【更紗帆奈VS瀬奈みこと】
「あははははははは・・・ゲホッ! あっは、あっははは・・・・・・ゴホンッ」
ねむの苦しそうな笑い声が道場に響く。
それを聞いて、瀬奈は心地よさそうな表情を浮かべた。
「懐かしいなぁ・・・・・・昔の帆奈ちゃんもあんな感じで笑ってたよね」
「いや、あそこまでイカれてないよ。あの眼鏡、攻撃されながら笑ってるじゃん」
「・・・・・・魔法少女達に追い詰められながら『あっははは』って笑ってた気がするけど、まぁいいか。私達も始めよう。手加減しちゃだめだからね?」
「はいはい、んじゃ、やりますか」
20分後。
「一本!」っと葉月の声が響く。
「はい、またアタシの勝ち」
帆奈は瀬奈にかけていた技を解いた。
「一本!」の掛け声と共に溢れた白汁が球体になって、空に霧散してリセットされる。
これがなかったら、リングの中は一面白汁だらけになっていただろう。
すべて、瀬奈の白汁で。
「もう、また負けちゃった・・・」
瀬奈は上半身を起して、わざとらしい調子で言うと、パッと表情を切り替えてとびきりの笑顔を見せた。
「帆奈ちゃん、牧道場って楽しいね! また来ようね」
「そう? アタシは瀬奈が楽しんでくれてるならそれでいいけど」
「モカウサギの気持ち、ちょっと分かるなぁ」
「え?」
一瞬、瀬奈の瞳が被虐的な光を宿し、口元が緩んだ。帆奈の胸を不安が撫でる。
「時間はまだあるよ。どんどん練習しよう」
「うん・・・・・・」
瀬奈はすぐにいつもの笑顔に戻った。
さらに20分後。
「瀬奈ちゃん! もう一本!」
「まだやるの・・・・・・?」
帆奈は額に汗を滲ませ、すでに肩で息をしていた。
「まだまだぁ!」
「演習が終ったらウサギも搾んないといけないしさ、この辺でやめといた方が」
「ウサギなんてどうでもいいよ! 瀬奈ちゃんは私を搾るのがいやなの!?」
「そんなこと無いけど」
「ならもう一本!」
さらにさらに20分後。
「もういいって! 瀬奈ってばわざと負けてるでしょ!」
「そんなことない! 私だって帆奈ちゃんから一本搾りたいよ! だけど搾れないんだよ! 搾りたくても搾れない。帆奈ちゃんの寝技がつよつよだから! 悔しいっ!!!! ・・・・・・ハイ、もう一本」
コミカルな仕草から一転、最後に一本を求めた時、瀬奈は真顔だった。
見開かれた瞳の圧に帆奈がたじろぐ。
さらにさらにさらにさらに20分後。
「瀬奈、もうやめよう」
「やめない! 何度も言わせないで! 帆奈ちゃんから一本搾り取るまで絶対にやめない!」
「そんなにアタシから搾りたいならさ、ほら、搾らせてあげるから腕掴んで」
「手加減なんてしないで! 手を抜かれるくらいなら本気で搾られた方がマシ!」
「・・・・・・」
「絶望のまま終らせないで。私に希望を見せてよ帆奈ちゃん! 一本! 一本!」
「・・・・・・瀬奈?」
瀬奈の目はキマッていた。牧道に墜ちた者の目だ。
「一本! 一本! ばっち来い! 一本!」
(ヤバい・・・・・・今日の瀬奈からは底知れない狂気を感じる・・・・・)
帆奈の地獄の牧道が幕を開けた。
帆奈が焦る一方で、「一本、一本、うるさいエルフだなぁ・・・・・・」と瀬奈の周囲の少女達は思った。
【さなとアイちゃん】
さなとアイの間には、ゆったりとした二人だけの時間が流れていた。
前のリングから、ねむの笑い声が響いても。
左のリングから「一本!」を求める瀬奈の雄叫びが聞こえても。
そんなものは関係無い。
並んで座り、仲良く『プランチャー』に表示された技を確認する。
アイはそれだけで満足だった。
目の前で、創造主たるねむが吊り天井固めを決められていても、アイは動じない。
助けない。
隣にはさながいるのだから。
やがて、どちらともなく立ち上がり、やる気を込めて帯を締め直す。
