「くふっ」
開始と同時、灯花の口元がニヤリと歪み、斧を振り上げて正面の天音月咲に斬り掛る。
月咲は咄嗟に剣を横に構えて、刃の腹で灯花の一撃を受けとめた。
(速い! 重い! 子供の力とスピードじゃない。この片手斧、かなりの魔力が込められてる・・・・・・! 魔力量が多いのかな。魔力での身体強化にも慣れてるみたい)
灯花が月咲に仕掛けると同時に、ういとねむは左右に跳躍していた。
二人は月夜と月咲の周りを円を描くように疾駆する。
月咲が灯花の相手をしているので、月夜が二人の警戒をせざるを得なかった。
月夜は剣を中段に構えて、ねむとういの動きに目を光らせた。
どちらが、いつ、斬り掛ってくるか分からない。
灯花の猛攻を受ける月咲に加勢したいが、助けに入れば隙が生まれて必ずそこを狙われる。
(完全に相手のペースでございますね。恐ろしい子供達でございます。初めて戦う相手、それも星五冒険者相手に、こうも躊躇なく先手を仕掛けてくるなんて・・・・・・わたくしもまだまだ修業不足でございます)
灯花の先手は一撃では終らなかった。衝撃に歯噛みする月咲。
灯花は飛びかかり宙に浮いた状態のまま、容赦なく両手の斧でガン、ガン、と二撃目、三撃目を月咲の剣に叩き込んだ。力で押され、月咲の上半身が弓なりに反る。
灯花はクルリと宙で体勢を変え、両足で月咲の剣の腹を蹴り、相手から距離を取った。
耐えきれず、よろりと体勢を崩す月咲。
その隙を見逃さず、ういとねむが斧を振り上げて月咲に飛びかかる。
が、月夜が素早く間に入って、ういとねむに強烈な横薙ぎを放った。
胸の前で斧を交差させ斬撃を防ぐういとねむ。硬い金属音が木霊した。
再び天音姉妹の周りを疾走するういねむ。その輪に着地した灯花が加わった。
「灯花ちゃん、ねむちゃん、あれをやろう」
「やっぱり技名を叫ばなきゃだめなのかにゃー?」
「灯花、話し合ってきめたことじゃないか」
「じゃんけんで負けたんだよ!」
「お姉さん達に教わった奥義」
「今こそ解き放つ時だね」
「うん、全力でいこう」
三人の脳裏に、青葉ちかの姿が浮かんだ。
月咲と月夜は背中合わせになって三人の攻撃に備えた。
「面倒だなぁ、笛を使えれば音の衝撃で蹴散らせるんだけど・・・」
「剣で戦うと言ったのはわたくし達でございます。・・・・・・来るでございますよ!」
時計の針が止るように、走り回っていた三人が静止する。
灯花、ねむ、ういはそれぞれ、異なる向きに斧を持った腕を振りかぶり、腰を捻って力を溜める。
「「「合技 ネイチャー
叫んだ瞬間、三人の少女は全身のバネを使って、魔力を込めた片手斧を振り放つ。
上下左右、正面背後、あらゆる角度からの
回転する斧に合わせて移動する灯花、うい、ねむは、まるで獣のようだった。
右に左に走って、高く飛び、身を低く屈めて疾駆したかと思えば、姉妹の頭上を弧を描いて跳躍する。
動き回りながら斧をキャッチして、天音姉妹に向けて放つ。
最初は避けていた天音姉妹も、その表情に、徐々に焦りの色を滲ませていく。
「軌道が読めないでございます」
灯花の手から放たれた片手斧が、ねむの手に渡ることもあれば、ういの手から放たれた片手斧がブーメランのように投げた本人の手に戻ることもあった。
粒子のように躍動しながら放たれる三人の無慈悲な
「避けてちゃ駄目だ! たたき落とそう!」
そう言って、月咲は斧を一本、剣でたたき落とた。
月夜も一本たたき落とす。しかし、斧はまだ四本あった。
「ああもう、キリがないよ」
月咲は剣を地面に突き刺し、両手を自由にした。
「なるほど、その手があったでございます」月夜も剣を収めて両手を構える。
回転する斧をキャッチする月咲。月夜も真似して斧を掴んだ。
「そ、そんな!」ういが驚きの声をあげる。
「いずれ自分に向ってくるなら、掴めばいいだけでございます」
「運動神経の良いねむでも、回転する斧を受けとめるまでに五分は掛かったのに!!!!」
「早々に攻略されてしまったね。流石、星五冒険者だよ」
天音姉妹は奪い取った四本の斧を、そりゃーと明後日の方向に投げた。地面にたたき落とした斧も同じ方向に投げる。六本の片手斧は冒険者ギルドの屋根に突き刺さった。
「ああっ! わたくし達の斧が!」
「さぁ、今度はこちらが攻める番でございます」
「くらえ、天音流、異世界お袈裟切り!!」
口にした刹那、瞬きする間も与えず距離を詰めて灯花に
身を引いてかわす灯花に、月咲は
