マギア転生    作:川崎三文

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※謎解き要素があるような素振りを見せていますが、一切無いので、間違っても推理しようとしないで下さい。


時女と傭兵と攻略アリナ・モニュメント 静香・みふゆ・うい編

「懐かしいですね、学生の頃に戻った気分です。・・・・・・と言いたいところですが、ここまで不気味だとそんな感情も沸いてきませんね」

 黒板を眺めながらみふゆは呟いた。

 黒板には下手クソな字で『ようこそ魔法少女ども。(セント)リリアンナ学園へ』と書かれている。

「魔法少女・・・・・・どこかで聞いたことのある言葉ね」静香が言った。

「これ、フェリシアさんの字です」

 ういは震えながらみふゆにしがみついて、極力後を振り向かないようにしていた。

 

教会から落下した後、みふゆは教室の机に突っ伏した状態で目を覚ました。

 同じ教室に居たのは静香とういだけで、他の四人の姿は見当たらなかった。

 電灯がチカチカと点滅している。教室には二十五の机があり、机の上にはそれぞれ一本から六本の蝋燭が立ててあった。

 白骨化した冒険者の死体が座っている机もある。

 子供用の机に座っているので、酷く不釣り合いで、視界に入る度に不快感に背筋をなぞられた。死体が恐ろしいのではなく、死体を面白半分に机に座らせた者の悪意が伝わってくるのが嫌だった。

 ういはそれを見ないようにしていた。

 

 窓はあるが、外は闇だった。トンネルの中のように光が届かない場所に教室があるのか、硝子の向こう側には世界自体が存在していないのか、誰も窓を割って確かめようとはしなかった。

 

「この場所に見覚えがあるの?」静香が訊ねた。

「ええ、昔通っていた学び舎に良く似ているので」

「やっぱり、ここは学び舎なのね。あまり言い環境じゃなかったみたいだけど・・・・・・」

 静香は目の前の机に刻まれた文字を指でなぞりながら言った。

 

『オマエの兄ちゃんミノタウロス』『ゲーム持ってガッコー来るな』

『勉強する気ないなら帰れ』『髪降ろして黙ってりゃ美人』『正直、好き』

『今度一緒に牧場に行こぜ』『デカゴンボールのBlu-ray BOX貸してやるよ』

 

「霧峰村じゃ見たことがなかったけど・・・これが都会の『いじめ』なのね。本人に直接伝える勇気がないのかしら。陰湿だわ・・・・・・ん?」

 静香は机からはみ出している一冊のノートを手に取った。表紙には黒板と同じ汚い筆跡で『フェリシアの学習帳』と書かれている。静香はペラペラとページをめくった。薬の入ったビーカーの絵や、メッセージのようなものが書かれていた。興味を持ったういがそれを覗き込んで、何かのヒントなのかも、と言って背負ってきた荷物袋に入れた。

 

「とにかく教室を出て外を探索してみましょう」

 みふゆはドアに手を掛けた。ガチャンという音が鳴る。

「鍵が掛かってるみたいですね」

 

 突然、教室にキーンという音が響いた。校内放送が始まる時に良く耳にするハウリング音だ。

 

「目覚めたみてーだな!」

「フェリシアさん!?」ういが言った。

「その部屋から出たけりゃ、オレとゲームしようぜ。まずは蝋燭を――」

 

 バキン、という音が響いた。

「おい・・・・・・何してんだよオマエ」

 ノリノリだったフェリシアの声が低く重くなっていく。

「鍵ごと扉を破壊したわ。行きましょう」静香が言った。

「一応、壊されねーように魔力障壁をかけといたハズだぞ・・・・・・」

「この程度の障壁ならあってもなくても一緒よ。獣人族の力を舐めないで」

 静香は鋭い爪の生えた手を掲げながら言った。肘から先が獰猛な獣の腕に変化している。

「これだら魔法少女は嫌なんだよ・・・・・・」

「ごめんね、フェリシアさん。また今度遊ぼうね!」ういが言った。

 みふゆ達は教室の外に出た。

 

