風は崩壊世界を救済す   作:レイラレイラ

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二人の第四律者

 ──────天命・ニュージーランドオセアニア支部

 

 ベッドに横たわった少女はむくりと身体を起こす。

 

 先ほどまでの全身を襲った激痛は欠片もなく、倦怠感も一切感じないことがむしろ違和感のようにさえ思える。

 

 両の手を何度も握っては離し、自身の身体は健康そのものだと自覚する。

 

 いや、()()()というのは正確ではないかもしれない。

 

 健康的な質感の肌と温もり、細身ながらも戦うものとして鍛えられた頑丈な身体がそれを証明している。

 

 窓から覗く景色も以前は画面越しに見るだけのものだったのに、視覚に聴覚、嗅覚までもが少女に自分の感じているものが全て現実であると。

 

 部屋の中をぐるりと見渡してみる。

 

 几帳面に整えられた部屋は居心地がよく、オタクの自分でもびっくりするほどの本の所有数を除けばいたって素朴なものだ。

 

「ここは…………」

 

 自分のものではない声が自分から出たことに、少女ははっと口元を抑える。

 

 すぅはぁと深呼吸を一つ。

 

 あくまでも慌てず、冷静に行動するんだと自身に言い聞かせる。

 

 ベッドから足を下ろし、一歩を踏み出す。

 

 ズボン越しの見る両足も細すぎず、かといって肉付きが良いわけでもない程よい太さであることに驚きつつ。

 

 カーペットを踏みしめる感触にくすぐったさを覚えながら、知らないはずの、しかし見慣れた自分の部屋を進んでいく。

 

 洗面所にたどり着き、腰から上を満遍なく写す鏡をじっと見据える。

 

「やっぱり、そういうことなんだね…………」

 

 鏡に写った自分の顔はかつての自分のものではなく、風の律者『ウェンディ』のものとなっていた。

 

 その事実にも酷く驚かされたものだが、少女の心をより強く掻き乱す人物がいたからだ。

 

 くるりと背後を振り向き、これはどういうことだと疑問の表情を浮かべる。

 

『驚いた?』

 

 確かにウェンディが自分の背後にいる。

 

 だがその姿は鏡には写っておらず、少女にのみウェンディの存在が知覚できるのは想像に難くなかった。

 

 もっとも、それは第八の神の鍵『渡世の羽』という例を知っているからだが。

 

「どうして私だったの?」

 

 少女はウェンディの問いには答えず、自分が一番問わなければならない問いを投げる。

 

 ウェンディは一瞬悩んだ様子を見せたが、悲しげに笑いながら少女の問いに答える。

 

『私は、何も出来ずに死んじゃった。私を助けようとした人たちに傷をつけるだけの律者として。約束を、守れなかった』

 

「…………」

 

 そっと、少女は目を反らす。

 

 ウェンディという少女の終わりを知っている自分は、何を口にすべきかもわからなかったから。

 

『でも、あなたの強い意思が私を呼んだ。私と同じ後悔を、あなたにしてほしくなかったの』

 

 ウェンディの言葉に嘘偽りがないことは少女にはすぐにわかった。

 

 少女の、現在のウェンディの肉体に宿っている律者コアによって心が繋がっているのも大きな理由だ。

 

 ただ、同じ後悔を抱えているという共通点がウェンディの心情を如実に伝えたのかもしれない。

 

『私はあなたを支えたい。あなたと一緒に、この世界で、みんなと生きたい。それが私の願い。あなたは?』

 

「そんなの、決まってるよ」

 

 自分もそうだ。

 

 生きたいと強く望んだ。

 

 平凡な自分でいたくないと、人に自慢できるような、自分で自分を肯定できるような自分になることを願った。

 

 そしてこの世界で、少女たちは渇望した。

 

「『この完璧じゃない物語を、私たちの望むように変えてやる』」

 

 少女とウェンディはくすりと笑みを溢す。

 

