※作中に不自然な英文が登場しますが、文法や訳の正しさなど、気にせずに流していただければ幸いです。
ズザザザザーッと何かが森の傾斜を滑ってくる音がした。
リリアンナ学園の校庭に集まっている魔法少女達が音の方角に視線を向ける。
校庭のフェンスを破って足漕ぎボートが突っ込んできた。
船底でグラウンドの土を抉りながら減速し、足漕ぎボートは静止する。
「灯花ちゃん、ちはるさん」
ういが真っ先に掛けだした。
「「ちはる様!」」
静香とすなおが後に続く。
「よかった、みんな無事だったみたいだねー」
ボートから降りるなり、灯花は片手を腰に当ててそう言った。
「それはこちらのセイフです」みふゆが言った。
「二人は里見メディカルセンターから来たのかな?」ねむが訊ねた。
「さすがねむ、その通りだよ」
灯花は里見メディカルセンターで起ったこと、足漕ぎボートのこと、三人の魔女やTゾンビのことをねむ達に説明した。
灯花が話している間、ちゃるは足漕ぎボート近づいた。
「ありがとう、もう靴に戻って良いよ」
ボートは輝きを放ちながら収縮して、靴に戻った。
ちゃるは靴をもう一度履いて、破れたフェンスの奥に広がる森を睨んだ。
「『狂った帽子屋のトーカ』『三月ウサギのウイ』『眠りネズミのネムリン』、三人の魔女のモデルは僕達で間違いないだろうね。北養区で僕達がお茶会をしていた場所といえばフェントホープの地下大聖堂だ。ダンジョンコアもそこにあるのかもしれない」
「問題はそのフェントホープが何処にあるのか。どうやって探すのか、ですね」
「こんなの、記憶を取り戻した魔法少女じゃなきゃわからないよ」灯花が言った。
「ダンジョンマスターって、アリナさんのことなのかな?」ういが訊ねた。
「いえ、ダンジョンの制作者がそのままダンジョンマスターとなる訳ではありません。もちろんそのように設定することも可能ですが、要は、ダンジョンの攻略条件に組み込まれている最後に倒すべき相手のことをダンジョンマスターと呼んでいるのです」
「そうなんだ・・・・・・やっぱり、大聖堂にはイブがいるのかな」
「いたとしても、粗悪な模造品だと思うよ。Tゾンビも本物の灯花とは比ぶべくもないほど弱いからね」ねむが言った。
「あれとわたくしを一緒にしないで」
「灯花ちゃん、来たよ!」
ちゃるが森の方を睨みながら叫んだ。魔法少女達がちゃるに注目する。
フェンスの向こう側から、何者かがちゃるに向けて、一本の槍を放った。
ちゃるはそれを十手で弾く。キィンという音が響いた。
破れたフェンスから青い長髪を揺らしながら、泥だらけのクリーチャー『虹色競泳選手やちよ』が現れた。
「もう疲れたわ。誰も私と家族になってくれないのね・・・・・・あなた達も、みふ夫さんも。・・・・・・私よりも、その子娘に踏まれている方がいいのね」
やちよはちゃるの履いた靴を恨めしい目で見つめた。
「なるほど、あれがメッセージにあった『Yatchan』だね」ねむが呟いた。
「やっちゃん! どうして競泳水着なんて着てるんですか!?」
「違うよ、みふゆ。どう見ても偽物でしょ! やちよお姉さまは、あんな風に絵の具を顔に塗りたくったりしないもん!」
「あなた達、ボスを倒さずにここまで来たのですか!?」
「途中から見えなくなったから、諦めて帰ったと思ったの!」
「戦いやすい場所までおびき出す作戦だったんだよう」
「そうそれ」
「本当でしょうか?」
「今からちゃんと倒すからいいでしょ! やろう、ちゃる」
「わたしが捕縛して動きを止めるから、灯花ちゃんは傘で一斉攻撃を仕掛けて!」
「りょーかーい」
灯花は傘で、手の平をポンポンと叩いた。目には余裕の色を浮かべている。
偽やちよは身を低くして槍を構えると、灯花に狙いを定めて大地を蹴った。が、灯花の反応の方が早かった。横に飛んで刺突をかわしながら、傘の腹を偽やちよのボディに叩き込んで、そのまま振り抜く。
やちよの両足が地面から離れる。
地を踏み抜いて加速した灯花が衝撃で吹き飛ぶやちよに、それ以上の速さで肉薄する。
偽やちよは体勢を立て直すと、怒りを露わにして槍を振り回した。