「何よこれっ!」

 廊下に出るなり、静香は顔をしかめた。

「酷い有様ですね」みふゆが言った。

 アリナのドッペルを連想させる、青、黒、緑、紫、オレンジの絵の具を混ぜたような液体が、廊下のあちこちに飛び散っていた。

 汚れに規則性はないのに、無邪気な子供のイタズラではなく、無残な殺戮が行われた後の血痕を想起させる光景だった。

 みふゆは廊下を見回した。

 みふゆ達の居た教室は廊下の突き当たりにあり、反対側の廊下の先がカラフルな何かで塞がれている。

 教室からそこへに向う途中、下駄箱の置かれた広いスペースを通り過ぎたが、そこに肝心の玄関はなかった。

 近づいてみると、それは悪趣味な色の植物の根だった。生々しくテラテラと光るそれは内臓のように見えた。赤、青、黄、緑、紫の根が絡み合い、今にもビクンと脈動しそうだ。

 

「さて、行き止まりのようですね」みふゆは根の壁に軽く触れた。

「こんな根っこ、私の爪で」

「待ってください。罠の可能性もあります。もう少し辺りを調べてみましょう」

「今度はちゃんと謎解きするんだね。なんだか、フェリシアさんがやってた怖いゲームの世界みたい」ういが言った。

「ホラーゲームですか・・・」みふゆは顎に手を当てた。

「怖いからわたしは見てるだけだったけど・・・・・・」

「良く分からないけど、とにかく辺りを調べればいいのね。私は下駄箱のあった広場の壁を壊せないか確かめてくるわ! 出入り口が隠されてるかも」

 静香は玄関らしき広場に向った。しばらくすると、鉄球クレーン車で壁を打ち付けるような重い衝撃音が廊下に轟き始めた。宣言通り、静香が壁を殴っているのだろう。

「学校が壊れないといいけど・・・・・・」ういが心配そうに言った。

「残るは教室と理科室、後はトイレくらいでしょうか。ワタシは教室と理科室を調べてみるので、ういさんはトイレの探索をお願いできますか?」

「う・・・・・・トイレかぁ・・・・・・」

「怖いのでしたら、一緒に回りますよ?」

「ううん、大丈夫。わたし、冒険者だもん! トイレくらい一人で探索できなきゃ駄目だよね」

「ふふ、強いですね、ういさんは。ワタシがういさんくらいの頃は、何かあるたびにやっちゃんに泣きついてました」

「そうなんですか!?」

「ええ、だから自信を持って下さい。無理はしないで、何かあったらすぐ叫んで下さいね。誰も攻めたり馬鹿にしたりしませんから」

「はい。ありがとうございます、みふゆさん」

 

 ういはトイレの方に駆けていった。

 

「さて、ワタシは教室の方に向いますか」

 

 ****

 

「駄目ね、ヒビ一つ入らないわ」静香は壁の前で腕を組んだ。

 下駄箱の先にはハンマーのマークが描かれている壁があった。本来なら出入り口のある場所だ。

 静香は「ここを殴れ」という意味だと解釈し、何発も殴った。

 二十発ほど殴ったところでようやく普通の物理攻撃では壊せないのだと悟り、諦めた。

(残る怪しい場所といえば、下駄箱の中くらいかしら・・・・・・、一つ一つ調べるは手間ね)

 静香は他に怪しい所がないか、下駄箱と下駄箱の間を縫うように歩き回った。

 すると、下駄箱の中に、一つだけ血がポタポタと滴り落ちている扉があった。

(やだっ、・・・・・・兎の死体とか入ってるんじゃないでしょうね。・・・・・・動物の死体なんて、狩りで見慣れてるはずなのに、どうしてこんなに怖いのかしら? ダンジョンの雰囲気のせい? あからさまに怪しいけど・・・・・・怖いからってみふゆさんを呼んで開けてもらうなんて出来ないわ・・・・・・)

 静香はそーっと下駄箱を開けた。

 中には、ぐしゃっと潰れた血まみれの赤いベレー帽があった。

 

 ****

 

(うーん・・・・・・男の子のトイレに入るのは、ホラーとは別の意味で嫌だなぁ・・・・・・)

 ういは恐る恐る男子トイレを覗いた。

 聖リリアンナ学園の制服に身を包んだ金髪の少女が奥の壁にもたれ掛かっていた。

 ういの頭から「恐怖」の二文字が消えた。

「大丈夫ですか!」

 すぐさま駆け寄り、女の子を抱えて抱き起す。髪を降ろしたフェリシアだった。

「フェリシアさん!?」

「みんな・・・兄貴に殺されちまった・・・・・・みんな潰されて絵の具になっちまった。あの根っこを剥がしちゃ駄目だ・・・・・・兄貴が来るぞ」

「お兄さん? どういうこと? フェリシアさんは放送室に居たんじゃ・・・・・・」

「オレの名前は・・・・・・アステリオス・・・兄貴を・・・・・・」

 男子トイレで倒れているフェリシアを抱えつつも、ういは冷静だった。

(様子がおかしい。フェリシアさんの魔力も感じない。もしかして・・・フェリシアさんの姿をしたNPC・・・・・・なのかな?) 

