戦場で男は珍しい   作:ウニダコ

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第八話

 

 

 

「ハインリヒ二等兵。本日を以て貴様は第8小隊に配属される。

 分隊構成や役割については隊で聞け。以上」

 

「了解です」

 

 薄暗く書類にまみれた執務室の中、自分は第5中隊の中隊長より指令を受けていた。

 

 一兵卒から叩き上げで今の地位に就いたとされる彼女。

 

 戦争初期から生き抜いてきただけあって戦闘経験が豊富で、そのため部下への理解や気遣いが深く、多くの人間から尊敬を集めていた人だ。

 

 よく頼られているためか普段から疲労感を漂わせている彼女だが、今日は一段とひどく見える。

 

 無理もない、先の戦闘でほとんどの部下を失ったのだ。それでも彼女自身が生きているのは、古参兵としての実力を見せられているようであった。

 

 彼女は自分への指令を伝え終えると、すぐに脇に積み上げられている書類の一枚を取り、手を付け始めた。

 

 万年筆をせわしなく動かし書類に没頭するその姿は近寄りがたいオーラを放っていたが、ここで退くわけにはいかない。

 

 自分には、やらなければならないことがあった。

 

「中隊長殿に一つ、報告がございます」

 

「……なんだ」

 

 書類から頭を上げると、より一層眉間の皺を深くしてこちらを見つめてきた。

 

 鋭い眼光に思わず怯むが、構わず続ける。

 

「自分は、先の戦闘においてハイネ分隊と共闘。

 敵の猛攻に対し果敢に立ち向かうも、あえなく、防衛線は突破され。

 その後も、敵を迎え撃ちましたが。その、さなか」

 

「死んだか」

 

 中隊長が視線を書類に落とし、そう呟いた。

 

 中隊長の姓はウェストフース。ハイネさんの姓もウェストフース。

 

 二人は姉妹だった。

 

「……はい。戦闘の中でもこちらを気遣い、命を守ってくださりました」

 

「そうか」

 

 視線を下げたまま、彼女が相槌を打つ。

 

 表情は伺えない。

 

 三人の認識票を取り出し、中隊長に提出する。

 

 中隊長はそれを確認すると、隣の認識票の山にそれを新たに追加した。

 

 自分はヘルメットを脱ぎ、さらに彼女へ話しかける。

 

「これは、ハイネ一等兵のヘルメットです。味方陣地への帰還のため、使わせてもらいました。

 中隊長のご令妹の遺品を自分のために利用してしまったことを、お詫び申し上げます。

 これは中隊長にお返しし、どうかしかるべき罰を与え」

 

「いや、いい」

 

 彼女は肘をつき、額に手をあててそう言った。

 

 しばしの無言が、場に響く。

 

「遺品の私物化などよくあることだ。いちいち罰していたらキリがない。

 それに、新しい装備の手配も面倒だ。()()()の使用を許可する。もういい、下がれ」

 

「……はい。失礼します」

 

 顔を下げたままの彼女に敬礼し、体を回転させ後ろの扉へ向かう。

 

「待て」

 

 扉のノブに手をかける直前。呼び止める声が耳に入った。

 

 また、体を回転させる。

 

「あいつは、その……どう、逝った? 苦しんで、なかったか?」

 

「……申し訳ありません。自分は、ご遺体を見ただけでして」

 

「……そうか」

 

 彼女は顔を上げ顎に手をあてて、斜め下を見つめていた。表情は夕日に包まれており判別できない。

 

 ふぅー、と彼女のため息が響きわたった。

 

「呼び止めて、悪かったな。隊に合流するのは明日でいいだろう。今日はもう暗くなる。

 食堂テントで何か食べてくるといい。次の戦いに向けて、しっかり栄養をとれ」

 

「……ハッ。了解です」

 

 彼女にむけて再度敬礼し、執務室を出る。

 

 

 見てしまった。

 

 夕日に照らされていた、いつもは厳格に形作られた彼女の顔。

 

 その目元から流れ出る、一筋の水跡を。

 

 彼女はきっと、己が妹の身を心配しながらも、隊長としての義務を果たしていたに違いない。

 

