※作中に不自然な英文が登場しますが、文法や訳の正しさなど、気にせずに流していただければ幸いです。
※某作のパロディ多めです。
アリナグレイはダークエルフに、御園かりんは精霊族に転生していた。
ダークエルフは芸術を愛する種族だ。
多種族には理解できない独特の世界観、いわゆる自分の世界を持っている個体が多い。
自分の世界に生まれ、自分の世界の中で生き、自分の世界と共に死んでいく。
他種族からは根暗が多い、インドア派が多いと誤解されているが、ダークエルフ達はそれに反論し、弁明することに興味がなかった。
人族は常識や道徳といった価値観を、個体差はあるものの大きく共有して生きているが、ダークエルフはその共有している部分が極めて小さい。
ゆえに、国や集落のような性質を持つコミュニティを作らない。
ほとんどの個体は世界を放浪して生きている。
故郷を持たないダークエルフは、代わりに、世界各地に結界を張って、アトリエポイントと呼ばれる空間を作る。そこでは常に一定数のダークエルフが創作に励んでいて、作品が完成したら、アトリエを出てまた世界を放浪するのだ。
完成した作品は、アトリエポイントの展示場と呼ばれる場所に置いて行く。
過去の作品の布教よりも、次の作品を作ることを考えている個体が多いので、自分がどこのアトリエポイントにどの作品を展示したのか、覚えていない者も少なくない。
実はこのアトリエポイントについて、ダークエルフ達は創作に励みたいのであれば他の種族も使って構わないと考えていた。というよりも、自分の創作活動以外はどうでもいいので、隣で他の種族が何を作っていようと関係無いのだ。
しかし、その事実を知る者は少ない。
ダークエルフ達はそんな考えを伝えるよりも、作品を完成させることの方を遙かに優先して生きているからだ。
精霊族のかりんはそれを理解した上で、アリナの旅に同行し、アトリエポイントで創作活動に励んでいた。
灯花はやちよからダークエルフについての話を聞いた時、素直にいいなぁと思った。
記憶を取り戻してからは、一層、その生き方に共感した。
病院から出られず、書物とネットを通して得た宇宙の情報を頭の中で再構築して、その世界を思い描くことしかできなかった自分とダークエルフの生き方を重ねたのだ。
いつか、ういとねむとお姉さま達と一緒にアトリエポイントに赴いて、ダークエルフ達の作った作品を見てみたい。そんなことも考えていた。
昨日までは。
十種族の中でも、ずば抜けた感受性を持つダークエルフが、世界中を旅して、数々の美しい景色や、いろいろな文化に触れて、抱えきれないほどの情報を吸収した結果、どのような作品を生み出すのか。それが・・・・・・。
「「「灯花チャンダヨーー」」」
「あなたは私の家族になるのよ!!!!」
灯花とちゃるの後方から、その『作品』が追いかけてくる。
「まさかの二次創作だよ! それもわたくしの二次創作だよ! ダークエルフは一次創作専門の芸術家だと思ってた!!!!」
灯花は走りながら叫んだ。
「灯花ちゃん、突然どうしたの!?」
灯花とちゃるは、Tゾンビとやちよの攻撃を避けながら、長い廊下を駆け抜けていた。
どれだけ倒してもTゾンビは沸いてくるし、どれだけダメージを与えても『虹色ナースやちよ』は起き上がってくる。
そこにアナウンスが流れてくる。
「かりんの『マジキリ』はオリジナルなの!」
御園かりんが『二次創作』という言葉に反応したらしい。
灯花とちゃるにとっては、彼女の怒りなど心底どうでも良かった。
