※作中に不自然な英文が登場しますが、文法や訳の正しさなど、気にせずに流していただければ幸いです。
※某作のパロディ多めです。
「う・・・・・・ここは?」
嗅ぎ慣れた消毒液の匂いが鼻をついた。
病院の匂いだ・・・・・・。
朦朧とした意識のまま頭を起すと、首に鈍い痛みが走る。
寝違えてるよ・・・・・・。
灯花は薄目を開いて、ぼやけた視界で辺りを見回す。
見慣れた三つのベッド、硝子張りの円形の部屋、何度も目覚めたことがある部屋だった。
里見メディカルセンターの病室。
十数年振りに見る前世の世界。
灯花にとって最も思い入れのある空間。
死と幸福、人生の全てが詰まった場所。
灯花の胸に、じわりと郷愁に似た想いが湧いた。
病に苦しんだ忌まわしい日々も、いろはと、ういと、ねむと過ごした幸福な時間も、言葉に尽くせないほどの想いと記憶が、この部屋で生まれ、小さな魂に蓄積されている。
「そう、わたくしはこの部屋でういとお姉さまと出会って、かけがえのないを時間を過ご・・・・・・うん?」
ふと、キャンパスに飾られた絵が目に入った。
記憶喪失になり入院したアリナの描いた、鏡の魔女の結界の絵だった。
潤んでいた灯花の瞳が、急速に乾いていく。
懐かしい病室ではなく、砂漠を見る目になっている。
「アリナの居た病室か・・・・・・」
灯花はチベットスナギツネのような顔で言った。
「そうだよね、アリナが作ったダンジョンだもん。うん、間違ってないよ。わたくしはダンジョンに来て教会で落とし穴にハマって、はぁ・・・・・・」
灯花は現状を思い出した。
身体を動かそうとすると、ガチャガチャと鎖の擦れるがした。
椅子に縛り付けられている。
「だよね」
灯花の目が一層に濁る。
「目が覚めたようね」
「その声、やちよお姉さま・・・・・・?」
病室のドアが開き、銀色の配膳台車をカラカラ押しながらやちよが入ってきた。
ばっちりナース服で決めている。
配膳台の上には、大きな土鍋が乗っていた。
鍋の中では得体の知れないカラフルなモツが、禍々しい虹色のスープの中でグツグツと煮込まれていた。トナカイのような頭蓋骨が鍋から大きくはみ出している。
相撲部屋のちゃんこ並みの量である。
灯花は力士ではないし、ここは相撲部屋ではない。
「あなた、ダンジョンで倒れていたのよ」
「良かった、いちおーここがどこなのか理解してるみたいだね」
「他に言うことがあるでしょ・・・・・・」
「うん、助けてくれたことは感謝するね。で、どうしてわたくしは縛られてるの?」
灯花はすぐにナース姿のやちよが偽物だと気付いた。
恐らく、彼女が、ボイスレコーダーの声の主、女冒険者の七海やちよだろう。
「お腹が空いたでしょう」
「いらない! お腹空いてないもん」
「柔らかくなるまで煮たわ」
「何を!? 虹色のスープなんて飲みたくないよ」
「手皮神のウワサよ、きっと精が付くわ。それに、毎日干し肉だと顎痛くなるでしょ」
やちよは冒険者から盗んだ干し肉を囓りながら言った。
「干し肉は美味しいよ! 週3で食べても飽きないよ! ってそんなことはどうでもいい」
灯花は首を横に振って、気を取り直す。
「他の皆はどこ?」
「他の皆? 私が見かけたのはあなただけよ。そう・・・・・・ダンジョンでお友達とはぐれたのね。きっともう死んでるわ」
「生きてるよ!!!! 勝手に殺さないで」
「大丈夫よ。私が家族になってあげるわ」
「家族?」
「今日から私達は家族よ。この病院が私達の新しいみかづき荘になるの」
「広いよ」
「部屋も沢山あるから、病室でも手術室でも遺体の安置室でも、好きなを場所を使ってちょうだい」
「魔界で野宿した方がマシだよ」
「大丈夫よ。私と一緒にいれば『Tゾンビ』には襲われないわ」
「『Tゾンビ』?」
「窓の外を見なさい」
「まず鎖を解いて」
灯花は抗議するように鎖を鳴らした。
やちよは「世話の掛かる子ね」と呟いて、椅子ごと灯花をひょいと持ち上げると中央の丸テーブルの前から硝子張りの壁の前まで連れていった。
里見メディカルセンターは五つの硝子張りの高層タワーが集まってできており、高い楼閣で十五階以上ある。灯花は外を見下ろして確認する。今居る病室は最上階辺りらしい。
やちよは対面の塔を指差した。
割れた硝子張りの部屋の中で、冒険者らしき男達がゾンビから逃げ回っている。
その光景を前に、灯花の思考は一瞬停止した。
