マギア転生    作:川崎三文

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寝技とリッチと牧道の女達⑧

 

「メリッサ! ななか!」

 突然のレジェンドの訪問に、あやめの練習の手が止った。ういもつられて動きを止め、入り口に立つ二人を見た。

 灯花とねむも、あやめの声にピクリと反応した。

 他のペアは特に気にした様子も見せず、淡々と牧道に打ち込んでいる。

 気付いた葉月が挨拶に向うと、ななかはにこやかな表情で「お気にならさず。練習を続けてくさい」と言った。

 

 あやめは自慢げな態度で、ういにメリッサとななかを紹介した。

 メリッサは仕事として牧道に打ち込んでいるが、本業は城の給仕で、専ら剣聖の身の回りの世話ばかりしているらしい。非戦闘職ながら、その実力は星五冒険者と同格かそれ以上だと噂されている。

 ななかは現在、趣味で牧道を嗜んでいる。いずれはメリッサのように、自分も商人としてだけでなく、女搾りのプロフェッショナルとしても活躍したいとういに語った。

 紹介が終ると、葉月はメリッサに訪問の理由を尋ねた。

「剣聖から天音姉妹を倒した冒険者が居ると聞きまして、一目見ておきたいと思ったのです」

 メリッサが言うと、あやめが「あちしと一緒だな」と言ってういを指差した。

「その冒険者ならここに居るぞ。でもつえーのはういだけだ」

 メリッサとななかがういを見やる。

「初めまして、メリッサさん、ななかさん」

「初めまして・・・・・・でしょうか? あなたとはどこかで。・・・いえ、気にしないで下さい」メリッサが言った。

「あなたが天音姉妹を倒した野生児の一号ですか。よろしければ是非お手合わせを・・・・・・ん?」

 ういに向って話していたななかが、何かに気付いて明後日の方を向いた。

 ういとメリッサもななかの視線の先を見る。

 ななかは大の字になってゼーハーと息をしている更紗帆奈を食い入るように見つめていた。 

 様子を眺めていた葉月は、ななかの放つ気配が微妙に変化したのを感じた。

「ななか、あのペアが気になるの?」

「ええ、ですが、私の固有魔法・・・・・・『敵を見抜く力』は彼女に反応していません。ということは、あの二人は私の敵ではないということ。ですが、何でしょうか、この嫌な胸騒ぎのようなものは」

「練習する姿を見る限りじゃ、悪い子には見えなかったけどねえ。むしろ痛い子というか、苦労人というか」

「戦って見極めます」

 ななかは汁道着に着替えに向った。

 

 メリッサは再びういに興味を向けた。

「ういさん、よろしければ冒険部をやめて牧道部に入りませんか」

「冒険者は部活じゃないよ!」

 灯花と意識を取り戻したねむがリングを出てズカズカとメリッサの元にやってくる。

「もしかして、野生児の二号さんと三号さんですか?」

「嫌な呼び名が定着したものだね」ねむは溜息を付きながら言った。

「オマエら、メリッサに勝負を挑むつもりじゃねーだろうな。やめとけやめとけ。弱っちーんだから。どーせ天音姉妹もうい一人が戦って、オマエらは見てただけなんだろ?」

 灯花とねむはカチンと表情を強ばらせた。

「しょーじき牧道にきょーみはないけど、雑魚だと思われたまま終るのはシャクだよね。でしょ、ねむ」

「同意するよ、灯花」

「灯花ちゃん・・・ねむちゃん・・・相手は世界一位の人だよ」

「それが? なにか問題でも?」灯花が言った。

「メリッサさんさえ良ければ僕達と手合わせを願いたい」ねむが言った。

「ふふ、天音姉妹の言っていた通り、威勢のいい子供たちですね」

 言いながら、メリッサは羽織っていた青い外套を脱いだ。下にはすでに道着を着ている。

「ハンデとして、三人同時に相手をして差し上げましょう」

 メリッサは静かな笑みを湛えて言った。

「くふふっ、後悔しないでよね」

 

