路地裏から出ると西門から続く大通りに出た。瀬奈の情報が正しければ、ここから東門に向って進めば冒険者ギルドが見えてくるはずである。
「町に着いてから走ってばっかり、わたくしお腹空いちゃった」
「ドライフルーツと干し肉があるから、パンでも買って食べようか」
「さんせー!」
「でも、わたし達、お金持ってないよ」
「うそ・・・・・・」
「残念だけど・・・」
「もー! どうして干し肉とフルーツがあってパンがないの!」
「前日の深夜に灯花が突然提案した遠征だから、パンを焼く時間なんて無かったじゃないか」
「じゃあお金は!? 最期に荷物をチェックしてオッケーを出したのは誰!」
「灯花だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「転生してIQが落ちたのかな?」
「ねむのバカ!」
「二人とも、喧嘩はよそうよ。ギルドで簡単な依頼をこなせばすぐにお金を貰えるかもしれないよ」
「・・・・・・すまない灯花、どうやら僕も空腹で少しイライラしていたようだ」
「ううん、わたくしこそごめん。全部わたくしの責任なのに・・・」
「灯花ちゃんだけの責任じゃないよ。自分たちのことなのに、ちゃんと確認しなかったわたし達も悪いもん」
「ういの言う通りだ。僕にも反省すべき点はある」
「ふたりとも・・・・・・。決めた! 魔法少女捜しは一旦お終い。なんだか逃げてばかりだし」
「そうだね。僕達は冒険者になるためにこの町まで来た」
「真っ直ぐギルドを目指して進もう」
「おー!」と三人が空に拳を突き上げた瞬間、通りから「ぐわぁあああ」という男の叫び声が聞こえてきた。ざわざわと野次馬が集まってくる。
灯花達は希望に満ちた表情を顔に貼り付けたまま凍り付いた。
「見ろよ、将軍が吹き飛ばされたぞ。相手は素手の女だ」
「さすがクレハ侯爵家のご令嬢だぜ」
「あれが噂の『棍棒令嬢』か、すげぇ闘気だ。いや、殺気か・・・?」
通りの方を確認せずとも、三人の頭の中には同じ魔法少女の顔が浮かんでいた。
「手応えが無いわねぇ・・・」
気怠そうな声が聞こえた。
「「前言撤回」」
灯花とねむは騒ぎのせいで足止めを食らっている馬車の裏に隠れた。
そーっと顔を出して確認すると、予想通り、一番厄介な魔法少女の姿が見えた。
通りの中央に、シンプルな白いドレスの上から薄い黄色のショールを羽織った、儚げな少女が立っている。黒い角は生えていない。体格だけなら数メートル先で震えている将軍の方が圧倒的に大きい。しかし、存在感はその華奢な少女の方が何倍も大きかった。
将軍は吹き飛ばされて尻餅をついている。
「手紙一枚で婚約破棄だなんて、納得できるわけないでしょぅ・・・」
「どうか怒りを抑えて下さい、クレハ嬢」
「あなたは将軍でしょぅ。力づくで止めてみせなさいぃ・・・」
消え入りそうな声には、確かな怒気がこもっている。令嬢の左手の指輪が光り、黒い棍棒が具現化した。それを目にした将軍は、大きく身震いした。
「モブハットに会わせなさいぃ・・・・・・私は本人から直接理由を聞きたいだけよぉ」
「モブハットってw」
「灯花!」ねむが言った。
馬車の裏で灯花が吹きだした。棍棒令嬢が鋭い眼光をぶつける。灯花とねむは慌てて顔を引っ込めた。
「・・・・・・情けない話だが、息子はクレハ嬢に酷く怯えているのだ」将軍が申し訳なさそうに口を開く。
「ふふ・・・・・・将軍の息子が婚約者の令嬢に怯えるだなんて、この国は大丈夫なのかしらぁ・・・」
棍棒令嬢、紅晴結菜。