ゾンビ達の声が風に運ばれて、硝子越しに微かに聞こえてきた。
「「灯花ちゃんダヨー」」
「アリナの奴、よくもわたくしをモチーフにあんなモンスターを」
灯花は限界まで拳を握り締めた。
「この町は、灯花に包囲されているわ」
「しかも、わたくしと名前まで同じ・・・・・・このダンジョン、絶対潰す!」
「北養区ではね、あなたの想像もつかないようなことが、たくさん起きたのよ」
やちよは『マジカル大魔境北養』について語り始めた。
昔から北養区には頭のおかしな三人の魔女が住んでいた。
『狂った帽子屋のトーカ』『三月ウサギのウイ』『眠りネズミのネムリン』
三人の魔女は魔術結社里見メディカルアンブレラを結成、錬金術師を応用して賢者の石を織り込んだ赤いベレー帽『賢者の帽子』を生み出した。
「これをかぶれば不老不死になれるよー」
帽子屋のトーカはそう偽って、王侯貴族、町人問わず、帽子を欲しがる全ての人に赤いベレー帽を配って回った。そして、騙されてベレー帽を被った人間は次々と異形の化け物へと姿を変えていった。
メディカルアンブレラの開発した『賢者の帽子』の正体は、ベレー帽型寄生モンスター『シナプスジャック灯花ちゃん』だった。
ベレー帽に寄生された人間は灯花ちゃんゾンビ、通称『Tゾンビ』となって悪意のままに人々を襲う迷惑なおガキ様になってしまう。
三人の魔女が帽子を作った理由は、単純に「面白そうだから」であり、ゆくゆくはTゾンビと自分達だけの世界を作りたいと企んでいる。
彼女達は今でも魔境となった北養区のどこかに存在する秘密の大聖堂に隠れて、水晶に映る破壊された町並みや、Tゾンビから逃げ惑う人々の様子を見ながら、狂ったお茶会を続けているらしい。
北養区は国からSクラスのダンジョンに指定されたが、一部の冒険者や勇者が生存者の救出のために潜入、やちよ達のパーティーもその救出部隊のうちの一つだった。
しかし、メディカルアンブレラの起したマジカルハザードを重く見た支配階級の者達は、まだ生存者や救出に向ったパーティーがいるにも関わらず、北養区を結界で隔離し、完全に封鎖してしまう。
生き延びた人間達はパニックになり、それに追い打ちを掛けるように、近々『Tゾンビ』の一斉駆除のため北養区に『スーパーエクスプロージョン』が打ち込まれる、などという情報までもたらされ、混乱は瞬く間に広がってしまった。生存者達が右往左往する中、それをあざ笑うようにTゾンビの増殖は止まらなかった。
『シナプスジャック灯花ちゃん』は人間だけではなく、モンスターにも寄生できる。
現在、抵抗者達の奮闘も虚しく、北養区は次々と生まれるTクリーチャーに蝕まれつつあった。
話が終ると、やちよは「これを見なさい」と言ってベッドの横の棚にあるノートパソコンを起動して、一つの映像を見せた。
監視カメラの映像だろうか。
氷で作られた檻の中なかに、三人の男の冒険者とTゾンビ達がいた。檻の外にはやちよが居る。
「やめて! みふ夫さんに近寄らないで!!」
女冒険者のやちよが叫ぶ。恋人の名前はみふ夫と言うらしい。
白い長髪のゴリマッチョだった。みふゆとは違うベクトルのパーフェクトボディが自慢の冒険者である。
男達を包囲したTゾンビ達はやちよの叫びを無視して、その輪をじりじりと縮めている。Tゾンビ達の手には、赤いベレー帽が握られていた。
「メスガーキガ・ワカラーセ」
「オマエーラヲ・ワカラーセ」
「ベレーボーデ・ワカラーセ・ミンナ・ミンナ・メスガーキ」
Tゾンビが掲げるベレー帽を目にした冒険者達は、目を血走らせ、子供のように腕を振ってゾンビを威嚇した。
「やめろぉおおおお、来るな! この化け物共が!」
「オレは女のガキになんてなりたくねぇええええ」
Tゾンビとベレー帽が眼前に迫ると、スキンヘッドの男と魔法使いの男は諦めたのか、追い払う腕を止め、抱き合ってわんわんと泣き始めた。
灯花はその映像を複雑な表情で眺めていた。
眉間に強く皺を寄せつつも、口元はヘラヘラと笑っている。
恐らく、ういにもねむにも見せたことの無い表情だ。
「ヤッチャンノ・カレシモ・ワカラーセ」
「マッチョもハゲも・ワカラーセ」
「ミンナ・ミンナ・メスガーキ」
「すまない、やちよ・・・・・・ワタシはもう」
白髪のロン毛ゴリマッチョがやちよに向って手を伸ばす。
「みふ夫さん! みふ夫さん!」
抵抗もむなしく、男達はTゾンビの群れに飲み込まれていく。
