戦場で男は珍しい   作:ウニダコ

5 / 12
第五話

 

 

 ここは、どこだ。

 

 徐々に晴れ行く意識のもと、自分の置かれている状況を確認する。

 

 自分は仰向けに倒れている──原因は不明。

 

 視界が悪く、息苦しい──ガスマスクのせいだ。

 

 何かが自分の上に覆いかぶさっている──邪魔だ。

 

 背中の()()をずらし落とし、フラつきながらも立ち上がる。立ち眩みに苛まれるが、気にせず辺りを見回す。

 

 どうやら長い間気を失っているようだった。戦闘時には真上にあった太陽が、地平線に沈みかけている。冷気が体に突き刺さり、体温が下がっていく。寒い。

 

 毒ガスが消えている。何時間気を失っていたかは分からないが、ガスが霧散するには十分な時間だったようだ。鉄兜を脱ぎ、ガスマスクを取り外す。新鮮な空気が肺に吸収された。

 

 なにかを忘れている。

 

 なぜ自分はあそこで倒れていた? 

 

 なぜガスマスクを着けていた? 

 

 自分の上にあったものは──何だ? 

 

「!」

 

 脳に電流が走り記憶が戻る。ユーリさん、ハイネさん、シャーデンさん。

 

 彼女たちはどうなった? 

 

 想像しうる限りで最悪の事態が起こっていないことを祈りながら、覚醒したときにどかした()()に声をかける。

 

「起きてください……起きてください! 起きてください!」

 

 体を揺さぶりながら声をかけ続けるも、一向に目覚める気配がない。

 

 仰向けになっている彼女の背中が目に入る。そこには、大量の細かい破片と──ひときわ大きい破片が、左胸の、ちょうど心臓のあるあたりに突き刺さっていた。

 

 

 仰向けになっている体をひっくり返し、顔を確認する。自分と同じくガスマスクを着けていた。

 

 鉄兜の留め具を緩め、頭部より取り去る。マスクの固定器具を外し、震える手でそれを剥ぐ。思い違いであってくれと、万に一つに賭けながら。

 

 

 

「あっ……」

 

 

 ほんの数時間前に知り合った顔。口はぶっきらぼうだが、面倒見の良かった人。俺を助けてくれた人。

 

 

 彼女は、血を吐いて、死んでいた。

 

 

「は……あ……? あ……?」

 

 

 脳が現実を認識し、感情が状況の咀嚼を拒む。

 

 

 眼前の現実を視覚に内包しないために、周囲を見渡す。映るのは戦車の残骸、味方の屍体。

 

 

 いや、待て。

 

 

 あそこで倒れている二人は。

 

 

「そんな」

 

 

 駆け寄ろうとするが、足に違和感。

 

 視線を移すと、ブーツが完全に破けているのが分かった。砲弾の破片が掠ったのかもしれない。これでは走ることができない。

 

 いや、今はそのようなことを気にしている場合ではない。

 

 もしかしたらと甘い期待を抱き、二人に駆け寄る。もしかしたら別人かもしれない、いやそうに決まっている。

 

 

 期待は、冷たくあっさりと裏切られた。

 

 

 

 

 三人が死んだ。

 

 

 死にかけの共和国兵の放った砲弾にやられたのだ。

 

 

 殺したのは敵か? 

 

 

 そうだ(ちがう)

 

 

 俺が、助けに行くなんて言い出さなければ。

 

 

 シャーデンさんは死んだだろうが、少なくとも二人は死ななかった。

 ごめんなさい。

 いや、そんなことを考えるのはシャーデンさんによくない。

 ごめんなさい。

 でも三人も死んでしまった。

 ごめんなさい。

 数の問題じゃない。

 ごめんなさい

 なぜ敵兵が生きていた? 

 ごめんなさい。

 もしかしたら、俺が殺していなかったんじゃないのか。

 ごめんなさい。

 無意識に、敵は戦闘不能だと勝手に決めつけて。

 ごめんなさい。

 

 

 殺したのは、俺だ。

 

 

「おエえエええエエエ……!」

 

 

 喉の奥から吐き気がこみ上げ、吐しゃ物が胃から逆流する。

 

 喉が焼けるように痛い。

 

 たまらず腰の水筒に手を伸ばすが、その手は空を切る──投げ捨てたことを、思い出した。

 

 

 

 ふと、ハイネさんの腰の水筒が目に映る。

 

 帝国軍で支給される、フェルトに包まれたアルミ製の水筒。揺らすと、ちゃぷんと音が鳴った。

 

 ごくりと自分の喉が唸る。胃酸がまとわりつき嫌悪感で満ち溢れる粘膜に、真新しい生唾が湧いた。

 

 

 これはダメだ。倫理に反している。

 

 

 倫理? 