「本質的には二次創作でしょー。前世からパクればオリジナルだなんて、自分を偽ってるだけだよ」
「前世? あなた、なにを言ってるの?」
御園かりん。
断片的に浮き上がる前世のマジキリの記憶を、頭の中に溢れるオリジナルのアイディアだと思い込み異世界で創作を続ける、哀れな精霊族の娘。
「あなたほど幸福な記憶喪失の人、そうそういないよ」灯花が言った。
「記憶喪失? かりんには生まれてからこれまでの記憶がちゃんとあるの。アリナ先輩、この子おかしいの」
「ザッツ・ライト」
「・・・・・・」灯花は黙り込んだ。
「念のためもう一度言っておくの。『マジキリ』はかりんのオリジナルなの」
「・・・・・・うん、もうそれでいいよ」
「なの!」
放送はそこで終った。
「何だったの、今の?」ちゃるが言った。
「知らない。それよりも、これからどうするか考えようよ」灯花が言った。
「この廊下、どこまで続くのかな」
「わからない。ここはわたくしの知ってる里見メディカルセンターじゃないもん!」
「こんな変なデザインのダンジョン見たこと無いよう」
廊下はモザイクのようになっていた。
円筒型の病棟の各階にぐるりと巡る全ての廊下を繋げて、一本に伸ばしたような構造をしている。
廊下の壁は進むごとに変わり、見慣れた白い壁から、錆のような汚れのついたタイルへ、タイルから薄いグリーンへ、グリーンから血痕飛び散るホラーな壁へとめまぐるしく変化していく。
それに合せて、廊下の左右には、手術室、問診室、病室、リハビリルーム、食堂、休憩室、死体安置室と、脈絡無く様々な部屋が口を開け、どの部屋からも、ひょっこりとTゾンビが顔を出す。
「キュフフフフ」
「ゾフュフフフフ」
前方からも後方からもTゾンビの笑いが響く。
「ブスブスット傘でブスッと」Tゾンビが灯花の前で傘を構えた。
「うるさい!」
灯花は現れたTゾンビを走りながら傘で薙ぎ払った。
「やめて! Tゾンビを攻撃しないで! その中にはみふ夫さんがいるの!」
「また言ってるよぅ」
ナースやちよは灯花達がTゾンビを攻撃すると、時折、このセイフを吐いた。
「もしかして、Tゾンビの中からみふ夫さんを探せばいいんじゃないかな?」
ちゃるが言った。
「分かるわけないでしょ。みんな同じ外見してるんだもん!」
「灯花ちゃんもね」
「わたくしの顔色はあんなに悪くない!」
「ふふ、ごめんごめん。何かヒントがあるハズだよ」
「映像で見たみふ夫さんの特徴は・・・・・・マッチョなことだね」
「マッチョかぁ、マッチョなTゾンビなんて居たら一発で分かるだろうし。一か八か・・・・・・」
ちゃるは大きく息を吸い込んだ。
「やちよさーーん! みふ夫さんについて教えてくだささーい」
「いくら何ても答えるわけ――」
「みふ夫さんはドMで、趣味はお
「「お
灯花とちゃるが素っ頓狂な声を上げる。
「あのガチムチパーフェクトボディ冒険者のみふ夫さんの趣味がお箏!?」灯花が言った。
「そういう繊細な所が好きだったのよ!!!!」
「変なところで細かいんだよにゃー」
「とにかくお箏を演奏してるゾンビを探そう」
「えー、さすがにいないよーそんなゾンビ」
「見て! あのTゾンビ、右手の指に
ちゃるは後方、やちよの側のTゾンビを指差した。そのTゾンビの右手、親指、人差し指、中指に箏爪がはめられている。Tゾンビはさっと右手を隠すと、群れの中に紛れて見えなくなった。
「結構近くにいたんだね、彼氏のみふ夫さん・・・」ちゃるが言った。
「みふ夫さん、ゾンビになる前から箏爪つけたまま冒険してたのかにゃ?」
「バレチャッタヨー」
