「お姉さま、わたくし冒険者になる!」
夕方、火属性のオーブを宿し、ファイヤーボールを習得したばかりの灯花は椅子の上に立ち、食卓でそう宣言した。
「灯花ちゃんにはまだちょっと早いかな」
「そんなことないよー、お姉さまだって十四歳の時には冒険者になってたんだし、十一歳のわたくしでもよゆーだよ」
「そんなわけないでしょ。十一歳と十四歳じゃ体格も魔力の量もまるで違うわ」
やちよがシチューを取り分けながら言った。食欲をそそるミルクの香りが木造の部屋に広がった。
「それにね、私とやちよさんは『固有魔法』に目覚めてるから、少し特別なんだよ」
「でもでも、やちよお姉さまはファイヤーボールを撃てるようになったら冒険者になっていいって約束してくれたよ」
「最低限の魔法が使えるようになってからと言ったのよ。ファイヤーボールが撃てるようになったら冒険者になっていいだなんて言ってないわ。行儀が悪から早く座りなさい」
「うー、やちよお姉さまの嘘つき!」
「ファイヤーボール一つで冒険者が務まるわけないでしょ」
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この世界で魔法を使える生き物は体内にオーブと呼ばれる宝石を宿して生まれてくる。オーブは感情からエネルギーを生み出す宝石で魂と結びついている。
オーブの生み出す感情エネルギーは魔力と呼ばれていた。
ファイヤーボールをはじめとする魔法は魔力を消費して放つが、日々の感情の中で生み出される魔力は、消費されない限り、どんどんオーブに蓄えられていき、限界を超えた分は大気中に放たれてしまう。
ゆえにこの世界は、過剰なほど魔力で満ちていた。
オーブは戦闘などで魔力が空になると、本人の感情から生まれる魔力以外にも、大気中を漂う魔力を吸収して補填しようとする。
個体差はあるが、一晩か二晩もすれば、使い切った魔力を回復することができた。
オーブは属性に応じて、『フレイムオーブ』『アクアオーブ』『フォレストオーブ』『ライトオーブ』『ダークオーブ』の五つに分けられ、ほとんどの個体は一つから二つのオーブを宿して生まれてくる。
希に三つ以上の異なる属性のオーブを宿して生まれてくる個体もいた。
例外として、オーブを一つも宿さずに生まれてくる『無属性』と呼ばれる個体と、闇以外全ての属性を使用可能な『レインボーオーブ』を宿して生まれる個体も存在する。
さらに希なケースだが、少女の宿したオーブがジェムと呼ばれる宝石に変化して、『固有魔法』に目覚めることがある。固有魔法はその名の通り、目覚めた少女にしか使えない特殊な魔法で、それを習得した時点でこれまでオーブによって行使できた全ての魔法が使えなくなってしまう。
そのかわり、特殊な衣装への変身や身体強化、傷ついた肉体の治癒、毒や麻痺などのステータス異常からの速やかな回復、コネクトと呼ばれるジェムを持つ者同士で放つ合体魔法などなど、固有魔法以外にも様々な恩恵を預かることができた。
固有魔法を習得できるのは前世で魔法少女と呼ばれていた者達だけであり、オーブがジェムに変化する切っ掛けは、その時の記憶を断片的なものでも良いから思い出すことである。
いろはとやちよのオーブはすでにジェムに変化しているが、二人が思い出した記憶は、魔法少女だった頃の自分の姿以外は、力を合わせて強大な敵と戦っていたという曖昧なもので、鏡の魔女に敗北したことや、ういと、灯花と、ねむと、自分達の関係のことまでは思い出していなかった。
いろはが十四歳という年齢で冒険者稼業をこなせていたのは、固有魔法とジェムの恩恵によるところが大きい。
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「灯花ちゃん、食事の時に喧嘩はよそうよ」
ういの言葉もむなしく、灯花はやちよに向ってぶーぶーと文句を垂れ続けた。ういは話題を変えようと話のネタを探すように首を巡らせた。すると、窓の付近でパタパタと羽ばたく何かを見つけた。
