「ふぅ、色々あったけど、藍家ひめな、転生確認っと」
先頭を走っていた灯花が足を止めた。
三人は裏路地に入り込んでいた。建物と建物の間にロープが張られ、洗濯物が干してある。
暗く、じめじめとした陰鬱な雰囲気だが、灯花も、ねむも、ういも、微かな犯罪の予感に内心ワクワクしていた。
「あれ、魔力の反応があるよ」ういが言った。
「奇しくも、次の魔法少女の近くへ逃げてきてしまったみたいだね」
三人は魔力を辿って路地の奥へと進んでいった。五分ほど進むと、細い十字路が見えてきた。
野太い男達の声と、不機嫌そうな女の声が聞こえる。灯花達から見て、十字路の右側の方からだ。
こんな場所で喧嘩するのはろくでもない輩に決まっている。関わらない方が身のためだ。ここが異世界ではなく神浜なら、男達と言い争っている女の方から魔力の反応がなければ、灯花達はそう判断して踵を返していただろう。
「悪いが、お前とパーティーを組むのも今日限りだ」
「・・・・・・はぁ? あたし、何かヘマやらかしたっけ?」
そんな声が聞こえてきた。
ねむが、これは、お約束の追放シーンなのかな、と小声で言った。
灯花達は頭だけをそっと物陰から突き出した。
声の主は四人いた。
右の路地に少し入ったところに立っている。
革の鎧を着た三人の冒険者らしき男達と、紫色の髪の少女が一人。少女は瞳も紫色で、赤い帽子に赤いマントを羽織っている。
更紗帆奈。
灯花達がはじめて見る魔法少女だった。ムスっとした不機嫌そうな表情で、男達を睨んでいる。
「魔法が使えなくなったお前に用はねーんだよ」
「アクアにフォレストにダーク、三属性のオーブを宿す希少な冒険者だって言うからパーティーを組んだのに、固有魔法に覚醒しちまうなんてよ」
「いや、確かに固有魔法に目覚めてオーブの魔法は使えなくなっちゃたけどさ、足手まといにはなってなかったハズだよ」
「そういう問題じゃねーんだよ。俺達には夢があるんだ。全属性を網羅した無敵のパーティーになるっつー夢がな」
「・・・・・・馬鹿馬鹿しい」
「なんだと!!」
「本気でその夢を叶えたいんだったらさー、あんたら三人、フレイムオーブのお兄さんはいいとして、ライトオーブのおっさん二人は被ってるんだから、あたしじゃなくてあんたらのどっちかが消えればいいだろ?」
「年下の癖に、偉そうなこと言うんじゃねー!」
「真っ当な意見だと思うけど?」
「だいたいお前は固有魔法に目覚めた癖に、その肝心の固有魔法を発動できてねーじゃねーか。どういう状態なんだよ? おおん?」
「・・・・・・チッ。そんなの、あたしが知りたいくらいだよ」
「今のお前は魔法で強化した身体能力と再生力でパーティーの壁になるくらいしか役目がねぇ」
「それだって立派な役目だろ」
「十五歳の娘を壁にして、万が一死なせたなんてことになったら、俺達の面子が丸潰れだ」
「面子ねぇ・・・・・・。もしかしてさー、あたしに腕っ節で勝てなくなったからプライドが傷ついちゃった?」
「その人を見下したような態度も気にくわなかったんだよ」
「あっは! オッサン達がバカなせいでしょ」
「うるせぇ! テメーみたいな固有魔法を持たない能無しは死んでスライムにでも転生しちまえばいいんだよ」
「そうだそうだ! スライムに転生したら強くなりそうな声しやがってよ」
「ああ、こいつがスライムに転生したら絶対勝てないぜ。声で分かる」
「なに訳の分らないこと言ってんだよ。あーもー分かった。いいよ、クビでいい」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、話が終った後も、三人の男達はぎゃーぎゃーと罵声を浴びせながら去って行った。