「ヤッチャンノ・カレポ」
「カレチンポ!」
「マモッテ」
「シュゴ」
「ゲッテン」
突如、天井に八角形のハンドルが現れた。一体のTゾンビが跳躍して天井に張り付き、そのハンドルを回すと、灯花達の目の前の廊下がせり上がり急勾配になった。
「気を付けて! きっと大岩が転がってくる罠だよ!」
「まっさかー、いくら何でも病院の廊下に岩が」
ドスン!と、大きな丸岩が天井を突き破って落ちてくる。
「ほら来た!」
「うそ・・・・・・」
「オヤクソクダヨー」
「ツブサレルー」
大岩を見たTゾンビ達が蜘蛛の子を散らすようにあちこちの部屋に逃げていく。
灯花達は廊下を引き返して、最初に目についた部屋、男子トイレに逃げ込んで大岩をやり過ごした。
廊下から大岩の転がる音が轟いて、狭いトイレに反響する。
「うー、最悪。わたくしが男子トイレなんかに」
「でも、今の大岩でTゾンビとやちよさんが潰されたかもしれないよ」
ハァアアアアッというやちよの雄叫びと、岩が砕ける音が響いた。
「はい、元気」
灯花が言った。
「ヤバい、早く出ないと追い詰められるよう」
ちゃるが叫ぶと同時、ポロンっと、箏の音が個室トイレから漏れた。
灯花が勢い良く三つ並んだ個室トイレの中央を開けると、左右の壁をぶち抜いて作られた和のスペースで、Tゾンビが箏を演奏していた。
「アーア、ミツカッチャッタ。ワタシのヒミツノ演奏ベヤ。ココは男子トイレダゾ。女子トイレガアルダロ。ドスケベ灯花」
Tゾンビが灯花に向って中指を立てる。
ブチンときたのか、真似して中指を立てようとする灯花の右手を、ガシッと掴んでちゃるが抑えた。
「灯花ちゃん、それはダメだよ!!」
「はなして! わたくしだって不良になりたい時くらいあるの!」
中指を立てたTゾンビの身体は黒い靄に変化して、指にはめた三本の箏爪に吸い込まれるようにして消えた。
Tゾンビを吸い込んだ三本の箏爪は宙で静止したまま黄色に変色し、卵の黄身のようにドロッと溶け合い、パン生地のようにモコモコと膨らんだ。
三本の箏爪は二足の靴へと形を変えた。
灯花は目の前で起きている事象を、ただ受入れる事しかできなかった。
何が起きているのか分からない。しかし、無視する訳にもいかない。
合理的に考えても無駄だということは分かる。
アリナは何故こんなダンジョンを作った?
「わたくし、芸術って良く分からない」
「そうか、ここはダンジョンじゃなくて芸術だと思えばいいんだね・・・・・・」
灯花は靴に手を伸ばす。
焼きたてのパンのような香ばしいかおりが鼻をくすぐったが、灯花はもうツッコまない。
それは爪先から太く鋭い二本の爪が生えた鳥の足のような形状の靴だった。
箏爪は装備アイテム、『ボチョコンの爪』に変化したのだ。みふ夫を発見したボーナスだろうか、灯花が靴を手に取ると「オッチョコッチョー♪」と陳腐なBGMが流れた。お宝ゲットの証である。
「わたくしコレいらない、ちゃるにあげる」
「いいの!?」
「みふ夫さんを装備したくない」
ちゃるは下駄を脱いで『ボチョコンの爪』を装備した。
タイミングを見計らったようにナースやちよが入って来る。
「あなた達、ここは男子トイレよ!」
「随分と遅かったね」灯花が言った。
「砕いた岩を掃除してたのよ」
「・・・・・・・・・・・・うん」
「・・・・・・お仕事ご苦労様です」
労いの言葉を吐き終わると同時に、ちゃるは瞬時にナースやちよと距離を詰めて『ボチョコンの爪』でみぞおちを蹴り飛ばした。
やちよは衝撃でその場から吹き飛ぶと、不自然な直角の軌道を描いて、トイレから出た後もなお廊下の左側へ、吸い込まれるように飛ばされていった。