 報告されてゆく夥しい数の戦死者の名前の中に、妹の名がないか何度も確認したのだろう。そして()()が確定していないことに安堵し、一片の希望を抱いていたのだろう。

 

 だがそれを自分は壊した。

 

 もしかしたら、言うべきではなかったのかもしれない。妙な義務感など抱かずに、生死不明のままにしておくべきだったのかもしれない。もう遅い話だが。

 

 なぜ、どうして、こんな俺が生きているのだろう? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お坊ちゃんキレイだね。キスしてくれたらもう一杯サービスしてあげるよ?」

 

「結構です。それでは」

 

「つれないねぇ」

 

 支給係の誘いを断り、飯盒に一杯のシチューを注いでもらう。

 

 具はジャガイモと豆と肉。以前と比べて量が少なめになっている気はするが、それでも三週間に前線にいた自分からすればごちそうもごちそうだ。

 

 前線では保存食以外まともな食事はとれない。わざわざ鍋を抱えて危険地帯にやって来る人間はいない。

 

 だからこそ兵は、生き残って後方に戻り温かい食事をとるということに執着するのだ。

 

 テキトウな席を見つけ荷物を置き、シチューとパン、そしてソーセージを台に置く。

 

「いただきます」

 

 前世から脳にこびり付いている慣習に従い、合掌・お辞儀・感謝の言葉と一連の儀式を行う。

 

 自分でも不思議だと、常々思っている。

 

 前世では忌避されていた人殺しにはとっくに慣れたというのに、このような細かな習慣は残っている。

 

 やはり自分はどこまでも中途半端な人間だ。いい加減、捨ててしまえばいいのに。

 

 そんなことを考えているうちに、パンとソーセージが消滅しシチューも空になった。それも、飯盒の内側に付くシチューの残滓までパンで拭き取られ食べられているという徹底ぶりだ。

 

 食事前の挨拶という慣習は続けていても、どうやら食事の行儀は前世より悪くなったらしい。

 

「ごちそうさまでした」

 

 荷物をまとめ水場に赴き、飯盒を洗浄する。

 

 洗浄は重要だ。洗いを怠って食器に雑菌が繁殖した暁には、食中毒か下した腹で敵と戦う羽目になる。野戦病院に送られるかもしれないが、そんなことで軍医の手を煩わせるのはどうも情けない。

 

 日が落ちてすっかり暗くなった野営地を、焚火の明かりを頼りに進む。次にすべきことは寝床の確保だ。

 

 この前線基地に兵士全員分のベッドなんてものはない。与えられているのは薄い毛布と耐水性のシートだけだ。戦場でまともな寝具を扱えるのは、傷病者または上官のみである。

 

 故に兵士たちはそれぞれの寝場所を確保する必要があるのだが、男の自分にとってそれは非常に重要な問題だ。

 

 軍の規約で厳しく禁じられてはいるが、それでも間違いを起こすのが人間である。

 

 こと、最前線で戦う兵士たちにかけてはなおさらだ。そんな人間の近くで寝ようものなら、何をされるか分かったものではない。

 

 そういうわけで"他の兵士がおらず雨風をある程度防げる場所"を探す必要があるのだ。

 

 幸い今日の寝床は決まった。と言っても、半ば廃屋と化している狭い一部屋だが。これでも野宿に比べれば大分マシというものである。

 

 畳んだコートを枕にし、床に引いたシートに寝転がる。床の硬度と冷たさが直に伝わってきた。

 

 寝心地ははっきり言って悪いが、もう既に慣れた身だ。それに前線の寝床よりは格段にいいというものだ。

 

 一日中塹壕を掘り続け疲労で体が悲鳴を上げても、敵の長時間にわたる砲撃で一晩中睡眠をとれないことなど多々あった。

 

 泥と寒さに晒されながら何時間にも及ぶ歩哨任務に耐えて、仮に睡眠をとれたとしても大抵は座り込んでの睡眠だった。体に悪いことこの上ない。

 

 毛布にくるまると、たちまち瞼が重くなってきた。久々に横になって眠れるので、ここ数日の疲れが一気に滲み出たのだろう。

 