身を引いてかわした灯花に向って、心臓めがけた鋭い突きや、首を狙った薙ぎを繰り出すも、灯花は興奮した猫を木の棒でいなすように傘で槍を受け、払って、逸らした。
本物のやちよと訓練を通して何度も戦っている灯花にとって、偽やちよの動きを読むなど造作もなかった。おまけに偽物はスピードも力も、本物のやちよに遠く及ばない。唯一上回っているのは再生能力くらいのものだ。
「ちゃる、お願い」
「任せて!」
ちゃるは十手を逆さに持ち替え、柄の底にぶら下がった紐飾りをやちよに向けた。
鉄砲の弾のように射出される紐飾り。それに合わせて柄と紐飾りを繋いでいたワイヤーもどんどん伸びる。
紐飾りに誘導されて、灯花の相手で手一杯になっているやちよの周囲にワイヤーが螺旋を描き、仕上げにギュッと輪を縮る。
「捕縛完了」
「仕上げだね」
「待った!」
突然、ねむの声が響いた。灯花とちゃるは驚きに目を白黒させてねむを見た。
ねむの頭の中には、噴水の底とフェリシアの学習帳で目にした例のメッセージが浮かんでいた。
『Go and tell aunt Yatchan All intruders are girl・・・・・・』
(やちおばに報告しなさい。侵入者はみんな、女の子だと。※ねむの意訳)
『残念、スペルミスがあるわね』
「報告したいことがあるんだ」
ねむはやちよに向って言った。
ワイヤーの拘束を解こうと、身悶えしていたやちよの動きがピタリと止った。
「何かしら?」
「僕達はみんな女の子だよ」
「だから何よ」
場が凍り付いた。
「・・・・・・やはり違うようだね」
「ちょっとねむ、なにわけの分らないこと言ってるの!」
「そう言えば、灯花達には伝えていなかったね」
「説明して」
ねむはその問いに答えず、思考に集中した。
(Girlの後の「・・・・・・」。続きがあるのかな? フェリシアの学習ノート。スペルミス。フェリシアは最強さんと仲が良かった。最強さんといえば、よくやちよお姉さんをからかっていたね。フェリシアらしいスペルミス。似ている文字。「i」と「l」が似てるけど。Giri?)
「やちよはギリ未成年?」ねむはぽつりと呟いた。
「気は済んだ? 倒しちゃって良いの?」ちゃるが心配そうに言った。
「いいよちゃる、ねむなんてほっといて倒しちゃおう」
灯花は拘束した偽やちよの頭上に大量の傘を具現化させて、ドーム状に展開した。
広がった傘の中心にエネルギーが集まり収束する。
「塵一つ残さずもやしつくしてあげる」灯花はくふっと笑みを浮かべる。
「待った!!」
「もう、さっきから何なの!!」
「再度、報告したいことがあるんだ」
「何かしら?」
「僕達はみんな未成年だよ」
ねむの言葉を聞いた途端、偽やちよは目をギラつかせ、頬を上気させるとニタリと口元を歪めた。
「・・・・・・そう、そうだったのね。フフ、ウフフフフフフフフ」
ジュルリと舌なめずりをして、扇情的な目線で灯花達を見る。
灯花達の背筋にぞくりと悪寒が走った。
「付いてきなさい。私がホテルまで案内してあげるわ」
「「・・・・・・・・・」」
灯花とちゃるが偽やちよにジト目を向ける。
「そのホテルの名前は?」ねむが聞いた。
「フェントホープよ」
「・・・・・・」ねむの表情が曇る。
「みふ夫さんは?」ちゃるが爪を履いた足を突き出して言った。
「異性と同性は別腹よ」
「ねむ、消していい?」灯花が言った。
「気持ちは分かるけど、傘を収めて欲しい」
灯花は溜息をついて、偽やちよの周りに展開した傘を魔力に戻した。
「ちゃる、その拘束は解かないでね、絶対」
「うん、御用なんだけど・・・・・・なんか嫌だよう」
「はぁ、この謎を考えたのはフェリシアかな・・・・・・?」灯花が言った。
「『ギリ未成年』の言葉が、相当強く頭に残っていたようだね」ねむが言った。
「記憶を取り戻していてもよさそうなのに」ういが言った。
「考えたのは誰でも構わないけど、自分とごく一部の人間にしか解けない謎を提示するのは、感心しないね」静香が言った。
パチパチパチと拍手の音が闇に響いた。
音の方を振り向くと、車椅子に乗ったねむと、それを押すういの姿があった。