「リリアンナ学園で何が起きたの?」

「トーカが・・・・・・Tゾンビ・・・・・・ベレー帽を・・・・・・」

「ベレー帽?」

「・・・・・・・・・・・・」

 ういは教会で聞いたボイスレコーダーの内容を思い出した。

「どうして女の子の制服を制服を着てるの? アステリオスは勇者ミノタウロスの弟でしょ?」

「オレ、死ぬ前に一度・・・・・・・女の制服・・・着てみたかったんだよ・・・・・・」

 そう言い残してアステリオスは気絶した。

(うん、やっぱり偽物みたい。・・・・・・設定、複雑だなぁ)

 

 その後、ういは顔をしかめながら大便器のある個室を調べたが、特に変わった所はなかった。

 ういは女子トイレに向った。

 女子トイレに入ると、一人の女の子が入り口に背を向けて立っていた。

 偽フェリシアと同じく、赤いベレー帽が印象的なリリアンナ学園の制服を着ている。見慣れた背中だった。見間違うはずない。だが、男子トイレの件があったので、ういは慎重に、距離を取って話しかけた。

「・・・・・・灯花ちゃん?」

「・・・・・・」

 それは、古いカラクリ人形のように、ぎこちない動きで首を回した。

 振り向いた顔は、ういの知っている灯花のものではなかった。

 限り無く漆黒に近い赤黒い肌に、ドッペルの面を思わせる無機質な目と口がぽっかりと空いている。

 ういの全身に冷や汗が滲む。それはひたひたとういの方に近づいてくる。

 ういは、それから視線を逸らすことができない。ぱくぱくと何度も口を動かす。

 叫びたいのに声が出ない。

「灯花ちゃんダヨー」

 ういの眼前で、それは言った。

 

 ****

 

「ここも壁ですか」

 コンコンと目の前の空間を叩きながら、みふゆはため息をついた。

 廊下には四つの教室が並んでいたが、そのうち二つは見えない壁に遮られていてドアノブに触れることができなかった。

 残る二つのうち一方は最初に目覚めた教室で、もう一方には何もなかった。

 後は理科室を調べるだけだ。

 みふゆは理科室のドアに手を掛けた。鍵が掛かっている。

「せいっ!」と拳を叩き込んで、みふゆはドアを破壊した。

「鍵探せよ! 全部壊して開けるなよ!」

 どこかからフェリシアの声が響いた。

 相手にせずに理科室に足を踏み入れ、薄暗い室内に目を凝らす。

 どこの学校にもある黒い実験台が六つ並べられている。

 黒板前の実験台の上にだけ、色々な液体の入ったビーカーやフラスコが無造作に置かれていた。それを見た瞬間、ピンときた。

 

(なるほど、除草剤を調合してあの悪趣味な色の根にかければ良いのですね。

 フッ、元薬学部志望者のワタシに薬で挑んでくるなんて、ヒントを探すまでもないでしょう。まさか異世界で有機塩素系農薬の知識を生かす時が来るとは・・・・・・)

 

 みふゆは実験台に近づいた。液体は全部で十種類、ご丁寧にラベルが貼られている。足元には青いバケツも置かれている。このバケツの中混でぜろ、ということらしい。

 みふゆはバケツを実験台の上に置いて、液体のラベルを確認した。

 

『クエン酸』『お酢』『アンモニア』『塩酸』『やちよのシャンプー』

『過酸化水素水』『メタノール』『タバスコ』『鶴乃の辛い汗』『甘いポーション』

 

「・・・・・・・・・・・・」

 みふゆは数秒キョトンとしたが、すぐに鋭い目つきを取り戻した。

 

