはとある理由があった。

 

 共和国と帝国の間にその身を置く、かつて中立を宣言していた中央王国。

 

 帝国は共和国との開戦が決まった直後、地理的な理由から中央王国への侵攻を開始。中央王国はこれを全力で迎え撃ったが、帝国の戦力にはかなわず敗走に次ぐ敗走を重ねた。

 

 戦いの中で帝国軍は多くの要塞を制圧した。多数の堡塁によって守られていた要塞は、帝国の猛攻の前に奮戦むなしく倒れていったのだ。

 

 それを知った共和国軍内では、要塞の防御力に対して疑問視する者が増えていった。『要塞不要論』を唱える人間まで現れたのである。

 

 その影響は日に日に増してゆき、結果要塞に就く戦力の削減という形で顕れた。それこそが、このあっけない勝利の理由だったのだ。

 

 だがそれでも、戦意を失っていない守備兵による散発的な抵抗はあった。

 

 今もなお前線で繰り返されている塹壕戦の犠牲者数に比べれば格段に少ないが、0というわけにはいかなかった。

 

「うぁあ……痛い……痛ぃ……」

 

「しっかり、しっかり……大丈夫、大丈夫です……!」

 

 目の前でエリカさんの治療を受けている兵も、その犠牲者の一人なのだろう。

 

 近くには、ピストルを握ったまま死んでいる共和国将校の屍体が倒れている。負傷兵を誰が負傷兵にしたかは明白だった。

 

「エリカさん」

 

「ああハインリヒさん助かります!タライ一杯の水を用意してきてください!それと汚れてない布も!」

 

「エリカさん……」

 

 床に寝かされ苦しそうに息を吐いている帝国兵は、誰がどう見ても致命傷だった。上着を脱がされ露わになっている腹部には複数の弾痕が開けられ、赤い液体をどくどくと垂れ流していた。

 

「ハインリヒさん何してるんですか早く!」

 

「エリカさん……彼女は……もう……」

 

「そんなはずありません!まだ助ける方法は……!」

 

「ぅあ……モ モルヒネを……」

 

 負傷兵が痛々しくつぶやいた。エリカさんは手を止めた。

 

「モルヒネを、一気にくれ……痛くて、もう、我慢できない……

 痛いままで、死にたくない……痛いのはいやだぁ……」

 

「……そ、れは」

 

 モルヒネには致死量がある。

 

 モルヒネは極めて強力な鎮痛作用を持つ医薬品だが、屈強な兵士でも耐えるのが難しいほどの依存性を有する。そしてその強力さゆえに、過剰にそれを投与された人間はそのほとんどが死に至る。

 

 野戦病院では助からない傷を負った兵士にワザと致死量のモルヒネを投与し、痛みのないまま楽に死なせるという処置が多くとられていた。

 

 負傷兵が言ったのは、そういうことだった。

 

 だが、それは。

 

「……わかり、ました。

 今、モルヒネを打ちます」 

 

 彼女は医療バッグから一本のアンプルを取り出すと、キャップをカットしシリンジにその中身を吸い上げた。

 

 だがそのモルヒネは第08小隊に与えられた物。

 

 負傷兵の肩章が示す所属は第02小隊だった。

 

 突撃衛生兵の装備は全てその小隊のための装備である。それを他の隊に与えるというのは、立派な命令違反であった。

 

「エリカさんその人は」

 

「何をやっている!」

 

 背後より怒号が放たれ、反射的に背筋を伸ばしその方向を向く。

 

 怒号の主は第08小隊の小隊長だった。

 

「ふ、負傷兵の治療を行っているのです!」

 

「馬鹿者!」

 

 エリカさんが頬をはたかれた。

 

 エリカさんは頬を押さえ、呆然として小隊長を見つめた。

 

「貴様のそのモルヒネは我が小隊の貴様の分隊に支給されたものだ!

 それを他隊所属の人間に使おうなど、貴様どういう了見だ!」

 

「し、しかし彼女の隊の衛生兵が見当たりません。

 このままではすぐに死んでしまうと考え、治療を行った次第であります……」

 

 隊長の拳が頬に飛んだ。

 

 彼女は地面に倒れこんだ。

 

「黙れエリカ二等兵!

 そのような考えではモルヒネが何樽あっても足らんわ!」

 

 これはまずい。

 

 小隊長は規律に厳格なことで有名で、兵士たちにとっては恐怖と不満の対象だった。口答えする人間の顔を何十回も殴りつけ腐った芋のようにした話は有名である。

 

 問題はその暴力にエリカさんが晒されて、衛生兵としての働きに支障がでることだ。

 

「失礼します小隊長殿」

 

「なんだ、ハインリヒ二等兵」

 

 だから助け舟を出すことにした。

 

「これは私が彼女に個人的に頼んだことであります。

 よって責任は全て私にあります。処罰するのなら私を処罰してください」

 

「なんだと?

 それは本当かエリカ二等兵」

 

 彼女には目くばせをしておいた。なんとか自分の意志を理解していることを願う。

 

「い、いえ。

 これは私の行ったことです!ハインリヒさんは関係ありません!」

 

 失敗だ。 

 

「貴様ら、二人して上官をおちょくっているのか!

