「以上が、ゴロゴロと私とさなさんが牧道場に至るまでの経緯です」ちかが言った。
「へー、やっぱり地下迷宮にはへんな装置やアイテムがたくさんあるんだねー」
「フードの男の目的も気になるわね」やちよが言った。
「ゴロゴロをどうするかは、葉月とあやめと三人で話し合って決めるわ」このはが言った。
「安心しなよ。追い出したり、酷い目に合わせたりはしないからね」
葉月はモカウサギの背中をさすった。
「このは! 葉月! 何してんだよ、中の二人が待ちくたびれてるぞ!」
納屋の入り口からあやめが顔を出した。
「わたし達以外にもクエストを受けた冒険者がいるの?」ういが言った。
「喧嘩したらダメよ」やちよが言った。
「もう! どうしてわたくしに言うの!」
灯花は口をへの字に曲げた。
さな、ちか、アイの三人もクエストに参加することになった。
搾り方について説明する前に着替えて欲しいと、一同は作業服を渡されて更衣室に案内された。
「これって道着だよね。柔道や空手の」着替えを終えた灯花は戸惑った。
「灯花、柔道の経験は?」
「あるわけないでしょー」
「ジビエCQCには柔道っぽい技も含まれてるよ」ういが言った。
「そうなのかにゃ?」
灯花、うい、ねむは旭を通して、寝技や関節技に関する多少の心得があったが、どれが柔道の技なのかまでは知らなかったし、柔道の詳しいルールについても知るところではなかった。
「やちよさん、胴着似合ってますね」さなが言った。
「ありがとう、二葉さんも似合ってるわよ」
「胴着を着るのは初めてですが、動きやすくて良いですね」
ちかはぴょんぴょんと跳ねながら言った。
「どうですか、ねむ、さな」道着姿の人工知能が言った。
「うん、新鮮だね」ねむが言った。
「もう全身真っ白だよ、アイちゃん」さなが言った。
「雪女より白いね」灯花が言った。
七人は更衣室を後にした。
搾り方の説明があるという大部屋は、武道場そのものだった。
外と同じようにタタミが敷き詰められている。
道場の中央には、道着姿の更紗帆奈と瀬奈みことが正座していた。
やちよの目つきが変わった。
静かな殺気を讃えて踏み出す。道着の擦れる音が張り詰めた道場の空気を震わせた。
「・・・・・あなたも転生していたのね」
「あ、ども。初めまして」帆奈が言った。
「よくこの面子の中に飛び込んで来ようと思ったわね。何を企んでいるの?」
やちよは敵意を剥き出しにして帆奈を睨み付けた。見守る少女達の間に緊張が走る。
『喧嘩したらダメよ』って言ったのはやちよさんでしょ、と、ツッコミを入れて良い雰囲気ではない。
しかし、そんな中でも灯花だけは気の緩んだ表情を浮べ、フラフラとやちよに近寄った。
「やちよお姉さまー、路地裏の奴隷エルフと知り合いなの?」
「言い方!!」瀬奈が叫んだ。
しかし、瀬奈のツッコミでもやちよの警戒は解けなかった。
「皆、聞いてちょうだい。この子は更紗――」
「サラ・ウェル・ウィッチアさんとミラさんです」
道着姿に着替えてしれっと道場に入っていたこのはが、やちよの後から言った。
やちよはプッと吹きだした。
帆奈は俯いて赤くなった。
「わ、笑わせて相手を油断させようだなんて・・・ぷっ・・・相変わらず姑息な手を使うわね、更紗・・・・・・いえ」
「サラ・ウェル・ウィッチア!!」
やちよは帆奈をビシッと指差して言った。
「・・・・・・・・・・・・ククッw」
ツボに入ったらしい。やちよは腕で口元を隠して笑いを堪える。
帆奈は唇を強くかんで羞恥に耐えた。
「自分で考えたの? あなたにも可愛いところがあるのね」やちよが言った。
「うるさい」帆奈は下を向いたまま答えた。
