新天地にて一泊した後、いきなり目的地に向かわず、風見町を見物する事になった。
来る時にも見たのだが今度は徒歩だったり、タクシーやバスなどを使う。案内役は自衛官であることを隠し、普段着に偽装している。
一番喜んでいたのは神崎の妻ベアトリーチェだ。――顔が黒い包帯で包まれているので表情を外から窺う事は出来ないけれど。
彼女は物静かな佇まいだが初めて見る景色に一喜一憂する。ただ、通行人は異様に黒い人物に驚いて立ち止まったりしていた。
日本人から見れば白い髪と黒い謎の人物が歩くだけで騒然となる。それほど二人は目立っていた。
都心部であればアニメの影響を受けた人が多く住んでいるので白い髪や黒い人物が居てもあまり騒ぎにならないかもしれない。
町の次は話題のスポットである川沿いに向かった。
ダンジョンが発生して結構な日数が経過した。今はモンスターの脅威に備えて子供からお年寄りまで鍛錬を積むブームが巻き起こっている。
全国的にもまだ脅威が伝わっていないが風見町はおそらく最先端をひた走っていると言っても過言ではない。
「早朝トレーニングに参加する人数はかなり増えてきました」
同道している自衛官に簡単ながら説明を受ける。
ステータスの恩恵を受け、個人で鍛錬すれば能力値が上昇する、という想定で各自思い思いの方法でトレーニングする。
ダンジョンに入れないがステータスが見られるようになった事で各自が最初に得る初期スキルの能力を可能な限り伸ばす、という目的がある。
使用には少なからず魔力を使い、使用し続ける事で最大値を増やす。
今後の成長に魔力は必要不可欠であり、もしもの時に役に立つ可能性がある。
「ジョブの変更と回復アイテムの使用時にも魔力が関わってくるそうです」
魔法が使えなくても魔力は必須。世界の
鍛錬する彼らの合言葉は『修行せい』となっている。これはダンジョンから帰還した女子高生が発したフレーズだ。
もし、これが厳つい大人の言葉だったら大して盛り上がらなかっただろう。
可愛い女の子の言葉だからこそインターネット界隈で加速度的に広がり、地域を動かすまでになった。今は自衛隊を飛び越えて政府まで動かす勢いだ。
神崎は依頼を受ける立場であって要望を突きつけるような事は
世界が危機に瀕しているのに自分勝手と言われるかもしれないが、元々家族が第一である彼はそういう人間だ。我を通すだけの力もある。
元々長閑な田舎町と言われていた風見町を一躍有名にしたのもダンジョンだ。この町にしか無いわけではない。
知名度を上げる活動をしたかどうかが運命の分かれ道だった。
大人からすればいい迷惑。空想上のダンジョンに期待を寄せる者からすればもっと大々的に情報を発信してほしいと思ったに違いない。
責任を取らされる方からすれば安全対策が万全でない限りは封鎖すべき、と言っている所だ。
トレーニング風景を見た後、自衛隊が設営した詰所の様な建物に向かう。
世間が賑わっているが未だにダンジョンは未知と危機が
世界規模で発生した内、日本にあるダンジョンはおよそ二〇個ほど。まだ発見されていないものもあれば、これから新しく発生するかもしれないと言われているものも。
全てを自衛隊で管理すると人員不足に陥る可能性があり、今正に喫緊の問題になりつつあった。
ここで神崎は妻にステータスがどうなっているのか尋ねた。今の今まで忘れていたことに驚きつつ念じれば出てくると改めて聞いてから試す。すると――
| 23歳 | |
| ジョブ | なし |
| カルマ | +6664449 |
| レベル | 0 |
| 魔力量 | 2141/2141 |
| スキル | |
【 | |
| 称号 | |
【地球さんを祝福した者】 【死神】 | |
他人には見えない内容が視界に移り込む。
カルマと魔力の値が凄まじい事になっていた。スキルは本人も承知していたので問題はないが他人からすれば正しく『チート』と言われそうだが、この夫婦は現代人の話題に疎く、チートが何なのか理解していないと思う。
数値を聞かされた神崎は凄いね、と微笑みを向けるが他の自衛官が聞いたら放心するレベルだ。
ちなみに【死神】という称号が付いている事に当人はとても嬉しそうにしていた。
施設内にあるドリンクサーバーで飲み物を飲んで待っていると風見町を拠点とするダンジョン専門の研究員と担当者が現われた。
「初めまして、馬場と言います」
担当者は女性で風見町のダンジョンの担当官に任命されたばかりだという。
もう一人白衣を着た研究員と思われる女性が居たが、こちらは軽い挨拶の後は黙って椅子に座り、端末を操作し始めた。
彼女はダンジョンについて研究する音井礼子女史。女子高生の間では見た目から教授の愛称で呼ばれていた。
「今回、神崎さんにはとある女子高生たちと共にダンジョンに入ってもらうことになっています」
「はい。そう聞いています」
馬場は隣りの黒いベアトリーチェが気になって仕方が無い。
室内に居るとより黒く、闇の権化のように感じられた。
