下準備を終え、孤独な戦いに身を投じる白髪の
カメラが回っているが気にしない。これから始まるのは命を懸けた戦いだ。敗北は死と同義。
目標は勝利のみ。
彼が自身に気合を入れている間、八つの巨石から黒い瘴気が噴き出した。昼間であれば一つだけ反応し、残りは消えてしまう。
深夜にもかかわらず周りが明るいのは舞台を取り囲む
八つは一つになろうと互いをぶつけ合い砕けて黒い瘴気が広がり、大きくなったところで形が出来始める。
対峙するのは八つの頭を持つ龍。それぞれ顔かたちが違っており、色や目の数も。一つとして同じものは居らず、頭と同数の尻尾が激しく地面を叩く。
戦闘の開幕を告げるように八つの頭から咆哮が響き渡る。
(……強烈な負の波動。並の人間であれば立てなくなる……。しかし、目の前のモンスターはより強力なスキルを使っている筈だ。こんなモンスターを将来的に冒険者は相手にするのか)
武装していなければ神崎とて地面に突っ伏していたかもしれない。
これは彼が特別だから、肉体が常人より強靭だから耐えられた、わけではない。
それぞれスキルには固有の能力があり、対処できなければ大の大人でも抗えなくなる。
体高十メートル超えの大型モンスターがいくつかの口から
昼間のボスは頭が一つだけ。噛みつきと引っ掻き、
なにより龍を相手にして人間の攻撃が通じるのか分からない。
初見で女子高生達が攻略したのは物凄い功績だ。
だが――
完全武装している彼は静かに身構える。高速戦闘が得意ではない彼に出来る事は確実な一撃を相手に与えること。それを成すには避けられない攻撃が望ましい。
もし、それを羊谷命子がやろうと思えば縦横無尽に駆け回り、相手の虚を突こうとするだろう。
または飛ぶ斬撃を見舞ったり、鎖で拘束したり、魔法の弾幕を張ったり――
それぞれに戦い方があるように神崎にも独自の戦い方がある。
八つの頭を持つ龍のそれぞれの特性を探り、弱点を模索するとか。攻略方法を見つけるのが一般的な冒険者のやり方かもしれない。しかし、彼はそんな事はしない。
皆が思っているほど彼は賢い存在ではないし、ゲームも下手だ。戦略を練るのも苦手とするだろう。
ならばどうするか。
「……ふっ」
小さく息を拭いて拳を振り抜く。単純にして純粋な物理攻撃を見舞う。
相手との相対距離は十メートルを少し超える。それをなかった事にするような攻撃が飛ぶ。いや、それは飛ぶというより通過すると言った方が正しい。
小さな人間が拳を振り抜くだけで離れた場所に居る大型モンスターの身体全体を打撃するような攻撃とはいかなるものか。
もし、ここに見物人が居ればだまし絵を見せられているような気持ちになった筈だ。
八つの首を一つずつ攻略するより全部をまとめてぶっ飛ばせばいい。
彼から放たれた拳は僅か数秒でモンスターの身体よりも大きく変化し、凶悪な物理攻撃となって襲い掛かった。
人前で本気を出さない彼も未知のモンスター相手ならば遠慮しない。
特別な技術は無いが攻撃を当てられれば大概はなんとかなる。もし、ラスボスが物理無効の特殊能力を持っていない限り、彼の攻撃でダメージを受けない生物は果たして存在するのか。――探せば見つかるかもしれない。
敵が何をしようと神崎の打撃は避けられない。捨て身を多用してでも反撃しなければやられる一方だ。それと彼とて人間だ。延々に攻撃できるわけもなく、疲れを知る。
戦闘が始まってから舞台は結界に包まれたようでモンスターを景気よく吹き飛ばしても外に転がり出る事は無かった。それは彼も外に出られない、ということだが。
単なる打撃だけでは倒し切れないと判断した彼は十メートルを超える長大な剣を生み出し、尋常ならざる力で横凪に振う。――背後のカメラなどに気を使いながら。
少女達の力では一度の斬撃では切り傷程度しか与えられないが神崎であれば余裕で斬断せしめる。
一見簡単そうにやっているが武器の大きさがそもそも違う。それと
たった一度の剣戟で大半の首が宙を舞った。それぞれどんな能力を持っているのか分からないまま。
生き残った首は頭と同数の尻尾を振るってきたが、それも的確に切断していく。その時の剣は取り回しがきく程よい長さになっていた。
報告によれば首だけになっても攻撃する特性がある、という事を思い出した彼はすぐさま首の処理に取り掛かる。
