塩屋晴海は壮月が惚れた女です。
イベント「闇色ハロウィンは恋の色」などに登場しました。
町の奥に進むにつれて賑やかになり、沢山の看板が目に付くようになった。
灯花、ねむ、ういは足を止め、道の端に寄ると、注意深く周囲の看板を確認した。
盾の絵は防具屋だろうか、水晶らしき絵は占師のいる店だろうか、灯花とねむは好奇心に瞳を輝かせていたが、ういはどこか気まずそうな表情をしていた。
「さて、次はどの店に入ろうか?」ねむは言った。
「神浜にもあったお店にはいるんでしょー。宿屋さんとかー、飲食店とかー、靴屋さんとかー、お花屋さんとかもあるのかにゃー?」
「あのね、灯花ちゃん、ねむちゃん、わたし魔法少女姿の静香さん達を見て気付いたことがあるんだ。・・・・・・ちょっと言いづらいんだけど」
「なになに? 魔法少女が行きそうなお店を閃いたの? もしかして、いかがわしいお店?」
「どんなに小さな発見でも構わない。ういの意見を聞かせて欲しい」
「魔法少女を探したいなら、魔力探知で魔力を辿ればいいんじゃないかな」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
灯花とねむはすんっと真顔になった。
「異世界ボケ、とでも言えばいいのかな」ねむは空を見上げながら言った。
「ずいぶんと回りくどい道を選ぶところだったね」
灯花は地面の蟻らしき虫を見ている。
「前世なら真っ先に思いついていたはずなのに・・・・・・」
「ありがとう、うい」
灯花とねむはあからさまにズーンと落込んだ。楽しみを奪われたような気持になったのか、気付かなかった自分を情けなく思ったのか、ういには分からなかった。
それから数分間、ういは必死に二人を励ました。
効率よりも楽しさを優先させようよ、とか、町を探検しながら探そうよ、などと声を掛けた。
さらに数分後、三人は、さっさと転生した魔法少女の顔を確認して、余った時間で気兼ねなく遊ぼう、という結論に至った。
気を持ち直した灯花が、手の平にソウルジェムを載せて魔力探知を開始した。
「灯花ちゃん、どう? 反応は?」
「うーん・・・・・・この世界にはオーブの魔力が満ちてるから、変身してない魔法少女の反応は追えないかも。とりあえず強い反応はみっつだね。そのうち一カ所は複数の反応が集まってるから、たぶんここが冒険者ギルドだと思う」
「ギルドは後回しにして、残りのふたつの反応を調べてみようか」ねむが言った。
「次は誰に会えるのかな」
そう言ってういは笑顔を見せた。
灯花を先頭に、一番近い魔力反応を辿っていくと噴水のある広場にでた。
円形の噴水の縁に座って、一組の男女が話している。
男の方は顔を隠すように前髪を長く伸ばしており、どこか自信なさげな様子で女と向き合っていた。対して、女の方は耳を塞いでも聞き取れそうなほど声が大きい。灯花の辿った魔力反応はその女からのものだった。
男の顔は初めて見るが、女の方には見覚えがあった。
「キャハッ☆」
特徴的な笑い声。露出度の高い紫色の衣装。天女のような羽衣。藍家ひめなである。
前世では一時敵対したこともあったが、灯花達の所属していたマギアユニオンとはすでに和解が成立している。しかし、だからと言って『久しぶりー、マイメンの里見灯花ちゃんだっちゃ☆』などと気安く声を掛けられる相手でもない。
灯花とういとねむは、他愛の無いお喋りに耽る槍とでかい荷物を背負った子供を装い、噴水に近づくと、二人が何を話しているのかギリギリ聞き取れるくらいの位置に腰掛けた。濡れないように荷物を膝の上に乗せる。
噴水の勢いはネズミのお漏らし程度で、会話の邪魔にも盗み聞きの邪魔にもならなかった。
「天女の私チャンを異世界に連れてくるなんて、さっすがヒコ君!」
ひめなの言葉を受けて、灯花、うい、ねむは限界まで目を見開く。
(((ヒコ君が受肉してる!!!!)))
