1 2026年6月某日。北海道札幌市真駒内、私立仁了大学附属札幌高校。
「…ねぇ…起きてってば…起きろ!!」
まったくもって不愉快な声で『俺』は叩き起こされた。まだ眠たい…いや、閉まりかけの瞼の向こうに今日も今日とて腐れ縁の顔が見える。俺は別にいいやと思うからまた瞼を閉じることにした。
「起きなさい!!」
と、今度は実力で瞼をこじ開けにかかった。さすがにこれには起きないわけにはいかない。しょうがないので起きると周りの目が痛い。今は学生が自由を横臥する昼休みという神聖な時間なのにこの女ときたらいきなり表れて俺を眠りの世界から引きずり出しやがった。しかもこの1年生の教室に2年生の、それも東京の本校からの留学生が騒いでいるのだから注目されないわけがない。おまけにこいつは容姿が和風美人ってやつだから余計に注目を浴びる。なのに頭はアッパラパーのサイコパス女だ。俺が一番関わり合いになりたくないタイプ。なのに腐れ縁だ。神は時に残酷なことをする。
「で、なんだ水守?用がないならさっさと帰れ」
岡林水守というのがこいつの名前だ。
「用がなきゃ声かけちゃダメなの?」
「俺は昼寝中だった。俺の日課だ」
「別にしなかったからって死ぬわけじゃないからいいじゃん。それよりもさ、この間のことなんだけど…」
「断る!!」
「いいじゃん!!このままだと同好会だから部費下りないんだから、名前だけでも…」
「余計に断る!!」
「ケチ!強情!」
「言ってろ。それより、これからのことだが昨日結果が出た」
「…場所変えようか」
陽気な口調が嘘のように変わる。まあ、本来はこっちが素の彼女なのだが。周りの目を気にしながら、そして後をつけられていないことを確認して旧校舎にある空き教室へ向かった。ここは普段、校舎全体が使われていない曰く付きの場所として有名だから肝試し志願者以外はまず来ない。日中はなおさら来ない。俺たちはそういうのに慣れているからここにいるのが脅かすのが趣味な連中だけで害がないことを知っている。だから秘密話の場にした。教室に着くと他の面子も集まっている。女子が二人と男子が一人。この学校にいるこの話を聞いてもいい人間たちだ。
「スギ、周囲に人は?」
「いない。私たちだけ」
『スギ』こと杉浦望が赤い淵の眼鏡を直しながらそう言った。彼女が持っている携帯には小型のレーダーが入っていて周囲200メートル四方の人間の動きは完全に把握できる。おかげでここの秘話レベルが上がった。
「それで、結果はどうなったの?」
緑かかった黒髪が印象的な水守の同級生である丹野真理子が聞く。彼女や水守と俺と同業だ。もちろんスギとあと一人も。
「横須賀の司令部から直接連絡があって、今日付でプライベーティアは肩書に国連極東軍特殊作戦独立コマンドが付くことになった。これに伴って千歳の幽霊たちは解散。同時に国連海軍第120特殊航空連隊として今までと同じことをしてもらうことになる」
話し終えると一同から『おおー』という声が上がる。もちろんだがここにいる人間は全員がただの高校生ではない。全員が退魔師でスミ姉こと大宮純香が社長をしている千良警備保障、別名プライベーティアの隊員たちだ。俺たちの仕事は単純明快で怪異がらみの厄介ごとを金もらって片付けるだけだ。この世界には年齢なんてものは関係ない。実力さえあればどんな場所でも仕事がある。ある意味で国際社会が気にしている少年兵と同じだが、そこは誰も突っ込まない。ここにいる連中は全員がさっき話したプライベーティアに所属している。表向きの名称は千良警備保障という事故物件とか怪異がらみの場所を専門にした警備会社で対怪異専門の民間軍事会社という側面もある。だが、裏の肩書は聞いての通りだ。今日から国連軍が民間から雇った特殊作戦独立コマンドというやつ。つまり、普段は俺たちの仕事をしていてもいいが、いざというときは国連軍として動けという便利屋のような集団だ。だからと言ってやるべきことは変わらない。前もそうだし、これからだってそうさ。
「じゃあ、話すことは話したから俺は昼寝してくる」
回れ右して帰ろうとすると、
「秋葉!部活!!」
誰が言ったかはもうお決まり。だから、
「うっさい!!」
これで終了。俺はあと15分に迫った貴重な休み時間を寝るだけに消費したかったが、さすがに15分では寝れない。木製のよくきしむ廊下を歩きながら今日という日が平穏に終わることを考えていると、後ろから話していなかった最後の一人がやってきた。
「まだ何か?」
「いや。でも、もう昼寝はできなさそうだね」
「…まあな」
優男という言葉が似合いそうなこの男子、名前を栄剛という。どこにでもいるようなごく普通の男子高校生で俺たちの業界にいるのがおかしいレベルだ。そして、この学校で水守たち以外で唯一俺とまともに話ができる人間だ。
基本的に俺は人間が嫌いだ。