「・・・・・・はは、あー、また一人か・・・・・・どうでもいいや・・・何かもう色々と」
物陰から様子をみていたういがヒソヒソ声で呟いた。
「一人になっちゃった・・・・・・。声を掛けた方がいいのかな?」
「どうだろう? はじめて見る魔法少女だし、今の会話だけじゃ人となりがわからないからね」
「うい、ねむ、下がって、左の通路から誰か来るよ」
三人は身を引いて、奥ばったアーチ型のドアの影に隠れた。左の通路から現れた何者かが通り過ぎるのを待ってから、再び、頭を出して様子をうかがう。
「お仲間が必要ですかな?」
あからさまに怪しい商人風の男がいた。金色の手鏡で顔を隠した耳の長い女の子を一人連れている。
「まさか、あれが異世界転生名物、どれーしょうにんとエルフのどれい?」
「奴隷商人!?」
「だいじょうぶ、ういを奴隷になんてさせないよ。わたくしが守ってあげるから」
「灯花も狙われる側だよ」
「うるさいにゃー、ねむのへんたい。小学生エロ文字書き」
「ういの前で誤解を招くような発言は控えて欲しい」
「ふふっ、ありがとう、灯花ちゃん。でも・・・・・・なんだか、コントみたいな登場の仕方だね」
「うーん、怪しいにゃー。奴隷なのに首輪も手枷も足枷も付けられてないよ」
「タイミングも良すぎるし。何より、あのエルフ」
「魔法少女だね。でも、始めて感じる魔力の波長だ」
紫色の髪の女の子も警戒しているようで、男の質問には答えず、目を細めて腕を組んでいる。
「お仲間がいないのでしたら、奴隷などいかがでしょうか。つい先日仕入れたばかりのエルフなんですがね、青い髪を気味悪がって買い手がつなかいんですよ」
「下らない芝居はやめなよおっさん。この国じゃ奴隷は違法だよ。どういうつもりか知らないけどさー、あんたらの目的は何なわけ?」
「んふふふっ、ちょっとおふざけが過ぎたかな。もう行っていいよ、おじさん」
青髪の奴隷エルフがそう言うと、商人風の男はフラフラと何処かへ去ってしまった。
「あんたが操ってたの?」
「表通りまで出れば正気にもどるようにしてるから大丈夫。もちろん、私達のことは覚えていないよ。私の固有魔法、忘れちゃった? 帆奈ちゃん」
「あたしを知ってるの・・・・・・?」
「帆奈ちゃんは能無しの役立たずなんかじゃないよ。私は帆奈ちゃんの固有魔法の事、ちゃんと覚えてるから」
そう言ってクスッと笑うと、青髪のエルフの女の子は魔法少女に変身した。
黒を基調にしたゴスロリ風の衣装で、変身が終ると同時に、顔を隠していた手鏡をずらし、青い瞳で帆奈のことを愛おしそうに見つめる。
帆奈は石のように固まった。青髪のエルフも視線を逸らさない。
目の前の景色が消えた。帆奈の脳裏に、前世の記憶が闇夜に光る流星のように目まぐるしく現れては消えてゆく。両親とクラスメイトに奪われ続けた半生が、神浜で足掻いた日々が、目の前の少女と笑った記憶が、瀬奈と一緒に過ごした夕陽色の思い出が、初めて魔女と対峙した時のような凄烈な昂ぶりとなって血のように全身を巡る。
「・・・・・・・・・・・・瀬奈?」帆奈は灯花達には聞こえないほど、小さく小さく呟いた。
「思い出した?」
「・・・・・・全部思い出した・・・でも、こんな・・・・・・あたしは今まで・・・」
「帆奈ちゃん! 帆奈ちゃん! 嬉しい、また会えた!」
瀬奈は戸惑う帆奈をギュッと抱きしめた。
「触れられる・・・・・・幽霊じゃない・・・・・・」
帆奈は半ば放心したように、瀬奈の腰に手を回して軽くさすりながらその存在を確かめた。
「魔女でもないよ」
「あっは・・・・・・あっははは! あっははははは! あははははは! あは! あっはは! あーっははははははは!」
「ちょっと、ちょっと、急になんなのー! きもちわるーい!!」