 それに逆らう理由もないため、自分は素直に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 この世界で、社会的地位において男性よりも女性のほうが高く見られているのには理由がある。

 

 単純に筋力が高いのだ、この世界の女性は。具体的には、前世での男性の身体能力が今世では女性が持つものになっているのだ。

 

 自分は男性にしては高い筋力を持っていたため兵士になれたが、一般的な男性ではそうはいかない。ほとんどは審査で跳ね除けられるか、入隊したとしても看護師や事務作業で戦闘員ではない。

 

 筋力が高い。それだけで女性上位社会となれるのかは甚だ疑問だが、そうなっている以上認めるほかない。

 

 身体構造は前世と変わらない。筋力だけが、男と女で入れ替わっていた。その歪みは様々な点で見受けられた。

 

 例えば、妊娠・出産は女性がするが育児は男性の仕事になっていた。ここでの父性という言葉は、前世における母性の意味合いを孕んでいた。

 

 自分はこれを知ったとき、なんともいえない不気味さを覚えたものだ。まるで何かが都合よく世界を調整した結果のようだった。転生などということを経験しておいて今更ではあったが。

 

 とにかく、この世界では男性は女性に()()()()やすい。前世でそういう感覚を抱かなかった自分にはいまいち実感できないが、そういうものなのだ。

 

 だからこういうことが起きる。

 

 

 

 

 

 

「……? あっグホッ!!」

 

 布団を剥ぎ取られた感触で目を覚ました自分の腹部を衝撃が襲った。

 

 腹に走る激痛で意識が朦朧とするも、どうにか濁る視界でその下手人を視認する。

 

 兵士だった。顔は暗くてよく見えないが、グレーグリーンの軍服とその膨らみから女性兵士だと分かる。その足はこちらの腹部に踏み下ろされており、重さがダイレクトに伝わっていた。

 

 おもむろに兵士のブーツが腹から去る。圧迫感が消え体を動かすことが可能となった。未だに響く痛みと吐き気にえずきながらも、肘と足で体を後ずさらせ逃走を試みる。

 

「ガッ」

 

 突然、横から頬を拳が襲った。

 

 視界の外からの()()()による殴打。完全に意識外からの攻撃であったそれを受け、視界は歪み息が苦しくなる。たまらず、ぜいぜいと呻きながら床にうずくまった。

 

「ちょっと顔は傷つけないでよ。傷でもついたら興奮できないじゃん」

 

「これくらいやんないとおとなしくならないでしょ。それにほら、私はこういうの好きだから」

 

「ったく……ま、さっさとやろ」

 

 殴られた衝撃で少し脳が揺れたのか、彼女たちの会話自体は聞こえるが体に力がはいらない。自力での逃走は不可能だった。

 

「ゲホッゲホ……だ、誰かンんんん!!」

 

 大声を上げ助けを求めようとするも、即座に猿轡をされ封じられる。途端に言葉は意味をなさない呻き声となり、夜の野営地へ霧散した。

 

「ほら静かにしてなよ。だいじょーぶ、すぐ済むからさ。それに言いなりになったほうが、どっちも気持ちよくなれてお得だよ?」

 

 気持ち悪い。

 

 体を無理やり起こされ、一人が両腕を後ろ手に縛る。もう一人は前へとまわり、こちらの軍服のボタンを外し始めた。下に来ていたシャツが外気に晒される。

 

 軍服を脱がせた手が、肩にかかるサスペンダーに伸びてきた。相手の手の触感が一段と強くなる。

 

 気持ち悪い。

 

 なんで、俺やこいつらが生き残って、ハイネさんたちは死んだのだろう。

 

 こんな、人を傷つけることに何の躊躇も抱かない連中が。人間性を捨てて倫理を犯した人間が。他者の死を踏み台にして生きてる。

 

 気持ち、悪い! 