 ****

 

 メリッサと灯花達の戦いがはじまる少し前、満身創痍の帆奈は、痙攣するように「あっは」と漏らし、瀬奈に向って微笑んだ。

 

「瀬奈」

「うん?」

「効いたよ。あんたの全身台無しにするぞ作戦。あたしの身体はもう台無しだよ」

 言った直後、帆奈は倒れた。大の字になって道場の天井を眺める。

 体力的にはまだ問題ない。肉体的に搾られていたのは、むしろ瀬奈の方だ。

 だが、帆奈は極限まで精神を搾り尽くされていた。

(こんなクエスト、どうでもいい・・・・・・。潔く、今日という日を人生から捨てよう。モカウサギなんて搾らないで帰ろう・・・・・・)

 数分前、ういに自己紹介する常磐ななかの姿を確認した時から、更紗帆奈はそんな気分になっていた。

 帆奈は目を閉じた。前世でソウルジェムを砕く直前の、ななかとの死闘が瞼に浮かぶ。

(面倒な因縁のことなんか忘れたままさー、異世界で楽しく生きてよ。思い出すにしても、今日は勘弁・・・・・・)

「帆奈ちゃん、お客さんだよ」

 ひょこっと、瀬奈が帆奈の顔を覗き込んで言った。

 首を曲げて顔だけを持ち上げると汁道着姿の常磐ななかが居た。

「お手合わせ、お願いできますか」

「殺す気か・・・・・・」

「帆奈ちゃん」瀬奈が言った。

「ん?」

「長時間の寝技は浮気だからね」

「・・・・・・うん」

 帆奈は渋々立ち上がった。

「一試合だけだ、勝っても負けても再戦はしないよ」

「感謝します」

 

 おぼつかない足で立ち上がり構える帆奈。試合が始まる。

 凜とした表情で掴み掛かってくるななか相手に、なんとか気力を振り絞ろうとするが、腰にも足にも力が入らない。

 ふにゃふにゃになっている帆奈に、ななかが次々と技を決めていく。

 

「華心流、腕挫十字(うでひしぎじゅうじ)搾り」

「華心流、足四の字(あしよんのじ)搾り」

「華心流、胴締め(どうじめ)スリーパーホールド搾り」

 

 ななかの仕掛ける怒濤の搾り技を前に、為す術なく白汁を噴き出す帆奈。

 ななかの技には一切の無駄がなく、繰り出す技の一つ一つから完成された生け花のような美しさすら感じることができた。

 唯一残念な点を上げるなら、この競技の存在自体が無駄なことくらいであろう。

(あー、これだめだ。万全の状態でも牧道じゃコイツに勝ち目ない。もういい、終らせよう。好きにしなよ)

 諦めた帆奈は、ばたつかせていた四肢をだらりと投げ出した。ふと、瀬奈の応援の声が途切れた。

 朦朧とする意識の中、帆奈は数瞬前まで自分に声援を送っていた瀬奈を探した。

 視界にぎょっとするほど禍々しい感情を放つ瀬奈の姿が映った。

 嫉妬、怒り、憎悪、そして殺意。

 汁道着の裾を握りしめ、殺気を剥き出しにしてななかを睨み付けている。

 背後に青黒いオーラが見えた。歯を剥き出しにして、今にもななかの首に飛び掛かって締め殺してしまいそうだ。

(駄目だ、瀬奈。・・・・・・抑えて。下手に刺激するとななかの記憶が蘇るかもしれない。・・・・・・てか、あたしをここまで追い詰めたのは瀬奈でしょ・・・)

 

 ****

 