「さな、あなたとこんな形で組んずほぐれつすることになるとは思いませんでした」
「・・・・・・約束、守れなくてごめんね、アイちゃん」
「さな?」
「私、アイちゃんと約束したのに。守られてばかりじゃなくて、皆に頼ってばかりじゃなくて、皆を守れるくらい強くなるって」
「・・・・・・」
「だけど、私は強くなれなかった。皆を守れなかった。鏡の魔女に殺されて、負けちゃった」
「一本!!!!」隣から瀬奈の叫び声が響く。
「だけど、私はまだ諦めてないから。この世界では強くなって見せる。まだ弱いままだけど、成長して、今度こそ皆を守れるように。だから、アイちゃん、この世界では本の中からじゃなくて、私のそばで私の成長を見届けて」
「・・・・・・強くなりましたね、さな。ですが、お断ります」
「アイちゃん?」
「一緒に強くなりましょう」
「――っ!?」
「二人で、一歩一歩、確実に」
「・・・・・・うん!」
「さぁ、まずはこの『牧道』を通して、強くなったあなたを、私にぶつけてください。私の電脳グラマラスボディを搾ってください」
「はい!」
「待つモカ、長ネギ共」
さなとアイが振り向いた。ちかと、ゴロゴロに変化したモカウサギが立っていた。
「長ネギとは、私たちのことですか?」
ゴロゴロは頷いた。ちかは今にも笑い出しそうな顔だ。
モカァ語を翻訳して「長ネギ共」と言ったのはちかだった。実際のゴロゴロはちかの隣で「モカモカモカモカモカ」と鳴いているだけである。
アイは思った。緑の長髪をショートカットにして、白い胴着を着た自分とさなは、並んで立つと、先端の分かれた長ネギに見えるのかもしれない。
「ネギ達に恩返しがしたいモカ。強くなりたいなら、ゴロゴロの胸を貸すモカ」
ちかはゴロゴロを代弁する。必死に笑いを堪えながら。
「ネギ中毒を起したりしませんか」アイが言った。
アイの言葉は、嫌味ではなく真剣にゴロゴロの身を案じてのことだった。猫はネギを食べると中毒を起す。自分達は本物のネギではないが、人族並みの知性を持っているゴロゴロなら、相手がネギっぽい見た目というだけで体調不良を起すかもしれない。
「大丈夫モカ。確かにゴロゴロの見た目は限り無く葉月に近い猫だモカ。でも中身はモカウサギだモカ」
「ウサギもネギ中毒を起しますよ」アイが言った。
「・・・・・・葉月はどうだモカ?」
ゴロゴロはチラリと葉月を見た。
「「「葉月さん!」」」ちかとアイとさなの声が重なる。
「な、なに? どうしたの? 怖い顔してこっち見て」
「長ネギ、好きですか?」ちかが言った。
「・・・・・・好き、だけど」
「「「押忍!!!!」」」
三人が頭を下げる。
状況を飲み込めないまま葉月も軽く会釈する。
(この子達の考えは読めそうにないなぁ・・・・・・)
ゴロゴロを交えた、さなとアイの『牧道』が幕を開けた。
****
もうじき昼になる頃だろうか。
やちよは額の汗を拭いながら空を見上げた。
(ふぅ・・・だいぶ搾ったわね。・・・・・・更紗帆奈は妙な動きをしてないかしら)。
このはに一言断って、やちよはそーっと道場の中を覗いた。
ねむが死んでいる。
白目を剥いて仰向けになったまま、動かない。数時間、全身をくすぐられ続けたような有様だった。
灯花は道場の隅で膝を抱えて落込んでいる。
さなとアイは真面目に練習しているようだが、何故か相手がゴロゴロだ。
ういとあやめだけが真っ当に『牧道』に打ち込んでいる。戦う二人の表情は充実感に満ちていた。
お互いの実力を認め合い、高め合っている者の目だ。
問題は帆奈と青い髪のエルフだ。
帆奈は憔悴しきっていた。終始、エルフに対して優位に立ち回っているのに、負けているのは帆奈の方で、勝っているのはエルフの方に見えた。