侯爵家の令嬢でありながら、その戦闘センス、戦略を立てる手腕の高さを見出され、気付くと王立魔法騎士養成学校の生徒会長兼、戦闘教官という、生徒なのか教師なのか良く分からない立場を任されるようになっていた。
しかし、本人はそれを前向きに受けとめて邁進した。
固有魔法に目覚めて、魔法を使えなくってからも、周囲の魔法騎士達に遅れを取ることなく、むしろ以前よりも早い成長速度で、メキメキとその戦闘能力を高めていった。
鬼のようなその戦いぶり、愛を込めつつも厳しく容赦ない指導っぷりから、尊敬と畏怖の念を込めて棍棒令嬢と呼ばれるようになり、同じ養成学校に通い通婚約者でもある将軍の息子は、あらゆる面で逆立ちしても勝てない結菜にビビリ散らかして、婚約破棄を決断した。女子生徒達は彼をあざ笑ったが、男子生徒達からは共感され、「仕方ないさ。結菜さんの嫁のもらい手は火竜くらいしかいないだろう」と慰めの言葉をかけられた。
男子生徒からは恐れられている結菜だったが、女子生徒からの人気は意外と高かった。
前世の結菜は、敵対する神浜の魔法少女以外の人間には常識的に接していたし、目上の人に向って棍棒を振り上げるなんてこともまずしなかった。
仲間の魔法少女に対しては優しく、甘さを見せることすらあった。
しかし、異世界に転生して人生の比較的早い段階から公の場で力を持つ者として振る舞うことになった結菜は、その経験の中で悟った。
男は意外と情けないと。その結果、一点だけ心情に変化が起きた。
男に厳しい、という性格がプラスされたのだ。
結菜は棍棒を一度肩に背負って、ガンッと地面に振り下ろした。将軍の肩がビクンと跳ねた。
「具体的に、私のどこに怯えているのかしらぁ・・・」
「そういう所だと思う」と馬車の裏に隠れているねむが呟いた。
「バイオレンスだにゃー」
「紅晴結菜にだけは僕達のことを思い出して欲しくないね」
「うん、色々と面倒なことになりそうだからね。最悪、わたくし達の姿を見ただけで前世の記憶をぜんぶ思い出しちゃうかも」
「すでに思い出しているかもしれないよ」
「そうじゃないことを祈るしかないよ・・・・・あれ、ういは?」
「・・・・・・しまった」
ういはまだ通りに立っていた。将軍と話す結菜の姿を、どこかウキウキした様子で見つめている。ういが立っている場所には、あまり人集りができていない。
結菜から丸見えだ。
テレパシーを使えないのがもどかしい。
灯花とねむはういを呼ぶために馬車の裏から出て結菜に見つかるリスクを取るよりも、結菜がういに気付かぬまま騒ぎが収まる方に賭けた。
「まずその・・・怒ると首を斜めにして威嚇するように話す態度が怖いと」
「随分と繊細なのねぇ、武人に向いていないんじゃないかしらぁ・・・」
「後はその、鬼神のごとく棍棒を振り回して戦う姿が怖いと」
「棍棒を振り回す姿だけで人柄を判断しないで欲しいものだわぁ・・・」
「するだろ」と、野次馬の一人が呟いた。
結菜のその男の方をキッと睨み付けた。
「すいません。棍棒は淑女の嗜みです」
「この国には令嬢が棍棒を振り回してはいけない、なんて法律ないでしょぅ・・・」
「令嬢に関わらずお屋敷や町中で棍棒を振り回してはいけません、お嬢様」
結菜の背後に使えていたメイドらしき女が言った。
「そうねぇ・・・今のは失言だったわぁ・・・」
結菜は棍棒を引っ込めた。指輪が光り、棍棒が光の粒子となって霧散する。
「婚約破棄に反対するつもりはないわぁ、ただし、あなたの口からではなく、自分の口から直接言えと、モブハットに伝えておきなさぁぃ・・・」
「・・・・・・わかりました。伝えておきます」
「安心しなさいぃ、殺しはしないわぁ・・・」結菜は口元に手を当てて笑った。
