一躍時の人となった女子高生『
ダンジョンから帰還した女の子、というフレーズがマスコミにも世間にも共感を覚えたのだろう。その上、彼女が
「あんまり騒ぐと事故が増えそうだね」
居間のテレビでニュースを見ていた次女の
思ったことはすぐ口に出すのが性分なのか、長男と違って会話が多い。
同じくテレビを見ていた長女の
「事故って?」
龍美の言葉に反応を見せるのは神崎家に下宿している『
縦縞の髪色を持つが地毛である。
時之都は四姉妹でうち二人までが下宿している。三女は数年先に来る予定だ。
「地球に出現したダンジョン」
「……ああ。今話題の……。月には無いみたい。あればあったで強制送還だと思うけれど……」
彼女達が居る居間は大勢がテレビ視聴する為、基本的に好きな番組を自由に見る事は出来ない。ただ、個室にもテレビがあるので滅多に喧嘩は起きない。
華虹鵺は他人事のように振舞いつつも唐突に地球が宣言したことに驚いていた。そして、すぐに実家に連絡を入れるくらいには慌てていた。
数日経った今も情報収集を自室で
「新学期になったばかりだというのに……」
「春は何かと忙しいもんね」
「……それで、我らの龍緋さんは充電中かね?」
「お休み中。果敢にダンジョンアタック掛けられたら世間の注目総なめしちゃうからね。適度な息抜きとしてはいいんじゃない?」
「汚い大人になりおってからに」
女子二人の会話に凜は口を挟まないが苦笑は見せた。
兄に限って注目度の調整など考えに無い事は理解しているが、唐突に現れた危機に挑まれるのは家族として心配であった。
まして鈴は兄の一番の信奉者を自負している。
唐突な失踪から異世界の存在が明るみになり、月と太平洋――想像を超える規模での活躍に脱帽と尊敬が入り混じる。当然、情報統制を敷いているので兄の活躍は一部の者のみが知るところではあるが。
(……でも、兄様にしては早い帰還ですね。準備を整えたのに一階層で終えるとは……。日頃の疲れが出たのでしょうか)
兄なら平然と五階層くらい突破してくると思っていた。モンスターに後れを取る姿が思い浮かばないし、世間で言われている物理法則の変化でも起きたのだろうか、と心配になってきた。
神崎の熱自体はすぐに治まった。いつもの発熱なので担当医からも問題なし、と告げられた。
強靭な存在に思われるが実のところ家族の誰よりも身体が弱い。
白髪になったのは病のせいではないが、大量の薬を必要とし、長期入院も一度や二度ではない。
そんな彼が外で活躍するのは
「そんな虚弱体質の龍緋さんが果敢に攻略しないのは何故ですか?」
朝食の席に現れた神崎に華虹鵺が直球で尋ねた。
目元がはっきりしている大学生の女性の顔が近くに寄り、一瞬呆気にとられた。
四姉妹の長女にして姫でもある彼女から直答を言い渡されたのだから答えないわけには行かない。
「一人で先を行くのが寂しくなったから、ではいけませんか、姫」
「……ええ~。龍緋さんなら人類の為にもっと攻略するんじゃないの~?」
「そんなことしたらマスコミが嗅ぎつけて、この家の周りを包囲されますよ」
と、涼しい顔で鈴が苦言を呈した。
ただでさえボランティアに参加する人員も住んでいる家なのだから、と。
神崎家は結構な大所帯を内包する近所でも大きな邸宅となっている。そういう風に建て替えさせたからだが。
家族は多い方がいい。それだけで鈴を含めた
マスコミ関連で言えば『獅皇さくら』の存在はどうなるのか。答えは事前に交渉を済ませて被害を最小限にとどめていた。何らかの話題性があるのかもしれないが、政府と交渉をした事で大手のマスコミは遠くから見守る許可だけ与えられた。
相当な外圧を掛けられたらしく、神崎家に押しかける勇気ある取材陣は微々たるものだった。どうして数が少ないのかといえば『月』が日本政府に働きかけた為だ。