自分も人間だが、自分自身も嫌っている。その理由はおいおい話すことになるだろうが今はこれだけ。だから基本的に他者となれ合わない。水守たちとは腐れ縁だ。偶然出会ったからなし崩し的に関係ができただけ。だから教室では一人を除いて誰とも話さない。休み時間はいつも寝ている。例外があるとしたら入学直後にいきがった連中が浮いていた俺をイジメのターゲットにしようとした時だ。まあ、バレない程度に〆ておいたからそれっきりだった。担任もはれ物に触れるように避けている節があるが、俺は気にならない。で、その唯一の例外がこの栄だ。この男はなぜか席がどれだけ席替えしても俺の前にいる。そして、暇さえあれば俺に話しかけてくる。こいつ自体との面識は3か月ほど前に遡る。俺が近所の銀行で金を下ろしていたら怪異が銀行の表で輸送車強盗を起こした。偶然居合わせた俺はなし崩し的にそいつと対峙した。相手は鬼種のくせしてサバイバルナイフを持っている。警備員二人が斬られて怪我を負っていた。通行人も多いところだから周りを巻き込むわけにはいかない。睨み合いが続いた。相手も俺が退魔師だと感づいていたみたいでなかなか行動を起こさない。そんな中、ついに相手がしびれを切らしてナイフ片手に突進してきた。対して俺は丸腰。でも、ナイフ程度じゃビビらない。体格も相手のほうが上だが投げ飛ばしてやるつもりだった。で、そこに現れたのが当時中学3年生の栄だった。いきなり間に割って入ってきたかと思うと必死の形相で振り上げられたナイフを抑えている。
『早く逃げて!!』
正直そういってきたときに俺は、
『お前がまず逃げろ』
とあきれながら返したのを覚えている。が、
『刺されそうな人を放っておけないだろ!?』
そう返してきた。そうこうしているうちに鬼の強盗犯の背後からサイレン鳴らした覆面パトカーが現れ、下車してきた連中にあっさりと後ろから取り押さえられて鬼は捕まった。で、そいつらを率いていたのが今の俺の雇い主である『スミ姉』こと大宮純香だった。まあ、あの人は今思ってもあくどい人だなと思っている。
『なかなか二人ともガッツあるね。えっと…君が野母崎秋葉で君が栄剛でいいね?』
自己紹介するまでもなく俺たちのことを知っていた。
『早速だけどね、ちょうど人が欲しいと思ってたんだよ。君たちうちでバイトしない?資格は大丈夫。君たちが資格持ちだって知っているから』
で、俺はこの社長の悪の誘いを受けて事情あって暮らしていた千歳から札幌に移ってこの社長のところで寝泊まりしている。そういうことで俺と栄はスミ姉の悪の誘いに乗って今に至る。だから面識があった。だが、基本的に話しかけてほしくない俺は初めのうちは無視していた。だけど根気強く話しかけてくる栄に俺が根負けした。最初は一言二言、今は気が向いたら少しは話すようになったし、長話になることもある。ちなみにこの完全優男がどういう経緯で退魔師になったかは本人から教えてもらったが、もともと霊感体質でお寺の家系ということもあって受けたら受かってしまったんだと。国家退魔師試験には数種類あって、基礎知識科目は同じだが、浄霊や除霊をする戦闘職と研究や装備開発、フィールドワークを行う技術職の二つに分かれている。俺は戦闘職だが栄は技術職の資格者で会社でも基本的に後方支援で同じ仕事をするスギと一緒に情報支援や事前の現場調査を担当している。もっとも、いざというときは自分の身は自分で守る必要があるため、その担当はスミ姉の陰謀で俺が充てられていたりする。ちなみにスギは入社前からできるやつだったからドラムマガジンを着けたトンプソンサブマシンガンを禁酒法時代のマフィア並みに撃ちまくっていることがある。
「それで、お前も俺に水守の作るあほみたいな部活に入れとぬかすか?」
最近の俺の悩みは水守が作ろうとしている怪異調査部なる摩訶不思議な名称の…つまりはゴーストバスターズもどきに入れとぬかすことだ。俺はそういうのには入らないと何度あいつに説明してもなかなか引き下がらないあのサイコパス女は毎日のように俺のところに押しかけてきていらぬ注目を浴びせやがる。ちょっと引きこもり生活しようかとも考えていたところだ。
「まあまあ。でも、部活すること自体は悪くないと思うよ。僕の人生経験上、君はもっと他者と交流を持つべきだと僕は思うね」
「俺はその人生経験から他者とかかわるとろくな目に合わないと学習した。現にろくな目に合ってない」
「そうかな?少なくとも僕は君と会えたことは幸運だと思っているよ」
「…調子狂うな」
「いつもだろ?」
こいつと話していると調子がくるってしょうがない。
2 放課後
午後からの授業は半分くらい寝ていたような気もするが、俺はある事情でこの内容は聞き飽きるほど聞いた。だからテスト勉強に支障はない。教師陣も点数はとっているから半ばあきらめている風でもある。で、そそくさと授業が終わると俺はホームルーム終了と同時にこっそりと外靴に履き替える。
「秋葉!!」
んで、窓からダイブして見事な着地を決める。ちなみにここは3階だ。声の主はもちろんあのサイコパス女。まあ、相手は栄がしてくれるだろう。俺はこれを見越して外靴を履いていた。そして静かな帰り道を満喫する。俺の趣味は散歩で静かな道を歩くのが好きだ。理由は誰とも会わない、あるいはほぼ会わないから。うちの学校から最寄り駅の地下鉄真駒内駅までは徒歩で15分。学校の連中はバスを使うのも多いが俺はこれくらいなら歩く。近くに警察学校もあるから連中の教育風景を見るのも日課だ。そしてもう一つ理由がある。それはスミ姉からの調査。警察学校から山のほうに進んだところに廃病院がある。元々は市立病院だったのだが、市の財政難と医療ミスによる信用失墜が止めとなって3年前に閉院したのだが、そのあとからこの周辺で不審者の目撃情報と行方不明事件が続いている。当初は警察による捜査が進められていたのだが、例の2年前の事件でこのあたり一帯が防衛線にされたこと、そして警察それ自体が機能していなかったこともあってうやむやになって今日にいたっている。俺がこの学校に入った理由の…というか、俺たちがここに来たのはそれが理由だ。この辺りはそういう良くないものが溜まりやすいからその手の仕事の情報を仕入れるために俺たちをあの学校に入れたというのが正解か。