ねむの頬にはネズミのような髭が、ういの頭にはウサギの耳が生えている。
「やあ、僕はネムリン。本体はいつも眠っているから、この体は人形だけどね。ダンション攻略、おめでとう」
「わたしはウイ。三日月うさぎのウイだよ。凄いね、お姉さん達。ミノタウロスも、サーガレットも倒して、メッセージの謎も解いちゃうなんて」
「君達の活躍は水晶を通して見ていたよ。灯花とちゃるは病院で『Yatchan』に関するメッセージを発見しなかった。二人がそのまま虹色ナースやちよを倒していれば、ホテルの場所は迷宮入りになるはずだったのに・・・・・・お察しの通り、やちよに付いて行けば、フェントホープの秘密の大聖堂までたどり着けるよ」
「後はわたし達三人の魔女を倒すだけ!」
「個人的には手塩に掛けて育てた駒を壊された怨み、晴らしたい所だけれど。僕達の総意としては、このまま帰ることをおすすめするよ。もうじき北養区にスーパーエクスプロージョンが打ち込まれる。町と一緒に灰になりたくはないだろう?」
「それでは、あなた達も灰になるのではないですか」みふゆが言った。
「秘密の大聖堂は頑丈だからね」
「あなた達の目的は何なの?」静香が言った。
「君達にお宝を渡して満足にしてもらって、ダンジョンコアには手を付けず帰ってもらうことだよ」
灯花達の前に、帰還用の魔方陣と大きな宝箱が現れた。宝箱からは、何者かの白い手足がはみ出している。
「アリナにとっては死体が宝、ということかにゃー」
「まさか」ねむが言った。
「じゃあ、みふゆのパーフェクトボディとか?」
「待って下さい!! その手足の本体は裸のワタシなんですか!?」
「それは開けてのお楽しみだよ!」ウイが言った。
「安心して欲しい。売れば3000万チップ以上になるお宝の数々が入っていることは保障するよ」
「ふーん、中身は名の知れたダークエルフの作品ってとこかな?」灯花が言った。
「さぁ、宝を持ってその魔方陣に乗るんだ」
「どうする? このままダンジョンを脱出する?」灯花が皆に問いかけた。
「まさか!」ちゃるが言った。
「こんな迷惑なダンジョン、破壊するに決まってるでしょ」静香が言った。
「ダンジョンの破壊を望むなら、お宝は手に入らず、強力なダンジョンマスターとの戦闘という、徒労だけが残る結末を迎えることになる。君達はそれを望むんだね?」
「私達はそのためにここまで来たんです!」すなおが言った。
「そうか、それは残念だ」
「あの・・・・・・お三方、そこまで真剣にNPCの相手をしなくても・・・・・・」みふゆが言った。
ネムリンとウイの足元に小さな魔方陣が広がった。
「それじゃあ、大聖堂で待ってるからね!」
ウイの元気な声を残して、二人は魔方陣と共に消えた。
手足が飛び出した宝箱と、帰還用の魔方陣も同時に消える。
静寂が辺りを支配した。
【フェントホープまで】
ネムリンとウイが姿を消すと、偽やちよの身体が青い光に包まれて一本の槍に形を変えた。
槍はふよふよと宙に浮いて、方位磁針のように北養の森の一つの方角を指し示している。
やちよの変化に合せて、すなおが背負っていたさなの大盾と、静香の背負っていたフェリシアのハンマーも、緑の槍と紫の槍に変化した。
「この槍は何に使うのかな?」ういが言った。
「私達を使ってダンジョンコアを破壊すれば、ちょっとしたボーナスが貰えるわよ」
偽やちよから変化した槍が言った。
「うわ、喋ったよ」灯花が驚いた。
「まだ意識はあるみたいだね・・・・・・」ねむが言った。
みふゆが森の奥を指差した。
「行きましょう。この先にフェントホープがあります」
みふゆを先頭に一行が暗い森を進んでいると、静香が灯花の背中を遠慮しがちにちょんちょんとつついた。
「ねぇ、『ちゃる』ってちはる様のことよね」
「そうだよー」
言って、灯花は身構えた。「ちはる様に対して失礼よ」と怒られるかと思ったからだ。しかし、『ちゃる』という言葉がよほど強く頭に引っ掛かったのか、静香は難しい顔をして、歩きながらぶつぶつと念仏を唱え始めた。
「ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる」
