風見ダンジョンは普通に探索すれば数時間も掛かる。モンスターが一体ずつ現れるとしても。
先頭を歩くのは今年高校生になったばかりの
彼女の他の三人はそれぞれ『
流ルルはヨーロッパにある小国キスミアから両親と共にやってきた。
戦闘に慣れているとは思えない少女達だが既に充分な経験を積んでおり、危なげなく進んでいた。
リポーターの鈴木夢太郎がモンスターと戦ってみたいというので武器を借りて羊谷の説明を受けながらバネ風船と相対する事になった。
人様の戦いを見ただけで自分も勝てると思い込んでしまうが、実際に現場に立つと独特の雰囲気や圧力を感じるものである。
彼の戦いを自衛官の一人がカメラで撮影する。これらは地上に上がった後、編集されてお茶の間に提供される予定だ。
「攻撃を当てたら一度引き下がってください」
合いの手を自衛官が入れつつ鈴木の戦闘が始まる。
まず風船部分に鉄パイプをぶつける。そして、すぐに引き下がる。すると敵は攻撃しようとバネの腕を伸ばしてくる。それが近くに居る鈴木に結構な迫力と風圧をもって感じられた。もし、甘く見て攻撃を受けたら内臓破裂はしなくともしばらく立てないくらいの痛みを受けていた可能性がある。
殴られ慣れていない人間であれば尚更痛く感じるものである。
リポーターなので自分の戦闘に対する感想を口に出す。そうして何度か同じ動きで攻撃を続け、バネ風船を倒す。その時には額から結構な汗が流れていた。
「おめでとうごさいます」
「ドロップアイテムが出たので回収してください」
「わ、わかり、ました」
中年である鈴木は僅か一回の戦闘でバテてしまった。これは元々運動不足だったから、というより慣れない動きで余計な疲労が溜まってしまったから。
息切れしようともリポーターとして自分の状況を客観的に説明しながらバネ風船のドロップアイテムを拾う。
G級ダンジョンの敵が落とすアイテムははっきり言ってしょぼい。羊谷でもそう思うほどに。
それでもファンタジー化した世界でのドロップ品は心を惹かれるものがある。
鈴木の戦闘の後、モンスターが現われないまま終点にたどり着いた。
地図を見ながら真っ直ぐ向かったので敵と遭遇する回数が極端に少なく、女子高生側からすれば物足りなさがあった。
素人を引き連れているので危険な事は出来ないし、カメラに凄惨な現場を映す事も出来ない。
最初の階層の終点は広間になっており、次の階層と帰還専用の光りの渦が奥に見える。
まずは休憩する為に神崎は大きな荷物を下ろした。
ダンジョン内に荷物を置いたまま二四時間放置すると取り込まれるらしい。しかし、宝箱に数日籠った人間が居る、という報告があるので免除される事もあるようだ。
一定階層潜った後に帰還した場合、またもう一度一階から潜らなければならないわけではない。次に向かう時は言った事のある階層を宣言すれば目的の階層から始められる。ただし、言ったことが無い場合は無効となり、仲間に未到達者が居ても無効扱いになる。
テントを設営した後、担当官が今まで判明しているダンジョンについてを説明した。
「安全地帯と言われる『セーフティポイント』が一定階層ごとに存在し、アイテムの売り買い、宿泊などが出来る『妖精店』があります」
妖精店には動物種の店主が居り、ダンジョン内通貨の『ギニー』でやりとりする。
攻略に必要な情報を教えてくれる場合がある。中には便利なアイテムを無償で融通してくれるところも。
誠意をもって対応すれば敵対される事は無い。――今のところ戦いを挑んだ、という報告は無いが羊谷の感覚では
もし、無謀に戦いを挑むと後からくる冒険者に要らぬ負担を知る可能性があるので自衛隊側からも慎重に扱うよう通達している。
いずれどこかの国が面白半分で無謀な行動に出るだろうから日本としては無難な攻略を推奨している。
「そろそろ鈴木さんもジョブを変更できると思います。それは今すぐしなければならないわけではありませんので、じっくり考えて選んでください」