灯花は素早くナイフを抜いて、刀身にぶつけ軌道を逸らすが、月咲は柄を握る手の向きを一瞬で切り替え、灯花の首めがけ渾身の横一閃を放った。
頭がもげてしまうのでは無いかと心配になるほどの勢いで、背中と首を反らして剣先をかわした灯花は、倒れながらも、月咲の剣を握る手に蹴りを叩き込んだ。
一連の動作を終えた両者はすぐに体勢を立て直し、飛び退る。間合いを取った後、灯花は人差し指と中指で首に触れる。ぬるりとした感触。灯花の首にうっすらと横一筋の傷ができていた。
「月咲ちゃん、無理に相手に合わせなくても良いでございます」
「ウチの考えた技名、変だった?」月咲は呑気な声で言った。
「そーゆ問題じゃないよ!!」
「?」
「にゃーもう! 嘘つき! 怪我をさせないように戦ってあげるーとか、お子ちゃま達は全力で掛かってくるといいよーとか言ってたクセに!!」
「先に殺しに掛かって来たのはそちらの方でございます!」
「子供の姿で油断させておいて、斧でズタズタにしようだなんて、きつめのお仕置きが必要みたいだね」
そう言って、天音姉妹は問答無用で灯花達に斬り掛る。剣筋がマジだった。
星五冒険者による子供相手のガチな
三人のフォーメーションがみるみる崩されていく。
「灯花、うい、冷静になろう。僕達にはあの舞がある」
ねむの声に、灯花とういが首肯する。
三人の脳裏に、今度はいろはの顔が浮かぶ。
「「「秘技 放課後モップダンス!!!!」」」
三人は背負っていた槍を抜いて魔力を込めると、モップに見立て、大気と一体になって踊るような動きで天音姉妹の剣戟を避けはじめた。
かつて前世のいろはが、クラスメイトに「環さんマジ天使~」などと言われ、体よく掃除当番を押しつけられた時、誰もいなくなった教室で、モップを持ち無心になって踊ることで、胸のモヤッとした気持をすっきりさせたことが、この技の始まりだと言われている。
槍をモップに見立てる行為に、意味があるのか。それはいろはにも分からない。
しかし、一見すると紙一重に映るが、灯花達は完璧なタイミングと最小限の動きで全ての斬撃をかわせている。
何より花のある動きなので、回避と同時に、見てる側を楽しませることができるサービス精神溢れる技なのだ。
「なんなんだあのガキ共は!」
「さっきから人間の動きじゃねーぞ」
「でも、不思議だ、なぜか見入っちまうぜ」
三人の流麗な動作は、眺めている冒険者達に、半透明のピンクの風が天音姉妹の剣先に合わせて楽しそうに泳いでいるかのような印象を抱かせた。
モップダンスで神回避を続けるうちに、三人の心から武器をぶん投げられた怒りや、焦りが消えていった。
「何なのでございますかこのクネクネした気持ち悪い動きは!!」
「気を付けて月夜ちゃん! 気持ち悪いだけじゃないよ。この娘こ達、徐々に間合いを詰めてきてる」
天音姉妹は病院組のダンスがお気に召さなかったらしい。
しかし、そんなことはお構いなしに、三人はモップダンスを披露し続けた。
ダンスを始めた直後は、天音姉妹の猛追と斬撃に対して、踊りながら身を引くような動きを見せていた灯花達だったが、少しずつ、懐に飛び込むタイミングを見計らうような足さばきに変わっていった。
上段からの地を抉るような一太刀を踏み込みながらかわしてみたり、猛烈な突きから退いた後、すぐに間合いに躍り出てみたり、天音姉妹の斬撃が空を切る度に、距離を縮めるのが上手くなっていく。
そしてとうとう、苛立ちを露わにする月夜に灯花とねむが、月咲にういが肉薄する。
モップダンスのおかげで冷静さを取り戻した三人の精神は、それを通り越して冷徹になっていた。
次の技を放つ準備が整ったのだ。
脳裏に浮かぶのは旭の顔。三人は槍を収めて、ナイフを握る手に魔力を込める。
四人の師匠が教えてくれた奥義の中で、最も冷血な心と、精妙な動作が必要とされる技。
「「「必殺 ミリオタ
四五回刺せば死ぬだろうという常識を無視して、全身、数十カ所の急所に向けて、ナイフで無慈悲な連続突きを放つ。常人が受ければまず命はない。
剣を振れないほどの至近距離から間断なく放たれる突きを、天音姉妹は薄手のガントレットで巧みに逸らして弾いて防ぐ。
「星一相手に防戦一方なんてご免だよ!」
天音姉妹も拳での反撃を試みる。しかし、
「ジビエCQCで躱す」ういが言った。
「ジビエCQCで受ける」灯花が言った。
「ジビエCQCで受け流す」ねむが言った。
「「「からの……」」」
「「「隙あれば全身急所五月雨突き」」」
