一同は会議室の様な広めの建物に移動し、改めて挨拶を交わす。そこには
他の三人は彼女のように積極的ではないため、用が無い時は自衛隊の施設には来ない。――そもそも普通の女子高生が気軽に来れる場所ではないけれど。
まず、神崎家の次男であり赤みの黒髪の
彼の舎弟となっている赤紫色の派手な髪を持つのは
中学生くらいの女の子は
ダンジョンにはまだ入っておらず、ジョブは無し。
全員のレベルは
赤龍と龍美は【地球さんを祝福した者】という称号を持っていた。これについて思わず祝福というか、おめでとうと思ってしまった。
「うちでは比較的、おめでたい事があるとみんなで喜びを分かち合うからな」
「皆で騒ぐの好きな人達ばかり居るよ」
聞いている日奈森と四十九院は覚えがあるのか、頷いていた。
絶対にこの称号を得なければならない理由は無いがジョブの変更時には魔力がどうしても必要になる。僅か一〇ポイントといえど侮れない事を音井は説明した。
「いくつか気になる事があるが答えられないものは答えなくていい。言える範囲で構わない」
「分かりました。ただ、俺達が幼いころの話しが多いからあんまり言える事はないかもしれない」
「……いや、最近の方がぶっ飛んでいるから」
異世界について龍緋が中学生だった時に起きた。赤龍達はまだ二歳か三歳くらいの筈だ。それから約一〇年ほどの空白期間があった。
捜索願いは出されたし、様々な憶測も流れた。
今でこそ異世界ものの創作物があるが当時はそんなに無かった。
「俺達も異世界に行ったわけじゃないから正確な事は分からない。兄ちゃんは東京タワーから異世界に行ったのは事実だ。断言できるのは他にも行った人がいて、その人から聞いた。で、向こうで記憶喪失になっていたらしい」
「彼以外の事は言えないか?」
「……んー。どうだろ。世間に公表していないってことは言わない方がいいんだろうな、と俺は思う」
「……そうか。こちらの得た情報だと親戚だとか」
気を悪くするかもしれないと覚悟しながら音井は情報の一つを投げかけてみた。すると彼は素直に頷いた。
父の姉の娘が三人のうちの一人だと答えた。それだけで人物を特定できそうだ。大事になっていたので調べようと思えば出来る。
話しを聞いているだけの羊谷はうずうずしていた。異世界が実在しているということに。どんな世界だったのか知りたくてたまらなかった。
「私は荒唐無稽とは思わない。『月』と太平洋上の浮遊大陸が気になっているからね」
「……政府筋で情報を止められているのか? 自衛隊の誰かが上陸とかしてそうなのに」
「シュメリカやオーストイリアの防空識別圏に引っかかるし、自衛隊を向かわせるだけで
月はともかく太平洋上の大陸、正式な国名は『
実際のチュゴーとは別物である。
魔王を祖先に持つ歴史の長い国だったが自然現象か、はたまた神の気紛れか、星が崩壊する事態に陥り命運が尽きようとしていたところを龍緋が国ごと引っ張り上げた、という。
まるで国引きの神話のようだ、と音井は思いつつ先を促す。
「あれ? 祀軍国って行けなかったっけ? 交流無いと住んでる人が飢え死にすると思うんだけど」
「私の所にはあまり情報が来ない。避難民が来ている事は承知している」
かの国の総人口はそれほど多くなく、日本一国でも充分に受け入れが可能だ。ただ、異邦人の受け入れに関して日本以外は名乗りを上げない。どこも厄介者を引き受けようとはしないからだ。
そのせいもあって異世界の住民は日本贔屓がとても多いと言われている。他国は新技術や鉱石目当てで人命については考えていない。
どこも自国民を最優先にしているから。――日本も全ての人種を受け入れようとは思っていないけれど。
(だからこそ、一石を投じたといえる。世界を混乱の渦に叩き込むようなものだが、人命の観点で言えば何も間違っていない)
世界を敵に回す覚悟が無ければ、と音井は神崎龍緋の姿を思い浮かべつつ彼の思想に思いを馳せる。