「はい」
「まず、各項目について強く念じると詳細が別のウインドウとして現れる事があります。それを活用して調べてみてください。ジョブについても同じように項目ごとに念じれば自ずと現れる筈です」
念じた事によってどうなるかは各個人の問題で他人が覗き見る事が出来ない。失敗した場合は諦めるしかなく、操作方法が分からないので他人にやらせる、という事も出来ない。
何をするにも自分で一つずつ確認していくしかない。
神崎は試しにステータスを出し、ジョブという項目を強めに意識した。すると確かに別のウインドウが視界に現れ、詳細が出てきた。
ジョブとは何か。一度選ぶと二四時間は変更が出来ない。ジョブスキルが得られ、条件を満たすとジョブを変更しても消えない、など。
同じようにダンジョンで得たトロップアイテムの詳細も知ることができる。
(ゲームに慣れている人ならすぐ理解しそうなシステムだな)
問題があるとすれば新しい事を知ろうとすると身体に強めの衝撃を受ける事だ。これは誰にでも起きるようで戦闘中となると危険な状態だ。ゆえに敵が現われない場所でじっくりと検証する必要がある。
ただの一般人も何らかのジョブに就けば身体能力が上がったり
女子高生組もジョブについているので普段以上の身体能力を発揮して攻略に勤しんでいた。そうでなければ普通の高校生に人死にが出る様な大きなモンスターと相対して勝てる訳が無い。
荷物から調理道具、
今日は止まり込みをしないので寝具は無い。
各隊員達と協力すれば結構快適な空間に仕上がる。
まず地面に座り込まなくていい。椅子とテーブルがあるから。
(……これらを一人で運んできたとは信じられない)
コンパクトに収納されていたから分からなかったが結構な量が入っていたんだな、と鈴木も自衛隊員も驚いていた。当然、羊谷達も。
帰りは放置せず持ち帰る。
ゴミまで神崎に持たせるわけには行かないので、それらは各人が持つ。
(……トイレ。中身って持ち帰ったらどうするのかな?)
女子としては気になるところ。
地上に持ち帰って普通にトイレに流せばいい。その絵面を思い浮かべなければいいだけだ。あと、食事はカレーである。
男性隊員は普通に食べるがトイレ事情を気にした者達はスプーンが止まってしまった。
藤堂という自衛隊のリーダー格の男性が羊谷達に下らない事を考えていないで食べなさい、と強めに言った。
命の危機があるダンジョンで下らない事を気にしていたら生き返れない。その覚悟が出来ないなら入らない方がいい、とまで言い切る。
「そもそもトイレも風呂も無いまま進むものだ」
「……は~い」
ここで鈴木がまあまあ、と
リポーターとしては可愛い女の子の味方をしたいところだが、凶悪なダンジョンの中だと藤堂の言い分も理解できる。現にモンスターと相対して自分の想定がいかに甘かったか身をもって知ることが出来た。
助けが無い状態で一人で潜るのは無謀だ。ふざけた姿のバネ風船ですら割りと大きな存在に思えて足が震えてしまった。
ゲームの雑魚キャラだと思って突っ込んでいたら大怪我して帰れなくなる可能性だってあり得た。
「では、そのまま聞いてください。ここを拠点としますが、このまま帰還しますか? それとも宝箱を捜索したり、モンスターとの戦闘を続行しますか?」
モンスターの数が少ないので戦闘に関しては異論は出なかった。宝箱は羊谷が探そうと乗り気だった。
神崎は特に口を挟まなかった。荷物運びは継続してやらなければならない。
自衛隊員が居るのに彼らごと護衛するというおかしな事になっているけれど、不満は無かった。
荷物に関して一日いっぱいも滞在する気は無いので放置しても問題は無い。
少し身軽になった神崎はかるく柔軟体操を始めた。いかに強靭な肉体を持っていてもずっと同じ体勢で過ごすのは身体によくないので。
運動した後で薬を飲む。逆だと吐く恐れがある。
