修練場に移動しながら、灯花は天音姉妹の武器と防具を確認した。
背中に剣を背負い、月咲は緑に、月夜は青に染められた革の胸当てを装備している。二人とも、腰の下まで伸びる髪を頭の後ろで一つに束ね、長い三つ編みにしていた。
剣を抜くとき邪魔にならないのだろうか、などと考えつつ、灯花は揺れる二人の三つ編みを眺めながめながら歩いた。
ギルドの裏の修練場は体育館ほどの広さがあった。
ダミー人形に向って弓や魔法を放っている青年や、練習用の木刀で試合をしている子供、隅の木箱に座って話し込んでいる者もいた。入って右手の奥に方には、積み重ねられた五匹の竜の
灯花は吸い寄せられるように、その死骸に近づいた。ういとねむのその後に続く。
音の衝撃で剥がれた鱗、斬撃を受けて裂けた皮膚、砕けて噛み合わなくなった顎、穴だらけになった翼。
三人は目を離すことができなかった。はじめで竜を見たからではない。
人間の都合で無残に殺されたモンスターに同情したわけでもない。
五匹の空飛ぶ竜と戦う天音姉妹の姿が目に浮かんだからだった。
「すごーーい!! このドラゴン、本当にあなた達が倒したの!?」
自然と賞賛の言葉が出た。神浜の魔女ほどは強くないだろうが、僅かなミスが命取りになるような危険な戦いだったに違いない。
「その通りでございます」
「ようやくウチらの凄さが分かった?」
そう答えた天音姉妹の周りには、小さな人垣ができていた。いつの間にか、剣や魔法の練習をしていた子供達が二人を囲んでいた。後輩の指導も行う、良い先輩冒険者なのだろう、と灯花は思った。
果たして二人はこの世界でも、お互い以外は何も要らないと心の底で願っているのだろうか。
ういとねむも、天音姉妹を眺めながら同じことを考えていた。
前世では、ポンコツ、ポンコツと弄られてた姉妹が、魔法少女の力の恩恵を受けているとはいえ、星五冒険者にまで上り詰め、町の人達と信頼関係を気付いている。やらかし癖や、詰めの甘さが健在なら、トントン拍子に、とはいかなかったはずだ。
皆から慕われている天音姉妹の姿を見て、ういは微笑み、灯花とねむはきまりの悪そうな表情で口角を下げた。
「灯花、僕達は知らず知らずのうちに、また前世と同じ過ちを繰り返そうとしていたのかもしれない。マギウスだった頃の僕達は、魔法少女の未来のためと言いながら、個人の思いを踏みにじって、自らの利益と効率を優先した。だから前世で失敗したんだ」
「うん・・・そうだね・・・・・・」
灯花の脳裏に、出発前のやちよの言葉がよみがえった。
『人を利用したり、怪我させたりしないこと』
『回収』と『変換』と『具現』、自分たち固有魔法をフルに使えば、たくさんの人達が見ている前で、一方的に天音姉妹を倒すこともできるだろう。何より、自分達は天音姉妹の能力や戦い方を知っている。相手は記憶を失ったままだ。自分達に有利な状況で二人をボコボコにして、昇格して、いろはとやちよは良くやったと褒めてくれるのだろうか。
ギルドを出る前は、目の前に前世と同じ天音姉妹がいるものとして接していた。天音姉妹だからと、星五を馬鹿にした。しかし、彼女達は魔法少女としてではなく、冒険者としてこの世界で頑張ってきたのだ。戦いと勝ち負けが全ての世界ではないはずだ。パーティーを組んだ仲間をまとめたり、フォローしたり、張り詰めた空気を和ませたり。
たった一回の戦いで彼女達が積み上げたものを否定して、自分達は楽に星二に昇格するなんて、間違ってる。
と、灯花は頭では理解している。理解しているはずだ。理解しているハズなのだが・・・・・・。
灯花はぎゅっと眉間に力を込める。肩と拳が小刻みに震えはじめる。必死に自分を納得させようと、抑えようと我慢している。しかし・・・・・・。
「でもやっぱり悔しい! 負けたくない! 天音姉妹に調子に乗られるのはイヤ!」
「灯花・・・・・・」
「灯花ちゃん」
「二人に『お子ちゃま』って言われてムカついた。『頭のネジが外れてる』とか言われてイラッとした」
「灯花、その点は僕も天音姉妹に同意だよ・・・・・・」
「ねぇ、うい、ねむ、わたくしはどうすればいいの」
「さっきから何を騒いでるの? ウチらはもう準備できてるよ」
「実物のワイバーンを見て怖じ気づいたのでございますか?」
月咲と月夜が修練場の中央で叫んだ。二人は背中の鞘から抜いたロングソードを手に持っている。魔法少女に変身していないし、笛を構えてもいない。
「笛、使わないの?」灯花が言った。
「子供相手にコレを使うほどウチらは非常識じゃ無いよ。それに、ここは町中だし」
「周りに人が居るでございます」
「・・・・・・ていうか、何でウチらの笛のこと知ってるの?」
「ギルドで聞いたのでございましょう」
「変身もしないのー?」
「剣だけで僕達三人の相手をするつもりかい?」
「本来なら剣ではなくて木の棒でも十分なくらいでございます」