 来い、折檻してやる!」

 

 二人で上官の前に直立不動で立たされる。

 

 始めに、自分の頬が叩かれた。痛い。隊長は男だからって容赦などしない。そういう面ではある意味、男女平等の精神を持つ人だった。

 

 反対側の頬に勢いよく平手が飛んだ。視界がぶれて、鋭い痛みが頬を走る。あまりの衝撃に、自分の体は地面に倒れ伏した。

 

「誰が伏せなどと命令した。

 さっさと立てハインリヒ二等兵」

 

 上官への反抗心の抑え込み。

 

 軍隊での上官による暴力とは、往々にしてそれが目的だ。当然だ、命令に従わない兵士など軍は必要としていない。そんなことは理解している。

 

 だが辛いものはつらい。涙が出てくるわけではないが、味方からの暴力というのは心にくるものがある。

 

 早く終わってほしい。それだけだった。もっとも、この人間が手短に済ませることなどあり得ないことだが。

 

「小隊長殿」

 

 しかし、この折檻は意外な方向へ向かった。

 

 声の主はタチェンスキー分隊長だった。彼女はいつも通りの仏頂面で小隊長を見つめていた。

 

「なんだタチェンスキー上等兵、邪魔をするな」

 

「これはすべて自分の指示であります」

 

「……なに?」

 

 小隊長は怪訝そうに分隊長を睨め付けた。

 

「私が指示を出したのです。

 他隊の負傷者は見つけ次第救助し、場合によっては鎮痛剤も使用せよと」

 

 突撃衛生兵は分隊長の直属の部下だ。

 

 対して小隊長の部下はあくまで分隊長であり、直接の命令権があるわけではない。裁量はすべて分隊長に一任されているのだ。

 

 したがって、小隊長がこれ以上折檻を続ける理由はなくなった。

 

「……フン、そういうことなら仕方ない。

 だが医薬品の管理は徹底しろ。原則として他隊の人間には使うな」

 

「ハッ。肝に銘じます」

 

 小隊長は鼻を鳴らすと、足早にどこかへ駆けて行った。

 

 エリカさんはすぐに負傷兵の元へ駆け寄ると、モルヒネを静脈に注入した。

 

 否、正しくは()()()()()()()()だ。彼女は気づいていたのか、気づいていなかったのか。

 

 どちらにせよ、負傷兵は激痛の中で死んだのだろう。声も上げられないほど衰弱して、さびしく死んでいったのだろう。

 

 彼女の顔は苦痛に歪んでいた。

 

 

 

 

 

「私はヒュルヘンから来ててさ。元は馬の鞍を作る工場に就いてたんだ。

 でもそれだけじゃ生きてけなかったんだ。給料安いし、弟を食わせなきゃだし。そこでちょうど戦争が始まったんだよ」

 

 隣のラウェルさんのそんな話を聞きながら、自分はケムリヒリさんが作った大麦の粥を堪能していた。脂と牛肉・野菜類がふんだんに投入された絶品だ。

 

 あの激戦を経験した身には、これが何よりも沁みた。

 

 現在タット分隊の面々は、火にかけられ粥で満ちた鍋を囲みパーティを行っているところだ。高級士官用のワインを嗜む・高級葉巻を味わうなど、全員が思い思いのやり方で休息をとっていた。

 

 そんな中で、誰が言い出したのかは忘れたが、各々の出身地や仕事を語り合うことになったのだ。話は存外に盛り上がり、既に半分以上の人間が答え終わっていた。

 

「今考えればバカだったよ。

 弟のためとかなんとか理由をつけちゃいるけど、ぶっちゃけ戦争への憧れがあったことも確かさ。英雄になれるーなんて考えてね。

 昔に戻れるなら、戻って過去の私をぶん殴ってやりたいよ」

 

 ラウェルさんはそういうと。ワインのボトルを抱いたまま力なく笑った。

 

 入隊時に見せた色好みの印象とは真逆の、弱弱しい笑みだった。

 

「あーなんか暗くなっちゃった!

 ハインリヒくん、一緒にワインを飲んで酔い狂おうじゃないか!ついでに私の心の傷を癒してくれ!」

 

「勘弁してください」

 

 自分に酒の類は飲めない。前世でも酒は飲んだことがなかった。

 

 前世。

 

 自分が前世でどうして死んだのか、どうやって死んだのかは記憶にない。

 

 ただ19歳という身空で死んだことは、はっきりと覚えている。

 

 それこそが酒を飲んだこともなく、タバコも吸ったことがない理由だった。自分は前世の価値観に引きずられているのだ。

 

 それにしても、自分より年齢の高い、いわゆる大人な人たちは戦争前からことごとく”仕事”を持っている。

 

 テキトーそうなヒューレルさんでさえ、衣服の工場で働いていたほどだ。

 

 自分は仕事というものに、金を稼ぐものという意味合い以上に、社会が大人に与えた一種の席で、大人という存在のみが持てる特権という印象を抱いていた。

 