腕力で黙らせる事もあるが決して暴力的ではない。そうであればカルマがマイナスになっていなければならない。
正義感なのか偽善なのか。どの道、行動できるかできないのか話しに終始する。
場が静まったので羊谷が手を上げた。
異世界について色々と聞きたいと言ってきた。だが、残念ながら赤龍達は異世界に行った事が無いので正確なところは分からないと答えた。
当事者が居れば色々と聞けたのかもしれないが、又聞きは情報の確度が低くて信用に値しない。
「祀軍国は崩壊中だから観光は無理だけど月なら異世界がどんなところか分かると思うよ」
「行きたい、です」
「月に人を送り込む計画は何十年と続いているけれど、未だに実現していないんだよ」
その上で飛翔物が近々機能しなくなると言われている。それと気軽に行けるようなところでもない。
中間にある宇宙ステーションに行くだけで
日本は精々人工衛星を飛ばすのが関の山だ。
(……だが、月から人が来ているのは承知している。どのような技術なのか未だ判明していないが……)
世界規模に人を向かわせているわけではないらしく、その辺りの情報も音井の手元には来ていない。
政府筋と交渉している事は間違いないし、政府も認めている。
赤龍は姉より借りた『M・サテラ』を取り出した。これは神崎家に数台あり、身内以外に貸与してはならないと厳命されている端末だ。――表向きには。
大きさは通常のスマートフォンより二回りほど大きく、携帯電話の様な気軽さで使うようなものではない。音井も存在は知っていたが使わせてもらったことはない。
「聞きそびれていたけれど……。君達は良いけれど、この二人は同席していてもいいのかい?」
「兄ちゃんがいいって言った人間だから構わない。
日奈森と四十九院は会話に口を挟まず黙って過ごしていた。
男性の方はともかく少女は割合色々と教えてもらっていたので理解できる部分が多かった。――部外者なのに。
(……羊谷命子はテレビにも出ていたし、かといって赤の他人だ)
「音井、さんでいいんだっけ?」
「ああ」
「カルマはどれくらいだ?」
赤龍の言葉に訝し気な顔を見せたが自身のステータスを表示して正直に答えた。
研究一筋に打ち込んでいた為か、ダンジョン関連に興味を覚えたのが功を奏したのか、カルマは最初から五〇〇を超えていた。今は更に増えている。
信用できるかどうかは分からないが一つの基準にする事は出来る。その上で赤龍は端末を操作した。
それから程なく女性の声が小さく聞こえた。
「ご無沙汰してます。赤龍です」
『……はわわ、わ~。失礼……、少し寝不足で……』
画面に現れたのは左半分だけの仮面をつけた妙齢の女性だ。西洋風の
日本の若者が見れば一〇〇人ほどが異世界の姫と呼ぶ。
『月』ことセフィランディアを統治する姫その人だった。神崎家とは昔から付き合いがあり、連絡自体はご近所感覚でやりとりしている。
「そっちの風景を映してもらっていいですか?」
『……今、人を呼びますから……。
「充分です」
数分ほど待ってほしいと言われたので黙っていると音井達が質問したそうにしていた。
雰囲気からやんごとなき人物だと察したが羊谷は綺麗な声の人、としか思わなかった。
通信相手は本物の姫で名を『
用意が出来たところでM・サテラの画面を音井達に向ける。
「解像度が低いかもしれないけど、異世界っぽい風景だ」
画面には遥か先まで自然が広がっていた。イメージとしてはヨーロッパ地方の山岳地帯あたり。山羊が放牧され、牧畜が盛んな様子が想像出来た。
映し出されているのは姫が住まう居城からの風景で、眼下には平野が広がり、遠くに山が聳えている。
所々に浮遊する小型機械である『ドローン』のようなものがあるのが見えた。
「これが異世界?」
「……いや。これはセフィランディアの内部映像だね」
彼女の言葉に赤龍は頷いた。
日奈森と四十九院は何度か見せてもらったので驚きはない。
近代国家たる日本とは違い、向こうは自然豊かな土地が広がっている。