二人の会話に聞き耳を立てながら、灯花たちはヒソヒソと話し始める。
「どうやらヒコ君は異世界転生に駄女神様を巻き込むタイプの主人公らしいね」ねむが言った。
「ヒコさんの方が主人公なの?」ういが訊ねた。
「ネオマギウスで藍家さんに指示を出していたのはヒコ君らしいからね。彼が主人公で問題はないと思う」
「駄女神って、ひめなさんのこと?」
「クレイジーサイコ駄女神様だよ」
「水属性だしねー。ヒコ君の経歴はちょっと異世界転生モノの主人公っぽいかも」
「それを本人に言ってはいけないよ、灯花」
「うん、分かってるよ。わたくし今酷いこといっちゃった・・・・・・って違うよ。どっちが主人公でどっちが駄女神様かなんてどうでもいいよ」
「いや・・・・・・ヒコ君が駄女神に転生するというシチュエーションは興味深い。いい小説の題材になりそうだよ」
「ねむ」
「悪かったよ。おふざけが過ぎたようだね」
「問題は魔法少女以外の人が転生しちゃってることでしょ」
「魔法少女だけが転生しているというのは、狭い範囲を観測した結果導いた仮説に過ぎない。鏡の魔女が暴れたあの状況の神浜なら、一般人の犠牲者がいてもおかしくはないよ」
「まぁ、ヒコ君は藍家ひめなの頭の中にいたから、一緒に転生しちゃっててもおかしくはないけどねー」
ねむはチラリとヒコの方を見た。
「魔法少女の魔力を感じないということは、彼のオーブはジェムに変化していないみたいだね」
「よかった、ヒコさん、男の子のままなんだね」
ういはほっと胸をなで下ろした。
「サーシャさんはいないのかな」ういが言った。
「藍家ひめなはハーレムとか絶対許さないタイプだと思うにゃー。万が一、サーシャがヒコ君に惚れたら・・・」
「むしろ、ひめなさんを巡ってヒコさんと三角関係になるんじゃないかな」ういが言った。
「むふっ、興味深い展開のラブコメになりそうだね」
三人は息を殺してクスクスと笑った。
****
前世のヒコとひめなは幼馴染みで、恋人同士だった。親同士の付き合いもあった。
ヒコは学校でいじめられていたが、ひめなと二人だけで過ごす時間を心から楽しと思っていた。
だから、コッソリと付き合っていた。
いじめられっこの陰キャのボッチと、カースト上位のイケてるギャルの、不釣り合いなカップル。
自分達の関係を周囲に知られてはならない。
しかし、ささやかな幸福は長く続かなかった。
二人が心のどこかで予想していた通り、クラメイトに二人が付き合っていることがバレたのだ。
それからは地獄だった。
ヒコへのいじめはさらに酷くなり、ひめなは周囲から早く別れた方がいいと薦められた。
断ると、いじめの矛先はひめなにまで向けられるようになった。
ヒコは迷惑をかけないようにとひめなをわざと避けるように振る舞ったが、それでもひめなは頑なに別れようとしなかった。二人は強く擦れ違っていった。
お互いを想う気持は変わらないのに、選んだ答えの違いが、自分も相手も傷つけた。
『私チャンたちはただ一緒にいたいだけなのに』
『やっぱり僕なんかがひめなと付き合うべきじゃなかったんだ』
『こんなクソみたいなところから一緒に逃げよう。ふたりだけでさ、ずっと生きていこうよ』
『この世界で僕を生かそうとするなら、ひめな、例え君でも僕は憎む』
それでも、ヒコはひめなが好きだったし、ひめなもヒコが好きだった。
『誰かに怯えなくてもいい。私チャンとヒコ君だけで幸せに暮らせる場所があれば、自由に恋愛できたのかな』
ヒコは自殺した。
自分が死ねばひめなは苦しみから解放されると思っていた。
だが、ひめなはキュゥべえに願った。ヒコと一緒に居たいと。
ヒコの精神はひめなの頭の中に宿り、鏡の魔女に殺されるまで、ふたりは同じ時間を過ごした。
脳内の彼氏? 頭がおかしい、イカれてると、その関係を周囲にずっと否定されながら。
****
ひめなは噴水の縁から立ち上がり、ヒコの正面に立って両手を広げた。
「とりま、天女だとか冗談は置いといて。どう、ヒコ君。変身した私チャンの姿!」
「えーと・・・・・・ヤバみが深い?」
ヒコ照れを隠すように使い慣れていない言葉を選んだが、その目は真っ直ぐひめなを見ていた。
ひめなは一瞬、素の表情に戻り、赤面して硬直する。
ヒコはくしゃっと、不器用な笑顔を作った。
「キャハッ♪ マジテンション上がるんだけど! もっと見て見て」
表情を戻して、ヒコはひめなをじっと見つめた。
「この世界なら、誰の目も気にすることなく、僕たちは自由に恋愛できる」
「・・・・・・」
「どうしたんだい、ひめな」
