「負けてしまったでございます・・・・・・」
「ごめんなさい・・・リズさん」
ギルドに登録したばかりの子供に、星五の冒険者が負けた。試合が終った途端、天音姉妹は虚脱感に襲われ、その場にへたり込んだ。
敗北の現実を受入れることができない。
灯花とねむが静かに二人に歩み寄っていく。観客達の歓声が止んだ。
「油断せずに、初めから全力で戦っていれば勝敗は分からなかったよ。日を改めて再戦するかい?」
「・・・・・・再戦でございますか?」
「よほど自信があるみたいだね。ウチらの本来の武器は音」
「剣のようにはいかないでございますよ?」
「望むところだよ」
「再戦してもしウチらが勝ったら?」
「僕達にできることならなんでもしよう。好きな条件をつけていいよ」
ねむの言葉に、月咲と月夜の表情がキッと張り詰めたが、すぐに深い溜息を付いた。今日一日の疲労をすべて吐き出すような、長い溜息だった。
「考えとくね。ウチ、今日はもう疲れちゃったよ」
「そうでございますね。帰ってゆっくり休みたいでございます」
「僕達はまだこの町に居る予定だから、決意が固まったらギルドの職員さんに伝えておいてくれるかな」
そう言ってねむは踵を返した。
「あ、そうでございます」
ねむの背中に月夜が声を掛ける。
「解散する前に、変身した姿を見せて欲しいでございます」
「「え?」」灯花とねむが驚いた。
「いいねー。さすが月夜ちゃん」
「理由を教えてもらえるかな?」
「目に焼き付けておきたいのでございます。私達を負かした星一の冒険者、固有魔法持ちがどんな姿なのかを」
「・・・・・・お勧めはしないよ」ねむが言った。
「どうするの、灯花ちゃん?」ういが心配そうに言った。
「再戦するなら、どのみち変身することになるし、いいんじゃないかなー」
「後悔するかもしれないよ?」ういは天音姉妹に向って言った。
「どういうことでございますか?」
月咲はスッと立ち上がると、ギャラリーに向って手を振った。
「みんなも見たいよねー、小さな英雄さん達の変身姿を」
冒険者達がざわめき出す。
「変身しろー!」
「どんな衣装なんだろうな」
「化け物みてーな姿になるんじゃねーか」
冒険者達は好き勝手に変身後の姿を予想した。
「なんだか、悪いことをしちゃう気が……」
「わたくしは構わないよ。望んだのは天音姉妹だしね」
「変身! 変身! 変身! 変身!」冒険者達がコールする。
「仕方ない。姿を見た結果どうなるか、後は天にまかせよう」
パシュン、と短い光が灯花達を包む。三人は魔法少女姿になった。
灯花とねむの姿を見た途端、天音姉妹の心臓がドクンと高鳴った。驚きのあまり目が点になる。
「・・・・・・マギ・・・ウス?」月夜がつぶやいた。
「・・・・・・ウチらは白羽で」
「「アアアアアァァァッッッッー!!!!」」
天音姉妹は胸を押えて天に吠えた後、両手両膝を突いて項垂れた。顔や首筋から冷や汗がダラダラと流れ、ぽたりぽたりと地面に落ちた。
「二人とも大丈夫⁉」ういが訊ねた。
「どうかにゃー?」
「やはり、記憶が戻ったかい?」
「・・・・・・はい」
「思い出したでございます」
「ウチら、とんでもないことしちゃったね」
「ねー」
「それは違う。誤るべきなのは僕達だ。前世での立場は忘れて欲しい」
「冒険者としては、わたくし達よりぴーひょろ姉妹の方が先輩なんだから、堂々としてれば良いんだよ」
「月咲さんと月夜さんの剣技、すごかったよ。わたし達にも教えて欲しいな」
「ういの言う通りだ。僕達は君達から学ぶべき事が山とある」
「これからよろしくね、先輩。くふっ」
天音姉妹が雄叫びを上げた一方で、冒険者達の反応は薄い。露骨に落胆の表情を見せている。
「なんだ? もうちょっと野生児っぽい格好になるのかと思ってたぜ」
「え?」ねむが呟いた。
「なんか三人とも金持ちんとこの嬢ちゃんっぽいな」
「上品過ぎるんじゃねーか。似合ってねーぞ」
「似合ってるもん!」灯花が叫んだ。
「あの戦いを見せられた後じゃなー」
「それじゃ動きにくいだろ」
「うるさいうるさいうるいさい!」
「まぁ、なんだ。ちょっと盛り下がっちまったけどよ、ギルドに入って飲み直そうぜ!」
酒場から来た冒険者達はぞろぞろと中に戻り、納得いかない様子で灯花達もそれに続いた。
冒険者ギルドに入って、記憶を取り戻した天音姉妹が最初に目にしたのは、カウンターに腰掛けて幸せそうに葡萄酒を飲むみふゆの姿だった。
「みなさーん、待ちくたびれましたよ。いくらなんでも遊び過ぎです」
みふゆはそう言って、ニコニコと笑いながら灯花達に手を振った。