「灯花!」
「灯花ちゃん!」
「あっははは・・・・・・はは・・・ん?」
路地裏に響く嗤い声に、灯花はつい大声で叫んでしまった。
「ふぅ、バレてしまったようだね」ため息まじりにねむが呟いた。
灯花達は物陰から姿を現し、帆奈と瀬奈の方へ歩んだ。
「盗み聞きしてごめんなさい」ういが言った。
「わたくしたち、冒険者ギルドに行こうとしてたんだけど、迷子になっちゃって。偶然通りかかっただけなの」
「怖そうなおじさんと喧嘩してたからね、怖くてつい隠れてしまったんだよ」
「で、できれば、その・・・ギルドに行くにはどの道を進めばいいのか、教えて欲しいなー・・・なんて」ういが言った。
「ふーん、へー、そっかそっか。そうなんだー」帆奈は腕を組んで目を細めた。彼女が相手を疑っている時によくするしぐさだ。
帆奈は灯花とねむとういの佇まいを、首を動かさずに、瞳だけで睨ねめ付けるように吟味した。そして、ういに近づくと彼女の前で軽く膝を曲げた。視線の高さを合せ、一番嘘をつけなさそうなういの瞳を覗き込む。
「ほ、ほんとだよ。わたし達、嘘なんて付いてないよ」
「うんうん、信じる信じる。今日はもう何だって信じちゃう! 正直で偉いねぇ~、あっは!」
「ひっ」
「もう、帆奈ちゃん」
ういと帆奈の間にぐいっと瀬奈が割り込んだ。
「んふふ、驚かしてごめんね。この道を真っ直ぐ進めば大通りにでるから、左に曲がってしばらく進むとギルドが見えてくるよ」
「ほ、ほんと? ありがとうエルフのお姉さん」
「では、僕達はこれで」
「よーし、ギルドまできょーそーしよう!」灯花が言った。
「「おー!」」
ねむもういも、声は大きいが棒読みだった。
走り出した三人の背中を見ながら、帆奈は呟いた。
「なーんか怪しいガキ共だったな・・・・・・」
「やっぱり、あの子達も転生してたんだ」
「知ってるの?」
「あの子達を前世で殺したのは私だからね」
「!?」
「帆奈ちゃんが死んだ後にね、色々あったんだよ。後でゆっくり話してあげる。帆奈ちゃんが死んでから神浜で何が起きたのか。鏡の魔女になった私が何をしようとして、どうなったのか」
「あっは! いいねいいね~、知りたい知りたい」
「あとね、私の名前が『瀬奈みこと』であることはあの子達、・・・・・・いや、この世界に転生してきた魔法少女全員に知られない方がいいかも」
「姿は見られてもいいの?」
「和泉十七夜、アリナ・グレイ、御園かりん、一部の魔法少女以外は、私が魔法少女だった頃の姿を知らないから、その子たちに見られなければ大丈夫だとは思うけど・・・」
「そっか、瀬奈は有名になったんだねー。・・・・・・あたしも名前変えなきゃな。いっそのこと二人でイメチェンしちゃう?」
「名前なんだけど、私はエルフの里ではミラって名乗ってたよ」
「へー」
「帆奈ちゃんはサラでどうかな」
「バレバレじゃん、二人とも」
「魔族の中に『フォートレス・ザ・ウィザード』って子がいるんだけどね、その子に頼むと色んな名前や二つ名を考えてくれるの」
「うん」
帆奈は嫌な予感に襲われた。
「帆奈ちゃんと出会ったら、どの道名前を変えなきゃって思ってたから、帆奈ちゃんの新しい名前を考えてもらったんだ」
「・・・・・・それで?」
「帆奈ちゃんの新しい名前は『サラ・ウェル・ウィッチア』で」
「待って瀬奈!!!!」
「ん?」
「ダメだ。それはヤバいって!」
「だから帆奈のことはサラって呼ぶね」」
「やめよう。危険だ。マジで恥ずかしい。それ、本人は真剣にカッコいいと思って作った名前じゃん」
「顔、赤いよ。羞恥心が止らない?」
「許して瀬奈」
「確定だね」
記憶を取り戻したサラの新しい人生が始まった。