(酢酸濃度が5%くらいのお酢はそのまま除草剤として使えると聞いたことがありますが、即効性は期待できませんね・・・・・・。

 いえ、これは真面目に考えては駄目なパターンですね。このラインナップ、考えたのはフェリシアさんでしょうか? ういさんの回収した『フェリシアの学習帳』にヒントがあったのかもしれませんね。失敗した場合、やり直しは利くのでしょうか? ・・・・・・まずはフェリシアさんが考えたと仮定して、思考をフェリシアさんレベルに落とさなければ・・・・・・ふぅ、恐らく、フェリシアさんについて知らなければ東大生でもこの謎は解けないでしょう)

 

 みふゆの意識が、思考の深淵へと潜ってく、深く、深く、何処までも深く・・・・・・。

 

(『タバスコ』と『鶴乃の辛い汗』。辛味が二種類ありますね。どちらか一つは不要でしょう。フェリシアさんはタバスコと鶴乃さんなら、鶴乃さんの方が好きなはず。よって、『鶴乃の辛い汗』は必須です)

 

 みふゆはバケツに『鶴乃の辛い汗』を入れた。

 

(辛い者を食べた後は甘いものですね。汗をかいたならシャンプーも必要でしょう)

 

 みふゆはバケツに『甘いポーション』と『やちよのシャンプー』を加えた。

 

(おっと、ワタシとしたことが、汗をかくほど運動したならきっと疲れているはずです。クエン酸も加えましょう。あえて『お酢は』は除外します。ワタシは料理ではなく除草剤を作っているのですから・・・・・・。見えてきましたよ、正解への道筋が!)

 

 みふゆはバケツに『クエン酸』を加えた。

 

(シャンプーをした後の鶴乃さんに『アンモニア』をぶっかけるなんて有り得ません、よってこれは除外。フェリシアさんは難しい漢字が苦手です。『塩酸』『過酸化水素水』も除外します。残るは『メタノール』。酒飲みとして、これは外せませんね。ふふっ、ここまで頑張った自分へのご褒美です。)

 

 みふゆはバケツに『メタノール』を加えた。

 すると、バケツの中で混ざった液体が黄金色に輝き始めた。

 

「やりました。除草剤の完成です!」

 

 みふゆは嬉々としてバケツの取っ手を掴んだ。

 

(さぁ、早くお二人と合流しなくては! ・・・・・・バケツからアルコール成分のいい香りがしますね。色も黄金色でハチミツ種を連想させます・・・・・・一口味見するくらいなら)

 

 ゴクリと、大きく喉を鳴らす。

 

 みふゆはバケツを床に置くと、膝をついて黄金色の除草剤を見つめた。

 一分ほど、アルコールとの対話を試みるみふゆ。

「そうですか、お酒でなくとも、アルコール成分を含む液体として生まれたからには、誰かに飲んでもらいたいと・・・・・・」

「・・・・・・・・・」除草剤は沈黙している。

「では、一口だけ」

 みふゆは除草剤の入ったバケツを持ち上げ、口に近づけた。

 

 極上の香りが鼻をくすぐった。『甘いポーション』と『やちよのシャンプー』が熟した果実のような香りとなり、そこにアルコールの風味と辛い汗のスパイスが加わって、奇蹟のような香気を放っていた。

 

 期待に胸を膨らませ、一口含んでコクンと飲み干す。

 

「オ゛ェエエエエエエエエエエッ!!!! ペッ! ゲェエエエッ!」

 

 あまりの不味さに、指の力が抜け、みふゆの手からバケツが滑り落ちる。折角調合した除草剤は床にぶちまけられてしまった。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ワタシは何を・・・・・・」

 

 その時だった。

 

「「イヤァアアアアアア」」

 ういと静香の悲鳴が同時に響いた。

 

「お二人とも!? しまった、ワタシが合流していれば・・・・・・すぐに行きます!」

 みふゆは駆けだした。

 女子トイレからういが飛び出してくる。

「灯花ちゃんが! 灯花ちゃんが!」

「灯花がどうかしたんですか?」

 

「灯花ちゃんダヨー」

 ういに続いて、女子トイレから顔色の悪い灯花が出てくる。

「これは・・・・・・灯花のゾンビ・・・・・・?」

 みふゆはひとまずゾンビを無視して、ういと共に静香を探して靴箱の広場に向う。

 静香は剣を抜いて何かと戦いながら、廊下の方に後退してきた。

「何なのよコイツら!」

 玄関スペースを覗きこんだみふゆは、思わず「うっ」と喉を詰まらせた。

 