「ノックバック効果の付いた爪みたいだよう」
ちゃるは、やちよに続いてワラワラと入ってきたTゾンビ達にもバンバンと蹴りを浴びせていく。
その度に、ちゃるの羽織ったクリーム色の岡っ引きが可憐に翻る。蹴りを放つちゃるの姿は小鳥が舞っているようだった。勇猛にゾンビと戦っているのに、ちゃるには猫やハムスターの動画さながら延々と見ていられる不思議な癒やしの魅力があった。
(大岩といい、爪といい、このチグハグさ。もしかして罠を考えたのはアリナじゃなくて御園かりんの方なのかな・・・・・・)
ぼーっとちゃるの姿を見ながら、灯花はそんなことを考えた。
灯花とちゃるは廊下に出て逃走を再開する。急勾配は消えていた。
床には砕けた岩の欠片一つ落ちていない。雑巾掛けをしたかのようにピカピカだ。
ちゃるに蹴られたやちよとTゾンビ達は、まだ五十メートル以上後方にいた。
****
虹色ナースやちよがトイレから出てきた灯花とちゃるを視界に捕らえた。
「もう容赦しないわ」
やちよはそう呟くと、槍を構え、身体をひねり、廊下の壁に向けて投擲した。
槍は、壁など存在しないかのように、抵抗もなくその向こう側に消えてく。
空に放たれたように、壁には僅かな波紋すら立たない。
『アブソリュート壁からレイン』
やちよが技名を囁くと、疾走している灯花達の両側の壁から無数の槍が飛び出した。
****
「なにこれ!」
叫んだ灯花は、瞬時に自分とちゃるの左右にいくつもの傘を展開して槍を防いた。
「病院の廊下の壁から槍が飛び出してくるなんて」
「え? 良くあることだと思うけど」ちゃるが言った。
「フツーは病院でこんなこと起きないんだよ」
「ここはダンジョンだよう。そして芸術なんでしょ。しっかりして灯花ちゃん!」
「そうだ、ちゃるの言う通り、わたくしは今病院じゃなくて芸術の中にいる・・・・・・あーもう、話がかみあわなにゃい! ・・・・・・あ!」
灯花が髪を乱しながら頭を振って、思考のもつれを振り払おうとしたと時、隣の病室の中にあるストレッチャーが目に入った。
「やった! ちゃる、あれに乗ろう」
「え? 誰が押すの?」
灯花は病室に入ると、カチャカチャを音を立てながら廊下にストレッチャーを運び出してきた。
ちゃるは訝しげな顔でストレッチャーに乗った。灯花もちゃるの後に座る。
「しっかり掴まっててね」灯花が言った。
ちゃるはストレッチャーの両サイドをガッと掴んだ。
灯花は四本の傘を具現化させて広げると、空中でクルリと反転させ、持ち手を走ってくるやちよの方に向けた。
さらに、その四本の傘の背後に帆を作るように、大量の傘を展開する。
持ち手で照準を合わせるように最初の四本の傘が傾く。
持ち手の先の射線が廊下の一点で交り、傘の中には灼熱のエネルギーがチャージされていく。
「ちょっと小さな、ビッグバーン!」
掛け声と共に四本の傘から放たれた熱線が一カ所に集まり、狭い廊下で爆発した。
前方と後方にしか逃げ場のない爆風を、帆のように展開していた何本もの傘が受けとめる。
傘で形成した帆に押されて、ストレッチャーが加速した。
爆炎に巻き込まれたTゾンビ達が灰燼と帰す中で、ナース服を燃やされ、爆風に髪をなびかせながらも、やちよは荒々しく声を張り上げる。
「待ちなさい! それは卑怯よ!」
しかし、やちよとの距離はぐんぐん広がっていく。
「ばいばーい、ニセ者さん」
ストレッチャーが廊下を爆走する。
「見て、廊下が終るみたいだよ」