暗い森に静香の念仏が怪しく木霊する。
「ちょっと、やめてよ静香ちゃん・・・・・・」
ちゃるは静香を揺さぶって訴えたが、静香は念仏を止めようとしない。
いつもの静香なら「ごめんなさい、ちはる様」と言って素直に言うことを聞いているはずだ。
ちゃるは口をへの字に曲げた。
不気味な念仏はやがて、すなおにも伝播した。
「「ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる、ちゃる」」
森に時女のお経が響く。
『ちゃる』という言葉を上手く掴んで引っ張れば、ズルズルと大切なことを思い出すことができる。二人はそう確信しているようだった。
お経に引き寄せられたのか、森の中では度々モンスターと遭遇した。
Tゾンビと聖リリアンナ学園の廊下に出現したカラフルな骸骨だ。
念仏を唱えることに夢中になっている二人に代って、ちゃるは黄色い岡っ引きを翻しながら、十手の打撃と、ボチョコンの爪で蹴りを繰り出してモンスター達を叩き伏せた。
その姿を見た静香とすなおは、メディカルセンターの男子トイレで灯花が連想したように戦うちゃるとトリを重ねた。
静香とすなおの珍妙な掛け合いが始まる。
「ちゃる」
「トリ」
「チキン」
「バード」
「ちゃる」
「ヒヨコ」
「ピヨピヨ」
「ちゃるピヨ・・・・・・」
「御用だピヨ」
「二人とも、いい加減その不気味なお経を止めてよう!」
ちゃるの訴えなど耳に入っていない様子で、静香とすなおは呟き続けた。
「トリトリちゃるちゃるトリちゃる・・・・・・ちゃる!!!?」
静香が頭を抑えて膝を突いた。
それを見た灯花達は「あっ、記憶が戻ったんだな」と悟った。
斬新な療法だなぁ、とねむは感心した。
すなおとちゃるは、膝を折った静香の周りでおろおろと狼狽えている。
静香の頭に前世の記憶が蘇る。
ネオマギウスの謀略によって闇落ちした自分。
さなの描いた絵本の世界にダイブして、悪い虎を演じた自分。
虎を通して、苦しみから悪が生まれると学んだ自分。
「大切なのは悪人を癒やし、人を支配せず、善性に任せて見守ること」
記憶の奔流が過ぎ去った後、脳裏に凪が訪れる。
静かな心に、じわじわと油のように浮き上がる、前世の自分を踏まえた上での、今世の記憶。
ちはる様と交した数々の微笑ましいやり取りが、黒歴史として塗り替えられていく。
『ちはる様』『流石ちはる様』『ちはる様の隣が私の居場所』
『御身はちはる様のものです』
静香はこれまで経験したことのないほど顔が強く火照るのを感じた。
震えながらは立ち上がる。足元がグラついた。
それでも、耳まで真っ赤に染めて静香は灯花達の前に向った。
「少し、時間を貰ってもいいかしら」
「どうぞ、ごゆっくりー」灯花は髪を掻き上げながら言った。
静香はちゃるとすなおの腕を引っ張って、灯花達から距離を取った。
「ちょっと、何をするのですか」
「離してよぅ」
「いいから聞いて。大事なことなの」
三人は座り込むと、ごにょごにょと静香を中心に話し始めた。やがて、すなおも頭を抑え、ちゃるは両手で顔を覆った。二人の耳や頬がみるみる紅潮していく。
三人は見事な赤面を晒しながら灯花達の所へ戻ってきた。
「その、今まですみませんでした静香・・・・・・色々と」すなおが言った。
「いいのよ、この世界の私は時女の本家でもなんでもないもの。私の方こそ、ごめんなさい」
「うぅ・・・・・・どうしてこんなことに」ちゃるは下を向いたままだ。
「ごめんなさいねちゃる。もうちはる様とは呼べないわ・・・・・・」
「前世の関係に戻りましょう。完全に元通り、とまではいかないかもしれませんが・・・・・・」
「確か、フェリシアって忘却の魔法が使えたよね。わたし、フェリシアに今世の記憶を消して貰う」
「ちょっと、ちゃる!?」
「時が解決してくれるのを待つしかないですね」みふゆが言った。
しばらくして、一行はフェントホープまで無事たどり着くことができた。
記憶の断片から再現しているせいか、細部は微妙に異なるが、雰囲気は前世のフェントホープそのままである。
懐かしむのもほどほどに、七人は最短ルートで地下の大聖堂へ向った。