世紀のパーフェクトボディアンデットが生まれるのだろうか、本物の灯花も手に汗握り画面を見つめる。
やがて叫び声が消え、波が引くようにTゾンビが男達の居た場所から離れると、そこには三匹の新たな・・・・・・。
「「「灯花ちゃんダヨー!!!!」」」
「いやぁああああああああああっ!!!!」
やちよの叫びが木霊する。
映像はそこで終った。
「まってよ! むさい男の冒険者もあの姿になるの!?」
「今見た通りよ。・・・・・・この病院を徘徊するTゾンビの中には、私の恋人のみふ夫さんがいるの。だから抵抗なんてやめて、Tゾンビと一緒に暮らしましょう。この手皮神のウワサ鍋を食べれば、あなたもあのお方達に認められるわ」
灯花が画面から目を離すと、やちよの額から虹色の汗とも血ともつかない液体が流れ出していた。
『手皮神のウワサ』を纏っていたアリナの顔に流れていたものと同じである。
女冒険者やちよはTクリーチャー『虹色ナースやちよ』に変化した。
「そう・・・・・・私はあの人を救うことができなかった。もうどのTゾンビが愛するあの人なのか分からないの」
言いながら、やちよはスプーンで鍋の中身をすくって、縛られた灯花の口に運ぼうとする。
「いらないって言ってるでしょ! こんな拘束!」
灯花は魔法少女に変身して易々と鎖を引き千切った。
「大人しく口を開けなさい」ナースやちよが槍を具現化して構える。
「いーーーやっ!!!! 人のことを勝手にモンスターにして! やちよお姉さままで侮辱して! プンスコプンだよ!」
灯花の周囲にいくつもの傘が具現化する。灯花は怒気と魔力を迸らせてナースやちよを睨み付ける。
「わたくしはもう、誰も許さない」
傘がやちよに照準を合わせる。灯花がナースやちよにエネルギーの一斉放射を浴びせようとした瞬間、ズコンという鈍い音がした。
ふらりとナースやちよが倒れ、顔面と硬い床のぶつかるゴキッという嫌な音が響いた。
倒れたやちよの背後には、十手を握ったちはるが立っていた。
「大丈夫!?」
「ちゃる!? 助けに来てくれたの?」
「もちろんだよ! ・・・・・・その『ちゃる』って、私のこと?」
「そうだよ。嫌だった?」
「ううん。ちゃるでいいよ。私も灯花ちゃんって呼んでいい?」
「もちろん!」
病室から出た灯花の額に一筋の汗が流れた。何度も左右を確認する。
右側にも、左側にも、どこまでも果てしなく廊下が続いていた。
「やっぱり、驚いちゃうよね」
「ちゃるはどこから来たの?」
「隣の病室だよ」ちゃるは廊下の左を指差した。
「うーん・・・どっちに進めばいいのかな。統計的には分かれ道で迷ったらひだりを選ぶ人のほうが多いから、ひだりに罠がある確率が高いかも」
「考えても仕方ないよ、灯花ちゃん傘貸して」
「え? いいけど」
ちゃるは廊下に傘を立てて手を離した。傘は右に倒れた。
「意見が一致したね。右に行こう!」ちゃるは自信ありげに言った。
(・・・・・・これ、意見かにゃ?)
灯花は傘を拾いながら思った。
「それにしても、最低だよね、北養区の三人の魔女。罪の無い人達をゾンビにするなんて! 作り話だって分かっていても頭にくるよう!」
ちゃるは走りながら言った。
灯花はちゃるに同意したかった。
『本当だよ、こんなこと間違ってる』『人としてサイテーだよね』『ダンジョンの中のストーリーとはいえ、悪趣味だよ』と。
しかし、強く訴えることができなかった。
なぜなら、前世で自分も『受信ペンダント』と『フラワースピーカーのウワサ』を使って、現実の魔法少女相手に似たようなことをしているからだ。
そう考えると、さっきまでアリナと偽やちよに向けていた怒りが見る見る冷めていった。
灯花はちゃるに向って「・・・・・・そーだね、ほんとサイテー・・・・・・」と力ない言葉を絞り出した。
フィクションの世界で表現したアリナよりも、ノンフィクションの世界で実行した自分の方が、タチが悪いのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
あれ、もしかして一番の悪者はわたくしなんじゃ・・・・・・。
灯花は少し成長した。
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灯花とちゃるが居なくなった病室で『虹色ナースやちよ』がむくりと起き上がった。