 下駄箱の中から、次々と灯花が這い出してくる。

 リリアンナ学園の制服を纏った緑色の幼虫が蜂の巣の中で蠢くように、身体を蠕動(ぜんどう)させながら、ボトリ、ボトリと玄関の板敷きに落ちて、子鹿のように立ち上がる。

 生まれたてのゾンビ達は両手をYの字に掲げて、ゾンビらしからぬアニメ声で合唱した。

 

「「「灯花ちゃんダヨー!!!!」」」

 

 ゾンビ達は歌うように声を合せて、みふゆ達との距離を詰めていく。

「「「ゾンビ・カイホー。ゾンビ・カイホー」」」

 

 みふゆとういも武器を構える。が、静香と違い、どこか戦うのを躊躇している様子だ。

 

「「「オツム・クルクルパーにナッタラ・もうなにもこわくにゃい!」」」

 

 Tゾンビの行進は止らない。

 

「ふふ、灯花が見たらどんな反応をしたでしょうね」

「みふゆさん、静香さん、後!」

「ゾンビの次は骸骨ですか」

 みふゆはあきれ顔で嘆息した。

 廊下のあちこちに飛散していた毒々しい液体から、それと同じ配色の骸骨が次々と這い出していた。

 濁ったオレンジ色の骨をベースに、ところどころ黒や青紫の染みができている。手には錆びた鉄パイプのようなものを握りしめていた。

 

「今度は何? どうなってるの!?」

 静香は七支刀でTゾンビを切り伏せながら言った。

「ガイコツのお化けだ!」

「お二人とも、落ち着いてください。ここはダンジョンですよ」

「キリが無いわね!」

 静香に切られたTゾンビ達が黒い粒子となって霧散していく。

「相手にしないで、皆さん、木の根の方へ」

 みふゆが先頭を走り、円月輪で骨とゾンビを両断しながら道を開く。

 

「どうするつもりなの? 罠かもしれないんでしょ?」

 虹色の木の根を前にして静香が訊ねた。

「木の根をどうにかする方法を見つけたんですか?」ういが言った。

「いいえ、教室と理科室には何もありませんでした」みふゆは平然と言ってのけた。

「それじゃあ・・・」ういが不安げな顔になった。

 みふゆは真剣な眼差しをういに向ける。

「冒険者の心得その一。謎解きは暴力の後で。頭を使うのは、力でどうにもならない時の最終手段です。静香さん、手伝ってもらえますか?」

「当然よ」静香は両腕を腰に当てニヤリと笑った。

 

「「ハァアアアアアアアアッ!!!!」」

 

 バキバキバキバキィッ。

 

 魔法少女の豪腕が、木の根を紙袋のように引き裂く。

「頼むから頭使ってくれよ! 全部力で解決しようとすんなよ!」

 フェリシアの悲痛な叫び声が廊下に響く。

 

「「「灯花ちゃんダヨー」」」

 

「ゾンビ共が追ってきたわ」

「一気に駆け抜けましょう」

 

 引き千切った木の根の先には階段が見えた。みふゆ達は一気に駆け上がる。

 二階にあがり廊下を進むと、壊れたエレベーターがあった。

 扉の近くにある操作盤から火花が散っている。

 みふゆもういも、なぜ二階にベーターを設置したのか、などとはツッコまない。なぜならここはダンジョンだから。

「ゲームみたいに謎解きして、ヒューズや配線を見つけて修理するのかな?」

「セオリー通りに考えればそうですね。ですが・・・・・・」

「どうだ? エレベーターの故障は力で直せねぇだろ」

 フェリシアの嬉しそうな声が響いた瞬間。

 

 みふゆの魔力を込めた蹴りがエレベーターのドアに炸裂した。

 一発、二発、三発、金属を叩く、硬質な打撃音が廊下を震わせる。

 凹み、歪む、エレベーターのドア。

 四発目の蹴りで見事、みふゆの足がエレベーターの扉を突き破った。

 みふゆは中に入ると、今度は静香と共に武器を構えて、エレベーター内部の天井を破壊する。

 ういは、蛮族二人の一連の行為を唖然とした表情で眺めていた。

「さぁ、ワイヤーを伝って最上階へ」

 穴と言うよりも、ほぼ剥がされて無くなった天井を指差してみふゆが言った。

「なんなんだよお前ら! お前ら一体なんなんだよ!」

「「魔法少女です」」みふゆと静香の声が重なる。

「オレ、もうこいつらの相手すんの嫌だぞ」

 フェリシアは疲れた声でそう漏した。 

 

