知り合いのお兄ちゃん   作:トラロック

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07 帰還後の一時

 不意打ちを食らった神崎(かんざき)龍緋(りゅうひ)は片手で伸びたバネを掴んだ。

 羊谷(ひつじや)命子(めいこ)でもそれくらいは()()()()()()()できる。

 ただ、モンスターの身体とはいえ金属の大きなバネを掴もうとすれば当然戻る時に挟むおそれがある。伸びる前なら平気でも伸び切った後は怖い。

 大人だからなのか、誰かを守ろうとしたからなのか、保身に走らず行動できた神崎は本当につい人だと認識した。

 思わぬトラブルが起きたが全員無事に一休みできたことにまず安心した。

 

「今のところモンスターは一体ずつ現れますが、一定階層ごとに数を増します。分かっている範囲では最大五体です」

 

 自衛隊リーダーの藤堂が説明を始めた。

 次の階層は植物が多くなりモンスターも変わってくるという。

 全てのダンジョンが全く同じ構成というわけではなく、地域ごとに現れるモンスターが違うのは確認されている。

 

「先の戦闘でも分かるように思わぬ敵が現れる可能性があり、とても危険です。遊び感覚で潜るのはお勧めできません。充分に鍛錬を積んでから挑まないとG級でも探索は難しいでしょう」

 

 真面目な説明の横で女子高生組は割合遊び感覚があり、第一層であればそれほど危険は無いと思っていた。先ほどの少し強いモンスターにしても充分警戒すれば勝てると。

 どの道、ダンジョンを封鎖しても意味が無い事は分かっている。であれば早めに一般開放してモンスターとの戦いの覚悟を持ってもらう方がいい。

 それを簡単に(おこな)うと色々な問題が発生する。だからこそ大人は時間をかけて議論する。

 人死にが出ているのに安易にダンジョンを開放するのは無責任だ、という声がある。責任が取れない子供の意見では何も通れない。いくら声高にダンジョンは楽しいよ、と言っても無駄だ。

 自衛隊による安全対策が施された簡単なダンジョンより未知を探索する方がいいのに、と思っても我慢しなければならない。

 見物する限りではバネ風船など強そうに見えないし、簡単に倒している所から攻撃もたいしたものではないと思われる筈だ。だが、実際に会いたいすれば甘い考えは吹き飛ぶことになる。

 

(G級ダンジョンのモンスターの攻撃でこの衝撃なら土手のダンジョンはしばらく無理だな。もう少しステータスについて検証してからでないと……)

 

 既に検証している羊谷達は一般人より身体能力が上である。その上でさらなる上を目指していた。

 魔力を増やし、様々なジョブについてスキルを獲得したり、スキルで自ら武器を強化したりと色々と(おこな)ってきた。何もやらない素の状態の神崎に追いつく事も実は難しい事ではないかもしれない。ただ、彼もステータスを使いこなせば一気に引き離される可能があるけれど。

 

Level up!

 

 今回のダンジョン探索は一般人にもどのようなところなのか知ってもらう事が目的なので踏破はしない事になっている。

 たかが一層でも踏破するのに数時間かかるほど広いと言われており、リポーターの鈴木夢太郎の体力から考えて宿泊は現実的ではないと藤堂は判断した。羊谷は大いに不満があったが大怪我をしてもらっても困るので文句ひとつ言わずにおいた。

 最初の探索は多少のトラブルはあったものの全員無事のまま終える事が出来た。一旦帰還した後、それぞれ解散という形になり、神崎は自衛隊に用意された仮説のテントに移動する。そこには帰還予定時刻に合わせてやってきた妻ベアトリーチェの姿があった。

 ダンジョン内との連絡が取れず、予定時間通りに事が進む保証も無かったけれど、(おおむ)ね大幅なズレもなく全員が帰還出来たので一安心した。

 

「……お帰りなさい」

「ただいま」

 

 肌を黒い包帯で包んだ異様な妻に神崎は微笑みで応えた。

 外では包帯に包まれた黒一色姿が多いが、自宅では割合素顔を見せているし、風呂ではちゃんと服を脱ぐ。

 彼女は生まれた時から奇異な格好をしているわけではなく、高校を卒業した後からこうなっただけだ。

 