獅皇は神獣であり親善大使の様なものとして扱うように、と。分かりやすい例で言えば『パンダ』だろうか。ただ――
獅皇は厳密には守護獣の一体だ。それが神崎家に居る理由は単純に連れてきたからだ。本当にそんな理由で。
勝手に連れてきていいのか、という問題に対して神崎が
「龍緋さんが行ったダンジョンってモンスターがヤバイの?」
「……大きな狼の様なモンスターだったからね。自衛隊でも危ないかもしれない」
(……武装した自衛官で危ないなら……、ああ……。誰も連れていけないんだ。そりゃあ寂しくもなるよね)
かなり強い神崎でも乗り気になれない理由は知り合いが危険にさらされる事と家族の安全が保障できない事だ。
マスコミ関係者の熱狂ぶりからも政府の依頼だとしてもこのまま攻略すればいやでも目立ってしまう。特に妹たちの学校生活が脅かされる事は避けたい。長男なりに気にしていた。
ダンジョンの他にマイナスカルマの問題も世間を賑わせていた。
彼らの特徴はスキルに『花』という、どこにでも花を咲かせるスキルが与えられる。過去の罪を償う様な行動を取らなければ身体が燃え上がって炭化し、死した後に生前の悪行が晒される。
これによって各国の政府は戦々恐々としており、この問題を解決しようとダンジョン攻略より躍起になっている。
マイナスカルマになった者の選択肢は無視する事と善行を重ねる事だ。前者を選べば待っているのは死だけ。後者であれば即座に殺される事は無くなる。
カルマの値はその者の行動によって増減する。
神崎家でマイナスカルマかどうかは調べられていないし、報告義務もない。だが、ステータスを確認できるようになった事で顔を青くした者がボランティアの中に何人か居る。
「……うちに来るような奴ってろくな人生を歩んでないよね」
「それは私も入っているのかな?」
「そういや、華虹鵺ちゃんはステータス見られるの?」
「見れるよ。地球に居る人はみんな見られるんじゃない? 月は対象外みたいでさ。やってみたけど無理って連絡来た」
地球に居る全ての生命がステータスを閲覧できる。ただし、地球に住んでいるのが条件、というものがあるのかもしれない。
鈴と華虹鵺を含めて家族でカルマがマイナスなのは父親くらい。――元々、素行の悪い人だったので当然か、と赤龍達は呆れていた。
マイナスだからといってすぐに死ぬわけではない。
急な体調不良から数日が過ぎた。その間、神崎は療養していたが研究者は彼が持ち帰った素材の解析に大忙しだった。
光りの渦からモンスターが現われた、という報告もニュースも
一度療養すると長引くのはいつもの光景だが、その間も暇だったわけではない。やる気が起きない時は家族を優先させる契約もあり、
戦闘は長男。政府関係者との交渉は長女。残りは学業。
これに外部の協力者がついて神崎家は回っていた。
「……地球さんのせいで我が家に薬が山のように届いてしまった」
と、愚痴をこぼす赤龍は龍美と鈴怜の三人で一箱ずつ保管部屋に運んでいく。
これから忙しくなると予想した製薬会社が気を利かせて一年分を前倒しで送ってきた。金額にして億を軽く超えるのではないか、と。
新薬の特許料からすれば神崎家に援助する程度は物の数ではないらしい。そのお陰で生活費に困る事は無いが、厄介ごとが舞い込む頻度は一般家庭を軽く凌駕している。
ご近所での神崎の呼び名は『最強の無職』だった。当時、何でもかんでも最強とつけたがるブームがあり、その名残りだ。今はチートと付けられているかもしれない。勿論、本人は呼び名の事は知らない。
検査入院を経て、気かづけば五月に入っていた。
新学期も終わり、学生達が勉学に励んでいるかと思いきやダンジョンの話題は今も続いている。
政府主導で秘密裏に光りの渦があった場所を囲い、監視用の施設を全国規模で作らせていた。その資材運びに神崎家のボランティア集団が活躍している。采配には鈴も参加していた。