容赦ない急所への連続突きに天音姉妹の表情から完全に余裕が消える。
「子供にこんな技を教えるなんて、もはや変態の所業でございます」
ジビエCQCとは、ミリオタだった頃の記憶をうっすらと取り戻している旭が、異世界で編み出したモンスター相手の近接格闘術のことである。魔法少女並みの馬鹿力を持つことが前提の技で、主に熊、鹿、猪、狼系のモンスター相手に効力を発揮するが、旭からそれを習っていた頃の灯花達はまだ固有魔法に目覚めていなかったので、いろはとやちよが熊や猪役となって相手をしてあげているうちに、対人用の格闘術としても使えるレベルになってしまった。
軍や警察の近接戦闘術とはあまり関係がなく、CQCという単語も、響きがいいからという理由で旭が付けただけである。
うい一人の相手をしていた月咲は、なんとか互角以上に持ちこたえていたが、灯花とねむ、二人の相手をしてた月夜はそうもいかなかった。
ナイフの突き以外にも、ジビエCQCで攻撃をかわす度にねむがローキックやボディブローを放って月夜の体力をちまちまと削っていく。剣を握った手首や肘にもチョップやパンチを当てていく。
「くっ、なんて地味でネチネチした攻撃でございますか」
とうとう剣を落とす月夜。すかさず灯花が剣を拾って「とりゃぁあああああっ」っとギルドの屋根に向って、勢い良く投げ捨てる。斧に続いて屋根に突き刺さる剣を見てヨヅルの表情が微かに曇る。
刺さった剣を見上げ月夜が唖然とした刹那、ねむの眼光が右手のガントレットを捕らえる。生まれた隙は逃さない。ねむは月夜の右手を素早く掴み、手の甲めがけてナイフの
月夜は激痛に顔を歪めながら身体を丸めて右手を押える。
すかさず灯花が飛びかかった。
月夜の懐に入り込むと、ナイフの柄尻を振りかぶり、左手を庇う右手ごと粉々にする勢いで、左のガントレットに叩きつけた。
堪え切れずに、短い悲鳴をあげる月夜。
武器を失い、両手のガントレットを破壊された月夜の喉元に灯花とねむはナイフを突きつけた。
「・・・・・・降参でございます」
月夜はしゅんと肩を落として、両腕をだらりと垂らした。
月夜の敗北を目にしたういと月咲は、戦いの手を止め距離を取る。
灯花とねむが、ういの元に駆け寄った。
「よし、最後の仕上げだ」
ねむの一言を合図に、三人は背中の槍を抜き、やちよの姿をイメージしながらゆっくりと月夜に矛先を向ける。
槍の先に佇む月咲は、表情を崩して昂ぶる感情を滲ませた。
「よくも、よくもウチの月夜ちゃんを・・・・・・月夜ちゃんの可愛いお手々を・・・・・・」
怒りと怨嗟に燃える双眸が、灯花とねむを睨み据える。
「・・・・・・お手々?」灯花の口元が僅かに緩む。
「星五冒険者を本気で怒らせたらどうなるか教えてあげるよ。三人とも、あのワイバーンと同じ目に合せてやる!!!!」
「ちょ、ワイバーンってw」
「灯花、今気を抜くと僕達は確実に敗北するよ」
月咲は剣を握る手に力を込めた。
「おおおおおおおおおおお!!!!」
らしからぬ低い雄叫びと共に、月咲は剣にありったけの魔力を込めて、身体能力も限界まで強化した。
針のような殺気が灯花達の肌を射る。
「すげぇ。月咲さんがとうとう本気になったぞ」
冒険者達が
「すごい気迫だねー、怖じ気づいた?」
「まさか、冗談はよしてほしい。やちよお姉さんの訓練と比べればこの程度、日常の範疇だよ」
「ごめんなさい、月咲さん。あなたはやちよさんよりも弱い」
三人は地を蹴って、
「「「奥義 トリプルやちよ攻め!!!!」」」」
説明不要。やちよ仕込みの
剣と槍、凄まじい手数の衝突。
三人の猛撃を剣一本で捌く月咲は、立場も、戦う理由も忘れ、三本の穂先に合わせてただ無心に剣を振るった。
四人の気迫を前に、冒険者達も完全に声を失う。
やがて、終わりはやってきた。
キィンという音を響かせ、月咲の剣が宙を舞う。
「そこまで!」
ヨヅルの声が高らかに響いた。
弾かれた剣が、冒険ギルドの屋根に刺さると同時に、修練場に歓喜が轟く。
天音姉妹を責める者はいない。やじを飛ばす者もいない。口を出せる者などいなかった。
観戦していた者たちの中に、灯花達を倒せる者などいないからだ。
いつの間にか見物人達の中にまぎれている口元に笑みを浮かべた白い髪の少女を除くいて。
その少女以外に、リマセラで唯一勝利できる可能性を持つ冒険者といえば、ギルドの中で飲んだくれているみふゆぐらいのものである。
斧の下りはハンターハンターのパロディです。