「人数が多いと勝手が違った。中々歯ごたえがあるモンスターが出てきて興味深かった」

「……そうですか。……無理をなさらないでくださいね」

 

 と、言いつつも無理をしなければ安全を確保できない事は彼女にも分かっている。ただ、言葉が勝手に出てしまった。

 既に彼は人の親だ。守るべきものが増えた。それを思うとダンジョンのような危険なところに向かわせるのは心が痛い。

 一緒に行ければいいのだが、子供はまだ幼いし、あまり長期間目を離すわけにもいかない。かといって親にならなければよかったとは思っていない。

 

(……一緒に行っても私の出番があるとは……。かえって足手まといになる気がします)

 

 人類にステータスシステムが適応された今、レベルを上げておかなければ来るべき災厄を乗り越える事は難しい。

 妻なりに将来を気にしていた。元より彼女は何事にも真摯に向き合う性格だ。事なかれ主義には出来ないところがある。

 ダンジョンの事について熱く語るような事は無いが、一先ず無事を確認した後、自衛隊との話し合いがもたれる事になった。ベアトリーチェを馬場翔子に預けて音井礼子女史の下に行ってもらった。

 内容はダンジョンについての口裏合わせの様なもので、神崎も異論はなかった。彼個人としてはメディアに多少漏れても構わない、と。しかし、目立ちたいわけではないし、多かれ少なかれ家族の事も完全に隠蔽する事は出来ない、とも思っていたので口うるさく言うつもりは無かった。

 

Level up!

 

 自衛隊のみならず女子高生達に神崎の力の一端を見せた事について、箝口令を敷かなくていい事を伝えた。彼の本気は()()()()ではないので問題は無い。

 妻の扱いは今まで通り可能な限りメディア(テレビやインターネット)には出さない。既に出ている情報については放置で構わない、と。

 神崎側からはうるさく言わず、追加するような事も無かった。

 

「ああ、追加としては私達のステータスは秘匿した方がいいでしょう。あの子たちは知りたそうにしてましたが」

「了解しました。今後の条項に含めるよう検討します」

 

 藤堂の言葉に神崎は黙って頷いた。

 個人のステータスは秘匿する形だが選択肢について教授する時は多少の情報提供は(やぶさ)かではない。

 特に『ジョブ』選択について。

 ステータスは判明している分は公開されている。政府側と個人の両方で。大半は後者の方が情報量が多いので物凄いアクセス数になっているという。

 情報元は女子高生の一人『笹笠(ささがさ)ささら』の母親が制作している。――これは既に知られているので問題は無い。

 

「おそらくダンジョンについて、これからも積極的に参加してほしいのだと思いますが……。地球側が映像を公開するシステムならばより目立っちゃいますよね」

 

 世界が変わった事で厄介な事案というものが地球により動画公開だ。これは政府にもどうすることもできず、一方的に(おこな)われる。

 個人情報について考えられていないので政府筋も頭を痛めていた。神崎としてもものによっては公開されたくないものがあるが、こういう形で出されてしまうのならばある程度覚悟しなければならない、と覚悟しておくことにした。

 普段は温厚な神崎も家族が危険に晒されることは看過できない。ゆえに――

 

 ダンジョンの大破壊が起こってもおかしくない。

 

 ただ、無数に存在するという事だったので、一つくらい壊してもなんとも思われないかもしれない。

 その時は平泉(魔女)を呼びつけるので地球と言えどただでは済まさないけれど、と。

 (たま)に黒い思考を抱く事があるので人が良さそうに見える彼のカルマは高くならなかったのだろう。

 その後、自衛隊との話し合いが終わり、ふと女子高生の事が気になったので尋ねてみた。彼女達の扱い(など)について。

 

「自衛隊としては今後も協力を要請する事になるでしょう。もちろん我々が要請するまでも無く彼女達はダンジョンに関して非常に積極的です」

 

 自衛隊としてはダンジョンを規制したかったが羊谷達は潜らせろ、とうるさく言うほどだという。

 女子高生が危険なダンジョンに魅入られるのは大人からすれば危険である。大怪我されては困るし、ダンジョンに対する禁断症状や中毒になって勉強が疎かになっても困る。

 大人が役に立たないから自分達が頑張る、とか言ったのかもしれないが娯楽にするようなものではないのは神崎も理解している。

 