結菜は集まった人々の視線を断ち切るように、鋭く無駄の無い動きで踵を返した。
その時、ふと違和感を感じた。緊張、怯え、畏怖、様々な感情に満ちた視線の中に、親しみと好意を抱いた視線がある。
結菜はその感情の送り主を捜した。
槍を背負ったピンク色の髪の幼い少女が、その送り主であることに気付いた。
無表情のまま、ゆっくりと少女に近づいていく棍棒令嬢。
様子を見守っていた野次馬達が息を呑む。
少女は一歩も引かないどころか、将軍ですら身を震わせた結菜に対してにこやかに笑って見せた。
「初めまして、ご令嬢様!」
「あなた、私が怖くないのぉ?」
「うん、全然っ!」
「名前は?」
「ういです」
「そう、ういちゃんっていうのねぇ・・・。ふふっ、なんだか始めて会った気がしないわねぇ・・・」
結菜は口元に嫌味のない笑みを浮かべた。
「最後に少しだけ気分が良くなったわぁ。またどこかで会いましょぅ」
そう言い残して結菜はその場から去って行った。
二人の会話を耳にした灯花とねむは「名前を覚えられてどうする」と胸の中でツッコんだ。
「灯花ちゃん、ねむちゃん、もう大丈夫だよ」
ういは馬車に駆け寄った。
「ほんとに? バトルアックス赤ちゃん令嬢と馬令嬢と火炎放射器令嬢が近くに潜んでない?」
「意表を突いてガトリング令嬢とインラインスケート令嬢登場するかも知れないよ」
「あはは・・・二人とも考えすぎだよ」
「そ、そうだよねー」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「もういやっ! どうして変な魔法少女とばっかりエンカウントするのー!」
「僕達にとっては、町を散歩する方がダンジョンに潜るよりも危険なのもしれないね」
「ふつーの魔法少女に会いたい・・・お姉さま達みたいな優しい魔法少女に会いたいな・・・・・・」
灯花の目に涙が溜まる。
「泣かないで、灯花ちゃん」
「まだ町について半日も経っていないのに、もう村が懐かしいよ」
「今頃、お姉ちゃんとやちよさんは、旭さんとちかさんと一緒に美味しいお昼ご飯を食べてるのかな・・・・・・」
「うっ、えっぐ・・・」
灯花は俯いた。
「どうしたんだい、泣きそうな顔して。親御さんとはぐれちゃったのかい? アタシで良ければ一緒に探してあげようか」
馴染みのある声が降ってきた。優しく温かい、聞くだけで少し勇気が湧いてくるような、同時に深く安心できるような。
ういにとってはみかづき荘のメンバーと同じくらい身近な存在だった、あの人の声。
灯花はうつむいていた顔を上げた。善意と好意に満ちた笑顔があった。
声の主は、灯花達の予想に反して、冒険者ではなくシスターの格好をしていたが、もうそんなことはどうでも良かった。
灯花の目尻のに溜まっていた涙が、嬉し涙に変わって零れた。
「ももこ・・・?」灯花が言った。
「ももこさん・・・・・・?」ういも呟いた。
「二人ともアタシのこと知ってるの?」
「ももこ! ももこだよ!! ももこなんだね!!!!」
「ももこお姉さん・・・助かった・・・・・・僕達は助かったんだ」
三人は溺れかけた子供が投げ込まれた浮き輪にすがるように、一斉にももこにしがみついた。
「ちょっ、なんだなんだ! おいおい、そんなに強く抱きつくなって!」
「ももこぉー!!!!」
「ももこさぁーん!!!!」
「ももこお姉さぁーん!!!!」
「大丈夫、大丈夫だから、な? アタシは幽霊じゃなんだから、いなくなったりしないって」
「「「いなくならないでぇえええええええ!!!!」」」
「えぇ・・・・・・どうなってるんだ、コレ?」
ももこ、グッドタイミング。