知り合いのお兄ちゃん   作:トラロック

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02 変幻自在の一撃

 出口への指針が決まったところで白髪の神崎(かんざき)龍緋(りゅうひ)はお供の区尺(くじゃく)獅梓(ししん)に周りの警戒を指示しつつステータスと念じてみた。

 瞼を閉じなくても表示されるようだが文字をしっかり読む場合は目を(つむ)る方が良いのは分かった。

 ゲームを殆どしない彼にとって何もない空間に半透明の(ウインドウ)が出ている状態は視界の邪魔にしか思えなかった。

 改めて彼のステータスは以下の通り。

 

神崎(かんざき)龍緋(りゅうひ)29歳

ジョブなし

カルマ+108

レベル

魔力量14/14

スキル

【お兄ちゃん】

称号

【地球さんを祝福した者】

●●●●の●(シークレット)(封)】

 

 レベルが0なのは経験値をこれから積んで強くなる、という意味に捉えた。そうでなければ生誕より積み上げた経験値が反映されるはずだ。

 カルマについてはよくわからないが本人は善行を積んできた自覚は無く、数値に対して思う所は無い。

 魔力に関して魔法が得意という自覚が無いので、この数値も軽く流した。

 スキル欄の【お兄ちゃん】はそのままの意味かと思って詳細は無視した。

 称号もふ~ん、という程度で流し、これといって注目すべき項目が無かったことですぐに消してしまった。

 もし、彼より若い世代であれば詳しく調べようとしただろう。残念ながらウェブ小説や異世界転生ものの創作物とは無縁の生活をしてきた彼にとって興味を覚えたのはウインドウが現われた事だけだ。

 

「このステータスは君にも見えるのか?」

「それは分かりません。今日見えたばかりなので。ちなみに俺のステータスは見えます?」

 

 そう言いながらステータスが表示されている箇所(かしょ)を指差す。しかし、神崎が顔を向ける先には何もなかった。

 虚空に出現しているのではなく自身の網膜に表示されているか、表示されているが他人から見えないように遮蔽されているか、だ。

 区尺の目を見るが何も表示されていないので網膜説は無いようだ。

 

Level up!

 

 ステータスは見るだけのものという認識で終わってしまった神崎は脱出に意識を切り替える。悠長にゲーム的な操作で遊んでいる暇はなく、考察についても最低限にとどめていた。もし、これが異世界大好き少女であったら、非常に勿体ない事である。

 子供と大人の発想の違いが浮き彫りになったといえるが人名に比べれば、どちらを優先しなければ分からないほど馬鹿とは言えない。

 モンスターの存在は感じないが広い空間にまずは向かう事にして区尺の手を引き、正解ルートを突き進む。

 

「……ん、反応があった。モンスターのようだ」

 

 壁は天井まであり、全体を俯瞰する事は出来ないが黒い棒こと『幻龍斬戟(げんりゅうざんげき)』から報告があった。大型の四足獣が神崎達の下に向かっているという。

 まずは張り巡らせてあった(いばら)を収縮させ、迎撃用の武器を(あつら)える。

 驚異的な握力から生み出される破壊力は時に熱をも生じさせる。

 

「区尺君は側で控えているように」

「はい」

 

 既に前方から足音が聞こえていた。

 獰猛な唸り声をあげて姿を見せたのは黒い狼。体長は一メートル半ほど。

 初めての接敵だが見ただけでどんなモンスターなのか神崎は分からなかった。詳しそうな区尺に尋ねると『ヘルハウンド』の名が出た。もし、炎を吐けば確定してもいいとか。

 身体に鎖が巻き付いていれば『バーゲスト』という補足情報が耳に入る前に黒い狼が猛スピードで駆け寄ってきた。

 モンスターの襲来に対し、神崎は黒いガントレットを装着して迎え撃つ。

 大型ゆえに懐に入られればこちらのもの。とはいえ世の中、そう上手くいかない。

 彼は力こそ確かに強いが瞬間移動する程、足が速いわけではないし、魔法に()けていないので火の玉も出せない。

 それでも一般人に比べれば尋常ではない一撃を繰り出せる。

 強引に拳を振り抜き、迎撃に出た狼の前足をものともせずにはじき返す。

 

(……さすが狼。危機意識が高いようだ)