仁了大学の本校は水守の大叔母の知り合いが経営していることもあって裏の事情を分かっている。だからあっさりと入れてくれた。とは言っても今のところこの廃病院と事件の関連性は不明でせめて初動捜査がしっかりとできていたらもう少し何かわかったんだが。余談だが、あの2年前の事件の時には病院跡は臨時の野戦病院として使われていたらしい。血なまぐさい話題満載だな。そして俺はその場所の近くへと足を進める。人影はほとんどない。閑静な住宅街からさらに離れた山の近くだから家もまばらだ。病院の前に着くと正門から建物を見る。昭和の中ごろに作られたらしい殺風景な鉄筋コンクリート造り3階建ての建物。いたって普通だ。霊気の反応はない。でも、だからと言って油断はできない。むしろしないほうが危ない場合もある。人間には個人差にもよるが霊気を様々な身体現象で感じることができる。急なめまいや吐き気、悪寒、既視感などバラバラだが、霊気が強い場所に足を踏み入れて体調を崩す人間がいる場所は基本的に普通に危ない。今すぐ回れ右をして帰ることをお勧めする。そういうところには足を踏み入れた人間に害をなそうとするやつらがいるからだ。ただ、そういうやつらの唯一のいいところは入らなければ何もしないということ。つまりは関わらなければいい。入らなければいいということだ。そういう輩がいる場所は今はバイオテロや怪異災害が騒がれているご時世だから警察や場所によってはスペックオプスが定期的に巡回して馬鹿な連中をつまみ出している。だが、それら現象が一切せずに周囲で怪しい動きがある場合は犯人が人間である場合か、あからさまな霊気を出さずに隠れて襲う危険な怪異かのどちらかだ。ただ、ここの場合は人間でないことは明らかだ。3年前に騒ぎが起き始めたころに連れ去られそうになった被害者の一人がこの場所に連れ込まれそうになったと警察に証言して所轄が踏み込んだが、人っ子一人いなかったそうだ。もちろん元々は市の病院だったから設計図などはあるのでそれをもとに隠し部屋などもないか入念に調べたらしい。それでもなかった。そしてしばらく警察も張り込んでいたらしいが、そのうちに張り込んでいた警官が行方不明になったという。それをさらに捜査しようとしたらあの事件でそれどころじゃなくなった。俺の私見だが、おそらく後者だ。水守が作ろうとしている部活は実はスミ姉の指示で出先機関としてこの辺りを調べるために作ろうとしていたんだとか。それを断る理由?俺が単にあのサイコパス女と部活動などしたくないから。俺は俺で好きにやらせてもらう。だからここにいる。俺は正門から入ると建物の壁の一部を削り取った。理由はそのうち話す。そして周りをぐるっと歩いてみる。廃病院だが一応は市の建物なので整備はしているらしい。もっとも、この噂のおかげで有効利用はできないらしいが。すると、表のほうで車が止まる音がした。戻ってみるとよくCMで目にする大手警備会社の車がいて、フル装備の警備員が降りてくるところだった。
「なんかあったんですか?」
声をかけるといきなり表れた俺に若い警備員は一瞬ぎょっとしたが、
「君こそここで何してるんだ?」
そう聞かれたので身分証を見せる。身分証には『北海道庁統合任務部隊』と書かれている。若い警備員は俺から身分証を借りると無線で警備本部と連絡を取って照会をする。その間俺は改めて表から病院を眺めてみた。すると、3階の一角に俺たちを見ている男女5人の一団が見えた。生きている人間でうちとは違う制服を着た学生だ。俺たちを見て慌てている様子から見ると警備員が来たのはこいつらのせいだ。そして、
「確認しました。千良警備保障の方だったんですね?本部からは万が一に備えてあなたに同行してもらえと」
「それはいいが、入るのは少し待て」
「え?」
「来たのは侵入警報があったからだろ?」
「ええ。その確認のためですが」
「万が一に備えろというなら悪いことは言わないから少し待て。装備は?」
「僕には霊感ないので簡易シーカーと聖水グレネードくらいしか」
「ここにもし何かいたら殺されるかもしれない。ここはそういう場所だ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺もそれを調べるためにこの間から毎日ここに来ている。見極めが難しい相手だから」
そして俺は携帯でスミ姉に電話をかけて、しばらく待つことになった。マツさんたちが俺の装備と一緒にここに向かっているらしい。到着まで20分くらいといったところだ。水守たちにも連絡がいって、今からこっちに向かうらしい。
「それにしても、あなたみたいに高校生の警備員っているんですね。法律上は年齢制限あったはずですけど」
「この業界に関しては別だ。若かろうと老人だろうと敵を倒せればそれでいい業界だから。うちだって警備会社と言っているが、実際は道庁に雇われたPMCみたいなもんだから」
「そういうもんですか?」
「ところで警備員、名前は?」
「大野です。大野純一です」
「そうか。俺は野母崎秋葉だ。よろしく」
「こちらこそ」
そうこう話していると携帯が鳴って、マツさんから渋滞で少し遅れると連絡が入った。で、それは同時だった。
「野母崎さん!!」
大野の声で視線の先を見るとさっきの連中の一人が必死の形相で窓を消火器で割ろうとしていた。鈍い音がここまで聞こえるが、窓は割れない。これはまずい兆候だった。計測器を出すと微弱だが反応が出ている。そして、正面ドアに近づけるととんでもない数値が出た。これはまずい。今この建物は強力な霊気で密閉された状態だ。この状態だとまともな電子機器は使えず、物理的な衝撃では窓は割れない。おそらく銃撃しても割れないだろう。もちろんドアも同じだ。