天音姉妹はイラッとした。
ツカツカとカウンターまで歩み寄ると、みふゆの持つグラスとボトルを奪い取る。
「なんですか? 返して下さい、ワタシのお酒」
月咲はグラスのワインをぐいっと煽り、月夜はボトルのワインをグビグビと一気飲みした。
「あっ・・・・・・ああっ・・・・・・そんな・・・・・・」
天音姉妹はダンッと、みふゆの前にグラスとボトルを叩きつけるように置いた。
「いつまで飲んだくれてるでありますか!」
「ひっ」
「薬学部!」
「元水名女学園、箏曲部の部長!」
「マギウスの翼の白羽根!」
「呉服屋の娘!」
「・・・・・・・・・・・・」みふゆ表情から徐々に幸福そうな笑顔が消えて、真顔になっていく。
「みかづき荘」
「七海やちよの元パートナ」
「なっ、何を訳の分らないことを言っているのですかっ!」
みふゆは蘇りかけた記憶を振り払うようにカウンターから立ち上がると、ふらふらとよろめき、近くの丸テーブルに手を突いた。そこに座っていた冒険者が、みふゆに並々とエールの入った木製のジョッキを渡す。
「みふゆさん、そこの嬢ちゃん達は天音姉妹と勝負して勝ったんだぜ。祝ってやんな」
「あら、そうなんですか。それはめでたいですね」
みふゆはジョッキを受け取ると、並んで立つ灯花とねむに近づき、間に入って肩を抱いた。
「酷いんですよ~。月咲さんと月夜さんがワタシを虐めるんです。ご機嫌斜めなお二人は放っておいて、あっちで仲良く飲みましょう」
「ちょっと、わたくし達はまだ未成年だよ」
「未成年? 硬いこと言わないでください! これはワタシのおごりですよ。えい、祝勝のビールかけ!」
そう言って、みふゆはジョッキのエールを灯花に頭からドバッとかけた。
みふゆに対して強気になっていた天音姉妹の背中に戦慄が走った。
「みふゆさん、なんということを・・・・・・」
「ウチらのせいじゃないよ! の、飲み過ぎたみふゆさんがいけないんだからね!」
「・・・・・・・・・・・・」灯花は沈黙したままだった。
「アハハ、もう嫌だなぁ、みふゆさんは。大丈夫だよ、灯花ちゃん。今拭くからね」
ういがすかさずフォローに入る。
「・・・・・・・・・・・・」
口をつぐんだままの灯花。濡れた前髪の先から雫が垂れた。
「うい、下がってよう」ねむがういの腕を掴む。
灯花は無言のまま魔法少女姿に変身した。
「!?」
驚いたみふゆは慌てて灯花から離れようとして尻餅をついた。
灯花は怒りに目を見開いて、みふゆに傘を突きつける。マギウスの時代、みふゆをイブの餌にしようとソウルジェムを奪った時の目つきだった。
「あ・・・これはどうも灯花、お久しぶりですね」みふゆは突然流暢になった。
「思い出したかにゃ~みふゆ」
みふゆは頭に手を当て、魔力を消費してアルコールを分解した。
スッと背筋を伸ばして立ち上がり、ねむの方を見下ろした。
「ねむも、お久しぶりですね。元気そうでなりよりです」
「灯花にエールをかけるみふゆを見られる日が来るとは思わなかったよ」
「はて、何のことでしょう。酔っていたので記憶が」
「大丈夫だよみふゆ、わたくしも大人になったんだから。元部下に頭からお酒をかけられたくらいじゃ怒らないよー」
「ほ、本当ですか?」
記憶あるじゃん、と横で聞いていた月咲は思った。
「でもね、もし良ければなんだけどー、みふゆからわたくし達が星二冒険者になれるようにギルド長を説得してくれると嬉しいな」
「はい。そんなことでよろしければ」
「もし説得に成功したら、やちよお姉さんにもここで飲んだくれていたことは秘密にしておいてあげるよ」ねむが言った。
「二人とも・・・・・・」ういが言った。
「やっちゃんも居るんですか! どこです? すぐに会えますか?」
みふゆの表情がパッと明るくなった。
「すぐにとは言えないけど、会おうと思えばいつでも会えるよ」
「わかりました! 説得は任せて下さい。だからどうか、お酒のことはやっちゃんには・・・・・・」
「もちろん、こーしょー成立だね」
全員記憶を取り戻したのなら話が早いと、灯花は天音姉妹にも交渉を持ちかけた。
内容は、再戦の勝利を譲る代わりに、星二冒険者になれるようみふゆと共にギルド長に自分達を推薦して欲しい、というものだった。天音姉妹の名誉は守られ、灯花達は星二に昇格できる。
再戦に関しては、みふゆを立会人にして、目撃者が現れない、人目に付かない場所を選んで戦ったことにすればいい。天音姉妹は二つ返事で承諾した。
アリナが居ないのでサビ抜きだが、リマセラの冒険者ギルドでマギウスが再結成されつつあった。