 

 壁に飛びつき、側面攻撃を仕掛ける狼に対してしっかりと動きを読んで拳を合わせる。

 通常であれば大きな質量による突進に人間の方が負ける。だが、神崎の場合は暴走トラックすら拳一つで止めかねない程の膂力を持っているので多少大きな狼程度では押し返せない。

 再度弾き飛ばされた狼が着地する前に拳を振り抜く。するとガントレットが飛び――それには鎖が伸びていた――みるみる巨大な虎ばさみへと変形し、狼を捕まえる。

 持ち前の怪力でもってモンスターを引き寄せるように引っ張ると虎ばさみだけが持ち主の下に帰ってきて次の変形が始まる。

 三度の突進は強制的に(おこな)われ、モンスターが慌てふためく間に頭を貫通させられた。

 体勢を崩されたところに唐突な――(きり)――刺突攻撃を受け、黒い狼は倒れた。

 

「一般人が相手だとまず勝てそうにないね」

「……そ、そうですね」

 

 軽く息を吐いた神崎に対し、想像以上の大きさに怖がっていた区尺はとても戦闘に参加できるような相手ではなかったと思い知った。

 突然、剣を渡されて凶暴な大型猛獣を倒せと言われてできる日本人はおそらく居ない。武装した自衛隊でも及び腰になる筈だ、と。

 ステータスがあるから果敢に攻められると楽観視してはいけない。

 

「あ、あれはドロップアイテムですね」

 

 大きなモンスターの姿を見た後なので身体は震えていたが頭は意外と冷静で居られた。

 モンスターが倒れると姿が消失し、地面に何らかの物品が取り残される。それらを区尺は通例のようにドロップアイテムと呼称した。

 黒い狼の毛皮と拳大の赤い石。それらを拾い、区尺に渡す。

 戦闘は自分がし、アイテム類については区尺に任せる。

 そういう役割分担を決めて、探索を再開した。

 先ほどのモンスターの影響からか、区尺はずっと怯えていた。時折立ち止まり、励ましておく。慌ててもどうしようもないし、力があるからと言って絶対に無事だとは言えない。

 

(神崎さんのように戦えない。力が足りないからモンスターを貫通出来ないし、手傷を負った獣は怖いし、反撃を受けたら大変なことになる)

 

 (むし)ろ、無傷で戦闘を終えた神崎が凄すぎて区尺は居た()れない気持ちになってきた。完全に足手まといになっている、と。

 歩いている内に涙が出来て前が見えなくなって情けなくなった。

 嗚咽する区尺を神崎は叱りつけず、優しく慰める。

 尋常ならざる力を持つ神崎は基本的に他人を叱らない。絶対ではないとしても滅多に声を荒げないし、物腰も優し気で女性の人気が割と高い。ただ、知能はそれほど高いわけではない。区尺より若者文化に疎く、ごく最近まで携帯電話を使った事が無い。もちろん、パソコンの操作もろくに出来ない。

 格闘ゲームの勝負を申し込めば楽に勝てるのでは、と。

 

Level up!

 

 目的地に到着するまで猛獣型モンスターと戦い、全て無傷で勝利する。

 一頭ずつ現れるところから区尺はゲーム的な物を予想した。

 第一階層は戦う相手が一体だけ、という縛りがあるかもしれない、と説明する。

 神崎はそうか、と相槌を打ちつつ歩を進める。

 広い部屋が見えたところで次の相手が現われた。それは先ほど言及された身体に鎖が巻き付いた狼『バーゲスト』だった。――名称は区尺の勝手な呼称である。

 イヌ科なのに頭に角が生えている。

 接近戦は疲れるので遠隔攻撃に切り替えた神崎の敵ではなく、あっさりと――ここでも錐で――頭部を撃ち抜かれて倒されてしまった。

 

(じっくり分析しない分、実際の戦いって結構あっさりするもんな)

 

 あまりに簡単に倒してしまったので、自分(区尺)でも頑張れば倒せるんじゃないかと思えてしまった。――そういう時に限って手痛いしっぺ返しを食らうのは世の常である。

 ドロップアイテムを回収した後、広間に入る。そこには待ち受けるボスモンスターの姿は無く、台座のような物があるだけ。

 台座には赤と青の光りの渦が並んでいた。

 