 帆奈が戦いを諦める少し前。

 帆奈を応援する瀬奈の手は震えていた。ブツブツと小言も呟いている。

 リングの中で好き放題弄ばれる帆奈を前に、瀬奈は限界に達していた。

(帆奈ちゃんが、私の帆奈ちゃんが、追い詰められていく。いやだ・・・・・これ以上帆奈ちゃんがあの女に搾られる姿を見たくない。組み付かないで、抱きつかないで。

 これ以上、私の帆奈ちゃんに触れるな・・・・・・。

 帆奈ちゃんに夢中で気付かなかったけど、あの女は、常磐ななかは帆奈ちゃんを前世で追い詰めた魔法少女だ。

 帆奈ちゃんの意識に宿っだけの、肉体のないあの時の私は、常磐ななかに痛めつけられる帆奈ちゃんを前にして何もできなかった。

 でも、今は違う。今の私にはこのエルフボディがある。だから・・・・・・!!)

 

 ****

 

 数分後、帆奈が道場に倒れる音が響く。

 本人は気絶するようにふらりと倒れたのに、タタミの機能のせいで、受け身だけは元気よく「バシン!」と取る。

 その姿が、滑稽で痛々しい。

 

 動かなくなった帆奈を葉月がリングから運び出して壁際に寝かせた。

 

 良く耐えたね、瀬奈。そう思って帆奈がリングの方に顔を向けると、

 

「よくも帆奈ちゃんを! このクソ眼鏡」

 感情を剥き出しにしてななかに掴みかかる瀬奈の姿が目に入った。 

 

「怒りに任せて不意打ちですか?」

 風に舞う一枚の木の葉をかわすように、瀬奈の踏み込みを僅かな動きでひらりと回避するななか。

 裏社会で鍛え抜かれているせいか、ななかは瀬奈の不意打ちにも殺気にも一切動じていない。

「私も帆奈ちゃんと一緒に戦いたかった・・・・・・」

「?」ななかは首を傾げた。

「あの時できなかったこと、やりたかったこと、今ここで、全部あなたにやってあげる!」

「何の話でしょうか?」

「問答無用」

 鏡に反射された光のような、人体では再現できない軌道を描いて、瀬奈はななかとの間合いを詰めた。ななかは一瞬、瀬奈の背後に四本の腕を持つ黒い影を見た気がした。

 くの字に折れたななかの体に、覆い被さった瀬奈の肢体が蜘蛛のように絡みつく。

「瀬奈卍固め!!!!」

「あああああああっ!」

 

(瀬奈・・・・・・あの時、頭の中でそんなこと考えてたの? ・・・・・・そっか、そんな風にあたしを助けるつもりだったんだね・・・・・・)

 

 帆奈は静かに目を閉じた。

 瞼の裏の、心地よいまどろみ満ちた暗闇に、瀬奈とななかの声が響く。

(今までのクソ雑魚っぷりは、やっぱり演技だったんだ)

 ななかに猛攻を仕掛ける瀬奈を想像しながら帆奈は思った。

 

「瀬奈、逆卍固め!!!!」

「ーーアアアアッ!!」

(・・・・・・もう二回も瀬奈って名乗っちゃってるじゃん)

 

「クッ、次はこちらの番です。あなたを道場に咲く一輪の花にして差し上げましょう」

「なっ、背中に!? あなた何を・・・・・・」

「華心流、パロスペシャル」

「いやぁあああアアアア」

「からの腕ツイスト」

「ぎゃぁああああああっ」

「侮りましたね。商人だから冒険者よりも弱いとでも?」

「・・・・・・・・・・・・うぅっ」

「お終いですか?」

「まだまだァ! 次は私があなたを生ける番! さぁ、愛の重さを知りなさい」

「なにを!?」

「帆奈ちゃんだいしゅきホールド!」

「クゥッ!!」

 

(瀬奈、アタシ以外にそれ使ったら、浮気だろ・・・・・・)

 

 帆奈の耳にはメリッサとうい達の声も聞こえてくる。

 