身体に巻いている包帯は特別なものではなく、何の力も宿っていない。汚れたら捨てられる運命だ。
「……私は留守番しておりますので、そちらで話しを進めてもらって結構ですよ」
綺麗な声でベアトリーチェが言った。
アニメ文化に傾倒している人間であれば間違いなく癒し系声優を思い浮かべる。――残念ながら声優業には就いていない。
馬場も多少は馴染みがあるので、見た目とのギャップに驚いてしまった。
攻略者が現われた事で一般人にもダンジョンを開放する法整備が政府内で進められている。
下手に封鎖するよりルールを設けてダンジョンの攻略や探索に力を入れてもらう方が対策し易いと日本政府は判断した。もちろん、そのきっかけを作ったのが
未だ諸外国はカルマに怯えたり、無謀なダンジョン探索で犠牲になったりしている。その中で日本は世界に先駆けて様々な情報を持ち帰ってきた。それにより政府も諸外国と足並みを揃えるより先んじようと画策してもおかしくない。
一般開放前に自衛隊の協力の元、マスコミ関係も交えてダンジョンの内部を探索しようという事になった。
潜るダンジョンは風見ダンジョン。通称『ロリっ娘迷宮』と呼ばれるG級難易度のダンジョンだ。
光りの色によって難易度が変わり、等級も付けられるようになった。
今のところ分かっているのは白が一番簡単で紫がヤバイということ。帰還者が現れないので紫の渦の中ではどのようなモンスターが現われるのか全く分かっていない。
神崎が潜ったのはEないしD級規模だと言われている。それでも、自衛隊から見ればかなり危険度が高い。
一度に入れる人数も分かってきた。
六人を一つのパーティ単位として数え、最大一〇〇人まで。それ以降は同じに見えるが全く別の階層に入ることになる。
神崎は女子高生組とは別のパーティに編入され、彼らと同行する事になった。もちろん、一般人枠で。――それ以外の枠とは何だろうか、と彼は首を傾げた。
今日は朝から政府関係者による式典が催され、女子高生達も半ば強制的に参加させられていた。それと彼女達の保護者も来ている。
神崎は政府の意向でマスコミから遠ざけられているが今回の同行に関して少なからず、テレビに映る可能性が出てきた。その点の確認も彼は伝えられていたので承知している。
テレビに映ると言う事は家族に何らかの迷惑が掛かる。しかし、今はカルマの存在で幾分か脅威度が下がっている。全面的に目立ちたいわけではないが、皆の役に立ちたいと思っていたので
問題はインターネットの住人だ。彼らに色々と探られる恐れがあると事前に言われていた。おそらくすぐに神崎だけは特定される。次にベアトリーチェだが、こちらは教員免許を取り、担当する生徒も居たので隠しようが無く、仕事ぶり程度ならば問題は無い。――問題があるとすれば彼女の出自だ。
「奥様の情報がネットに出てしまうと我々でも責任が取れなくなりますが……」
「……既に出ているかもしれませんが、覚悟の上です。事件を除けば出されて困るものは無い筈です」
「……一応、確認の為に聞きますが……、『月』はどう出るでしょうか?」
「今の世の中であれば大丈夫だと思います。直接被害が出るようなら私が出ますから。国際問題にはさせませんよ」
(……それはそれで問題があるのですが……)
馬場は一般人の神崎に対して終始
彼は役職的にはただの一般人だ。ただ、後ろ盾の問題が状況を複雑にしている。尚且つベアトリーチェは一昔とある事件において単なる民事裁判どころではない規模の問題に発展した。そして、政府ごと敗訴に追い込まれた。そのトラウマがあるものだから神崎家に対して慎重に取り扱うようになってしまった。
ちなみに『月』側が――ベアトリーチェ自身はこの件に関して国元にやり過ぎです、と意見したので――反省し、被害者側なのに手厚い補償を申し出たので示談が成立している。表向きには。もちろん、現在は落ち着いている。
国が転覆してもおかしくなかった、と当時を知るマスコミ関係者は語る。それくらい世間が大騒ぎになった事があった。
「それで何かご質問はありますか?」
「では、ステータスについて」
ついつい忘れがちになるステータスの操作について話しを聞きながら式典が終わるのを待った。
留守番するベアトリーチェには風見町の事と音井女史からダンジョンについての話しを聞いてもらう事になった。もちろん、個人情報は話さなくていいと伝えているし、聞かないようにも言ってある。特に言いたくない事は。
大人の長い話しが終わり、女子高生達と自衛官と一般人代表を交えてダンジョンに向かう事になった。
パーティ編成で神崎も呼ばれ、初めてメンバーの顔を見る事になった。
女子高生は四人。つい最近難易度変化型ダンジョンを制覇し、世の中に衝撃を与えた。が、世間の喧騒に
彼の感覚では無事に帰ってきて良かったね、くらいだ。
実際は変化型ダンジョンを制し、物凄いアイテムを持ち帰った事が凄い事らしい。そもそもダンジョンを制覇できる人間が世の中にまだほとんどいない事も大騒ぎの原因だ。
(……高校生にしては小さいな。うちの弟よりも……、赤龍の背が高いのか?)