始終圧倒し、攻撃の手を緩めず相手に反撃すらも許さない。他の冒険者であれば一撃見舞った後、慎重を喫して相手の動きを観察しようとする。羊谷達ですら無謀な突貫はしないだろう。
彼の場合はモンスターだと分かってからどんな攻撃が来ようと全て力でねじ伏せる。
戦闘開始から約十分ほどで片が付いた。龍の肉体が思ったよりも強靭ではなかったお陰で意外と早く決着できた。おそらくスキルが厄介なモンスターなのだろう。
開幕直後から攻撃を仕掛けて圧倒しようとするのは神崎くらいなので、実際のモンスターはもっと厄介で
――実際は解放された【称号】の影響もなきにしもあらず、だが。
全ての首と尻尾。そして、胴体を念のために切り分けたところで光りの粒子となり戦闘終了となった。それと同時に【称号】も封印状態に戻ったが彼は全く気付かなかった。
封印が解けたから物凄い力が発揮できたわけではない。彼が本気を出すと
神崎は普段から自身の力をセーブしている。そうしないと色んなものを傷つけてしまうから。――昔からそうしてきた。
そんな彼も家族の為ならば遠慮しない。自分の力は大切な者を守るために振るわれるべきものである、と割り合い正義感の熱い男児として育った。
息を整えて周りを観察し、舞台に顔を向けるとドロップアイテムが出現する所だった。
それと入り口とは反対方向に新たな通路が出現した。
カメラの電源を落として回収し、忘れ物が無いか確認してから出口に向かう。
これが普通の人間ならば死闘の末に打倒したことを喜ぶのだが、彼は仕事として処理し、淡々と佇んでいた。頭の中では大きな被害もなく終わって良かったとほっと息をついていた。
新たに出現した石段を上った先には祭壇の様な小さな広場があり、黄金に輝く帰還ゲートとクリア特典の赤金色の宝箱が置いてあった。
初回クリアした羊谷達の場合は宝箱が二つあり、世界を震撼させた『地球さんプレミアムフィギュア・拡大鏡付き』というアイテムを手に入れた。
神崎の場合は宝箱は一つだけ。視界に浮かぶステータスの
(報酬は何かな~。水晶玉か。それとこっちは貨幣だな)
宝箱の中には複数のアイテムが入っていた。その中に一冊の本があり、手に取ってみると――
『無限鳥居ダンジョン万屋 夏号』という題名だった。
表紙を飾るのは神崎と音井礼子女史だった。
撮った覚えのない写真。着た覚えのない服装の数々。勝手にモデルにされたようだ。
もし、女子高生達の六人で来ていたら中身はもう少し賑やかになったのだろう。彼は肖像権の侵害だと憤慨して腹を立てるどころか、申し訳ない気持ちになった。
人の役に立つならば彼は可能な限り協力するタイプだ。何でもかんでも、というわけではない。ある程度の線引きはしている。
それと龍の鱗で作られた重厚な装備品が一式入っていた。クリアした人物の体型を模しているのか、見た瞬間に自分の身体に合いそうだな、と。ただ、別に欲しいとは思わなかった。
西洋、東洋風のファンタジーに出て来そうな装備に憧れを持っていないので。
次に取り出したのは重厚な装飾品が付いた剣。真っ直ぐな形状から刀ではない。
もし、ここにファンタジー好きがいたら、こう評しただろう。
または
八岐大蛇を討伐した後に尾から現れたと言われる三種の神器の一つ。
他に勾玉と鏡が入っており、それぞれ『
彼にとっては興味を惹かれるようなものではなく、淡々と包みに梱包して荷物に仕舞い込んだ。他にも回復薬など細々としたものも入っていた。
回収し損ねたものが無いか確認した後、荷物と身体をしっかりと結び付けて帰還ゲートに乗った。
次の瞬間には電灯の明かりが出迎えた。
自衛隊の姿を見て、地上に戻ったことを確認した後、すぐさま移動し、大荷物を彼ら引き渡した。
「音井さんたちと女子高生達は一緒に居ますので、明日にはボスに挑むでしょう。それとも今からまた潜って合流した方がいいですか?」
入れ違いになれば徒労に終わり、一度戦った相手ならばそう簡単には負けはしない。しかし、万が一ということがあるので自衛隊に判断を仰いだ。
それ以前に大量の荷物に四苦八苦している姿を見ると手伝いたくなるけれど。
朝まで仮眠を取ることにし、仮設テントの中で眠りについた。
それから数時間後、仮眠どころかしっかりと熟睡してしまったらしく朝八時に目が覚めた。しかも誰も起こしてくれず――時間を指定しなかったのだから当たり前と言える。
顔を洗いに行ったり簡単な体操を
