戦場で男は珍しい   作:ウニダコ

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デルダン攻略戦
第六話


 

 二年前、一人の若者が某国の皇太子夫妻を暗殺。

 

 のちにザラーボ事件と呼ばれるそれは、人類が未だかつて経験したことのない、史上最悪の戦争への引き金となった。

 

 かねてよりそこら中に転がっていた火種。

 

 最初は二つの国家のみによるものだった戦争は、瞬く間に何十もの国を巻き込む大戦争へと発展。

 

 帝国と共和国の戦争も、そのあおりを受けた結果であった。

 

 戦争が始まった当初。人々は戦争について楽観的にそれまでの価値観で捉えていた。

 

 勇敢な騎士たちが一斉に敵陣へ突撃し、華々しく敵を薙ぎ払う。

 

 知略と力に優れた英雄が、絢爛に勝利をつかみ取る。

 

 兵士たちは苦しみながらも、切磋琢磨し類まれな友情を育みあう──そのようにしか、捉えていなかった。

 

 物語に出てくるような益荒女となることを夢見て、次々と従軍していく女たち。

 

 その面持ちは、ひたすらに明るく戦意に満ち溢れ。

 

 とても殺し合いをしに行く様相ではなかった。

 

 兵士たちは口をそろえ、見送る各々の家族にこう言った。

 

 ──聖誕祭の日に、また! 

 

 

 開戦から約二年。

 

 戦争は未だ、終結の兆しも見せていない。

 

 

 

 

 

 

 

 血と汚泥にまみれた大地を一歩一歩踏みしめる。

 

 太陽はとうの昔に沈んでおり、現状頼りになるのは月の明かりのみ。

 

 日光に比べれば断然劣る代物だが、それでも現状はそれに頼るほかない。

 

 あの場を発ってから既に約三時間。一度も足を止めることなく、一定のペースで歩き続けていた。

 

 現在の目標は第二塹壕戦線。第一塹壕は一時間前に通過していた。

 

 視界悪化による味方からの誤射。その可能性に怯えながらも、なんとか俺は第一塹壕に辿り着いた。

 

 しかし自分の視界に最初に映ったものは味方ではなく、僅かながらの両陣営の屍体であった。

 

 一時は残存勢力全滅による防衛失敗、敵軍はさらに奥地へと侵攻したという線も考えた。

 

 だが屍体の少なさ・機関銃の不在・貯蔵されていた弾薬の明らかな減少から俺は残存勢力撤退の仮説を立てた。

 

 おそらく著しい戦力の減少を重く見た味方は、持てる限りの武器弾薬を携え第二塹壕へ撤退、並びに立て直しを図ったのであろう──自分はそう考えた。

 

 夜の空気が冷たい。ガチガチガチと歯が震え、全身の筋肉が収縮する。

 

 吐息の水分が凝縮し、白くなって大気に散る。バラクラバや手套、厚手の軍用コートを身に着けていても寒さは当然のように体の芯を冷やしていく。火に当たりたかった。

 

「あっ」

 

 地面の窪みに足をとられた。やはり月明りでは太陽光に及ばない。なすすべもなく転倒するが、なんとか受け身をとることに成功する。

 

 ぐしゃり。

 

 チューチュー。チューチュー。

 

 右手に伝わる嫌な感触に、鼠の鳴き声と走り去る音。

 

 若干の察しがついて直視したくない気持ちが湧き上がるが、意を決して右手を見る。

 

 自分の右手は、人間の屍体に着いていた。

 

 服装からして共和国兵ではあることは判別できるが、その顔はグチャグチャで頭蓋骨が露出している。

 

 肉はところどころ鼠の嚙み跡があり、さらに水分を吸い醜くふやけていた。

 

 即座に手を外し、付着した汚れをそこらの土でこすり落とす。手に傷を負ってはいないからよかったが、一歩間違えれば破傷風になりかねない事態だった。

 

 汚れは落ちても未だに残っている感触に顔をしかめたくなるが、そんな暇はないと自分に言い聞かせ再度発つ。

 