「大野、すぐにJTFに連絡しろ。あと警察に付近一帯の封鎖を指示」
「何が起きてるんですか?」
「怪異だ。あいつらは今生きるか死ぬかの瀬戸際だ」
大野は大急ぎで車に戻ると無線で連絡を取り始める。俺もスミ姉に状況を説明して応援を急がせるように指示を出した。そして、
『了解した。水守たちにわかるようにしておいて』
「わかった。特大のを作っておく」
そう言って電話を切るとカバンの中身を見てみる。
カバンの底に隠したCz75自動拳銃とRB9対怪異弾が3マガジン分。聖水グレネードは2個。あとは法儀式M9タクティカルナイフが一つ。簡易結界発生装置一つと特別地域対応型小型無線機。これから起こるかもしれないことを考えると十分とは言えない。だけど一刻を争うならやるしかない。
「野母崎さん!JTFは10分でここに来ると…って!何してるの!?」
「ちょいと借りる。修理代は道庁につけてくれ」
そう言うと大野の制止も聞かず簡易結界を付けた警備会社の車で正面ドアに突っ込んだ。さすがに霊気で補強されているからただのガラス戸がコンクリート並みの硬さになっていたが、簡易結界が発する霊気で相殺されてフロントはぐしゃぐしゃになったが突入には成功した。
「野母崎さん!!」
「大野!俺と同じ身分証をつけた連中かJTFが来るまで誰も入れるな!お前も絶対に入るな!」
「わかりました!怪我ありませんか!?」
「大丈夫だ!!」
完全にドアが歪んでいるから割れかけのフロントガラスを蹴破って病院内に入る。中の霊気は計測器のメーターが振り切る寸前だ。おそらくここにいた奴があの連中のおかげで起きたんだろう。俺は連中に余計なことをしたと言うべきかよくやったというべきか悩むところだ。とはいえ、応援が来るまでは俺もやばい。拳銃にマガジンを入れて銃全体に霊気が入っていくのを感じた。準備は完了。で、今やることはここにいるやつを除霊すること…ではなく、馬鹿な学生連中を見つけることだ。肝試しのつもりか?あの馬鹿ども。これで決まった。俺はあの連中に大馬鹿野郎と言ってやることにした。もっとも、あの連中が生きていたらだが。正面玄関から入って病棟西側にある階段を目指す。中央のエレベータは電源が死んでいるから使えないし、使えたとしても罠である可能性が高いから乗らない。そして東側の階段は野戦病院から廃病院に戻るときに出たゴミでふさがれていることをさっき確認しているから使えない。つまり、唯一の道ってわけだ。連中も同じ道を進んだらしい。廊下の埃にうっすらと足跡がある。手入れをしている施設といっても掃除はめったに来ない。いや、誰も来たがらない。だからこうなっている。さて、ここからは人探しだ。こういう場所での人探しのコツは危険じゃない霊を見つけることだ。俺は病棟を見回りながらそういうのがいないか探した。で、見つけた。場所は二階のエレベータ前。古い看護服を着た看護師が車いすを押しながらこっちに来る。友好的ではないが危険でもない。カテゴリーは3ってとこか。
「悪いが人探しをしている。この辺りに頭の悪そうなガキが数人来なかったか?連れて帰るだけだから別に何もしない」
で、反応は俺のほうを指さしやがった。
「お頭はいいほうじゃないが俺は一人だけだ。俺じゃなくて別のほう」
それでも俺を指さし続けている。そして歩みも止めない。一応後ろも一瞬確認したが俺以外はいない。ということは…結論から言うと車いすが飛んできて廊下の端まで飛んで行った。そしてメスを手にしたその看護師…だった者は鬼のような形相で俺に襲い掛かった。相手は刺突の構え。見極めを誤ったか。ならば、
「さて、消えたくなかったら俺の質問に答えてもらおうか?」
突き出されたメスに対して身をひるがえし、相手のその勢いを利用して足を引っかけてコケさせた。まあ、すごい勢いで転んでメスも飛んでいき、起き上がろうとしたそいつの背中を踏んづけてから後頭部に拳銃を突き付けて質問タイム。
「まずお前、喋れるのか?」
相手は頷く。戦意は今ので失せたようだが油断はできない。
「じゃああの馬鹿どもを見たか?」
そして、
『…見ました…あなたと会う少し前にこの階の東階段の方に5人ほど走っていくのを…』
十分だ。
「ご協力に感謝する。あと、襲う相手は選べ。今回は見逃してやるから馬鹿な気は起こすな」
そう言って拳銃を頭から離して背中を踏んずけていた足をどかしてやった。するとそいつはナースキャップを被りなおして一目散に逃げ去った。ここまでコミカルな動きだと本当に死人か疑いたくなるが間違いなく霊だ。さて、貴重な情報をもらったところで俺は目撃証言があった東階段へ向かうことにした。袋小路だからおそらくは出られなくて騒いでいるか、追い詰められているか、はたまた全員仲良く死んでいるかのどれかだが、まだ悲鳴が聞こえるところを見ると元気なようだ。足を進めているとまた別の霊が病室から顔を出している。子供の霊だ。俺を手招きしているが、
「失せろ」
拳銃向けると逃げて行った。普通ならあり得ない対応だが、あれは純真無垢を装った悪霊のたぐいだ。カテゴリー3か4ってとこだ。普通の人間があれにホイホイついていったらえらい目に合う…待てよ。確か行方不明になりかけた被害者の目撃談に子供の話があったな。それも確か手招きしていた。それを思い出してそいつが引っ込んだ病室のドアを少し開けて中にグレネードを投げ込もうとした。その時だった。