「どちらかが帰還用でしょう」

「それぞれ乗ったら、帰還か次の階層に行くタイプか。今回は早めの帰還を目的としたい」

「……そうですね。では、赤い方に乗って見ますか? 今まで罠が無かったし、最後の最後でひっかけがあるかもしれません」

 

 どの道、間違えていたとしても次に正当を選べばいい。緊急時でなければそれぞれの渦に飛び込むところだ。

 神崎の見立てでもどちらが正しいかは分からない。責任を押し付けるつもりは無いが若者の意見を採用する事にした。どちらにしても怒らない事を付け加えて。そして、赤い方を選択した。

 一拍の空白期間の後、目蓋を開ければ見慣れた外の景色だった。

 時間的には夕暮れか。思ったよりも長居したようで驚いた。

 

(赤は帰還で青は次の階層か。思っていたよりモンスターの数が少なかったが強さ的には彼らには荷が重い)

 

 軽く呼吸を整えた後、側に区尺が居ることを確認してから周りに目を向ける。

 規制線の外には自衛隊員の姿が見えた。

 区尺が仲間達と合流し、生きて帰れたことを喜び合っていると自衛隊員の代表者と思われる人物が近寄ってきた。

 

「無事のご帰還、お疲れ様です」

「すみません。遭難者一名の救助の為、止む無く突入いたしました」

 

 実際は自分を含めて二名の遭難者になるが、あえて言及しなかった。

 神崎の立場は表向きは民間人だ。興味本位で光りの渦に入る莫迦者の一人という事になる。だが、自衛隊員の中ではそう捉えられない。

 民間人にして独自の裁量権を持つ遊撃隊員とでも言うべき立場を持つ。小難しい役職や立場の違いなどがあり、現場判断において分かっている事は区尺は捕縛できても神崎を捕縛する権限が何故か無い。

 救出されたことになる区尺は今回、突発的な事故で渦に入ってしまった。それゆえにあまり厳しい事を言わないで欲しいと隊員に伝え、急遽設置された仮設テントにて事情聴取を受ける事となった。

 大型モンスターが居るダンジョン内で恐怖に震えて過ごしたので区尺には早めに病院に連れて行くように頼んだ。ただ、神崎は彼とは違い詳しい説明が出来る自信が無い事を思い出す。

 ステータスもモンスターの名前や特徴も詳しくない。そこをどう説明すべきか今になって思い悩む。

 

Level up!

 

 早めに規制線が張られていたせいかマスコミ関係者が押しかけてくることは無かったようだが川沿いは結構人でごった返しているらしく、大勢の人の声が聞こえていた。

 喧騒の中にあって神崎は落ち着いていた。これが中高生であれば冷や汗や脂汗の洪水が起きていただろう。

 

「……あっ」

 

 事情聴取の担当官の姿を見た時、録画機能について忘れていた。――元よりそんなことができる余裕はなかったけれど。

 いかに万能端末である『M・サテラ』とて荷物の中に入ったままでは何も映せない。

 かといって恐怖に怯える区尺に撮影を頼むのも気が引ける。いくら気持ち的に余裕があったとしても。

 

(もう一度行くしかないか。撮影隊の選出をしないとな)

 

 そんなことを考えながらダンジョンの様子を説明し始める。

 今日の内で世界中にダンジョンと思われる虹色の光りの渦が出現し、そこに突入した者達が戻ってきた例は殆ど無い、と説明された。

 神崎が戻る前に女の子が一人ダンジョンに落ちたらしいと聞きつけた多くのマスコミがそちらに向かっている為、こちら側はそれほど集まっていないのだとか。――早めに自衛隊が駆けつけて周りを固めたのも功を奏している。

 

「でも、よく無事に戻れましたね」

「運が良かったんでしょう。壁を破壊して帰れるかどうかはさすがに試せませんでしたが……」

 

 渦に飛び込んで帰還する方法なら力業はおそらく無理だ。M・サテラの通信が遮断されるくらいの空間など人間が行けるような場所ではない。それこそ数キロメートル以上の地下空間や月の内部でもない限り。

