「私」の青春 作:せんせい
人助けに奔走しながら、ふと心配が浮かんでは顔をアビドスの方へ向けてしまう。
彼女はこれから何が起こるのか、大まかにではあるが知っている。
「……大丈夫」
それでも彼女は動かないことを選んだ。
遠い昔、何か選択なのか運命的なナニカなのか、
魂に焼き付いた記憶に残っているのは、決して輝かしい
――
――
恐怖が顕現し、絶望がキヴォトスを覆って、1つの世界が終わったのだ。
忘れる事なんて出来ない。そんなことは、彼女自身が許容しない。
「大丈夫、大丈夫」
二度、三度と自分自身に言い聞かせ、ギュっと胸の前で拳を握りしめ、落ち着こうと呼吸を整える。
彼女は多種多様な世界があることを知っている。
生徒たちに無限の可能性があることを、何より信じている。
そして生徒たちが一緒なら、先生は負けないことを分かっている。
だからこそ、彼女は今も昔もやることは変わらない。
シャーレとして呼び出されない限り、下手に首を突っ込まない様に自分を制する。
大丈夫、きっとこの世界の先生たちも、やり遂げてくれる。
そう信じて、今日も彼女は――
「よっ、なーにしてんだ?」
「わっ!?」
ポンっと背中を叩かれ思わず変な声を上げてしまった。
気軽に話しかけてきたのは、メイド服にスカジャンという一見するとチンピラのような
にかっと笑う姿は一見すると獰猛にも見えるかもしれないが、彼女からするととても頼りになる奇麗な笑顔にしか見えない。
「ネル、こんにちは」
「おう」
ミレニアムのエージェント組織、C&Cのリーダー美甘ネル。
ミレニアム最強といわれ、彼女のコールサイン「ダブルオー」は勝利の象徴と呼ばれるほどの実力者。
「今日はどうしたの?見回り?」
「いや、珍しくフリーな日で……お前、真っ青だぞ、大丈夫か?」
「んぇ?」
自覚していなかったが、どうやら色々思い出して顔色が悪くなってしまったらしい。
人の機微にもちゃんと気付くとは、伊達でメイド服を着ているわけではないということか……。
「気付かなかった、流石チビメイド様」
「喧嘩売ってんなら買うぞコラ!?」
「アハハ、心配してくれてありがと。だいじょーぶ」
「本当かぁ?って撫でんな!!」
口調もヤンキーで目つきも鋭いから怖がられていることが多いが、反応がとても可愛らしく、敵意が無ければ彼女から手を上げる事はしない。
今も顔色が悪かった彼女の癒しになっていると分かっているのか、大人しく撫でられてくれているほど優しい。
勿論、照れ屋なネルはずっと撫でられてくれているわけではなく、ある程度経つと振り払ってしまうが。
「ともかく、調子悪いならあんま出歩いてんじゃねぇぞ」
「うん」
「分かってんのかねぇ」
「分かってるし、だいじょーぶだよ。ネルのお陰でほら、この通り!」
「んなっ?!」
元気一杯!と証明するために軽くジャンプし、笑顔でネルに跳びかかった。
ネルは急なことに驚き、意外と素直に抱きしめられてくれた。
小さくも暖かな身体が、私は生きていると伝えてくれる。
この事実がどれだけ彼女の心に安らぎと勇気を与えてくれているのか、きっとネルは理解できていないだろう。
「本当に、ありがとう」
「~~~~っっっ!!!」
心底からの感謝を伝えながら、ついでによしよしと撫でて可愛がると、あっという間に顔が真っ赤になっていく。
「だぁぁああああ!!!やめろコラァ!!」
「アハハ!元気出たよ!じゃぁまたね~~!」
流石に怒ったのか二丁のSMGを取り出そうとしたので、慌てて離れて走る。
顔色はすっかり良くなり、笑顔でまた誰かの為に彼女はキヴォトスを駆け回るのだろう。
「たくっ、ホント調子狂うな」
そんな彼女の姿を見送るネルは、困ったような嬉しいような、複雑ながらも嫌がってはいなかった。
頬を染めたまま、ネルはネルでまたいつもの帰路へと戻っていく。
「……可愛かったね、ネル先輩」
「ねー」
2人のやり取りを観ていたミレニアム生徒たちのネルへの印象が少し変わったりしたのは、ちょっとした蛇足である。
「物語」について
「私」は原作と呼ばれる物語に自分から関わっていくことは、基本ありません。
とはいえ、「私」が居る時点で物語に変容は少なからず起こってしまうもの。
今の所予定は無いですが、もしかしたら関わらなければいけない日が来るかもしれませんね。
尚、ネルに抱き着いていた時、奇しくも先生はとあるゲヘナ生徒の脚を舐めていたとかいなかったとか……。