『やめて!!』
中から声がした。さっきのかと思ったが、声に悪意がない。周囲を警戒しながら慎重に覗き見た。中は子供の霊の溜まり場だった。パジャマ姿の子供の霊が何人も。どれも成仏できなかったたぐいだ。その真ん中にあのクソ小僧がいた。
『どうする?それ投げ込んだらみんな消えちゃうよ』
その気持ち悪いにやけ面をさらしたそいつが言った。つまりはこの子たちは人質ってところだ。俺は子供を平気で撃ち殺すタイプではない。むしろ子供には手心を加えるほうだ。だから一回はクソ小僧を見逃した。だが、今は違う。もう一度覗いて確認した。霊の糸がほかの子供たちに繋がっている。つまり、悪霊に捕らわれている状態だ。難しい状況だ。これが済んだらあの馬鹿どもを全員殴り飛ばしてやる。とはいえ、どうするか。表も騒がしくなってきた。サイレンの音やヘリの爆音まで聞こえてきた。そうなると…。
「HQ、こちらブラボー6」
『こちらHQ。ブラボー6報告を』
「現在病院中央二階の小児病室前。中にカテゴリー4クラスの怪異を確認したが悪霊化していない怪異を人質に取られていて手が出せない。事前情報にあった怪異と似ているので捕獲したいが人手が足りない。今応援はどのくらいいる?」
道庁のJTF司令部が寄こした情報によると表にはスペックオプス一個小隊が到着済みで俺が作った突破口から侵入しようとしているが、さっきのナースに邪魔されて手間取っているらしい。すでに二人負傷したそうだ。あとであのナースは〆直しておくか。一方でうちの連中はもう到着したらしいので無線を切り替えた。
「ブラボー6よりブラボー2、位置を知らせ」
『屋上から侵入中。話は聞かせてもらったわ。直上につくから一分待って』
なるほど。
「カウントは任せるこっちはとっくに準備完了だ」
そして、5秒前のカウントを聞きながらそれが来るのを待った。相変わらずあのクソガキはにやけ面だったが、一瞬でそれが恐怖の表情へ変わった。
粉塵が舞い、突然現れた数人の人影に完全に気を取られたそいつは俺が糸を切るのに十分な隙を作った。糸が切れて逃げ出す子供たちと何が起きたのかわからずに組み伏せられるクソガキ。粉塵が収まると天井に大穴が開いていた。ブリーチングチャージをしてきたのだ。相変わらずやることが派手だ。
「お待たせ」
「もう少し静かに来られないのか?」
「これが最善。この子はボクがしっかりと悪霊になったことを後悔させてあげるから秋葉は元の仕事してきな」
そう言って俺の装備が入ったタクティカルベストとバックパック、そしてM870ショットガンを投げ渡してきた。
「それじゃ頼む」
「あと部活…」
「それは断る」
そう言って病室のドアを閉めると下の階の銃声を聞きながらまだ元気に悲鳴を上げている馬鹿どものところへ足を進めた。この感じからするとあまり差し迫った脅威はなさそうだ。そして廊下の先の奥まった場所。ちょうど東階段のあたりに元気に悲鳴を上げている馬鹿どもはいた。あといたのはカテゴリー2クラスの調子こいたアホ。
『助けなど来ない!!お前らはここで死ぬのだ!!誰からがいい!?』
とかぬかしているので、
「おい」
声をかけて振り向いた瞬間に、その鼻っ面にショットガンの銃口を突き付けた。
「これに装填されているのは法儀式RB9バックショットだ。当たると一撃でお前はこの世から消えてなくなる。それが嫌なら両手を上げて壁のほうに行って壁に手を付け」
さっきまで余裕ぶっこいていた病院着姿の…元ヤクザか何かのような顔の半分が焼けただれたそいつは素直に手を挙げて壁のほうへ行って手を付いた」
『脅かしていただけですよ…俺なんかただのチンピラで…ちょうどあのガキのおかげで肩身が狭かったからうっぷん晴らしにこいつらを脅かして…』
「処す」
『ごめんなさい!!もうしませんから!見逃してください!!』
さっきまでの態度が嘘のようだ。だが、これで目的は果たした。
「今すぐ失せろ。二度と俺の前に姿を見せるな」
そう言って銃口を離してやるとマッハの速さで逃げていき…霊気で膨張し、トラックが突っ込んでも壊れない壁に激突して伸びていた。で、本題だ。振り返ると馬鹿ども5人全員がいた。ケガはないらしいが怯えて半泣き状態…というか泣いている。
「ケガしたやつは?」
「…いません」
「ここに入ろうと思った奴はどこの誰だ?」
そう聞くと4人が一人に目を向けた。いかにもチャラそうな金髪の不良少年ってやつだ。俺はそいつに歩み寄ると聞いた。
「何でここに入った?理由だけは聞いてやる」
不良は気圧されているのかしどろもどろになりながらも事情を話した。まあ、単純に近所で有名な幽霊が出る場所を見に行こうと思い立ったこいつらは病院の正門まで来た。で、2階の窓に子供の人影を見つけて、連中の一人が迷子になった子供じゃないかと思って連れ戻そうと入って他のも引きずられるように入って、で、そいつを見つけたのはよかったが、それがあのクソガキだったからさあ大変だ。慌てて逃げ出そうとして病院中駆け回ったが、いるのは俺が〆直す予定のナースだったり腰抜けチンピラだったりと散々な目にあいながらも三階のあたりで偶然俺たちを見つけて助けを呼ぼうとして消火器で窓を割ろうとしたが割れず、そして今に至る。こいつらにとって幸運だったのはクソガキに見つからなかったことだ。俺の見立てが正しければ犯人はあいつだ動機はそのうちわかるが知ったことではない。で、こいつらをどうするかって?