 第二塹壕までは、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 

 廃村を見つけた。

 

 建物は度重なる砲撃のせいかほとんどは崩壊し、もはや廃屋ですらなくなっている。

 

 元の住民は逃げたか、はたまた追い出されたか。いずれにせよ、もはや建物として使えそうなのは一軒のみであった。

 

 その一軒に向けて慎重に歩みを進める。

 

 敵の有無を確認し、あわよくば屋根のある場所で休息をとろうという算段であった。

 

 数時間ぶっ通しで凹凸の激しい無人地帯を歩き続けるのは、19歳の男の身でもさすがにつらかった。

 

 明かりは見えないが、敵がいないとも限らない。小銃を肩より下ろし構え、かがみながら廃屋に忍び寄る。

 

 先駆者がいないことを祈る。いたとしても、味方であることを祈る。

 

 ドアすらもない入口に近づき、壁に身を寄せる。

 

 息すらも殺し、小銃の照準に全神経を集中させる。

 

 やることは制圧ただ一つ。なんということはない。

 

 姿を見せると同時に銃を向け確認。敵はすぐさま撃ち殺す。ただそれだけ──

 

 

 

「がっ!?」

 

『この、帝国野郎がっ……!』

 

 突如背後より伸びた二本の腕に、自分の首はとらえられた。腕の持ち主を下敷きにし、体が後ろへ倒れこむ。

 

「か、あ、ああああああ……!」

 

 突然の出来事に思わず小銃を手放し、首を絞めている最中の腕にしがみつく。

 

 しかしその力は予想以上に強く、外すことができない。

 

 首の血管がきつく締めあげられ、意識が薄れていく。これは、まずい。

 

 バタバタと足を闇雲に暴れさせるが、当然事態は好転しない。

 

 意を決して右腕を腰に移し、目的のものを探す。

 

 接近戦用の、柄の短いトレンチナイフ──木製の持ち手が、己の手の感触から伝わってきた。

 

 すかさず鞘より抜き取り、首にまとわりつく腕を突き刺す。

 

『ギャッ』

 

 共和国兵の悲鳴が響き、首が解放された。

 

 首の血管へ一斉に血液が巡り、急速に意識が戻り始める。

 

 ふらつきながらもなんとか立ち上がり、ぜいぜい息を吐きながら敵兵を見る。

 

『うううううううう……!』

 

 酸欠の後遺症か、未だにチカチカする視界。

 

 それに映る敵は呻き声を上げながら、夥しい血が流れ出ている刺し傷を必死に押さえていた。

 

 無我夢中で刺したため狙いなどつけていなかったが、偶然手首の動脈を切り裂いていたようであった。

 

『ニーナどうした! なにかあったか!』

 

「!」

 

『シェ、シェラル! 助けろっ!?』

 

 ニーナと呼ばれた兵を殴りつけ、背後から首に右腕を巻き付かせ拘束する。

 

 当然振りほどこうとしてきたが、手首の傷からくる激痛や大量出血が影響しているのかまるで力が入っていない。

 

 コートの袖が敵の血で汚れた。

 

 残った左手に握るナイフの切っ先を、敵の白い首に近づける。これでこの兵士は今から、こちらの人質となった。

 

 卑怯な手だということは理解しているが、この兵士に仲間がいる以上これは生き残るために必要なことだ。致し方、ない。

 

 敵を人質にしたまま廃屋の入り口に躍り出る。

 

 見れば中には、一人の共和国兵がいた。

 

 激戦を繰り広げてきたのかその恰好はひどくボロボロで、辛うじて立ててはいるものの体のあちらこちらに血のにじむ包帯が巻かれており、痛々しい印象を与えてくる。

 

『ニーナ……? クソッ帝国!!』

 

『頼む撃つな! これを見ろ!』

 

『……っ! 貴様ァ……!』

 

 兵士が小銃を構えこちらに向けてくるが、共和国語での恫喝と同時にナイフを強調して威嚇する。

 