 例外として特殊な合金による密閉空間が考えられるが大規模なものとなると政府の秘密施設くらいではないか、と。

 それくらい通信技術に自信がある組織が開発したものだ、と聞いている。

 考察している間、神崎の身体に機械を当てて放射性物質の有無を調べていた。それらの問題が無いと分かると防護服を脱いで改めて話しをする事になった。

 彼の身体は外部からの害意は遮断できるので近代機器に頼らなくても問題なかったりするが、防衛の観点から()()調査する事が決まっていた。

 

「……へー。二メートル近い狼型モンスターですか……。ヘルハウンドって炎を吐くやつじゃありませんでしたか?」

「吐かれる前に倒したから、それと同一かは分からない。バーゲストとかいうのは身体に鎖が巻かれていたのは確かです」

 

 ゲームや創作物に出てくるモンスターの特徴と一致しても実際に見ていない彼らにとっては信じがたい情報だ。各地に光りの渦というよく分からないものが発生し、その中に飛び込んだ人間が消える、という現象が起こらなければ信じなかっただろう。

 

(……本当にこの人、よく生きて帰ってきたな)

(モンスター名が正しいかどうかは分からないけれど……。うまく説明できなくて申し訳ないな)

 

 一メートル半というのも目測であり、実際に計測したわけではない。

 話しだけでは信憑性が無いが、ダンジョンで手に入れたドロップアイテムは外に出ても消えなかった。今はそれを隊員達に渡して調査してもらっている。

 (つたな)い説明が続いた後、小休止を挟むことになり、家族に連絡をしてもいいか尋ねた。今回の事を秘匿するならば、という条件で許され早速端末で連絡する。

 ダンジョンの中では通信が遮断されていたが問題なく使用できたことに安心しつつ。

 

「神崎です」

 

 事前に自宅に連絡していたので彼がどこで何をしているのか、知っている筈だ。その上で回線がすぐに繋がったのはニュースを見て心配したからかもしれない。

 真っ先に出たのは妻であるベアトリーチェ。現在は子育ての為に自宅待機中だ。

 まずはただいまと言い、次にニュースについて尋ねてみた。

 ずっと家に居るからニュースも見ている筈だ。特に今回は突発的な事が多く、緊急ニュース速報もおそらくたくさん流れたに違いない。

 

「もうしばらく事情聴取を受けるが、家には帰れるはずだ」

 

 話しつつ側にいる担当官に顔を向けると頷かれた。

 彼らとは今日初めて会ったわけではなく、災害時や日本にとっての異常事態の時に顔合わせをしてきた都合で自衛隊の中でも顔なじみが出来た。その縁で会合も問題なく済んでいる。

 話したいことはあるが現時点では無事を伝えるのが精いっぱい。名残惜しいが通話を切ると、次は内閣官房長官が直通で掛けてきた。――タイミングが良いのはM・サテラ()忖度(そんたく)した為だ。

 こちらは『月』関連でやりとりがあり、今回の事で政府に情報開示の打診が来ているのかもしれない。なにせ、地球が唐突に喋り、神崎との連絡も途絶したのだ。どういうことか聞かないわけにはいかない。

 

向こう()にはこちらからかけ直しますので、はい。ご面倒をおかけします」

 

 通話は短いが、長話しするような仲ではないので仕方が無い。あと、報告書の提出は特に義務ではないが自衛隊に対しては『始末書』のようなものを提出しなければならないだろう、と思うと少し頭が痛くなる。

 その辺りは顔なじみの自衛官に教わりながら書くとして――次に連絡するのは『月』だ。正しくは月の近くにあるものだ。

 一回で済まないのが大人の面倒な世界だ。

 彼が各方面に無事を伝えた後、近くの病院にて簡易検査などを受けた翌日、風見町ではダンジョンの出現と同時に渦に落ちた少女が帰還した、というニュースで盛り上がった。

 その後、唐突に地球によるメッセージが伝えられた。神崎の時は全く何も起きなかったのに――

 別の地域での出来事であった為か、神崎は自宅に戻る支度に意識を向けていたので、ニュースは全く見ていない。この辺りも情報弱者としての致命的な欠点というか欠陥が露呈した。

 実際、ダンジョンの出現と同時期にインターネットでは様々な憶測が飛び交い、情報合戦が繰り広げられていた。だというのに神崎だけ別世界の住人のような振る舞いだった。

 

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