(クソッ・・・・・・七海やちよに見られた。記憶も取り戻してる。これじゃ名前変えた意味ないって。行く先々で恥ずかしい思いをするだけだ・・・)
「ハッピーバースデー、サラ・ウェル・ウィッチア」
瀬奈が帆奈の肩に手を乗せて言った。
「慰めてるんだよね?」帆奈は言った。
笑いを堪えるやちよと、俯く帆奈。
このはは釈然としない表情で二人の様子を交互に見た。
「お知り合いでしたか?」このはが訊ねた。
「・・・・・・いえ、人違いだったわ」やちよが言った。
「私には『サラ・ウェル・ウィッチア』さんなんて知り合いは居ないのもの・・・・・・ゴホッゴホッ、ゲホォッww」
「そのリアクションで知り合いじゃないは無理があるでしょう。まぁ、話したくない事情があるなら無理にとは言いませんが・・・・・・」
******
ギルドでクエストを受けてつづじの牧道場に来たとき、柵を修理している葉月を見かけた帆奈は「マズい」と思った。
葉月は、帆奈が前世で衝突した魔法少女の一人だった。
記憶を取り戻されると厄介だ、こいつが居るなら、このはとあやめも一緒だろう。常磐ななかや七海やちよも絡んでくるかもしれない。
そう判断した帆奈は、瀬奈に「帰ろう」と声を掛けようとしたが、隣に瀬奈の姿はなかった。
「帆奈ちゃーん、見て見て、モカウサギが歩いてるー!」
瀬奈はすでに靴を脱いで、裸足で牧道場の中に駆けだしていた。
後は流れでこうなった。
「バレるかバレないか、それも含めてクエストを楽しもうよ、帆奈ちゃん」
ウキウキとした声で言いながら腕にすがりついてくる瀬奈の頼みを、帆奈は断ることができなかった。
流石、一度人類を滅ぼそうとしただけのことはある。肝の据わり方が違う。
怖いもの知らずの瀬奈も好きだけど、昔の瀬奈も懐かしい。
青空の下、どこまでも広がるタタミの上を駆け回る青髪のエルフを見ながら、帆奈は微笑んだ。
秒で正体がバレるとは、この時の帆奈は考えもしなかった。
******
「一緒に来たのが私で良かったわ」
やちよは灯花達に更紗帆奈の過去の所業と暗示の魔法について伝えた。
「警戒を怠ってはだめよ」
暗示の魔法を使えるのは瀬奈で、帆奈の固有魔法は別にあるのだが、やちよはそこまでの事情は知らなかった。
それからしばらくすると、道着に着替えた遊佐葉月と三栗あやめが道場に入ってきた。
一匹のモカウサギも一緒だ。
三人と一匹がクエストの参加者の前に並んだ。
心なしか、道場の空気が引き締まる。
中央に立っていたこのはが一歩前に出た。
「では、これより皆さんにやっていただくクエスト『モカウサギ搾り』と『牧道』の説明に入りたいと思います。経験者もいるようですが、口頭での説明と、葉月による実演は全ての方に受講してもらいます。その後、経験者の方は外でモカウサギ相手に黒汁を搾ってもらいます。未経験者の方はモカウサギに触れる前に対人同士の模擬戦『牧道』を行ってもらいます」
「柔道でしょ?」灯花が言った。
「牧道です」
このははコホンと一つ咳払いをした。
「皆さんも『牧道』の名前くらいは聞いたことあるでしょう」
「アリマセン」アイちゃんが言った。
「・・・・・・皆さんご存じの『牧道』は人間同士でモカウサギ搾りの練習をする過程で生まれました。今では各国で盛んに大会が行われるほどのメジャー競技として人々の生活に根付いています」
「帆奈ちゃん、知ってた?」
「ぜーんぜん。あたし、スポーツに興味ないからね」
(・・・・・・この子達、躊躇無く本名を出すようになってるわ)やちよは帆奈を横目で見た。
「まずは実際に搾る様子を見てもらいましょうか、葉月、よろしくね」
葉月とモカウサギが道場の中央に進んだ。