準備が整ったら五分休憩に入る。通常だと満腹中枢が刺激されて眠くなる。神崎の場合はそもそも多く食べないし、運動も汗をかくほどしない。
そうして次の戦闘に備える。
ダンジョンの通路はほぼ固定で地図があれば攻略は容易い。今なら有料で買える。
ゲームでは入る度に構造が変わるものがあるが、そういうタイプのダンジョンはまだ見つかっていない。
モンスターについては地域や国によって違いがある事が分かっている。
どういう基準なのかは不明だが何らかのモチーフがあるのは確かだ。それは創作物であったり神話生物だったり、多種多様だ。
「おっ、宝箱」
迷わない範囲で探索していると早速羊谷が宝箱に飛びついた。
この宝箱は入る度に出現位置が変わり、条件を満たすと現れるものもある。
ボスモンスターを倒した時やダンジョンを攻略した時にも出てくる。
材質によってレア度が違ったり初回攻略特典というのもあるとか。今のところ取り尽くしたところで問題が無い事は分かっている。
持ち帰ることについては検討されていないが、結構な大きさなので持って帰るにはリスクがある。それこそ神崎でもない限りは放置が基本だ。
(仮に持つと前が見えなくなるし、危ないよね)
G級の宝箱の中身はそれほど期待できないから持って帰るならボス討伐報酬くらいだ、と
木製であれば神崎でも楽に持ち上げられる事は確認した。――鈴木は多少動かす事は出来たが浮かせるには至らなかった。中腰から重いものを持ち上げるのは中年になるときついし、腰を痛める恐れがある。
自衛隊員二人なら楽に持てるがダンジョンの中での移動を考えると現実的ではない。
「モンスターが一体ずつ現れるとして、ここで見つけたまま誘導し続けたら二体目はどうなるのでしょうか?」
「倒さない限り二体目は現れないようです。そういうルールが適用されているのか、これはまだ確証が得られていないので断言はできませんが、パーティ数によって増減する可能性があります」
地球が作り出したダンジョンは自然に出来た天然物ではなく何らかの意図を持った人為的な構造物だ。モンスターの造形自体、生物的ではない。――生物的なモンスターが居ないわけではないが、どこかゲーム的な印象を抱かせる。
質疑応答を繰り返していると宙に浮く本が現われた。通称『魔本』と呼ばれているもので魔法を放ってくる。
倒すと稀に魔本そっくりの魔導書が落ち、それを装備すると自由自在に浮かせたり攻撃に使う事が出来る。持っているだけでは駄目で装備すると念じなければならない。
魔法を放つにはジョブを『見習い魔導書士』にしなければならない。
扱える魔法の属性は手に入れた魔導書の属性による。
「あれは魔本というモンスターです。本が開いてページが激しく捲りながら魔法を打つ準備を整えます。曲がり角に上手く誘導すればそれほど怖い相手ではありません」
神崎は小石を拾い、魔法を放とうとする魔本めがけて投げつけた。
物理法則が変わっているのが本当ならば相手に何のダメージも与えられない。けれど、撃とうとしている魔法に小石があるとどうなるのか――
答えは素通りする、だった。
「魔法の出だしを妨害するなら本体にダメージを与えた方が早いです」
「……了解しました」
(……ずっと黙っていたから喋らない人かと思った)
藤堂は神崎についてある程度知っていたが石を投げた時は驚いた。
今回、彼の目的は荷物運びであって戦闘に参加するとは思っていなかった。理由は単純に荷物の重量の関係で戦闘が出来る状態ではない、と思ったからだ。だが、大半は広場に置いて来たので戦おうと思えばできる。
別の自衛官に鉄パイプを渡すよう命令したが神崎は要らないです、とにこやかに断ってきた。
「そうですか。折角ダンジョンに来たので神崎さんも戦闘に参加なさいますか?」
「すみません、勝手に攻撃して。では、お言葉に甘えてやらせていただきます」
見た目とは裏腹に丁寧な対応に藤堂は拍子抜けした。
色々な逸話は聞いているが実際に相対したのは今回が初めてで人となりはまだよく分かっていなかった。