「ヒコ君、私チャン、転生してから気付いちゃったんだよね。私チャンが周りの奴らに認めて欲しかったもう一つのこと」
「?」
「ヒコ君だよ。私チャンはヒコ君がマジで凄い奴なんだって、みんなに認めて欲しかった」
「ひめな、僕は別に・・・」
「だから、とりま冒険者になって天辺取ろ! 私チャンとヒコ君なら最高ランクの冒険者になるくらい楽勝っしょ。絶対にヒコ君が凄い奴だって認めさせてやるし! んで二人で幸せになるって決めたの!」
「・・・・・・」
「ごめん、私チャン勝手なこと言っちゃったっぽい? 嫌だった? あのね、私チャン的にはヒコ君と一緒に暮らせるだけでも十分に幸せなんだけどさ、でも」
「ありがとう、ひめな」
「え?」
「僕も目指してみたい、冒険者の天辺を」
「・・・・・・ホントに?」
「僕は前世で何も成し遂げることができなかった。君との恋愛も、いじめの解決も、ネオマギウスの計画だって砕かれた。負けっぱなしだ。だからこそ、何か一つ、やり遂げたい。自信を持って君の隣に立ちたい。だけど、頭ではそう思うけど、僕は弱いから、だから」
「うん! 一緒に頑張ろ、天辺取ろ! ついでにアオハルも満喫しまくるの。大丈夫、私チャンとヒコ君しか勝たん。ぶち上げてこー☆」
ひめなはヒコの腕を掴むと、ぐいっと持ち上げ天に突き上げる。
「おー・・・・・・」っという弱々しげなヒコの声が灯花達の耳に届いた。
「いい話じゃないか」
ねむはしみじみと言った。
「クレイジーサイコ駄女神様発言は取り消すよ」
「ここにいてもふたりの邪魔になるだけだし、次の魔法少女のところに行こうか」
「うん!」
灯花が言って、ういが力強く相槌を打った。
「ヒコとひめなの成り上がり。あの二人の物語に僕達は不要だ」
その場から去ろうと、灯花達は噴水の縁から腰を上げた。
「聞こえてるっつーの」
「えっ、ちょっと、なになに?」灯花は戸惑った。
三人の前にヒコとひめなが立ち塞がった。
「君達は・・・・・・」
ヒコは顎に手を当てて、灯花達の顔をまじまじと見つめた。
灯花はふーっと溜息を一つ、腰に手を当てると、どこか偉そうな態度で「久しぶりだね、藍家ひめなー」と言った。
「そもそも誰?」ひめなは首を傾げた。
「「・・・・・・・・・うん?」」
灯花とねむも首を傾げた。
「もしかして私チャンの前世のマイメン?」
「君達はつい数分前に『ネオマギウスの計画が砕かれた』と言ってなかったかい?」ねむが言った。
「悪いけど、僕達は前世の記憶を徐々に取り戻している最中なんだ」
「ヒコ君のことやサーシャのこと、しぐりんとはぐりんや、ネオマギウスとしてマギアユニオンと戦ったこと、私チャン達と繋がりの深い記憶は鮮明なんだけど、どうでもいい細部は思い出せていない感じなんだよねー」
「あー・・・・・・ワンチャン、わたくし達は元マギウス、みたいな?」灯花が言った。
「マギウスって連中が居たことはギリ覚えてるけど、ぶっちゃけ顔まで思い出せないんだよね。とりま、あんた達みたいなガギじゃなかったと思う。組織のボスが小学生って、ありえないっしょ」
「なにおー!」
「あと、クレイジーサイコ駄女神様って、マジでおこなんだけど」
「灯花、うい、逃げよう」ねむが言った。灯花とういは頷いた。
「えっと、それじゃあその、あざお☆」ういが言った。
「はぁ?」
「あざまる☆ おっつー☆」灯花が言った。
「ちょっと」
「マジでヤバヤバのヤバたにえん」ねむが言った。
「「・・・・・・・・・・・・」」
ヒコとひめなの時がピタリと止った。妙な間が生まれ、三人は全力でその隙に駆けだした。
ひめながハッとする。
「色々と使い方おかしいし! 逃げるな!」
追いかけようとしたひめなの手を、ヒコはぎゅっと握って止めた。
喚くひめなの声だけは、三人をどこまでも追っていくようだった。
****
三人が走り去った後、ヒコは握りしめていたひめなの手を離した。
「よそう、あの三人は悪人じゃないよ。それよりギルドに行かないと」
ヒコもひめなも、現状星一の見習い冒険者だった。
「だね、とにかく仕事探さなきゃじゃん」
「あの、よろしければ一緒にパーティーを組みませんか?」
ふと、背後から声が聞こえた。振り返ると、フードを目深に被った男女が立っていた。
「失礼ですが、あなた達は?」ヒコが訊ねた。
「壮月です」
「塩屋晴海と申します」
「俺達、この町に来たばかりで。詳しい事情はギルドに向かいながらでも」
「ひめな、どうする?」
う~んと目を泳がせた後、ひめなは髪を掻き上げるような仕草を見せて、
「とりまよろ☆」