一発ずつ殴っておいた。
不良が涙目で俺に掴みかかろうとしたが、逆に腕を捻り上げた。
「今回お前らはラッキーだっただけだ。運がなかったらあのクソガキにファーストコンタクトで殺されていたか、あのクソ看護師にメスで腸を引きずり出されて死ぬかだった。お前らは運がいい。殺されずにこうして俺に殴られただけで済んだんだから。次があったらそういうのを見かけたらまずは警察だ。連中はそのために危険手当もらっているんだ。勝手な正義感と身勝手な動機は他者を巻き込む。お前らのおかげで俺は危険を冒した。危うく何も知らない警備員までこのクソみたいな場所に巻き込むところだった」
そう言ってから離してやると、不良は言った。
「じゃあお前は何でここにいるんだよ!警官でもスペックオプスでもない!お前、仁了大付属のやつだろ?」
「俺?仕事だからだ。確かに学校に籍は置いているが、それは重要じゃない。俺はお前らみたいな馬鹿を救い出したりすることで金をもらっている。お前らと違って暇じゃねえんだよ。今この瞬間にもお前らのバカ丸出しの発想じゃなく、哀れにも巻き込まれちまった奴らを助けに行かなきゃいけないのにお前らの相手をしている。俺の仕事の邪魔をするんじゃねえよ」
そして今度こそ黙った。
3 解決後
あの後、すぐに下の階からようやくだがスペックオプスが到着して俺は馬鹿どもを彼らに引き渡すと病院から出るべく廊下を歩いていた。外はもう夕暮れで明かりがなければまともに前も見えない。幸いにも表は警察車両や救急車のパトライトで明るいからあまり気にはならなかったが。しばらく歩くとさっきの小児病室に明かりがついているのを見かけた。水守はまだそこにいた。
「…するべきことはしたのか?」
そう聞くと彼女は頷いた。
「捕らわれていた子供たちはみんな浄霊したよ。もちろんあの子もきつーいお説教をしてこれまでの行いを後悔させて懺悔させてから浄霊した」
「意外だな。お前のことだからその場で殺すと思ってた」
「期待に沿えず悪かったわね。それで、見つけたの?」
「ああ。一発ずつぶん殴ってからスペックオプスに引き渡した」
「秋葉、性格だいぶ丸くなったね。入ったばかりのころはそういうのを撃ち殺しかけたくらいだったのに」
「それを言ったらお前こそ。怪異は皆殺しがモットーだったのはいつだったかな?」
「あれは…黒歴史ってことで」
「真っ黒…だな」
そう、お互いに。俺と水守が初めて会った時は俺が元通っていた田舎の高校が怪異に襲われ、その救出に行ったとき。お互いにまだスミ姉のところでアルバイトを始めたばかりだったが、第一印象は最悪。怪異は皆殺しをモットーに精を出していた時だったから当然そりが合わない。俺は怪異に関しては殺す相手は選ぶほうだから。そして水守が故郷をバイオテロで壊滅させられた生き残りだということを後に小宮山デパートでの一件で知り、その時にかつての仇を殺しかけたが、報酬がもらえなくなると嫌だからその邪魔をして、その過程で水守は恨みつらみが極限まで溜まって悪霊になる寸前までいったところで俺の一撃が入ってノックアウト。事件は解決して水守の性格もある方法で敵を討ったため若干丸くなった。一方で俺のほうも水守を殺すのには惜しいと思い、そういう人間もいることを知って少し丸くなった。確かにあの日々は黒歴史だな。
「丹野とスギは?」
「先に帰るって。晩御飯の支度があるから」
今日はあいつらが飯当番か。話していなかったが、俺たちは学校の寮にはいない。すすきのにある大きな物件を丸ごと買い取ったスミ姉がそこを本拠地にしているのだが、そこがなんと旧創生小学校だ。統廃合で宙に浮いた物件を校舎だけ買ったのだ。ちなみに校庭と体育館は札幌市の体育協会が引き継いでいる。だから射撃訓練設備などは地下にあり、出動車両は装甲車両も含めてすぐ近くの立体パーキングの地下にある。で、その元小学校で俺たちは寝泊まりしているわけだ。事前調査でそこにも一応は怪異がいたが、まったく害にならない地縛霊だったので成仏したいのは成仏させて、残りたいのは好きにさせている。ただし、風呂と私室に無断侵入は厳禁でスケベな爺さん霊が風呂を除こうとして丹野に半殺しにされていた。そんな今の我が家に思いをはせながら水守と別れて病院の正面から外に出ると、表はお祭り騒ぎだった。パトカーにスペックオプスの輸送車にフル装備のJTF隊員と野次馬の山。時間が時間だから報道もいるし、真上からも撮っているのかヘリまでいる。大野とかいう警備員は刑事から事情聴取されているし、さっきの馬鹿どもも救急隊員の診察を受けている。俺はちょっと疲れた気がしたので、その辺にいたJTF隊員に頼んで無人の輸送車で休ませてもらっていた。横になるとさっきまでのことが嘘のように思える。
たった一人で進んだ不気味な廊下も、
あの怪異になった看護師も、
あのクソガキも、
そしてあのアホなチンピラ霊のことも、
アドレナリンが引いてくると全てが嘘のように思える。でも、間違いなく現実だ。俺は銃を持って奴らと対峙した。幸いにも引き金は引かなかったが、引く寸前だった。それを思い出すと手が震える。すると、不意にその震えて垂れ下がっていた左手を誰かが握った。首だけ起こすと、いつの間にか栄がそこにいた。
「お前、いつからここに?」
「さっきからずっと。呼びかけてもあっちの世界に行っちゃてるのか反応なかったし」
「それで俺の手を?」
「震えていたから」
「余計なお世話」
「その割には振り払おうとしないんだね」
…むかつくがその通りだ。だから、
「頼む。もう少しそのままにしていてくれ」
「…わかったよ。やっぱり君でも怖いんだね」