全員無事であることが分かり、仕事が一段落したことに安心した。
政府の要望にも応えた今、自宅に帰る支度を整える。その辺りは実に淡白であった。
友達と賑やかにダンジョン談議するでもなく、普通の社会人のように仕事が終われば帰宅。そして、次の仕事が来るまで子供達と戯れる。
世界が変わっても神崎の行動指針はいつものまま。ダンジョンよりも家族を優先する。
「お疲れさまでした」
必要書類を提出した後はそのまま帰ろうとしたが急いでやってきた音井に止められた。
ダンジョンから持ち帰った数々のアイテムの分配が残っている、と言って。
自衛隊のみならずダンジョンが出現したことで迷宮由来の品々というのは一般人からすれば非常に魅力的なものだ。それを一切受け取らないのは何処の聖人君主だ、と様々な方面から文句を言われる事態だ。
宝箱が大好きな羊谷ですらどうして受け取らないのか疑問を覚えるほど。
「受け取る権利があるからだ。貴方は一歩間違えれば命を落としてもおかしくない仕事を完遂した。その報酬はきちんと受け取らなければ後続が困る」
「……なら、私の要求を通すように政府に掛け合ってくれますか?」
「私の権限で出来る範囲でならば……」
神崎の要求は実のところ音井ではどうにもならないほど大きかったりするが、それを今、述べる気は無く彼は改めて報酬は要らないとはっきり告げた。それでもタダをこねるようであれば自分に相応しい武具を用意するように、と言っておいた。今のところ気になるものが無く、最上位の難易度を誇るA級やS級といった未知のダンジョンにありそうなものならば――と少しだけ期待している。
日本にあるダンジョンはD級ないしC級が最高難易度と定められている。それ以上はまだ未確認だ。
ダンジョンはこれからも増えると地球が言っていたようで、まだまだ世間はダンジョンを巡る戦いを強いられるようだ。
最後に――神崎の偉業について地球から何の音さたもなく動画にすらアップロードされた形跡がない、どころか彼に関する動画は一つとして存在しない事を音井は発見した。
彼が帰宅後に羊谷達と共に探したのだが見つからなかった。
(……彼の行動を見せるのは不味いのか? それならば侵入を禁止するはずだ。地球にとってもイレギュラーな存在ということか?)
尋常ならざる力といい、不思議な人物だと益々興味が湧いてきた。――彼が持ち帰った動画はちゃんと記録されていた。その戦闘風景はどこのロボットアニメだ、と視聴した者達は呆れたり驚愕したり様々だった。
ラスボスが開幕から何もさせてもらえず、一方的に殴り倒されているのだからコメントも難しかった。
彼のレベルから考えても簡単に倒せるようなモンスターではない筈だ。武器が凄いのか、身体能力が凄いのか。
元々少女達と神崎では戦い方が違う。モンスターに対する心構えも。
(……す、すげぇ。これこそがチート野郎の本領)
(圧倒的ですわ)
(ニャモーテス!)
(我の理想がここに!)
隔絶した戦闘風景に対して女子高生組は恐怖どころか羨望の眼差しで受け入れた。
彼女達にとって何の参考にもならない戦いだというのに、怖くはないのかと言いそうになっている自分が居る。
大人から見る神崎は恐怖の権化そのものだ。機嫌を損ねればその暴力が誰に向かうのか考えてしまうからだ。
子供達にとってはアニメのヒーローのように映っているようだ。
神崎が帰宅した後、日本政府は直ちに行動を開始したようだ。
羊谷達よりも多くのギニー硬貨が友好国に配られた。それと数々のドロップ品や武具制作に特化したジョブを持つ者によって製作されたものなど。
特にダンジョン攻略に舵取りを切ったキスミアは日本の行動にいたく感動していた。だが、それを成したのが羊谷ではなく神崎である事は伏せられた。
彼の功績を奪う事は羊谷達も容認しなかったが当人はどちらでも構いませんよ、と快く政府の方針に任せることを伝えてきた。
(太っ腹。あんた大物だね~)
とは羊谷の感想だ。
ただ、五〇〇万ギニーは彼女達も驚いたのだが――
何も恩恵が得られないのは政府としても不味いと判断し、彼に対して色々な優遇措置が検討された。元々一般人である彼は超法規的とはいえ報酬と呼べるものをあまり受け取らない。音井が提案した一〇万ギニーくらいだろうか。