今年高校生になったばかり女の子がダンジョンを制覇した。それは日本に衝撃を与え、世界には更なる驚きで迎えられた。
何より彼女達は五体満足で帰還した。未だ自衛官が重傷を負うようなダンジョンがあるというのに、である。
とはいえ、同伴していない赤の他人からすれば運が良かっただけにしか思えない。実際、そうなのかもしれない。
彼女達には時の運が味方した。そうでなければ帰らぬ人になっていてもおかしくないし、ダンジョンは決して優しくない事は世の中が証明している。
彼女達とこれからダンジョンに向かうのだが四人全員戦闘服のようなものを身に着けていた。それらはダンジョンで手に入れたものだという。
ダンジョン内には店があり、冒険に役立つアイテムが売られている。それと宿泊施設には食事と風呂が提供されるとか。もちろん、それらは自衛隊が設置したものではなくダンジョン内の生物が運営している。
(……ますますゲームじみてきたな。そういう文化を参考に作られているんだろうな)
それらはいずれ地上にも姿を現すという。
世の中が少しずつ変化する事に神崎は危機感を覚える。もし、これが
少なくとも関わっていないとは思えない。
(……何にしても立ち塞がるのなら撃滅するだけだ)
拳を強く握りつめる。それだけで異様な音が鳴った。彼の驚異的な握力にかかれば金属バットを前衛的なオブジェに変える事など造作もない。
軽く息を吐いて精神を落ち着ける。
もし、今の神崎を神が見ていたのならば――身体は温まったかい、お兄ちゃん、とほくそ笑んでいる事だろう。
神崎の為に世界が変わったわけではないが、巻き込まれるのが地球全土だというのは度し難く、温厚な神崎と言えど怒りを覚えずにはいられない。
「では、これからダンジョンに向かうわけですが……。ご希望の装備はありますか?」
「いえ。武装は自前ので充分です。こちらこそお世話になるのですから、物資も運びますよ」
馬場は噂程度は聞いていた。彼は数百キログラムを平然と背負うらしい、と。
担当が違うので彼については情報でしか知らされていない。
持ち込む物資は勿論、重量の問題もあり、通常であればそれほど持ち込めない。だが、神崎であればその問題を一気に解消する。
探索において一番の問題は個人が持てる重量だろう。
折角なので、と噂が本当か確かめるために必要な物資を集めさせた。総重量は三百キログラムに匹敵するが背負いきった。――ここまでになると神崎でも平然と、とはいかず多少は呻いた。一度背負い切れれば歩くのは問題ない。
リアカーを使えばいいのでは、と思われがちだが重量に耐えられるものはそうそう無い。まずタイヤが持たないからだ。当然、大型化するしかなくなる。
白髪の男性が物凄い重量の
この地上にこんな化け物が居るとは、と失礼な事を思いながら。
富士山の宿泊施設に物資を運ぶ人もここまでのものは持たないし、持てない。
(この人もダンジョンでレベルアップしたのかな?)
自衛隊員ですら驚いている。
少女達は少しぼ~っとしたが気を取り直して挨拶を交わし、ダンジョンの渦に向かう。
彼女達が向かう様子はマスコミのカメラに映されていたが、神崎の異様に改めて見物人が騒然とする。
(これは不味い展開なのでは?)