「・・・・・・あ、見て! 大きな蝶がいるよ!」
ういは灯花の肩を強めに叩いて、窓の方に振り向かせた。
「もう、蝶なんてどうでもいいでしょー。ういは子供だなー・・・・・・って違うよ! あれは蛾だよ!!」
窓に子供の手の平ほどの白い蛾が張り付いていた。どこかイブに似ていたが、五人とも記憶を失っているので気付かなかった。
「灯花、今こそファイヤーボールだよ」
「ねむちゃん、煽っちゃだめだよ」ういが言った。
蛾は窓から天井に移動した。灯花は梁はりの付近をひらひらと舞う蛾に向って両手を構えた。
「ファイヤー・・・・・・」
「駄目よ! 家の中で撃たないで! 火事になるでしょ!」やちよが叫んだ。
「うぅ、だって気持ち悪いんだもん! ・・・・・・え?」
魔法を放とうと向けた手の平を、差し伸べられたと勘違いしたのか、大きな蛾は灯花めがけて羽ばたきながら降りてくる。
「いや! ちょっ、いやだ、来ないで!」
「灯花ちゃん、落ち着いて」
「灯花、魔法に頼らないと蛾も倒せないようじゃ、冒険者にはなれないよ。さぁ、覚悟を決めて両手でパンと」
「できるわけないでしょ!! ねむのバカ! もうっ、どうしてわたくしの方に・・・・・・うわっ!?」
しつこくまとわりつく蛾を手で追い払っていた灯花は、バランスを崩して椅子の上から転げ落ちると、ゴツンと床に頭をぶつけた。
「灯花ちゃん!」
「灯花!」
いろはとやちよはすぐに灯花の側に駆け寄った。少し遅れて、やれやれと言った表情でねむも腰を上げる。
「・・・・・・トウカ? そう・・・わたくしの名前は里見灯花・・・・・・神浜の魔法少女」
「どうやら意識はあるようだね」ねむが言った。
「わたし、お水を汲んでくるね」ういは水場に向った。
「わたくし達は、・・・・・・鏡の魔女に負けて、それから・・・・・・」
「・・・・・・さっきから何を言っているの?」
「もしかして、見えてるんじゃないでしょうか? 魔法少女になった自分の姿が」
「まさか、この子も『固有魔法』を」
「やちよさん、灯花ちゃんの指にリングが!」
灯花の左手の中指に光り輝くリングが現れた。オーブがジェムに変化して、固有魔法に目覚めた証だった。
「・・・・・・うーわさうわさ、素敵なうわさ」
灯花は突然妙な歌を口ずさんだ。表情は上の空なままである。
「その歌は、わたし達が一緒に病室で考えた・・・・・・」
水の入った桶を抱えて戻ってきたういがぽつりと呟いた。
歌を耳にした途端、ういの表情も白昼夢でも見ているかのように虚ろになった。抱えていた水の入った桶を落とす。跳ねた水がねむにかかった。ねむはそれを気にする様子もなく、「うーわさうわさ、愉快なうわさ」と歌の続きを口ずさんだ。表情はまどろんでいる。
「「みんなで作ろう楽しいうわさ」」
ういとねむの声が重なった。
それを聞いた瞬間、今度はいろはが頭を抱えて苦しみはじめた。背中を丸めて声を絞り出す。
「そうだ・・・私はういを助けるために魔法少女になったんだ・・・・・・灯花ちゃんとねむちゃんはマギウスになって・・・みんなでワルプルギスの夜と戦って・・・・・・ユニオンを作って・・・それから・・・鏡の魔女に!!!!」
「ちょっと! あなたまでどうしたの!?」
やちよはいろはの背中に手を添えた。その手は動揺で震えていた。
「喧嘩もしたね、絶交階段」
「いつか会いたい、口寄せ神社」
「素敵な舞台は幸運水」
いろはとやちよの動揺を無視して、ういと灯花とねむは何かに取り憑かれたように歌を口ずさむ。ついにはやちよもこめ押えて押えててうずくまった。
前世の記憶が濁流のように脳裏に渦巻く。
「「「さみしい世なら ひとりぼっちのさーいはて」」」
ささやかな日常の終わりを告げるように、三人の声が部屋に響いた。ふと、やちよは外を見た。脳内ではイブとの戦いの光景が再現されていた。炎上する神浜の町が、外の夕焼けと重なった。業火に色づいた神浜を空に焼き付けたような黄昏の赤が、窓の外でその光を一層強めた気がした。
五人は意識を失った。