「彼女達は世界に先駆けて様々な発見を(もたら)しました。今更止める事も難しい、というのが我々の見解です」

 

 地球が世界に公開した動画で一躍時の人となり今もダンジョンの情報を発信し続けている。

 避難するより能力を底上げした方が生き残る確率が高くなる。治安についてもカルマのお陰でそれほど酷い事にならない。

 問題があるとすればケガと命の保証が自己責任というところだ。彼女達はおそらく相当自信がある。それらが通用しない場面に遭遇した時、果たしてどうなるのか大人はとても心配する。

 

Level up!

 

 政府の依頼を終えた後、神崎夫妻は一旦帰宅する事になり、共に参加した女子高生やリポーター達との打ち上げの様なものには参加しなかった。

 時の人たる羊谷達とダンジョン談議したい人間はおそらくたくさん居るのだろうけれど、神崎は仕事の一環として付き合っただけで彼女達に率先して関わろうとは思っていない。興味深い人間ではあるが家族一途の彼にとってはその他大勢の一人に過ぎない。

 家に戻って報告書の作成と提出を終えて束の間の家族団欒の一時(ひととき)を過ごしつつジョブについて念じてみた。

 新しい項目は最初念じると強い衝撃と共に詳細が脳内に広がる。頭の中身までは筋肉で出来ていない神崎とて思わず呻いた。

 ジョブは選択制。選ぶと二四時間変更できない。ジョブスキルを得るが再度変更すると失われる。ジョブスキルをスキル化すれば別のジョブに就いても引き継がれるようになる。ジョブはクラスチェンジする。カルマが低い者はジョブに就く事は出来ない。

 大雑把な説明がざっと流れたが念じれば詳細を表示する事が出来る。

 試しに『変更可能』という項目を念じてみると一覧表の様な(ウインドウ)が現われた。

 

・観光客
のんびりやろうよ。

・勇者(笑)
ぼくがせかいをすくう。

・修行者
全ての道は修行に通ず。

・サポーター
荷物持ち。

・見習い料理人
料理道の入り口。

・見習い戦士
武器を使って戦う。

・見習い狂戦士
入門編。

武神
まだ条件を満たしていません。

 

 初期に選べるジョブはその人の歩んだ経験に元好き、選択肢も人それぞれである。

 ざっと見て怪しい項目はあったが説明文は記載されているものだけで、それ以上の詳細は出てこなかった。

 一番下の『武神』以外は選べないようなので『サポーター』にする事にした。

 『修行者』と悩んだが今の自分は裏方仕事が性に合っているので、前衛は避けた。

 念じて選んだ後、ステータスを確認すると魔力量が減って、カルマが少し増えた。

 ジョブスキルは【鑑定】、【探索】、【アイテムドロップ確率上昇 極小】、【積載量 力上昇 極小】、【積載量補正 極小】、【サポーターの心得】の六つ。

 戦闘に関係した者は無く、探索に役立ちそうなものが揃っていた。

 再選択できるとしても魔力が足りないと駄目だと理解した。

 

(……銀河君に聞くのを忘れてしまったな。彼ならダンジョンをどう分析するだろうか)

 

 時々考え無しに行動してしまう事に失笑を覚えるが、選んでしまったものは仕方が無いとすぐに思考を切り替える。

 (くだん)の物事を友人の朱神(あかがみ)銀河(ぎんが)に尋ねてみるもダンジョンに潜っていないので正確な事は分からないと言われた。

 創作に関する知識は得られた。

 スキルは使い続ければスキルマスターのような状態になる筈だ、と。

 彼の(げん)によれば『熟練度』というものかあって単なる選択形式では人間は強くなれない。そうでなければ鍛錬が不要になってしまう。

 魔力に関しては魔法に特化したジョブを選ばないと何とも言えない、という返答を貰った。戦士系のジョブが並んでいたので魔法使いの適性が無いのだろう。

 魔法以外でも魔力を使う機会があるかも知れず。例えばスキルを使用とする時。それが事実ならスキルを使う事で魔力量が増える可能性がある。

 必要事項をメモし、後は実践して確認するしかない。

 

Level up!