羊谷のように興味津々にあちこち移動したりせず、慣れ慣れしく話しかけてこないし、鈴木のように――仕事柄仕方が無いとはいえ――質問攻めもしてこない。
一般人であれば未知の存在に対して驚いたりするものだが、
神崎が魔本に顔を向けるとモンスターの魔法が今にも放たれようとしていた。既に羊谷達は退避行動に出ていて戸惑う鈴木は別の自衛隊員によって避難させられていた。
神崎は無造作に一歩進む。それと同時に魔法が放たれた。属性は水。水球となって彼に襲い掛かる。
魔法は羊谷の見立てではプロ野球選手の剛速球並み。当たれば結構痛いのではないか、と。
レベルが上がっても魔法は回避が基本だ。それを神崎は軽い手捌きで弾き飛ばした。
(……少し痛いな。掴まなくて正解か……。いや、後方の事を考えれば事前に防げればだいぶ違うか)
軽く考察した後、更に進むと魔本は次の魔法を放つべくページを捲る。
次の魔法をあえて撃たせ、それを掌に当てるとダンジョン内に結構な打撃音が鳴り響いた。
まさに快音ともいうべきもの。キャッチャーミットで剛速球を受ける様な、そんな音に近い。
水の属性の為か、受けた瞬間に神崎はびしょ濡れになった。
(……無理に受けるものではないな。自然に乾くと思うが……、これでは次の攻撃に対処しにくい。雷属性が居たら命にかかわるな)
実験とはいえ見込みが甘かった。反省しつつも敵はまだ健在だ。
実際、全身濡れた状態で雷属性を受けたとしても問題は無い。彼の生命を守るために『
二発である程度把握したので三発目は撃たせない。一足飛びで駆け寄り開いた本を強引に閉じる。それでモンスターは何も出来なくなった。
捕まえた魔本は攻撃すれば光りの粒子となって消えるのだが捉えたケースは未だに無い。
魔法を発動させる兆候ないし、他の攻撃手段を取ろうともしない。魔法を暴発させる自爆攻撃というのも頭に過ったが、その気配も無さそうだ。――仮に自爆しても神崎には通じない。
「……どうしましょう?」
「一応、ダメージを与えて倒してください。殴るなり壁に叩きつけるなりお好きにどうぞ」
捕獲して調べてもいい気がしたが今回の探索では安全の為に全て倒すと決めている。
研究者達のレベルが低いままでは安全を保障できないからだ。
ただ、神崎は簡単に捕獲したがモンスターの攻撃力の高さから捕まえようとする事自体考えられてこなかった。
バネ風船も押さえつける事は羊谷でも出来たが長時間拘束する自信は無かった。暴れられれば酷い怪我を負うので。
「モンスターを鑑定する事は出来ないんですか?」
と、我に返った鈴木が尋ねた。
出来ないというよりはやったことが無いから答えようが無い、としか藤堂は言えなかった。
そもそもモンスターに近づく事自体が危険な事だったので。
羊谷達も倒す事を優先させていた。
(鑑定。サーチ。アナライザー。……というかそういうスキルは持ってないな)
試しに関係がありそうな単語を念じてみたがモンスターの情報は現れなかった。
羊谷はジョブ候補にあった『見習い記録士』なら調べられる可能性があるのでは、と藤堂に告げた。
現時点でそのジョブに就いている者は居ない。――ということで魔本は討伐が決定された。
一応、倒す前にモンスターの姿をカメラに記録させた。こちらは視聴者向けではなく研究者向けだ。だから、神崎が映り込んでも問題は無い。
(支えているように見えけれど、指の力が強いのか、本が全く開かない)
撮影が終わった後、魔本を壁に叩きつけてみたら砕け散った。
体液は無く、ただ破片が光りの粒子になっただけだ。ドロップアイテムは魔石と紙片。
このドロップアイテムは確定ではなくレアドロップというものがあり、魔本は魔導書を落とす。
他のモンスターも通常では現れない珍しいアイテムを落とす可能性がある。
初心者の戦い方として羊谷達は有意義だったが神崎は力業が多く、
噂程度は聞いていた藤堂も目の前で見ると驚きを禁じ得ない。