病弱な神崎は自衛隊から提供された情報を読みつつ時間を潰していた。ダンジョンに興味があるけれど今は腕の中で眠る娘の世話で手一杯だった。
母親が好きなようで二歳までは父親が抱っこしてあやすと大泣きして暴れた。父親譲りなのか、赤子の時から物凄い力で暴れる為、母親は結構な頻度で骨折する。ちなみに父親には通用しない。
一度眠ってしまえば普通の幼児と変わらない。
「やっと最近慣れてくれました」
ベッドで横になる神崎が話しかけた相手は報告書を持ってきた女性自衛官だ。
全国の自衛隊に訪れたわけではないが、何人か顔見知りが居る。
及び腰の政府に代わって色々と迷惑をかけた事も一回や二回ではない。
彼が異世界帰還者である事は政府筋では割と知られた事実だが、神崎を含めて四人も居る事はあまり知られていなかった。――内一人は彼の
創作物にありがちの謎の能力を備えたりはせず、ステータスも地球が提供したのが初めてだ。
神崎は力こそ強いが魔法が使えるわけではない。ただ、黒い棒を手に入れただけ。異世界特有の恩恵は受けていない。残りの三人もだいたい似たようなものだ。
それと異世界者の主人公特有の『目立ちたくない』精神は神崎も備えている。理由は家族に迷惑がかかるから。特にマスコミ関係で。
それが無ければ多少目立っても仕方が無い、と諦められる人間だ。いざという時は日本を敵に回す事も辞さない。
「……それで、政府の意向としては風見町に一度来てもらいたい、とのことなのですが……」
「転居しろって事ではないですよね?」
「貴方を敵に回す事になりますから……。ダンジョン経験者の意見が欲しいのだと思います。向こうに居るのは女子高生ですし」
いくら政府や自衛隊だとしても神崎家、というより神崎龍緋に無茶な命令は下せない。あくまでお願いする立場だ。
自衛官の方が
日本の法律だけで縛れないのが現在の神崎の立ち位置だ。
他の異世界帰還者と違い、彼は
ちなみに他の
「妻と子供と一緒でもいいなら構いません」
「ありがとうございます。宿泊施設の手配も始めさせてもらいます」
鈴達家族は置いていく事にした。ボランティアの若者を全員引き連れるわけには行かないし、放っておくこともできない。
元々はご近所の平和を守れればそれで良かった。だから、近場の光りの渦の探索にも協力した。だが、別の地域となると話しは変わってくる。
新婚旅行と呼べる催しを
お互い未知の世界に足を踏み入れた。それ以上を望むのは贅沢だ。
当初、子供も一緒にと言ったが両親が反対し妹達もさすがに危ないと苦言を
二歳ともなると親が側に居なくとも妹達が居れば落ち着くらしい。
小旅行のようなものと思っていたが移動には自衛隊車両を使うので護送車に運ばれている気分だった。
「奥方様はその格好で過ごされるですか?」
「……はい」
知らない人が見たら間違いなく不審者扱いする。特に夜中はどうしているのか、と疑問を抱かれるだろう。――深夜に出かける事は滅多にないが蛍光の帯を身に着ける。
神崎の妻ベアトリーチェは服を除いて全身を黒い包帯で包んでいた。生活する上で近所に説明に回ったのは随分と昔に思えるほど。
髪は黒く素顔は目鼻立ちがはっきりしていて肌も色白。西洋風美人であり背も高く、顔を隠しているのが勿体ないと言われていた。
元々かなり長い髪の毛だったが心機一転の為に首元で切り揃えられ、今はそれが標準となっている。国元に報告した時はちょっとした騒動に発展したほど。
彼女の両親はごく普通の一般人だ。他人に顔を見せてはならない
風呂に入る時はちゃんと包帯を解く。
「……現地に着いたらどの道、別れる事になるのですよね?」
「武装の許可が下りれば君もダンジョンに入れるけれど……。どうするかは君が決めればいい」
ダンジョンに挑戦するのは余程の幼子でなければ誰でも構わない。今はその許可申請の為の法整備が急ピッチで進められていた。