文明は決して遅れてはいないのだが住民の多くは農民が多い。日々の暮らしに疑問を抱かず、かといって生き急ぐことなく平穏な生活を送っている。
「……これが月? いや、セフィランディアは……こんなに大きいのか?」
「大きいというか広いみたい。地球の技術でこれを作れって言っても無理じゃないかな? まずこれだけの土地を用意できないし、水とか諸々の問題が……」
「大気と塩。彼らは閉鎖された世界でどれだけの期間暮らして来たんだ?」
画面に食い入るように見つめる音井は研究者としての興味が沸騰するように湧いた。
信じられない世界である事はすぐに理解できた。自然物でありながら人工的な部分にも気づいたからだ。
羊谷は奇麗な景色に見えるけれど、異世界っぽさがなくて残念がった。
空にドラゴンとか飛んでいればいいのに、とか思った。
「一番気になるのは……、彼らは地球とどう付き合うのか」
「資源に関しては問題ないと思う。彼らは良き隣人として付き合いたいみたい。……でも、それを各国の政府は信用しない」
「だろうね。私でもまず侵略を疑う。これだけの規模の世界を作り上げるのだから武装もそれ相応だろう」
「……今、地球の兵器は殆ど土になっちゃってるから侵略しようと思えば簡単なのでは?」
と、羊谷は言った。
それはそうかもしれないが地球に降り立てば敵の兵器もおそらく土に還る。そうなれば戦争自体が出来なくなる。あと、カルマの問題も忘れてはいけない。
(今だからこそ友好的に触れ合えるのでは?)
『親愛なる地球の皆さん。なにやら物騒な話題が聞こえておりますが……』
「異星人は基本的に敵だから仕方ないよ」
『まあまあ。ですが、私は知っています。地球の……日本の方は良き友人になれる事を』
感情的にならず、温和な様子でシルビア姫の声が端末から聞こえた。
城から一望できる範囲はそれほど広いわけではない。それでも異世界の一端を地球に見せる事は前々から検討されていた。
音井の感想としては調査したい、だ。
「それにしても日本語がお上手ですね。それに……日本贔屓でいらっしゃるのは……」
『言語に関しては便利な『魔法』がありますので……。日本に対する贔屓については秘密、としておきましょう。もう少し我が国との交流が進めば謎が解けるかと思います』
異文化において言葉が通じるか通じないかはとても大きな問題だ。それを魔法の一言で片づけられるのは
その前にセフィランディアと通信が繋がる事にそろそろ質問をぶつけた方がいいのか迷う。
ほぼリアルタイムでやり取りできている。軍用の通信端末でもここまでの事が出来るか疑問だ。彼女の見立てでは一〇年と少し先の科学技術レベルだ。
「向こうの人は魔法が使えるですか?」
「使えるよ」
あっさりと赤龍が答えた。
セフィランディアの住民全員というわけではなくごく少数だけどね、と付け加えた。
彼らの扱う魔法は精霊の力を借りるタイプで日常生活において頻繁に使ったりはしない。そういうイメージが日本にはあるが、実際はそんなことはない。
赤龍が答えられるのは実際にセフィランディアに行った事があるからだ。もちろん日本政府には極秘に。
牧歌的で争いが無く、平和な国。ただ、退屈を嫌って故郷に帰りたい者や外に出たいという者も居ないわけではない。――外は空気が無い宇宙だから出すわけには行かないけれど。
定期的に希望者を送り返している。その方法もまた秘密である。
(地球さんから宇宙規模に話しが広がっている!? 異世界、宇宙。なんかスゲー)
地球自体が既に宇宙規模なのだが。
小さな画面から見える異世界の風景は限定的で後は実際に現場に行かなけれ体験できない。
シルビア姫に礼を言いつつ通信を切る。
彼個人としてはもっと見せたいところだが兄の立場が悪くなっても困るので早めに終わらせた。
羊谷には分からなかったと思うが音井には見えた筈だ。太陽を戴く世界の一端を。