ちゃるは前方に目を凝らす。廊下の先に、広いスペースのようなものが見えた。
「このまま突き抜けよう!」
二人は勢いを落とさずに、そのまま突き当たりの空間にストレッチャーごと突っ込んだ。
灯花達が飛び出したのは、円筒型のビルの内部にのびる、巨大な吹き抜けのド真ん中だった。
「ちゃる、使って!」
灯花はちゃるに傘を渡した。
ストレッチャーが落下する。
二人は空中で傘を広げると、込められた魔力の力でフワフワと緩慢に下降しながら、ストレッチャーの落下先を見た。ぼちゃんという音がする。
茶色い。
「何あれ? 泥・・・・・・?」ちゃるが言った。
「どうして病医のロビーが泥沼になってるの!?」
「ワニとかいるかな?」
「患者が食べられちゃうでしょ!」
「灯花ちゃん、いい加減ここが病院であることに拘るのやめようよ」
ちゃるが辺りを見回す。
「凄い吹き抜けだね~。不思議なデザインだけど綺麗だなぁ。何をするための塔なのかな」
「本物の里見メディカルセンターにはこんな吹き抜けないもん。だだの手抜きだよ」
「手抜きじゃないワケ。患者が開放的な気持で入院生活を送れるように、アリナなりに配慮したデザインなんだヨネ」
再びアナウンスが聞こえてきた。
クリエイターとしてのプライドが高いのか、クリーチャーやダンジョンを馬鹿にすると、担当者が必ず口を出してくる。
ウザいダンジョンだ。
「百歩譲って吹き抜けはそれで良いとして、一階が泥沼なのはどうして?」
「誤って落ちた患者が死なないようになの!」
患者のために、病院のロビーをあえて泥沼に。
かりんの優しさが詰まったデザインだ。
「不衛生でしょ! というかこの高さから落ちたらどの道――」
「灯花ちゃん、このままだと沼の真ん中に・・・・・・」ちゃるが言った。
灯花はさらに二本の傘を出して、一本をちゃるに渡した。
沼となったロビーの壁沿いに、畳六畳分ほどの小さな陸地が見えた。
二人は広げた傘を横に向けて熱線を噴射、その小さな岸に着地する。
陸地から泥沼を挟んで、反対側に病院の出入り口が見えた。
「やった! 出口だよぅ」
「でも、岸が見当たらないよ」灯花が残念そうに言った。
一階は灯花達が立っている、心もとない足場以外、全て沼だった。
出入り口の近くにも陸地は無い。
沼の中に建った巨大な門がぽっかりと口を開けているようなものだった。
傘で飛んで入り口まで移動できても、陸が無ければ沼の中にドボンと落ちることになる。
沼には腐乱した冒険者らしき死体が何体も浮いていた。
灯花はそれを見てウェっと小さく舌を突き出した。
「泳いで渡る?」ちゃるが訊ねた。
「絶対にイヤ」
「傘を船代わりにして着地してみたらどうかな」
「沈むに決まってるでしょ・・・・・・ちゃる、靴が光ってるよ」
「えっ!?」
ちゃるは慌てて『ボチョコンの爪』を脱いだ。
二足の靴は光体となって広がり、人間の形を取った。
「あなた、もしかしてみふ夫さん?」ちゃるが聞いた。
「ありがとうございます。あなたに履かれ、美しいおみ足に何度も踏まれたことで、Tゾンビとなったワタシの心は浄化され、こうして人の姿に戻ることができました」
「ふざけてるの?」灯花は少しキレ気味だ。
「お礼に、お二人の力になります。さぁ、ワタシに乗ってメディカルセンターから脱出して下さい。目一杯ペダル踏んで・・・・・・漕いで下さい」
みふ夫がさらに変化する。
「これは、スワンボート!?」灯花が声をあげた。
正確には、白鳥ではなく、千年前に絶滅した伝説のデブ鳥ボチョコンを模した足漕ぎボートである。