 兵士は悔しげな表情をし、憎しみに満ちた目でこちらを睨んできた。

 

『俺を見逃してくれ! 偶然立ち寄っただけで戦闘の意志はなかったんだ! 生き残りたいのはどっちも同じだろ!』

 

『ほざけ帝国野郎、貴様らの話なんて毛頭聞くつもりはない! ニーナを離しておとなしく降伏しろ!』

 

 兵士に向かって叫ぶが、兵士から叫び返される。

 

 どうやら人質では相手をおじけづかせることはできなかったらしい。

 

『……や、れ、シェラル……』

 

『! だ、黙れ!』

 

『やれシェラル! やるんだ!』

 

『黙るんだ!』

 

 ニーナと呼ばれた兵士を黙らせようとするも、一向に黙らない。

 

 そうこうしているうちに、迷いが見えていたもう一人の兵士の顔が憎しみでさらに歪んだ。

 

 なぜだ? ──ああ、そうか、見てしまったのだ。

 

 兵士の手首の傷と、俺のナイフに付着する新しい血を。

 

 はっ、はっ、はっ、はっと息が荒くなる。

 

 自分の呼吸音がやけに耳につく。

 

 向けられる銃口に、ひたすら目が吸い寄せられる。

 

 一秒がまるで一時間のように感じられる。

 

 心臓がバクバクと脈動し、胸がしめつけられる感覚におちいる。そうか、死ぬのか、俺は。

 

 ははは。

 

 死を恐れるという本能的な恐怖に襲われている。にもかかわらず、なぜだか一歩も動けない。

 

 そんな矛盾した状況の中、俺は一発の銃声を聞いた。

 

 

 

 

 

 銃を向けていた敵兵士が崩れ落ちた。

 

 急速に舞い戻る生の実感をよそに、銃声を響かせた人間を視認する。

 

 シルエットからして帝国の兵士。しかし月明りにわずかに照らされる容貌は、間違いなく以前どこかで見た人間だった。

 

「所属と階級、それに名前を」

 

「……っ、ハッ! 第5中隊所属のポール・ハインリヒ二等兵です! 

 隊と合流するために移動していた所存で」

 

「待て。ポールだと?」

 

 兵士は話を遮ると、こちらの顔をのぞき込んできた。

 

 そして相手がこちらを見ることができるということは、こちらも相手を見れるということだ。

 

 いつかの塹壕で知り合った、タチェンスキー一等兵。

 

 彼女は話したときと同じ無表情ではあるが、どこか驚いたような雰囲気が感じ取れる顔でこちらを見つめていた。

 

「そうか、よく生きていたな──隊のもとに案内しよう、ついてこい」

 

「あ、あの! この、敵兵ですが」

 

 先ほどから妙に動かない敵兵を抱え、彼女に話しかける。彼女は相も変わらず無表情で立ち止まった。

 

「手首を刺したので戦闘能力はありません。捕虜にするのですが、その前に止血したいんです。なにか止血帯を」

 

「もう死んでいるぞ、それは」

 

「……えっ?」

 

 敵兵を床に下ろし、首の血管に人差し指と中指を当てる。

 

 生きている人間なら聞こえるはずのうごめきが、一切も感じられない。

 

 コートの前を開け、心臓のあたりに耳をそばだてる。何も、聞こえない。ただ冷たい感触があるだけだった。

 

「気にするな、そいつは敵だ。仕方のないことだ」

 

「……」

 

「さぁ立て。すぐ移動するぞ」

 

 呆然としながら立ち上がる。自分の殺した屍体の全体が目に入った。

 

 

 

「ん? お前──」

 

 

 立ち上がった自分を見て、彼女が話しかけてくる。

 

 

 彼女の目線の先には、俺の履いているブーツがあった。

 

 

 

 

「らしくなったじゃないか、ハインリヒ二等兵」

 

 

 

 

 大事なものが、また欠ける。

 

 

 

 

 

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