今のところ発見されている光りの渦の側には自衛隊が設置した仮設の建物で監視している。
ベアトリーチェは神崎の妻だからと言って特別強いということはなく、能力的にはただの主婦と同等だ。今は育児休暇中だが教員免許を持っている。――この姿で取得するのは並大抵の事ではなかったが本人の努力の賜物であり、コネは使っていない、とは言わないが。
奇異な見た目ではあるが個性の一つとして受け入れた
(……少し眠ります)
囁くような声で伝えた後、ベアトリーチェは神崎の方に頭を寄せた。
彼女の美声は癒し系声優のようだと言われている。大人しめに喋るので聞き取りにくそうに思われるが不思議と声はきちんと伝わる。
神崎家に来た当初は微振動を発生させるような声だったが今は日本の暮らしに慣れたのか、それとも順応したのか、特に違和感はない。
他人から見て幸せそうな夫婦は数時間の車移動を過ごした後、目的地である風見町に到着した。彼らの荷物は別の車両が運んでいる。
この町はダンジョンブームに沸いていた。
道行く町民の多くは鍛錬に明けくれ、マイナスカルマの人間は善行を積むべく土手に花を咲かせている。
自衛隊車両はそれが良く分かる道を走り、神崎に現状を説明した。
「一人の女子高生の行動が町をここまで変えました。……ですが、我々大人はそんな彼らに今は頼らざるを得ない状況です」
難易度が不確かなダンジョンに怯え、突入部隊を送り込むことも難しかった。それがここ数日で随分と変化しているのだという。
現状判明している中で風見町のダンジョンが一番難易度が低い。それに伴い自衛隊の活動がとてもし易くなったとか。特にモンスターへの対処もだが心構えが出来るようになったのが大きい。
レベル上げやスキルの強化も色々と試されている。
「例えばステータスにある『ジョブ』も少しずつ解明されつつあります」
あと、ステータスの操作の仕方とか。
スキルを使用する時、魔力が必要なものがある。おざなりにしている神崎にとっては有益な情報だった。
まずは身体を休める為に用意された宿泊施設に向かう。詳細は後日にしてもらった。
案内された宿泊施設の部屋で早速持ってきたM・サテラを起動し、自宅に連絡を入れて子供の様子を窺う。
「……そちらは問題ないですか?」
離れた地から我が子を見るベアトリーチェは気が気でなかったようだ。それから十分近くは端末に釘付けになっていた。
自身の胸を砕くような凶暴な子供であってもやはり可愛いのだろう。これが今時の日本人ならば気味悪がって育児放棄していてもおかしくない。――マイナスカルマによってそういう家庭も今後減るかもしれないが。
夫としては当初、そのようなことになっているとは思っておらず、抱き留めるのをやめさせようとした。普通の家庭ならばそうしないと母親の命に関わる事は目に見えて明らかだ。
母親としての使命感なのか、反抗してきた。
もちろん、それは彼女の当然の権利なので誰も文句はない。ないのだが医者にだけは診てもらうようにと強めに言った。
(育児室くらい要望しておけばよかったな。……いや、駄目か。あの子を他人に預けられるとは思えない)
特に物理的な問題で。
二歳とはいえ我儘な姫だ。弟達ですら持て余す。親としては健康的で実に羨ましい限りなのだが――
彼の父親が冗談で威圧したら睨み返すくらいの胆力があり、素行の悪い父とはなんだかんだで仲が良い。その父も普段から荒れているような人間ではなく、それなりの人脈を持つ大人だ。
そして、今は自分も親となった。だからといって何かが変わったとは思えない。
そもそも――変化の自覚が無い。無理に探せば髪の毛が白くなった事くらいか。
地球が変わり、周りもどんどん変化していく。その潮流に置いて行かれる疎外感が無いとは言わない。
彼は少しずつ決意を固めていく。