「怪我をさせないように戦ってあげるから、お子ちゃま達は全力で掛かってくるといいよ。実力の違いを見せてあげる」
「戦いのルールは?」灯花が言った。
「特に無いでございます。お好きな武器で、お好きなように」
「ねー」
「三対二で構わないんだね」ねむが言った。
「もちろん!」
修練場にいた全ての者が練習やめて観戦者になっていた。酒場からついてきた冒険者もいる。それだけ天音姉妹が人気なのか、それともみんな暇なのか。
「どうする、うい、ねむ」
「わたし達も変身せずに、やちよさん達から貰った武器で戦おうよ!」
「そうだね。天音姉妹の社会的地位に対する配慮云々は抜きにして、人前で無闇に固有魔法を見せるのは避けたい」ねむが言った。
「それに、わたくし達が変身して戦ったら天音姉妹の記憶が戻っちゃうかもしれないもんね」
「三年間の修業の成果の見せ所だね」ういが言った。
「今こそ、お姉さま達に教わった技術を生かすときだよ! ・・・・・・特にやちよお姉さまの鬼強化特訓をね」
「作戦は?」ねむが言った。
「うーん、きっと無くても大丈夫だよ。わたし達の師匠とチームワークを信じよう」
「くふふっ、転生してからこの世界で培った技能なら、思うぞんぶん、きがねなくぶつけられるよー。天音姉妹ともたいとーだよね」
「それはどうだろう? 僕達の都合で喧嘩を売ってしまった事実に変わりはないし、勝てば恥をかかせることになるのも変わらない」
「わたくし達に負けたことを恥だと思わせないくらい、あっとーてきな実力差を見せつければいいんだよ。見物してる冒険者達にも、誰にも文句を言わせないくらい! だから、全力でぶつかろう、うい、ねむ」
「わかった、もう考えるのはやめにするよ」
「勝っても負けても、いい思い出になるといいね」ういは笑った。
三人は、ザンッと地面に槍を突き刺して、荷物袋を降ろし、嬉々とした動作で武器を取り出した。
各々に、片手斧が二本、クロスボウが一丁、ナイフが一本、そして背負ってきた槍が一本。
やちよ、いろは、旭、ちかの四人が、ビシバシ丁寧に扱い方を教えてくれた武器達だ。
背後から覗き込んでいた天音姉妹は、その武器の多彩さに驚いた。
「君達、それ全部扱えるの?」
「うん、三人とも一通り扱えるよ。もちろんとくいふとくいはあるけどねー」
「クロスボウは使わないから安心して欲しい。町中だし、君達の言う通り、見物人もいるからね」
「・・・・・・そっか」月咲が言った。
灯花達は荷物袋を隅に置き、ケープを脱いで、再び槍を背負った。ナイフを腰に差して、二本の片手斧を両手にもって、修練場の中央に進む。
天音姉妹と、両手に斧を握った三人の少女が対峙する。
灯花が見せつけるように斧を突き出し、魔力を込めた。ういとねむも魔力を込める。
同じデザインだった三人の斧がそれぞれの魔力に合わせて変化した。
灯花の斧は黒い柄に赤いリボンを巻いたような装飾に、ねむの斧には本の表紙と同じ六芒星が刻印され、ういの斧にはカラフルなツバメのような紋様があしらわれた。
天音姉妹は驚きに目を見開いた。
「なるほど、固有魔法に目覚めていたのでございますか」
「妙な自信の正体はそれだったんだね」
「くふふっ、魔力での身体強化にも慣れてるよ。前世でいっぱい戦ったからねー」
「前世?」
「わたし達も固有魔法は使わないし、変身もしないからね」ういが言った。
「正々堂々、魔力で強化した武器と肉体で戦おう」ねむが言った。
「少しは手ごたえがありそうでございますね」
相手が固有魔法持ちだと分かって警戒したのか、天音姉妹は魔力を消費して体力を全回復させると、荷物から『フクロウ幸運水』を取り出して飲み、魔力を全回復させた。
幸運水は地下迷宮のレイゾウコから得ることができる古代人の作成した不思議アイテムの一つである。効果は魔力の回復。透明な瓶にフクロウのマークが施されていることと、迷宮内の民家のレイゾウコにランダムで出現するアイテムであることから、『フクロウ幸運水』という名が付けられた。
回復が済むと、天音姉妹は荷物袋をヨヅルに渡した。
「負けないからね。わたし達の師匠は凄い人達ばかりなんだから」
体調を万全にして、星五冒険者の自信をみなぎらせた天音姉妹を前に、ういがそう宣言する。
「それならウチらの剣の師匠だってすごいよ。あの剣聖に剣を教えた人だからね」
「星五冒険者の剣技、とくと味わうでございます」
天音姉妹もロングソードに魔力を込めた。
柄の部分が赤を基調にしたデザインに変化して、月夜は青、月咲は緑の宝石が装飾として埋め込まれている。
「準備が整ったようですね。ルール無しとのことですが、私がこれ以上は危険だと判断した場合、試合は止めさせてもらいます。制止の合図には必ず従って下さい」
「承知したでござます」
「りょーかーい」
「それでは……」
ヨヅルが右手を厳かに上げて、勢いよく振り下ろす。
「はじめ!」