一般向けにダンジョンを開放するにあたっての許可証や制限撤廃の優遇措置が検討された。通常は充分に経験を積んで段階を踏んでもらうものだが彼にはあまり意味が無さそうだと思われた。
すっかり自衛隊とも顔なじみになり、馬場や音井とも頻繁に会う羊谷は政府の情報を――公開できる範囲で――教えてもらっていた。
無限鳥居ダンジョンの攻略からすでに一週間。上では着々と冒険者がダンジョンに挑めるように日本全国で関連施設の建設が始まったり、講習会に向けた諸々の作業が進められていた。
「いいないいな~。優遇措置」
「確認のために聞いてみたのだが、彼の学力は中学生程度だという。試験を突破できるか不安に思た政府の苦肉の策ではないか、と」
「えっ!?」
神崎は元々病弱な少年だった。学力が低いのは高校生に上がれない程の重病者だった為で、不良だったわけではない。それと運が悪い事に異世界への転移だ。
ん、と疑問を覚えた羊谷は初めて聞く情報に少し意識が飛びかけた。
「……十年以上前の事だが君達は知らないかもしれないな。かつて東京タワーで謎の発光現象と共に人間が消失する事件があった。それが後に異世界転移であると認められたのはごく最近の事だ」
今でこそ創作物で取り上げられている異世界転移というジャンルは昔から存在していたが実在は認められていなかった。それが認められたのは『月』と太平洋上の巨大大陸が確認されてから。つまり五年ほど前になる。
特に太平洋の浮遊する巨大大陸は隠しようがない大事件だったけれど、不思議と世界の危機という扱いはされなかった。
殆どその大陸には住民が居なかったのと、今も崩壊を続けているので侵略者の扱いが出来なかった。
暫定的に『国』として認めているが、いずれは海の藻屑になる。そうなったら僅かな生き残りは全て友好国である日本が引き受ける、という確約を交わしていた。
領土領空領海全てを事前に放棄していた事も相まって、近場のシュメリカなどは早くから友人扱いしたが日本の方が異界の住民に対して有効であると思われたらしく、やんわりと断れていた。
「日本というか地球に帰還した彼がその国を丸ごと持ってきた張本人であると言われている」
「……あの国って結構デカイよね?」
小学生当時の羊谷もテレビで全容を見た事がある。
浮遊大陸。ムー大陸が浮上した、などと言われたが実際は異世界からやってきた。
唐突に現れたようにテレビでは報道されていたが実際はそうではなく、巨大ロボットが牽引していた、としか言いようがない。
「これを成したのが神崎龍緋なる人物だ。けれど、こんな話しを信じる者は誰も居ない。荒唐無稽すぎるし、政府としても隠蔽がし易かった。……私も最近まで信じてなかったよ。見た事が無かったから」
「特定されているという事は勝手に国とかもってきて世界の人達は怒ったりしなかったの?」
「元の世界の星が崩壊しかけている、という事らしい。星と共に心中するか異世界に理解がある日本に助けを求めるか。君ならどちらを選ぶ?」
危機的状況に置いて心中を選ぶのが一般的だ。可能性の話しであれば藁にも
星を修復するという選択肢が無いところから羊谷達は何も答えられなかった。
政府が及び腰なのは子供でも知っている。その上で助けを求められた場合、長い検討の末に最悪の結果に陥る。
個人の裁量ならば助けようとするだろう。
(……あの人は個人の裁量で助けた。政府が拒否したら……、拒否できないようにしたんだ)
羊谷は普段はおちゃらけた態度だが冷静に物事を考える事が出来る。危機的状況に置かれた時、自分に何が出来るのか模索し、間違っていないか常に不安を抱いている。
人一番願望が強く、明るく振舞わないと不安が伝播する事を知っている。
地球にダンジョンが生まれた時も嬉しさより不安が多かった。常に死を身近で感じ、それでも前を向かないと進めない事を知っている。
モンスターは楽して勝てるとは思わず、勝たなければ死ぬ。だから、一歩踏み出した。
今でこそ英雄の様な扱いをされているが今でもモンスターは怖いものだと身に染みて理解している。
「凄い冒険をなさったのでしょうね」
「今回、その人の情報が出回ったけれど大丈夫なの?」
「君達に教えてもいいと上が判断したんだろう。彼も秘匿に関して言及しなかった」
(彼より奥方の情報が大事だと判断されたのかもしれない)
持ち帰ったドロップ品は羊谷達にも振舞われることになった。
冒険者の為に使ってくれ、としか言っていなかったけれど。