「…まあな。何度やっても、何度場数を踏んでも俺は怖い。でも、助けを待っている奴はもっと怖い。だから俺は行く」
「そうだね。僕も怖いよ。でも、誰かがやらなくちゃいけないから僕がやる。それに僕が見ておかないと君らみんな好き勝手にやるでしょ?」
「…確かにその通りだな。水守はサイコパスだし、丹野は水守のラブの百合だし、スギは非合法ぎりぎりのことやるし、俺だって…人のこと言えないな。お前もそうだぞ、無鉄砲な大馬鹿野郎」
「いつも反省してます。でも、『大馬鹿野郎』って言うのと普段の言動は少し直したほうがいいと思うよ」
「別にいいだろ。俺の勝手だ」
「とはいっても、君は周りから見たら華奢な女の子なんだから」
少々あきれ顔で言ったその顔に軽くパンチを入れた。痛くもないただの振り。そして栄は笑っていた。確かにこいつの言うとおりだ。どんなに荒っぽい言動でも、どんな無茶で無鉄砲なことをしまくっていても、周囲から見れば俺は殴れば折れそうな体をした女だ。今だって付属校の紺色のセーラー服の上からタクティカルベストを着ているというアニメか漫画に出てきそうななりだ。だから相手に侮られることもあるが、実力でいつもはねのけてきた。女だという自覚はある。でも、それがどうした?怪異から人を助けるのに性別など関係ない。俺は俺なだけだ。ただ、栄の言うことにも一理ある。スミ姉からも『社交性を学べ』と言われたばかりだ。
「わかったよ。少しは気を付ける」
そうしていると開けっ放しの後部ドアのところに水守が現れた。
「ヒュー!ヒュー!熱いねお二人さん!」
こいつの鼻をへし折ってやろうかと考えたが、隣の栄の恥ずかしそうな顔を見た瞬間に栄をぶん殴った。で、水守の後ろでそのやり取りを見ていたらしい他のJTF隊員や警官や救急隊員からドッと笑い声が上がり、俺は恥ずかしくなって近くの毛布をかぶったのだった。
それから俺と栄はスペックオプスから簡単な事情聴取を受けて道警本部に帰るJTFの輸送車に栄と便乗して送ってもらった。マツさんたちは俺が最初に回収していた壁のかけらを分析するためまだ現場にいる。これでこの建物がどういうものかがわかるようになるだろう。ああいう建物は故意か偶然かは調べないとわからないが霊を閉じ込めやすい構造をしている可能性がある。もしそうなら今回のはあれで終わりだとしてもまた新しいのが棲み着く可能性があるから場合によっては解体する必要がある。それを調べるために残っているのだ。俺たちはここで仕事は終わり。アルバイトである栄もこれ以上はプロの仕事でしない。マツさんたちは元自衛隊対バイオテロ部隊の専門家だから俺たちよりも経験も知識も上だから。栄は車中でぐっすりと寝ていた。こいつもこいつで疲れていたのだろう。肩くらいは貸してやるか。そして、
「…そろそろ種明かししてもいいだろ?」
運転手の女性隊員が声をかけてきた。もちろん俺の知り合いだ。俺が知る人間の中で一番やばい部類の。
「いつ変装をやめるか考えていたところだった。で、この車はどこに行くんだい?」
「ちゃんと送り届けるよ。じゃないと誘拐だろ?」
「一応この車はJTFなんだけど、ちゃんと返すのか?」
「道警本部の駐車場に返すから安心していいよ。それで、最近は元気そうだね。私と初めて会った時はツンギレどころかギレしかなかったのに」
「出会いがまずかっただけだ」
「違いない」
運転席でハンドルを握る隊員はもちろんだがJTFの隊員ではない。それどころか日本人ですらない。ロシア人だ。
「それで、あんたはここで何をしているんだ中佐?」
ミーシャ・ザハロフ。ロシア連邦参謀本部情報総局に属する実行部隊の長。俺をこの地に送り込んだ張本人だ。
「別に。退職した後何しているのかみんな気にしていたから様子を見にね。でも、秋葉は私が普通に会いに来ても避けるから会わないだろ?」
その通りだ。俺は人間的にはともかくとして、基本的に軍人が嫌いだ。だから基本的にこういう輩とお関わり合いになりたくない。2年前までは確かにこいつらの世話になっていたが。
「秋葉」
「なんだ?」
「楽しそうで何よりだ。そして…ちゃんと『あの言葉』を守っていたんだね」
…。
「その沈黙は肯定と見させてもらうよ。じゃあ、そろそろ君たちの家だから彼を起こしてくれ」
栄を起こすとザハロフはまた変装して元の日本人JTF隊員に戻っていた。ルパンも真っ青な早業だ。俺たちは彼女に礼を言うと、その立派な門構えをくぐって帰る。そこには俺の仲間たちがいる。俺にお帰りと言ってくれる存在がいる。今の俺にはそれだけで十分すぎる。俺は人間が嫌いだ。でも、だからと言って避ける存在ではない。昔誰かが言った。『人間は守るに値するのか?』と。俺は守るに値すると断言した。たとえ気味悪がられようが、化け物扱いされようが、俺自身が嫌っていても、人間は守るに値する。影の面はあるが、それ以上に陽の面が強いから。俺は不器用だからそれをうまく表現できない。だから俺は俺のやり方で少しずつやっていくことにした。それが2年前に約束したことだったから。
夕食を食べるため殺風景な廊下を歩いていると前からスミ姉が現れた。
「お疲れ。今日はよくやった」
「まあ、警備会社の車一台ほど全損させたがな」
「それは保険が降りるからいい。それ以上に道庁からは感謝されたよ。これでようやくあの曰くつきを壊せるって。それに調査と解決報酬でそれなりの金も入った。万々歳だな」
「あの馬鹿どもはどうなったんだ?」
「怪異による怪我はなかった。唯一の怪我は秋葉が殴ったことくらいかな?あそこで見たことに関しては箝口令が敷かれて彼らは怪異に襲われたが具体的に何に襲われたかは話さないことになった」