撮影に関して慎重にしなければならないと言われていた意味を理解する。
「藤堂さん。あの白い髪の人は何者なの?」
と、平然と尋ねてくる羊谷に自衛官のリーダーでもある藤堂一尉は答えに窮した。
藤堂よりも上の者から神崎の扱いはくれぐれも気を付けるように、と言われていたので親しくなったとはいえ羊谷にどう言えばいいのか、と困惑してしまった。
名前はダンジョンに入る前に名乗っているので問題は無い。役職はおそらく一般人が無難だ。どんな仕事をしているのかは言えないし、藤堂も正確な事は知らない。
「ニャウ」
勇気ある女子の一人流ルルが猫っぽい仕草で挨拶した。
女の子からの唐突な挨拶に大人である神崎は首を傾げた。少し考えた後、頭でも撫でたらいいのかと思ったが他人なので馴れ馴れしく触るのは失礼かと思い、黙って見つめた。
キスミア語の挨拶は神崎には通じなかったのだと流は察して引き下がった。
対人スキルがマイナスに近い有鴨は羊谷の背後に隠れながら様子を窺っていた。
「言える範囲で構いませんよ」
と、藤堂が補足する。そして、カメラ撮影を控えるように部下に小声で命令する。
気を使ってもらった事を知った神崎は申し訳ない気持ちになり、改めて彼女達に名乗りつつ挨拶した。
一般人枠で参加させてもらっている事も伝えた。
「その髪はどうしたのですか?」
「突然白くなったまま戻らなくなってね。無理に染めると髪が痛むから、と言われてずっとこのままにしている」
生まれながら白髪の人間は世の中に存在する。神崎は後天的に白くなったが元々は黒髪だ。
さっきの豪快な戦闘の後なので神崎に対して荒々しいイメージがあったが、話してみると優しそうな雰囲気を感じた。
リポーターである鈴木も何か質問しようかと画策していたが、個人情報は守ってくださいよ、と藤堂に――割りと強めに――釘を刺された。その事から神崎は自衛隊でも取り扱いを慎重にする人物だと察した。
次の質問でもしようかと思ったところに通路の角からバネ風船が現れた。
魔法を素手で弾き飛ばす神崎に討伐を譲ってみた。
「攻撃を受けると自衛隊の人でも骨折するって聞きました。決して無理はしないでください」
社交辞令が半分、本当に大怪我をしてほしくないという心配が半分含まれている。
鈴木に説明した事を改めて言う必要はないかもしれないが、怖かったら戻ってきていいと伝えた。――大人の神崎相手に。
戦闘経験のある女の子達は見た目が雑魚っぽいバネ風船でも気を抜かない。
攻撃を受けないように気を付けているが、レベルが上がり、防具を揃えた今でも平然と受け止める自信はない。
「ありがとう」
優しげな言葉使いで礼を言う神崎に女の子たちは紳士だ、と胸の内で叫んだ。
物腰が柔らかく言葉使いも丁寧で、変なキャラ付けもしていないところが好感触だった。――対する自分達は少しふざけているところがあるから反省しなければいけないかな、と少しだけ思った。三日も経てば忘れてしまいそうだが。
それとは別に羊谷には思惑があり、一般人枠から来たという神崎にはダンジョンで大怪我、最悪死亡なんてことになってもらっては困る。
素手で魔法を受けた時は正直、慌てていてろくに確認していなかったが――
そんなことはお構いなしに無謀なネット配信者のような軽い足取りで神崎はモンスターの下に向かった。
まずは一撃を当てる、と言われていたが彼は素手だ。近づけばモンスターからの攻撃が始まる。それを分かった上で繰り出されるバネ仕掛けのパンチを真っ向から――片手で受け止めた。
辺りにバシィンと大きな音が響く。それだけで痛そう、と女子たちは顔を顰め、藤堂は冷や汗をかきつつ見守った。
並みの大人が骨折する、ということは素手で受け止めようとすれば当然、手首など簡単に折れてしまうということ。だが――
(痛いな。簡単なダンジョンでこの強さは子供達には酷か。避ければ何とかなるとしても……。防備を固めたとしても受けるのが難しいなら高い難易度は当分無理ではないのか?)