 

 倫理がなんの役に立つ? 

 

 ここに来て以来、それが役立ったことなんて一度もない。

 

 あの人もその人もこの人も、みんな逝ってしまった。

 

 俺が中途半端だったから。

 

 前世での考えに引きずられ、この世界に適応できなかったから。

 

 俺なんかに他人の命がかかっているはずもないのに。

 

 勝手に責任感を感じて、勝手に行動して、結果はこのざま。

 

 最初から、自分のために生きていれば。

 

 こんなことにはならなかったのに。

 

 

 あらためて、水筒が視界に映る。

 

 

 死人は喉を乾かさない。

 

 

 水筒の蓋を開ける。

 

 

 喉の不快感が消え、乾いた粘膜が潤った。

 

 

 

 

 

 

 濃さを増してきた闇の中、一人考える。

 

 周囲に敵は見当たらない。近くに潜んでいるという可能性もあるが、既にこちらの防衛線を突破した以上とどまっているとは思えない。おそらく味方塹壕を襲撃に向かったのだろう。

 

 だがその方向から戦闘音らしきものは聞こえない。既に突破されたのか、それとも防衛に成功し敵が退いただけなのか。場合によっては、敵の敗残兵がうろついているかもしれない。

 

 いずれにせよ、味方と合流しなければどうにもならない話だった。

 

 そのためにはここを移動する必要がある。両陣営の塹壕に挟まれるエリア──無人地帯を。

 

 だが、それを行うにあたって問題があった。

 

 ヘルメット──銃弾の掠り跡に加え、砲弾の破片かなにかが原因で所々がへこんでいる。頭を守るには些か心許ない。

 

 銃──自分の小銃は投げ捨てた。今持っているのはユーリさんの銃。探そうにもこう暗くなっては探しようがない。万が一接敵すれば、まともな抵抗をせずに死ぬことになる。

 

 ブーツ──走るどころか歩けるかどうかもあやしい。交換は必須。

 

 水・食糧──何日さまようかも分からない以上、保有は必須。

 

 

 彼女たちの遺体を見る。

 

 ハイネさんは、ヘルメットが無事だった。

 

 シャーデンさんは、ブーツが無事だった。

 

 ユーリさんは、銃が無事だった。

 

 食糧や水は、全員が無事だった。

 

 

 

 ──少しの間、逡巡する。

 

 やるしかないのか? 

 

 ほかにもっと方法があるんじゃないのか? 

 

 死んだほうがいいんじゃないのか? 

 

 

 いや。

 

 そんなこと、どうでもいい。

 

 今は生きることだけを考えよう。

 

 それに、もう一度やったことだ。

 

 

 

 

 死人が歩くことはない。

 

 認識票の半分と、ブーツを一対、剥ぎ取った。

 

「ごめんなさい」

 

 

 死人は頭を守らない。

 

 認識票の半分と、ヘルメットをひとつ、拝借した。

 

「ごめんなさい」

 

 

 死人は物を口にしない。

 

 認識票の半分と、食糧と水をポーチに詰めた。

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 死人が銃を使うことはない。

 

 弾と銃を奪い取った。

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

「ごめん……ごめん……! 

 すいません……! 

 申し訳ありません……! すいません……!」

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都・帝国軍総司令部。

 

 そのとある一室に、多くの将校たちが一堂に会していた。

 

「戦線が膠着し早二年。兵たちは疲弊し、国民はうなだれている」

 

 その中で口火を切ったのは、帝国軍参謀総長ヴァルケンハイン。皺のある顔を歪ませながら、彼女は続けた。

 

「先週だけで一万の兵が死んだ。にもかかわらず戦線はほとんど前進していない。これではいかん!」

 

 ドン、と机が叩かれた。

 

「だからこそ、この作戦は帝国の勝利の要! この作戦なくして勝利はありえない!」

 

 将校たちに檄を飛ばすヴァルケンハイン。その表情は興奮からか、真っ赤に染まっていた。

 

「それでもまだ反論があるのなら聞こう。なにか代案を出してみるがいい」

 

 反対するものは出なかった。

 

 

 

「第五軍に通達。予定通り、攻撃目標は『デルダン』。繰り返す、攻撃目標は『デルダン』」

 

 

 新たな殺戮の地獄が、一つの無線で開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。