「百年戦争の伊吹を感じさせてあげましょう」

 帆奈の脳裏に、両手を悠々と広げて、野生児と対峙するメリッサの姿が浮かぶ。

「・・・・・・来ないのですか? ではこちらから」

「気を付けてうい、仕掛けてくるよ!」

「消えた!!!?」

「これが本場のオルレアン・チョークスリーパーです」

「うわあああアアアッ」

「味わいなさい。包囲されたオルレアンの苦しみを」

「ういを離して! 里見式低空ラリアーット!」

「掛かりましたね」

「なっ、狙いはわたくし!?」

「足を使った首絞めからの・・・・・・ドンレミハリケーン!!!!」

「にゃーーーっ! 首がぁああああ」

「っっっっっwwww」

「「笑ってないで戦ってよ、ねむ!!」」

「戦場では一瞬の隙が命取りになります。このように・・・・・・」

 

「おおおおっ! 出るのか! メリッサの絶技『連続搾り戦祭いくさまつり』が」

「そっか、あやめは見るの、初めてだったねえ」

 帆奈の耳に、興奮気味に観戦するあやめと葉月の声も聞こえた。

 

「オーギュスタン! トゥーレル! サントカトリーヌ! ブルゴーニュ! パリジ! ベルニエ! ルナール!」

「「「アアアアアアアアアッ」」」

「氾濫しなさい、ロワール!!!!」

「「「~~~~~~ッ!!!!」」」

 

「一本! 二本! 三本! 四本! 五本! 六本! 七本! 八本! 連続八本取りにて、メリッサ選手の勝利!」今日一番の葉月の声が道場に弾ける。

 

 さすがに気になり、帆奈はうすぼんやりと目を開けて試合が行われているリングを見た。

 

 海のように広がる白汁の中心で、一号、二号、三号が三段重ねになっている。

 鬼気迫るような雰囲気ではなく、四人とも楽しそうに競技に励んでいるようだった。

 

(もういいよ。色々とどうでも・・・・・・今日はもう、このまま寝よう)

 帆奈の意識はそこで途切れた。

 

 **** 

 

 結果的に『牧道』の講習は役に立ったのかも知れない。

 午後からのモカウサギ搾りは、正解のわからない『牧道』に比べて精神的に遙かに楽だった。

 何も考えず、ただ目の前に並ぶモカウサギを搾れば良い。

 

 もし、メガドローンを用いて、上空から『牧道』の様子を撮影したなら、アイドルの握手会のように見えたかもしれない。

 牧道場の敷地に広がるタタミの上に、等間隔で人数分の四角いリングが描かれている。その中に参加した冒険者達が、横一列に並んでいる。モカウサギ達は搾られたい冒険者の前に行列を作っていた。

 後は順番に搾るだけだ。自分から並んだ癖に、いざ冒険者が搾ろうとすると、モカウサギは抵抗する。

 搾り済みになってもリング内に居座ろうとするモカウサギを、このはが「終了でーす」と手際よくリングの外に弾き出す。

 一時間も続けると冒険者達は仕事に慣れた。

 混沌とした講習が嘘であったかのように、二日目、三日目のウサギ搾りは平和に終った。

 何人かの冒険者は『牧道』の楽しさに目覚め、クエストの延長を希望したそうだ。

 

 ういとあやめは汁友になった。

 灯花は一生短髪にしないと誓った。

 今回のクエストで一番成長したのはねむだ。

 『力や頭じゃどうにもならないクエストもある』

 ねむはやちよの言葉を胸に刻んだ。

 さなとアイはやちよと共にマチビト村に住むことになった。

 勝負には敗れたものの、灯花達の実力は牧道連盟会長のメリッサに認められた。

 灯花、ねむ、ういは冒険者パーティー『嵐を呼ぶ野生児』に加え、牧道チーム『里見プランチャーズ』を結成した。

 うい、灯花、ねむは、今回のクエストでまた一つ、病室の外の世界の広さを知った。

 

 

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