浄化されたみふお夫の魂は足こぎボート『ビューティフルボチョコン』に変化した。
灯花とちゃるは足漕ぎボートに乗り込んで、同時にペダルに足を掛ける。
「行くよ、灯花ちゃん」
「うん、準備オーケーだよ、ちゃる」
「「せーの」」
「「重っっっっ!!!!」」
ちゃると灯花が力を込めたペダルにツッコむ。
「泥沼だからだよう」
「足に魔力を集中させながらじゃないとペダルを漕げない・・・・・・」
灯花とちゃるは必死に足こぎボートを動かした。
回転数の割には、のろのろと、一メートルほどしか進んでいない。
「もう嫌だ!! なんでわたくしが死体の浮いた沼の中を足漕ぎボートで進まなくちゃいけないのー! アリナのバカーーー!」
「大丈夫、きっと死体は作り物だよ」
「違うもん! だってここ異世界だもん! きっと死体なんて薬草と同じでその辺でポンポン手に入るんだよ!」
「そんなことないよ」
「あるもん! ちゃるは知らないんだよ。アリナは死体が大好きなんだよ! 死体を溶かして絵の具にしたり、死体で家具を作ったり、死体で死体を作ったりしてるんだよ! 結界の中に引きこもって、死体が主人公のゲームを死体にプレイさせて、死体で作った楽器を死体に演奏させて、死体で死体をジャブジャブ洗ってエキサイトしてる世界さいきょーの死体マニアなんだから!」
「してないヨネ」
アリナの声が響いた。
「ま、足腰を鍛えるのは戦士の基本だから、頑張って強くなってヨネ」
「・・・・・・とにかく、今は頑張ってボートを漕ごう」ちゃるが言った。
「追いついたわよ」
背後から嫌な声がした。
「来たよぅ! やちよさんが来たよぅ! あぁ、フォームチェンジしてる!!」
「急いでボートを漕がないと」
服を焼かれたナースやちよは、いつの間にか水着に着替えて『虹色競泳選手やちよ』に進化していた。
泥沼を泳ぐ気満々である。
鋭い眼光と共に灯花とちゃるに怒気を飛ばす。
「待って! 何か始めた・・・・・・準備体操してる!!」
やちよは灯花達を親の敵のように睨みつけながら、小さな陸地で準備体操をはじめた。
腕を回し、両手足をプラプラさせ、その場でぴょんぴょん跳ねて、胸を反らす。
順番はどうでもいいらしい。
「今のうちに距離を!!」
「逃がさないわよ!!!!」
やちよは両膝に手を当て、ぐりぐりと回しながら怒鳴りつけた。
灯花とちゃるは全力でペダルを漕ぎ始めた。
ボチャン、と鈍い音がする。二人はチラッと後を振り返った。
死体の浮いた泥沼をザクザクと耕すように、完璧なフォームのクロールでやちよが追いかけてくる。
「なにあれ! 怖いよぅ!」
「見ちゃ駄目! ゴールだけを見て!」
「クロールで追いかけてくるホラークリーチャーなんて嫌だよう!」
「わたくし達のボートに集中して。一番辛いのは泥沼に半分浸かってるみふ夫さんだよ!」
「そうだよね、一番辛いのはみふ夫さんなんだ・・・・・・」
「逃がさないわよ、みふ夫さん」息継ぎの合間にやちよが言った。
「「コイツのせいじゃん!!!!」」
灯花とちゃるは一発ずつ、ボートを蹴った。
灯花達は何とかやちよに追いつかれることなく病院の外に出た。
助かった、と思ったのも束の間、泥沼は病院の外にも大きく広がっていた。
もちろんやちよも追いかけてくる。
病院を出ると、やちよのフォームがバタフライに変わった。
暗黒に染まった天に向って、灯花は声を張り上げた。
「どうして死体の浮いた泥沼のある場所に病院建てるの! パパ様の馬鹿!」
「むしろ、どうやって建てたのか気になるよぅ」
灯花とちゃるは対岸に向って必死にペダルを漕ぎ続けた。