リリアンナ学園の校庭の魔法陣は森の入り口と繫がっていた。
冒険者達の目の前で、アリナの作った白い教会が一点の穴に吸い込まれるように崩壊し、消滅してゆく。
瓦礫の最後の一欠片が虚空に消えると、フェリシアは頭の後ろに手を組んで、カラッとした表情を見せた。
「ま、アリナ達は逃げたみてーだし、オレの役目もここまでだな!」
「待って、フェリシアさん!」
踵を返したフェリシアをういが止める。
「あ? なんだよ」
「これからどうするの?」
「リマセラに帰るんだぞ。次の仕事探さなきゃだろ? オレは傭兵で星二冒険者だからな」
「良かった・・・・・・」
「なんだよ、良かったって」
「合わせたい人が居るの」
「合わせたい人?」
数日後、みふゆにマチビト村の家を任せて、やちよといろはとさながリマセラにやって来た。
フェリシアに会うためだ。
いや、一目見るため、と言った方がいいかもしれない。
ういも含めて、皆、フェリシアの前世の辛い過去については知っていた。
****
フェリシアは自分の起した火事のせいで両親を失った。
彼女は願った。
キュゥべえに『目の前で起きてること、無かったことにしてくれよ』と。
その願いは歪んだ形でもたらされた。
火事も、両親の死亡した事実も無かったことにはされず、フェリシアの記憶だけが改ざんされた。
両親を殺したのは自分ではなく、魔女なのだと。
その日から、フェリシアは両親を殺した罪を忘れる代わりに魔女を親の敵であると信じ、怨み続けることになった。
ある時、フェリシアはとある人物によって、封じられた記憶を呼び覚まされた。
両親を殺したのは魔女ではなく自分だと思い出したフェリシアは、当時のまま、焼け跡を残したマンションに戻った。
罪の意識で潰れそうになったフェリシアだったが、いろは、うい、やちよ、さな、鶴乃の説得と、死者の霊を呼び寄せることができる三浦旭の協力もあって何とか立ち直ることができた。
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自分達がそろってにフェリシアの前に姿を現せば、フェリシアの記憶を取り戻す引き金になるかもしれない。
前世で乗り越えたとはいえ、その辛い記憶を取り戻すことが良いことなのか、悪いことなのか、いろは達には決めることなどできなかった。
やちよとさなは、遠くから元気なフェリシアを確認するだけでいいと言った。
タイミングをずらしただけでは意味がない。
みかづき荘の魔法少女を全員を認識してしまえば、結局同じことなのではないか、と考えて。
話を聞いていた灯花は姿を見せるくらいなら大丈夫だろうとアドバイスした。
フェリシアはアリナモニュメントで、サーガレットとナースやちよの制作に関わっておきながらも前世の記憶を取り戻していなかったのだから、前世の記憶にはかなり強固な蓋がされている、忘却の魔法も影響しているのかも知れないと。
話し合いの結果、代表して、いろはがフェリシアと会うことになった。
アリナモニュメントですでにフェリシアと出会っているういが姉を紹介したいと言えば動機としても違和感がない。
「いいぜ。飯をおごってくれるなら、いろはって奴と会ってやるよ」
ういがギルドでフェリシアにそのことを話すと、フェリシアはあっさり受入れた。
そして、約束の日の朝が来た。
玄関の戸を叩く音が響き、ガチャリとういが顔を覗かせる。
「フェリシアさん!?」
「よう」
「会うのはお昼の約束じゃ」
「目が覚めちまってさ。暇なら昼まであそぼーぜ、うい」
「なら、ついでに朝ご飯も食べていく?」
ういの背後からいろはが言った。
「いいのか!? ラッキー!」
はしゃぎながらみふゆの家に上がり、食卓に着くフェリシア。
いろはの用意した朝食は、野菜たっぷりのポタージュとパンだった。
フェリシアは熱々のポタージュにパンを浸して、満面の笑みを浮かべてかぶりつく。
口に含んだ瞬間、笑顔が消えた。
「何だコレ・・・・・・? 味ねーぞ」
「あ、ごめんね。・・・・・・うっかりしてて、お塩入れるの忘れてたみたい。すぐ作り直すからね!」
そう言って、いろはは台所に戻った。
フェリシアの耳に、いろはの言葉は届いていなかった。
無心のまま、一口、また一口と料理を口にする。
(味のねー飯なんて、美味いはずねーのに。何でだ・・・・・・止まらねぇ)
前世の記憶、とりわけ焼け落ちた部屋での記憶が強く蘇る。
フェリシアは両親が自分を恨んでいると思っていた。
「熱かったろうな……ごめんな…父ちゃん…母ちゃん」
当時のまま、黒く燃え後の残るマンションの部屋で、フェリシアは呟いた。
「オレがあんなことしなれば・・・・・・」
『やっぱり親子ね。私達は似ているわ』
フェリシアは霊となった両親の声を聞いた。旭の固有魔法の力だった。
『フェリシア、あなたは悪くない。あなたは幸せにならなきゃ駄目よ』
『お父さんとお母さんが感じている苦しみも、今あなたが感じている苦しみと同じなの』
『私達が日頃からあなたの前で喧嘩なんてしていなければ、あの時、あなたと言い争いをすることもなかった。あなたが料理の邪魔をすることもなかった。あなたに重い罪の意識を背負わせることもなかった。寂しい思いをさせることもなかった。ひもじい思いをさせることもなかった。私達はあなたを守ることができなかった。あなたは何も悪くない。神様、どうかフェリシアを幸せにしてください』
フェリシアは泣いた。
『あなたが死ねば、本当に誰も救われない。あなたが幸せになることを放棄しても同じ。お父さんもお母さんも、あなた自身も、誰も救われない。それどころか、今度はみかづき荘のみんなが、私達と同じように苦しむことになる』
『だからフェリシア、あなたは幸せにならなきゃ駄目よ』
フェリシアはいろはの薄い味の料理を食べながら、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「フェリシアちゃん!? そんなに美味しくないなら、無理に食べなくても」
「馬鹿だな・・・・・・オレに気を使って・・・・・・知らないふりして・・・言えよ、家族だろ」
かすれたような声だった。これ以上涙が零れないように抑えている声だった。
「フェリシアさん、もしかして」
「やちよもいるのか・・・・・・鶴乃は? さなは?」
「うん、うん・・・・・・!」いろはの目からも涙が零れた。
「なら、皆で食おーぜ」
やちよとさなは寝室に隠れていた。フェリシアが突然訪れたので、家の中に身を隠す以外の方法がなかったのだ。さなの魔力で、姿も魔力反応も消している。
やちよとさなが隠れている部屋に、いろはがフェリシアを連れてやってきた。
二人とも、目元が涙で赤くなっている。
それを見た瞬間、やちよとさなは事情を悟った。まだ一言も、いろはは口にしていないのに、さなは透明化の魔力を解いた。やちよの目尻にはすでに涙が滲んでいた。
朝の陽光が、眩しいほどに四人を包む。
「すいませんやちよさん、記憶、戻っちゃいました」
いつもの困り笑顔でいろはが微笑む。
「生きてたんだな、やちよ、さな」
堰を切って涙があふれる。その場に居る誰もが、自分の涙を止めることができなかった。
やちよとさなが手を広げ、フェリシアは二人の胸に飛び込んだ。
了