(……あんな風景が人工物とは。いや、月と同等の大きさを持つ国であれば当然か)
外側の様子は承知していたが中の様子は殆ど知られていなかった。それを今日、見られるとは思わなかったが知的好奇心を充分に刺激された。
人類では到達しえなかった空想の一端が現実の下に存在した。それはとても素晴らしい事だ。
それに何より彼らは地球人と同等の姿を持っている。
「今の地球ならばもっと積極的に交流出来るのではないか?」
「向こうから来る場合は捕縛されるか、未知の細菌がどうたらと面倒くさいことになると思うよ」
「……確かに」
逆の立場だと文句を言うのが定番だ。
政府系は保守的な者が意外と多い。
宇宙進出したとしても検査の連続に辟易する事受け合いだ。代わりに自分達が未知の細菌をばら撒いた場合は他国に責任を押し付けるのが定番となっている。そんな世界と仲良くなろうと思う宇宙人はきっと少ないか、居ない筈だ。
「向こうは自己完結している。こちらと無理に交流をする必要が無い。でも、ここまで来た。その目的は至極単純なものだ」
「地球人と友達になりに?」
と、羊谷が言った。
大人は疑うかもしれないがセフィランディアはそんな単純な理由で遥か遠くから地球にやってきた。
彼らの在り様を理解すればそれが決して荒唐無稽で夢見がちなものだとは言わない筈だ。
「正しくは日本人と仲良くなりに」
「なりたいなりたい。友達になりたい」
「大抵は解剖されると騒いで怖がるものだけどな」
(確かに)
仲良くなるためには交流するのが一番だが、宇宙ステーションに行くだけでも大変なのに月までとなると成功率が一段と少なくなる。それを解決するすべを人類はまだ解決していない。
そして、それを解決する為に龍緋は計画を練っていた。その第一弾を実行に移す為に政府の要望を可能な限り断らなかった。
第二弾以降は赤龍達に委ねている。人知を超えた力を持つ彼をして、たった一つを成し遂げるのが精いっぱいだと理解している。
「それにしても君が『月』の事情に詳しいのが意外だった」
「どうも。ご満足いただけたら冒険者の登録証を下さい」
「……検討しておくよ。ただ、いくら私でも特別扱いは難しい。君の兄のように政府の要望でもない限りは……」
ダンジョンの一般開放において試験を突破しなければならないのだが、まだ整備が不十分なところがある。
一番は手続きとドロップアイテムの買い取りだ。
多くが夢を見ているようだが実際はそう簡単なものではない。
赤龍もいつもの調子で乗り込んでしまったが無茶を言うつもりは無く、出直す事も
元々兄の代わりを務める為に仲間を募った。少しでも経験を積むために。近場にあるダンジョンは高難易度なのでG級があると有名な風見町を選んだわけだ。
「私と藤堂さんを含めた六人パーティで実際に探検してもらったらどうです?」
「……君の場合はダンジョンに入る口実がほしいだけじゃないか」
羊谷はダンジョン依存症に熱心さを見せる。特に宝箱への執着は仲間内でも異常だと思われる程に。
創作の世界にしか無かったタンジョンが現実に現れたのだから気になるのは仕方がない。幻想を抱いて酷い目に遭う者も少なくない。
自己責任と言っても実際に大怪我したり死者を出せばダンジョンを危険視する輩が大声出す。羊谷の父親ですら自衛隊に任せればいいと責任転嫁して何もしようとしない。
地球は地上にもモンスターを輩出すると言っているのに自衛隊や警察の手が足りる筈が無いし、事は全世界に及んでいる。
戦う意思があるならば誰もがダンジョンに挑むべきで、レベルアップでもなんでもしなければ何も守れない。
(彼の弟の能力も気になるし)
「最初の階層だけなら許可しよう。それ以上は試験に合格してからだ」
「分かりました。それとありがとうございます」
「ありがとうございます」
四人は深く頭を下げて礼を述べた。
彼らに引き換え羊谷はもろ手を挙げて大喜びだった。――同じ年とは思えない姿勢の違いに少し頭痛を覚える。