 まるで子どもが悪戯を企てるような、無邪気な微笑みを。

 

『あ、それとね』

 

「え?」

 

『これからはあなたがウェンディなんだから、私をその名前で呼んでも返事してあげないんだからね』

 

「えぇ…………」

 

 ウェンディって、こんな意地の悪いことを言う人物だっただろうかと少女は呆気にとられるが、序盤で見た以上のことを知らないのだから当然だと思い直す。

 

(でも、どうしよう。それだと、この子のことを私はどう呼べば…………)

 

 少女…………否、ウェンディは深く悩んだ。

 

 渾名をつけるほど親しかった人間は前世にはいなかったし、精神的に同棲状態にある以上は変な呼び名にしようものなら、ずっと気まずさを抱えた状態になりかねない。

 

「なら、『フウ』はどうかな?」

 

『フウ?』

 

 風の律者だから、音読みで『フウ』。

 

 安直過ぎただろうかと内心で冷や汗が止まらないウェンディ。

 

『いいね。気にいった』

 

「そっか。それじゃあ、これからよろしくね。フウ」

 

『よろしく、ウェンディ』

 

 実体こそないため握手はできないが、二人の絆は強く結びつけられた。

 

 約束と願いが二人をより強固な形で。

 

 

 

 

 

 

 ────────天命組織・本部

 

 天命の大主教であるオットー・アポカリプスは通信機越しに報告を受けていた。

 

「なに? デザイアジェムが消えた?」

 

『は、はいっ! 監視下にあったデザイアジェムが突如消失、依然として行方はつかめておりません!』

 

 オットーに特別威圧したつもりはなかったが、通信相手からは圧が増したように感じられたようだ。

 

 怯えが多分に含まれた声音と表情には関心は寄せず、オットーの心中は純粋な疑問と僅かな好奇心が芽生えていた。

 

(デザイアジェム、律者コアが自分の意思で新たな宿主のもとに宿ったと考えるべきか。ならば、今気にするべきはその宿主が誰かということだが…………)

 

 顎に指をあて、考え込むオットー。

 

 突如口を開かなくなったオットーに対して疑問を呈しようとした研究員だったが、理由はどうあれ人造律者計画の要となるデザイアジェムを喪失させてしまった自分が口を挟むなど言語道断だと自分を律する。

 

 そしてオットーは、ふと一つの確信に行き着いた。

 

「確認したいことがあるんだが、いいかね?」

 

『は、はいっ! な、なんなりと!』

 

「人造律者計画の施術対象は誰だったかな」

 

『オセアニア支部所属のA級戦乙女(ヴァルキリー)ウェンディです…………』

 

「ふむ…………」

 

(僕の想像が正しければ、おそらくデザイアジェムは彼女の中。これは、なかなか興味深いことになりそうだ)

 

「よくわかった。持ち場に戻って構わない」

 

『了解しました! し、失礼しますっ!』

 

 通信が切れ、オットーの主教室には静寂が戻ってくる。

 

 そしてオットーはとある人物に、主教室に来るように連絡を寄越した。

 

 

 

 数分後、その人物こと天命最強のS級戦乙女であるデュランダルが長く伸びた金髪を靡かせながら主教室に姿を見せた。

 

「お呼びでしょうか、オットー主教」

 

「デュランダル、よく来てくれた。早速ですまないが、君に一つ命令を下さなくてはならなくなった」

 

 数瞬の合間を置き、オットーはその命令を口にした。

 

「オセアニア支部所属の戦乙女であるウェンディが第四律者となった。早急に捕縛、或いは抹殺を頼みたい。方法は君に任せる」

 

「了解しました」

 

 

 

 二人の風の律者のもとに、最強の刺客が放たれてしまった瞬間であった。

 

 




前世と崩壊世界の狭間で律者コアが継承されたので、実験が行われるよりも先にウェンディの身体にコアがあります。
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