戦場で男は珍しい   作:ウニダコ

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第七話

 

 

 廃屋から味方陣地への移動中、タチェンスキー一等兵がこれまでの状況の説明をしてくれた。

 

 どうやら自分の予想通り、共和国軍は戦線を突破していたらしい。

 

 戦車部隊と火炎放射兵による諸兵科連合でこちらが奪取した塹壕を突破した共和国軍は、その勢いに乗ったまま帝国軍の戦線へ前進。

 

 もともと少なかった戦力を敵の反撃でさらに失った第5中隊は、形勢不利とみて後方の第二戦線への撤退を決定。

 

 持てるだけの武器弾薬を持ち運び、後方での立て直しを図ったのだ。

 

 しんがりで少なくない犠牲を払いながらも、第二戦線への撤退は成された。

 

 後方の予備部隊と合流した中隊はそのまま追撃する共和国軍への反撃を開始。

 

 功を急いたのか戦果に目が眩んだのか、陣地構築もせずに全力で進撃してきた共和国軍を、たちまち機関銃と迫撃砲の雨が襲った。

 

 長時間の行軍で疲弊した共和国兵。ぬかるみにハマるかエンジンが停止し、身動きのとれなくなった戦車。

 

 万全な帝国軍にとって、それは単なる的でしかなかった。

 

 共和国軍はろくな抵抗もできずに猛烈な攻撃を受け続け、そのほとんどが命を落としたという。

 

「お前が出会ったのは、その生き残りだろう。

 おそらく一人の負傷が原因で身動きがとれなかったため、ひとまず休息をとっていたんだろうな。

 私はそんな敗残兵を捜索する任務に就いていたんだ。

 運が良かったな」

 

 泥濘にとらわれ、もう動くことがないであろう戦車の残骸を横切りながら。

 

 なんでもなさそうに、彼女はそう言った。

 

 

 

 

 

 彼女の手引きで第二戦線に到着してから一日が経った頃。

 

 司令部から一通の伝令が届いた。内容は『速やかに後方の司令部に出向け』とのこと。

 

 その他詳しい情報は一切載っていなかった。

 

 しかし偶然、それについて語る兵士のたちの会話の盗み聞きに成功。事態の大まかなところを掴むことができた。

 

 彼女たち曰く、中隊の被害は深刻らしい。

 

 攻撃開始時と比べ既に戦力は20パーセント以下。

 

 敵の予想以上に激しい抵抗と反撃が、80パーセント以上の損失という形となってあらわれたのだった。

 

 もはや中隊と呼べる規模の兵力ではない。これでは以前の規模の戦闘が行えないことは明白だった。

 

 第5中隊は現在、早急な戦力補充を必要としている。

 

 そんな第5中隊の現状を把握した司令部は、中隊の再編成を決定。

 

 損失分は予備兵力で補充し、生き残りもそれぞれ分隊の配属を改めるとのことだった。

 

 おそらく自分が野営地に向かうのも、その手続きのためであろう。

 

 なぜわざわざ分隊の所属を変えるのか疑問でしかなかったが、逆らう理由も意味もないので素直に受け入れる。

 

 ただの一兵卒、しかも男に、上層部へ具申する権利などない。

 

 数時間後、司令部のある野営地からやってきた輸送トラックの荷台に自分は座っていた。

 

 運転手に渡した対価はタバコ二本。重度の喫煙者ならためらうだろうが、吸わない自分にとって躊躇する理由はない。

 

 

 

 

 

 

 運転手に礼を言い、荷台から地面に靴を着ける。

 

 占領地した村の跡を利用した、第5中隊とその予備隊の野営地。

 

 前線からここへ戻ってくるのは、数週間前の後方任務ぶりだった。

 

 塹壕戦では、なにも四六時中同じ兵士が前線に張り付いているわけではない。交代制で前線と後方を行ったり来たりするのだ。

 

 もっとも先の攻撃では、中隊の全兵力が前線に集められていたが。

 

 いや、今は司令部に向かうのが第一だ。余計なことを考えている場合ではない。これまでの記憶を頼りに、司令部へ向けて歩みを進める。

 

 敵の砲弾の影響か、半壊した建物が視界に入る。

 

 以前来た時にはまだ建物であったはずだが、今では辛うじて風雨を防げる程度となっている。

 

 それでも何人かの負傷兵が中で休息をとっているのが、ちらりと視界の端に映った。

 

 先の戦闘が原因なのか、以前よりも負傷者の規模が大きく見える。

 

 道中で野戦病院のそばを通りかかったが、そこではもっと露骨だった。

 

 中では血まみれの白衣を着た軍医や看護師がせわしなく動き回り、負傷者の治療に専念している。

 

 ベッドの数が足りないのか、どこかしらに血の滲んだ包帯を巻いた負傷兵たちが病院の廊下や外にまで溢れている。

 

 一人残らずうなだれて虚ろな目をし、疲れ果てている様子であった。

 

「いやだっやめろ!」

 

 一人の兵士が喚きながら、看護師二人に担がれ運ばれていく。

 

 鬼気迫る形相で看護師に抵抗しているものの、看護師による拘束を振り払う気配はない。否、振り払うことができないのだ。

 

 両腕は暴れまわっているものの、両足がまるで動いていない。

 

 これまで何度も見てきた屍体のように、力が完全に抜けて投げ出されている。

 

 おそらくは足を撃ち抜かれ、神経をやられたのだろう。

 

 足をひどく負傷した兵が運ばれる場所は一つしかない。

 

「足を切るなんていやだ! やだ! やめてくれ! 

 ゆるして!」

 

 恥も外聞もなく、全力で喚き続ける彼女。当然看護師たちは聞き入れることなく、淡々と病院の外にあるテントへと彼女を運んで行った。

 

「ヴううううううう!!! う、うううううううう……!!!!」

 

 数十秒後、テントから漏れ出たくぐもった絶叫が自分の耳に入ってきた。

 

 舌を嚙まないように猿轡をされているのだろう。この世のありとあらゆる苦しみを煮詰めたような、喉の奥から絞り出された声だった。

 

 

 

 先ほど目にした負傷兵たちの姿が目に浮かぶ。

 

 ほとんどが重症だった。銃弾を四肢に食らい、切り落とす運命が待ち受けている兵士。

 

 ガスに目をやられ、今後視力が戻るかもあやしい兵士。

 

 運よく軽症ですんだものの、精神をやられ意味のとれないことを呟き続ける兵士。

 

 どれも、前線に立つ兵士ならすべてあり得る未来だ。それでも自分は大した怪我も負わず、こうして生きて立っている。

 

 ユーリさんの姿が目に浮かんだ。

 

 出会って間もないというのに、自分を守って死んでしまった。粗暴な口調が特徴的ではあったが、責任感のある人だった。生きるべきなのは、ああいう人だろう

 

 そんな人の死のお陰で、自分がこうして生きている。

 

 嫌になる。

 

 こんな人間が生き残り、生き残るべき人間が死んでいる。

 

 嫌になる。

 

 負傷者たちと比べて、自分の無事を心から喜んでいる自分がいることに。

 

 自分が生きていることに、心から安心している自分がいることに。

 

 

 

 

 

 

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