 

 神崎ベアトリーチェと共にスキル使用時の魔力の減りと回復手段を検証しながら穏やかな一日を過ごした。

 魔力は一日寝れば大体全快し、分単位で1ポイントずつ回復。熟練度があるらしく、魔力を使っていくと最大値が増えていく。消費量なのか使用回数なのかは分からないが、それらが経験値となって少しずつ増えていくような感じだ。

 レベルアップだけで魔力量を増やすとなるとジョブ変更が物凄く難しくなる。

 マイナスカルマは更に過酷で彼らはまずプラスに傾けるところから始めなければレベルアップの恩恵がほぼ得られない仕様となっている。

 

(人類を自ずと善行に傾かせようという意思は理解できるが……。それはそれで誘導されている気がする。……国として正しくても星として正しいのか。未曽有の危機の時、善行だけでは解決できない問題にぶつかる。それを踏まえていないのであれば地球もまた敵となる)

 

 強制的な思考誘導は長期的に見れば悪となる。人類の歴史は善行にかこつけて残酷な事を平然と(おこな)ってきた。

 小難しい理屈までは考えられないが地球の思惑に素直に乗るべきではない、というのが彼の考えだ。

 否定意見を持っても敵は強大だ。何が正解かも分からない。

 大人は疑うのが仕事。守るべきものの為に得た神崎の処世術ともいえる。

 

「……私のスキルというものも魔力を消費するようになってしまいましたね。……元からそういうものだった可能性もありますが……」

「そうか。でも、君の魔力量ならあまり問題が無いような気かするけれど」

「……そうですね。……回数、継続距離、または持続時間で減り方が違うようです」

 

 彼女のスキル『時兆座(ときのきざし)』は謎が多い。いや、謎だらけだ。

 物心ついた時から得ていた能力で確認されているだけで彼女を含めて四――ではなく三人が保有している。

 スキルの詳細でも判明しなかった。【鑑定】も同様に無駄に終わった。

 

「兄ちゃん、俺達もダンジョンに行きたいって言ったら許してくれる?」

 

 庭先でスキルなどを検証していた所に弟の赤龍(せきりゅう)が顔を出してきた。

 高校生になった彼とてダンジョンに興味があるのだろう。次女の龍美(たつみ)もおそらく追随してくる。

 法整備はまだ整っていないが早めに戦闘を経験させた方が今後の役に立つかもしれない。特に地上にモンスターが現われた時など。

 過酷な世の中になるのであれば早めに許可を出す事も仕方が無いか、と。

 

「手は多い方がいい。……ステータスについて私はそれほど詳しくないが、気を付けろよ」

「ありがとう。兄ちゃん大好き」

「……(せき)君。……いきなりボス戦は無謀よ」

「分かってる。……そこまで無謀じゃねえよ?」

「……なら、よし」

 

 頼もしい家族に神崎は嬉しさを感じた。

 一時期目を掛けられなかった期間があったが大な問題を起こすことなく高校生になった。気が付けば部下と呼べる者も率いている。実に頼もしい、と。

 三女(鈴怜)は相変わらず大人しいがダンジョン探索には前向きだった。

 

(兄弟全員で探索すると娘の面倒を見てもらう必要があるな)

(……よし、兄ちゃんを巻き込めば効率的にレベルアップできる、と思ってはいけないんだろうな)

(……教師の仕事と兼任できるかしら?)

 

 三者三様にダンジョンに思いを馳せる。

 次の日、政府筋から新たな要望書が()を通じて届けられた。

 内容は――羊谷達女子高生四人パーティに同行して――難易度変化型ダンジョンの攻略だった。彼女達(女子高生)からすれば再攻略となるが。

 政府は未知のダンジョンに神崎を積極的に関わらせようとしているようだ。当人としては――世界規模の災害に匹敵すると思っているので要望に関して(やぶさ)かではなかった。

 彼の背後には守らなければならない家族と娘()が居る。だから、二つ返事で了承しようとして家族全員に――もう少し考えてから返事して、と――怒られる羽目になった。

 

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