無理でも地球は人類に試練を与える所存のようだし、解決法を見つけなければ非常に厄介である、と思った。
ステータスを伸ばすか、優秀な武具を揃えるか。そんな選択があれば当然、前者しか選べない。
自衛隊ですら手間取っていた問題を一般人の女の子は己の知恵で乗り越えたと聞く。
そうであるならば神崎は彼女達の為に糧になる事くらいお安い御用というもの。
ただ、今は決して真似できない戦い方を見せているのだけれど――時代の最先端を行くのであればこれくらいで驚いてもらっては困る、と神崎なりに考えての行動だった。
バネ風船の攻撃では神崎の手は折れなかった。衝撃が思いのほか強かったので痛かったのは事実だ。
彼とて腹部に一撃を受ければおそらく血を吐く。たたでさえ内臓が弱いのだから、さすがに安易に腹を攻撃させはしない。
受ける時はしっかりと防備を固めてからだ。
軽く手を振ってから腰に備え付けの
(この先、複数のモンスターと戦う事になる。そうなれば単独踏破はより難しく、過酷になる。うちの弟と妹では荷が重いか……。一人だったら……の話しだが)
右手を黒いガントレットに包み、バネ風船の身体を軽く押す。
宙に浮いている為か、簡単に後方に追いやれた。だが、すぐに向かってきた。
バネの瞬発力を使ったパンチ攻撃は呼び動作が見えれば充分に避けられる。それと長い棒や槍があれば楽に対処できる。
神崎は強く拳を握り締める。
(力比べと行こうか)
軽く息を吐いてからバネ風船を見据える。
再度、パンチを放ってきたモンスターに合わせるように神崎は己の拳を合わせた。
ガンっ!