びちゃびちゃになりながら、懸命にエルフの愛と向き合うかのような帆奈の姿に、やちよは少しばかり共感を覚えた。
帆奈の暗くやつれた笑顔は、愛する者の我が儘に付き合っている者が見せる表情だ。
目の下にクマを作って、子供の夜泣きをあやす母親のような表情だ。
対して青い髪のエルフは生き生きとしている。技を掛けられ続けているのに、顔には精気が漲って、ギラギラしている。何かに取り憑かれたように「一本!、もう一本!」と叫んでいる。
変わったエルフの娘ね・・・・・・。
やちよは溜息をついた。
予想通り、『牧道』の演習の場は崩壊している。しかし、毎回のことだ。どの冒険者が参加しても、『牧道』について教えると毎回こうなってしまうらしい。後半のウサギ搾りさえキチンと行ってくれれば問題ないと、どの牧道場の経営者も考えているそうだ。
フッと肩の力を抜いたのも束の間、やちよの身体に緊張が走る。
「一本!」の声に掻き消されて、誰も気付いていないようだが、七海やちよは聞き逃さなかった。
帆奈がエルフを瀬奈と呼んだ。
(瀬奈? 鏡の魔女になった魔法少女の名は確か瀬奈みこと。もしあの子が瀬奈みことだとしたら)
「・・・・・・・・・私達はあんな奴に負けたのね」
キャラメルクラッチを決められて喜ぶ瀬奈を見てやちよはそう思った。
「・・・・・・・監視、続けなくてもいいかしら」
ふと、やちよは背後から二つの気配を感じた。振り返ったやちよの額から一筋の汗が流れる。
「これは、とんでもない大物が現れたものね」
「一本っ!」
白熱した瀬奈の声が道場から漏れる。
その声を聞いて、二人の来訪者は怪しく微笑んだ。
「励んでいるようですね」
「どうしてあなた達ががここに?」やちよが言った。
「星五冒険者の七海やちよさんですね。お噂はかねがね。はじめまして、私『トキワ華道商会』代表、常磐ななかと申します」
「世界牧道連盟会長、メリッサ・ド・ヴィニョルです」
二人の訪問者はジャンルは違えど、それぞれの属する業界のドンだった。
全世界牧道選手権、無差別級優勝、メリッサ・ド・ヴィニョル。
牧道連盟の会長も兼ねる、知る人ぞ知る、牧道界の頂点である。
そして、もう一人の少女、常磐ななか。この世界に住んでいる者で、その名前を知らぬ者はいない。
『トキワ華道商会』
陸路と海路の他に、フォレストオーブによる植物属性の魔法と地下大迷宮の不思議アイテム『メガドローン』を用いて作られた『花道』と呼ばれる独自の空の流通網を採用することにより急速に力を伸ばした、この世界最大の商人達による組織である。
組織には流通路ごとに代表者がいて、『花道』を担当する常磐ななかを筆頭に、その下には、通信担当の『書の夏目』、陸路担当の『拳の志伸』、海路担当の『蒼海の美雨』がおり、彼女達は三大幹部と呼ばれ組織の要となっていた。
モノとモノではなく、人の心と心を繋ぐ人心掌握術と交渉に長けた『日和見の遊佐』なる謎の人物を加えて、四大幹部と呼ぶ者もいる。
二つ名を提供したのは魔族のあの人である。
商会にはいくつもの噂があった。
三大幹部の中には裏社会と繫がっている者がおり、裏では黒い仕事も請け負う、ブラックでラグーンな一面があるだとか、その一方で、犯罪に手を染めているわけではなく、裏社会を駆け抜け犯罪組織の非合法な取引を未然に防いでいるのだなどと、きな臭い噂は枚挙にいとまがない。
つつじシスターズの経営する牧道場の『黒汁』の流通を請け負い、膨大な枚数の『タタミ』の運搬を行ったのもトキワ華道商会である。
やちよは道場に入っていく二人の姿を見つめた。
二人とも小柄な少女だった。ななかは160㎝くらい、メリッサに至っては150㎝にも満たないが、同じく小柄な棍棒令嬢や、剣聖のタルトとはまた違った迫力があった。