と、馬場は思うが、マスコミの存在を知らないわけではない神崎が何も言わないので、
民衆の視線にさらされながら自衛隊が作った仮設の建物に入る。そこに光りの渦がある。
まずは女子高生組を含めた六人が飛び込み、神崎達のパーティが後を追う。
一瞬の暗転の後に目蓋を開ければダンジョンの中だ。
まず自分達の今居る位置を地図にて確認。それから歩きながらダンジョンとはどういうものか説明する。
聞き手訳は一般枠から来た四十代男性の鈴木夢太郎。大江戸テレビのリポーターでカメラ撮影は自衛隊が
ダンジョン内の映像はリアルタイムに地上に送られるわけではなく、全て録画だ。
探索と同時に鈴木と自衛官による質疑応答が始められた。今まで分かっているダンジョンについてのあれこれと合いの手のように女子高生の一人である羊谷命子が気さくに補足する。
残り三人は聞き手に周り、あまり会話に参加しない。いや、三人は超重量の荷物を担ぐ神崎が気になって仕方が無いようだ。時々咳き込むことがあるが歩みは止めない。
(……随分と慣れた様子だ。他の子もしっかりと周りを警戒している)
後ろから女子高生達の様子を見ていたが神崎はあまり不安を覚えなかった。自衛官、というか大人が何人もいる中での探索の為か、精神的にも余裕があるように映った。
警戒し過ぎて不安がのしかかっても困る。
今回は彼女達がメインで神崎は補佐に徹するつもりであった。
和やかな雰囲気に包まれていたが早速会敵すると即座に戦闘態勢を整える。その動きは実に手馴れていた。
「あれがバネ風船です」
と、敵モンスターを見据えたまま少女が言った。
モンスターは宙に浮く風船に威嚇のための顔がプリントされたもので両腕がバネになってて先端はグローブではなくボーリングの玉ほどの球体だった。
弱そうな見た目だが攻撃を受けると大人でも骨折するとか。
彼女の武器は一メートルほどの棒。まずは無難に距離を取り、一撃を見舞う。
モンスターの動きは遅く、当たったのを確認したらすぐさまバックステップで距離を取る。果敢に攻めない安全策を取った。
「モンスターには必ずパターンがあります。それを見極めれば安全に倒せるようになります。今は一体だけですが、下に行けば数が増えていきますので、ここでしっかりとレベルを上げて下さい」
先ほどまでの子供っぽさが無くなり真剣に敵と向き合う、まさに冒険者の様な振る舞いを見せる。
気になった事は鈴木が質問する。例え分かり切った事だとしてもリポーターとしての職務として。
女子高生達四人のレベルが高い為か、敵は殆ど反撃の間もなく倒されていく。ドロップアイテムもしっかりと回収する。
その中で魔本というモンスターが通路の角から現れた。
それは宙に浮く本そのもので魔法を発射してくる。その速度は野球のピッチャーの剛速球並み。当然当たれば物凄く痛い思いをする、かもしれない。
先ほどの少女が解説を交えて無難に討伐する。安全に怪我をしないように、と。
宝箱を見つけると我先にと飛び掛かる。その部分だけ見ると微笑ましい姿だ。
戦闘には使用していないが少女の一人が中空に本を浮かべており、それを鼻歌交じりで操作していた。主に思念だけで。
これは装備する事で自在に動かせるようになるものらしい。空間把握と認識力が無ければ自在に動かすのは難しいとされている。
神崎は付いていくだけで戦闘には参加しなかったが、背後からの強襲には気を付けていた。
「いきなりダンジョンに落ちてモンスターと戦う事になったわけですが、我々大人でも腰が引けるというのに……。とても感心しました」
「ありがとうございます」
武器もろくに無い状態で必死に知恵を働かせてダンジョンを攻略したという。いくらパターンを読めれば勝てるとしても、本当に倒せる補償などどこにも無かった筈だ。その上で必死に戦ったという彼女はとても怖かったのではないか、と思う。
勇気を振り絞ってもどうにもならない事は多々ある。
(攻撃が通用しないモンスターだったら……。逃走経路が無かったら……。たった一人でダンジョンを攻略しなければならない時、人間に出来る事など殆ど無い)
地球からの試練だったから攻略出来た。だが、世界では未帰還者が居て犠牲者も少なからず居る。
彼女達は運よく生還できた。選ばれたわけではなく、己の力で勝ち取った。
心折れずにまたダンジョンに挑んでいる。政府などの偉い人に命令されたわけでもなく、これからダンジョンに挑もうとする者達の為に。
神崎は見ていないが難易度変化型ダンジョンにて彼女達は相当な苦戦を強いられ、怪我もしている。その上で四人が協力して見事にボスモンスターを討ち取った。
戦闘未経験者三人を引き連れて。強さも地図も無く、護衛してくれる大人も居ない中で。
「もうすぐ終点です。そこで次の階層に行くか、地上に帰還するか選ぶことになります」
敵が一体ずつなので四人全員が戦闘するのは意外と難しい。
G級ダンジョンは敵の数がそれほど多くなく、一人でも頑張れば攻略できる程度の難易度となっていた。
事前情報があれば簡単かもしれないが、これから挑む者にとって敵とちゃんと戦えるのかは別問題だ。ゲームと違って人死にが出るダンジョンなのだから。