 前世ではアルバイトもしたことがなく、今世では小遣い程度の稼ぎしか得たことのない自分にとって仕事とはそういうものだった。

 

 大人たちはいい。

 

 彼女らは戦争が終わっても社会に席が残っている。かつてそうしていたように、元の席に戻って元の生活を営めばいいだけだ。

 

 だが大人でない俺は違う。

 

 俺は社会に出る前に、戦争という鋼鉄の嵐の中に隔離されてしまった。俺だけではない。シンさんやエリカさんのような子供まで全員がそうだ。

 

 俺が世界に対して培ってきた価値観は、戦争を前にして粉々に破壊されてしまった。

 

 数ヶ月前まで通っていた大学や我が家での記憶が、今ではまるで遠い昔のように思えた。

 

 景色自体は脳裏に浮かぶ。

 

 由緒ある大学の講堂や、古ぼけた集合住宅の一室である我が家にある文机。無数とも思える本棚が鎮座する書庫や、街路樹として植えられたポプラの並木。

 

 しかし匂いや音となるともう駄目だ。

 

 しっとり年季の入った木の香りも、食器をいじる生活音も。本が醸し出す熟成された香りも、ポプラの枝葉の揺れる音も。

 

 すべては血と硝煙の匂い。そして銃声と準備砲撃の轟音によって、跡形もなくかき消されてしまった。

 

 心の底までさらってみても、あの時の思いなど何一つ残っていない。

 

 未来に抱いていた漠然とした期待も、勉学に注いでいた情熱もどこかへ行ってしまった。

 

 仮にこの戦争が終わり、生き残って国に帰還したとしても、自分がまた同じ感覚を抱けるとは到底思えない。

 

 つまるところ自分は、この戦争によって完全に破壊されてしまったのだ。

 

 そしてそれは熱力学第二法則と同様だ。失われた熱が自発的に戻ることなんてない。不可逆だ。

 

 目の前の、鍋を温め人間を暖める火を見ても、自分の脳裏には火炎放射器の恐怖しか浮かんでこない。

 

 この先が怖い。

 

 未来というものが怖い。

 

 ああ、なぜ。

 

 こんなものを知ってしまったのだろう。

 

 ただ穏やかに生きられなかったのだろう。

 

 あぁ……。

 

「お母さんが医者なんです。どんな病人も治せる、すごい人なんです」

 

 いつの間にか。エリカさんに順番が回っていた。

 

 彼女は頬に痛々し気な殴打跡を晒しながら、たどたどしく身の上を語った。

 

「だからお母さんみたいになりたくて、医療学校に通ってました。

 戦争で徴兵されてやめちゃいましたけどね。

 でも私、たぶん嫌じゃなかった。

 もう習った知識を役立てられるって。お母さんみたいになれるって、勝手に考えてた」

 

 彼女は突然頭を抱えた。

 

「こんなの想像してなかった……!

 帰りたい……! 帰りたい……! 帰りたい帰りたい……!

 帰りたいよぉ……!」

 

 悲痛な悲鳴が周囲に響く。

 

 暖かで和気あいあいとしていた雰囲気は、瞬く間に霧散してしまった。

 

 彼女がこうなるのも無理はない。新兵の身でありながらこれほどの戦闘を経験したのだ。

 

 おかしくならない方がどうかしている。

 

 

「! 砲撃だ!」

 

 要塞が激しく揺さぶられ、電灯がバチバチと点滅する。振動で鍋はひっくり返り、中身が床にぶちまけられた。

 

「共和国の砲撃か!」

 

「それ以外に誰がいる!」

 

 慌てて飯盒に残った粥をかきこみ、脱ぎ捨てていた鉄兜を被る。帝国の砲弾に耐えたこの地下室が崩れるとは思えないが、念のためだ。

 

「うー、うー、うー、うー、うー!」

 

 ふと目を移すと、エリカさんがうずくまりながら頭を抱え奇声を上げていた。鉄兜は放られて、彼女の近くに置かれていた。

 

 戦場で死ぬ人間の六割は砲弾が原因だ。人間の体はもろく、破片の一つでも当たり所が悪ければ死に至る。

 

 鉄兜はそれを防ぐためのものだ。銃弾を防ぐためにあるのではない。

 

 自分は砲撃に揺られながら彼女のそばに駆け寄ると、落ちていた鉄兜を彼女の頭に被せた。

 

「ひっ! ううぅ!」

 

 しかし彼女はそれを振り払うと、膝立ちになっている俺の腹に腕を回し、その頭をうずめてきた。

 

 死に物狂いだったのか力はかなり強く、若干の息苦しさが俺を襲った。

 

 しかしブルブルと震えながら何かをつぶやく彼女を見て、俺はそのまま好きにさせてやることにした。この程度なら耐えられる。

 

「ここは共和国の砲が届くのか」

 

「あぁ、そうらしい。今までは敵の砲なんて野砲ぐらいしかなかった。

 でもこの音は、明らかに重砲だ。

 これからは厳しい戦いになるかもしれないね」

 

 そんなラウェルさんの言葉が、いつまでも耳に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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