 エレベーターの一番上の出口は屋上に繫がっていた。

 もちろん、屋上へ続く扉も力でぶち抜いた。

 

 屋上には筋骨逞しい牛の頭を持つ化け物が居た。

 頭に赤いベレー帽を被り、全身紫色の毛で覆われている。武器は巨大なハンマーだった。フェリシアの得物と酷似している。

「どうして聖リリアンナ学園の屋上にミノタウロスが」みふゆが言った。

「灯花ちゃんダヨーン」牛の化け物が言った。

「灯花らしいわよ」静香が言った。

「ニセ者です。惑わされてはいけません」みふゆが言った。

「兄貴!」

 三人の背後から兄弟の名を呼ぶ悲痛な声がした。

「フェ・・・・・・アステリオスさん?」ういが言った。

 いつの間にか、屋上の隅にリリアンナ学園の制服を来たフェリシアが立っていた。

 頭に赤いベレー帽を乗せ、トイレの偽物と同じく髪を下ろしている。

 その長い金髪を振り乱しながら、フェリシアは訴える。

「頼む! ここまで辿り着けたお前達ならできる。兄貴を殺してくれ! もう楽にしてやってくれ。牛の頭にされちまったせいで、兄貴はもう牧草しか食えねぇんだよ!!」

 必死の形相で訴えるアステリオスもといフェリシア。ういは魔力反応を確かめる。

 どうやら本物らしい。しかし、頭の方は無事ではないのかもしれない。

 ういはギュッと胸元のリボンを握りしめた。

「アステリオスだなんて、可愛らしい外見の割に雄々しい名前ね」

 静香は肩越しにフェリシアを見た。身体はミノタウロスの方を向いている。

「うるせぇ、ゴチャゴチャ言ってねぇで、とっとと戦えよ。兄貴と戦えるヤツは一人だけだからな」

「よかった、いつものフェリシアさんだ」

 おかしな言動はすべて熱の入った演技だったと判明して、ういは胸をなで下ろした。

 不意に、ミノタウロスが咆哮を届かせた。悲しげな響きだった。瞳からは緑色の液体が流れている。ういには、血の涙を流しているように見えた。

「頼む・・・オデを解放してくれ・・・・・・モウ、牧草は嫌だ・・・・・・ニクが食えないなら・・・・・・未練は無い」

「私が行くわ」

 静香が一歩前に出た。

 ういは静香の背中から、気迫や闘志ではなく、哀れみの念を感じた。

 静香は虎の獣人だ。肉を食べられない者の苦しみを、この場の誰よりも理解できるのかもしれない。

 ういの眉尻が悲しげに下がる。

 感受性豊かなういの妄想は止らない。

 会ったばかりとはいえ、苦しみから解放するために他者を殺す。冒険者を続けていれば、いずれは自分も経験することになるかもしれない。殺す立場にも、殺される立場にもなるかもしれない。先ほど遭遇したゾンビ灯花のように、仲間がモンスターに変えられたら? 

 冒険者として、ういの心が成長してゆく。

「剣を使うまでも無さそうね。苦しまないよう、一撃で逝かせてあげるわ」

 少しでも学びを得ようと、ういは瞬きもせず成り行きを見つめた。

(ゾンビには剣を使ったのに、ミノタウロスには素手で挑むんだ・・・・・・。きっと、ゾンビに触りたくなかったんだ・・・・・・)