 

「うぎゃっ!!」

 

「ぎっ」

 

 戻った力を足に込め、思い切り相手を蹴り飛ばす。間髪入れず後頭部を後ろの兵士へ打ち当て、両足のみを使いなんとか立ち上がる。

 

「男風情が!」

 

「いったいなぁ!」

 

 だが腕を縛られている人間がまともな抵抗をできるはずもなく、即座に床に倒される。そんな自分を、二人のブーツによる足蹴が襲った。

 

 革製の頑丈に作られた軍用ブーツ。それを履いた女性による、連続の全力での蹴り。あっという間に体中が痛み、骨までダメージが通る。

 

 二人で襲い掛かるしか能のない人間が。

 

 余裕ぶっていたくせに、すこし反撃された程度で激高し必死になって足を振るっている。

 

 いいさ。そうやって鬱憤を晴らせばいい。

 

 所詮お前らはその程度の人間だ。

 

 あの人たちとは違うんだ。

 

 ははは。

 

 心の中で嘲笑ってはいるものの、体は現在進行形で痛めつけられている。

 

 これでは明日合流する隊で迷惑をかけてしまうかもしれない。行軍に支障がでないといいが。

 

 早く、終わらないかな。

 

 

 

 

「おいおい何やってんの?」

 

 新たな人間の声が聞こえた。

 

 兵士たちが一斉にそれに振り向く。

 

「いくらなんでもそりゃまずいでしょ。軍規を三つくらい違反してるよ君ら。

 今すぐやめるなら言わないでおいてやるから、とっとと隊に帰りな」

 

「……っ! クソッ!」

 

 兵士たちは一瞬逡巡したようであったが、形勢不利と見たのか一目散に駆けていった。

 

 二人を追い払った第三者が話しかけてくる。けだるげな雰囲気を纏う兵士だった。

 

「大変だったねぇきみ。うわーこりゃひどいわ。ボコボコじゃん。

 とりあえず、腕解放してあげる。うお猿轡までされてる、道理で声が聞こえなかったわけだ」

 

 兵士は次々と軽い口調で一方的にまくし立てながらも、軽々と腕を拘束していた縄をほどき猿轡を解いてゆく。いささか声に覇気がなく言葉の字面に反してこちらを心配する思いが伝わってこないが、そういうものなのだろう。

 

 自由にさせてくれた体を立ち上がらせる。ところどころがズキズキと痛むが、行軍や戦闘に支障はないだろう。 

 

「助けてください、ありがとうございました」

 

「んーどういたしましてー。じゃ」

 

 そう言うと彼女は、空いた右手をこちらに差し出してきた。

 

 握手の誘いかと考えた自分は、右手でその手を握る。

 

「いや違うよ、タバコちょうだい」

 

「……」

 

「言葉だけじゃなくて物でもお礼してよ」

 

「……」

 

 理にかなってはいるが、どうも釈然としない。

 

 そんなもやもやする思いを抱きながらも、自分は荷物よりタバコの箱を取り出した。

 

「何本ですか?」

 

「一箱ちょーだい。新品のね。助けてあげたんだから、それくらいはね?」

 

「……」

 

 ますます釈然としないが、渋るのも滑稽なため荷より新たに取り出した箱を大人しく譲渡する。

 

 彼女は受け取るとすぐさま開封し、そのうちの一本に火を灯し勢いよく吸った。

 

「ふぅ……ん? 君……」

 

 闇にタバコを燻らせながら、彼女が興味深そうにこちらを見てきた。

 

「何ですか?」

 

「金髪に碧眼の男……君もしかしてポール・ハインリヒじゃない?」

 

「そうですけど……なぜです?」

 

「なぜって、ほら」

 

 彼女はそう言うと、軍服に縫い付けられた所属を示す隊章を見せつけてきた。

 

 それが示す数字は8。自分がこれから所属する隊だった。

 

「私はヒューレル。階級は一等兵ね」

 

 階級は上で、これから所属する隊の一員だ。

 

 好感を与えておいて損はない。自分は敬礼し、彼女に向かって宣誓した。

 

「ハインリヒ二等兵です。これより第8小隊の一員となりました。

 軍のため隊のため、精一杯尽くす覚悟です」

 

「ん。これからよろしくねー」

 

 こちらが痛みに耐えながら宣言する中、彼女は見向きもせずにタバコの本数の勘定をしていた。

 

 ニコチン中毒者め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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