後出しのパンチがバネ風船の攻撃を押し返す。当然、後方にバネが伸びて行き、限界を容易く超えて千切れ飛んだ。風船部分も破れてしまい、そのまま光りの粒子と化す。
バネの腕は通路の壁を相当な速度で跳ね回った。まるで跳弾のように。
藤堂はすぐに女の子たちを避難させた。
(……なんだ、あの力は)
「失礼。そっちに行かないようにしますので」
本体が消えたので飛んでいった腕も追随するように消えた。
跳弾による跳ね返りの危険も解消され、安全が確認された。
女の子たちの元に戻る前に腕時計を確認する。薬を飲むようになって確認の癖をつけるよう心掛けていた。それによれば休憩が必要な時間が迫っている事が分かった。
戻ろうとした時、別の通路からもう一体のバネ風船が現われ、攻撃を仕掛けてきた。
薬の事で気を取られた神崎の胸に容赦なく鉄球の如き一撃が叩き込まれた。
「神崎さん!」
自衛官の何人かが叫んだ。
くぐもった音と共に少し屈み気味になる神崎に駆け寄りたいがモンスターが側にいるので迂闊に近づけない。そこに羊谷が駆け出し、バネ風船に棒で一撃を加えた。
(あれ? いつものバネ風船より硬い? というか攻撃が早い)
後方に引き下がるようなノックバックが起きたのはいつもの事だが復帰が早い。
羊谷は冷静に相手の動きを観察して一歩下がるが相手の攻撃の方が早かった。笹笠達も駆けだして助けに入ろうとしたが伸びた腕は神崎によって掴まれ、羊谷には届かなかった。
「強さにはムラがあるようだね。これは油断できないな」
胸を押さえた神崎はモンスターを見据える。
もう片方の腕による攻撃が襲ってくるも反対側のバネにひっかけて絡める。強引に捻じ曲げたせいでモンスターは自力で解けなくなった。それでも体当たりは出来る筈だから、と油断せずに冷静に攻撃を羊谷に任せた。
自分が倒してもいいのだが子供達に経験値を与えた方が都合が良かったので、譲った。
相対距離的に神崎が近かったから羊谷達が狙われなくて良かった、と痛い思いした価値があった事に安心した。
強化された敵とはいえ攻撃方法は一緒なので冷静に対処すれば女子高生組でも充分に倒せる相手だった。
危なげなくモンスターを倒した後、それぞれレベルアップしたようで喜んでいた。
胸に一撃を受けた神崎は普通の一般人であれば胸骨を追っていてもおかしくないのだが、実のところは平気だった。――骨が。
痛みこそあるものの打撲程度の軽傷で大事には至らなかった。
(倒してすぐ出て来るとは思わなかった。もう少し警戒しないと……)
「大丈夫ですか?」
「ええ。ちょっとびっくりしただけです」
広間に戻って呼吸を整えてから常備薬を飲んだ。
即効性があるわけではないので体調が急回復する事は無いが、一先ず家族に怒られる事は無い筈だ。――多少は心配されるけれど。
「ねえねえ、藤堂さん」
「どうした?」
「自衛隊の人がバネ風船の攻撃を食らったらどういう風になるの?」
「腕を骨折した、という報告は受けた」
「それだけ?」
自衛隊のみならず大人がバネ風船の攻撃を受けた場合、後方に吹き飛ばれる。防御しようとして腕で庇うと骨折する。背中に受けたケースは無いが大怪我は間違いないと推察を述べていった。
羊谷の目に間違いが無ければモロに胸に受けた神崎は確かに屈んだ。不意打ちに近いし、避け切れなかったのは誰の目にも明らかだ。
「あの人、通常より強いバネ風船の攻撃を受けたんだよ。どうして吹き飛ばなかったのかなって……」
「……よく見ていたね」
「しかも、痛みで苦しんでいる割に普通に喋ったし、反撃の手伝いまでしてくれた」
「……ん」
胸を強打されれば窒息に近い状態になる。そうでなくとも血を吐いてもおかしくないし、混乱して反撃どころの騒ぎではない。
神崎は不意打ちを食らってもなお余裕があった、という事だ。
あまりの激痛に痛覚がマヒしたとしてももう激痛でのた打ち回ってもおかしくない。それとも強力な麻酔薬でも服用したのか、と気になってしまう。
(……いや、それでも強力な攻撃を受けて後ろに倒れなかっただけで凄い事だ)
仮に避けたとしたら――と藤堂は考え彼の延長線上に誰が居たのか可能な限り記憶を呼び起こす。
避難を開始した自分たち以外は誰も居ない。いや、モンスターは一番近くに居る者や攻撃を与えたものを優先的に狙う。そこまで考えて神崎が冷静に対処していたのだとすれば単なる一般人とは呼べない。
上司から直接詮索するなとまで言われた謎の人物だがより一層気になってしまった。
女子高生たちは神崎の事を凄いおじさんだ、という評価だった。