 静香の両腕が獰猛な獣のそれに変化した。力強くも流麗な五本の指の先には、鋼鉄をも引き裂いてしまいそうな白銀の爪が伸びている。

 鼻息を荒げながら静香に近づくミノタウロス。

 静香の前でミノタウロスがハンマーを振り上げた。

 静香はその場から一歩も動こうとしない。

 勢い良く振り下ろされたハンマーに向けて、真正面から静香は拳を突き上げた。

 ハンマーと静香の拳がぶつかって、巨大な鐘を叩き割るような金属音が屋上を揺さぶる。

 仰け反るミノタウロスと、広げた両足をで身体を支え、微動だにしない静香。

 ミノタウロスの手から離れたハンマがー空中で回転する。

 静香は跳躍してそれを掴み、流星のようにミノタウロスに向けて叩きつけた。

 その一撃で勝負は決まった。

「兄貴ぃ、ミノタウロスの兄貴ぃ!」

 再びフェリシアの演技に熱が入る。

 無残な肉塊となった牛の遺体に抱きついて噎び泣くフェリシア。

「泣くくらいならあたなも加勢すれば良かったでしょ・・・・・・それ、本当にあなたのお兄様なの?」

 フェリシアはパッと顔を上げた。

「違うぞ。兄貴はダンジョンコアが生んだ疑似モンスターだからな。地下迷宮のモンスターは別にいるから、楽しみにしてくれよな」

「あの・・・・・・」困り顔でみふゆが切り出す。

「あ? 何だよ、オレの演技に文句あんのか? 言われたセイフは全部吐いたぞ」

「頭が牛でも、内臓が無事ならお肉を食べても大丈夫なのではないでしょうか?」

 殺した後でみふゆが言う。

 皆は「あっ」と声をあげ、肉塊となった哀れな牛を見た。

「緑色の涙を流すほど牧草を食べるのが辛かったのは、胃袋が人間のままだったからなのね」静香は額に手を当てて言った。

 ういは学んだ。

(考えるより先に手を出すとこういうことになるんだ・・・・・・取り返しの付かないミス。みふゆさん、冒険者の心得その一を自分で否定しちゃった・・・・・・)

 ういは、ミノタウロスに向って両手を合せた。

 

「で、どうするの? お兄さんの仇討ちでもする? この人数相手に一人で戦う気?」静香は気を取り直して言った。

「いや、ここじゃたたかわねー・・・・・・ったく、あちこち壊しやがってよ」

「あなただって、ホテルフェントホープで似たようなことをしていたらしいじゃないですか。床をハンマーで壊して下の階に――」

 みふゆはそこまで口にしてハッとなった。

「・・・・・・悪ぃ。なんかどこかでそーゆーことしたような気がする」

「いえ、忘れてください」

「おう、どーでもいいから忘れる。じゃーな。こっからも頑張れよ」

 そう言うと、フェリシアはミノタウロスの死体をひょいと掴んで、屋上から校庭に向って飛び降りた。

 静香は後を追おうとしたが、ガンッと見えない壁に阻まれて額をぶつけた。

 ミノタウロスのハンマーはその場に残ったままだった。

「痛たた」っと額をさすりながら、静香は一階の下駄箱の広場で見たハンマーのマークのことを思い出した。

 静香達はハンマーを持って一階に向った。

 ハンマーはエレベーターのドアをくぐれなかったので、フェントホープでしたように、屋上からハンマーで足元を叩き壊しながら一階まで降りた。

 下駄箱にたどり着いて、壁のハンマーのマークを叩くと、校舎の外に出ることができた。モンスター達は校舎の外までは追ってこなかった。

 校門の前には、暗い北養区の森が広がっていた。

 

 ****

 

  数年前、アトリエに籠もって作品作りに勤しんでいたアリナは突然のスランプに襲われた。

 スランプから抜け出すために新しい刺激を得ようと旅をしていると、精霊族のミユという少女に出会った。

 ミユはアリナが初めて出会う危ないダンジョンクリエイターだった。

 アリナがスランプについて語ると、ミユはアリナの足の素晴らしさについて語った。

 会話が成立しないまま、ミユのクリエイトした『足フェチトラップダンジョン』を見学させてもらったアリナは、衝撃を受けた。

 絵や彫刻とは違う、ダンジョンという形の作品に触れ、さらにその先の形を見た。

「ミユの作った足フェチトラップダンジョンで抗う冒険者の姿を見て、悟ったんだヨネ。これこそがアリナの求めていた作品だって」

 アリナが感銘を受けた冒険者の名前は、カグラ・サンという。

 それから、ダンジョンクリエイトに興味を持ったアリナは、ミユから地下迷宮『タカラザキ』に存在するご当地レアアイテム『ダンジョンコア』の存在を教えてもらい、コアを集め、結界の固有魔法でダンジョン内のモンスターを捕獲し、ダンジョン作りにのめり込んでいった。

 

 続く

 

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