「水守が浄霊した奴はやっぱり主犯か?」
「まあね。病院が閉鎖されるきっかけになった医療ミスの被害者だった。それにあそこはよくないものが溜まりやすい環境だってことが報告で来た。悪霊化はその影響なんだろう。道庁は壊すつもりでいるし、市も反対しないだろう。ともかくよくやった。今日はゆっくり休め」
「そうする」
「あとバイト代は上乗せだ」
「バイトがする仕事じゃねえよ」
「そうぼやかない。水守にしても秋葉にしても高校生じゃなかったら即社員だよ。もっとも、バイト代が公務員の給料並みというのもなかなかないがね」
そう言うとスミ姉は帰っていった。なんでも事務所でまだ仕事があるそうだ。そして俺は風呂に入ってから食堂にたどり着くと、どっかりと椅子に腰を下ろした。
「オヤジくさい」
厨房にいた丹野がそう言ってきたが、
「馬鹿ども追って廃病院を走り回ったんだ。これくらい許せ」
「そう…ねえ?」
「ん?」
「あなたから見て私たちはどう見える?」
「サイコパスと百合とパソコンオタクと無鉄砲馬鹿野郎の集まり」
「あなたは?」
「その無鉄砲の一人だ」
「…そうね。でも、技も経験もまだ私は水守やあなたに遠く及ばない」
「何が言いたい?」
「私は…役に立っているの?」
丹野真理子というのは気が強い水守ラブの百合女だが、経歴は壮絶だ。ネグレクトで餓死寸前だったところを保護されて、警官の養子になったが、その警官は十年前に甲府で起きた怪異災害で命を落として彼女は孤児となった。この国の裏側では遠い昔から怪異と戦うためにそういう子供を引き取って戦士に育ててきた。彼女もその一人だった。『近江』と呼ばれる政府特殊部隊の一員として修羅場をくぐり、気が付けば彼女は国に反逆していた。3年前に起きた『第二次宮城事件』と呼ばれる近江の部隊解散に反対する幹部たちが起こした皇居での反乱事件で彼女は数少ない生き残りとして逮捕された。待っているのは国家反逆による死刑しかない。そこをスミ姉が救った。近江の生き残りの内、反乱を主導した幹部たちは死刑になったが、丹野を含めた生き残りの隊員の内、まともな世界に戻りたいのは戻し、残りたいものをスミ姉が引き取った。だからこの部隊には元近江の隊員が何人かいる。その最年少が丹野だった。水守ラブになった理由は俺は知らないが、彼女への入れ込み具合は異常を通り越している。そんな丹野は確かに水守には技術で遠く及ばないが、その代わりに水守が致命的ヘタクソな射撃で彼女をバックアップしている。いや、俺たちをだ。彼女の狙撃の腕は俺が見た中で五指に入る腕前だし、いざというときはランボーよろしくM60機関銃をライフルのように扱いながら敵を蹴散らして俺たちを救い出したこともあった。並みの技術でできることではない。それに水守と同じく武器なしで除霊できる(鉄拳制裁だが)数少ない退魔師でもある。だから、
「寝ぼけたことぬかすな。俺たちが何度お前に助けられたと思ってんだ」
彼女がそういうことを尋ねることは時々ある。かつて自分たちがしてきたことが間違いだったと言われて、それは違うとあがいたらすべてを国の事情で否定された。存在も何もかも。それ以来彼女は自分がしていることに自信が持てないのだ。普段は気丈だが、内面はそうなのだ。
「だから、早く飯作ってくれ。俺は疲れた」
ぐでーっとテーブルに突っ伏した。そのとき不意に彼女の吹き出す声が聞こえた。で、顔を上げると普段の気丈な顔に戻っていた。
「水守が戻ったらご飯にするから」
「ここでも水守優先かよ。俺やほかの連中の人権は?」
「そんなもの知りません」
そして俺はそれから水守が戻る約一時間先までテーブルに突っ伏すことになった。
4
夢を見た。そして地獄を見た。
かつて見た地獄を、
今見てきた地獄を、
そして、これから見るかもしれない地獄を。
悲鳴が聞こえ、
親を探す子供の泣き声がする。
燃え盛る街並みと焼け焦げた死体。
火矢が飛び、刃が炎に照らされて不気味に光る。
雨が降る中で泥沼の中を進む戦車に爆弾を抱えて体当たりする子供。
見上げた青空から飛来する戦闘機が無防備な人々を銃撃していく。
ついこの間まで同じ国だったはずなのに、いつの間にか民族が違うというだけで殺し合いを始める人々。
もう嫌だ。
私はもうこんなもの見たくはない。
だから人間が嫌いだ。
いつまでも殺し合いをやめない人間が嫌いだ。
正義とか悪とか大義とかそういうのを掲げて関係ない人を巻き込む輩が嫌いだ。
そして私は…かつてはそれに加担した。
「…おーい…起きろ…」
その声で目を開けた時、目の前にはさっきまでの光景はない。あるのは平穏な授業風景だけ。目の前には教科書を片手にあきれ顔の担任がいる。どうやら起こしたのは担任みたいだ。そして、栄が心配そうな顔で俺を見ている。
「大丈夫?ものすごいうなされていたみたいだけど」
言われて気が付いたが顔が汗でびっしょりだった。
「野母崎、体調が悪いなら保健室行くか?」
あきれ顔ながらも一応は気遣う担任の厚意に甘えて俺は保健室へ行くことにした。で、
「お前が付き添いか?」
「いつものことじゃん」
栄に付き添われて廊下を歩く羽目になった。
「悪い夢でも見ていたのかい?」
「…まあな」
「いつも以上にぶすっとしていたら美人が台無しだよ」
「うるせ」
「もしよければだけど、話してもらえないかい?」
「…聞いて楽しいもんじゃない」
「わかっているよ。君のトラウマだ。楽しいわけがない」
栄が言わんとしていることはわかる。ため込むのはよくないということだ。俺は時々栄に愚痴をこぼすことがあった。だから今日もその延長みたいなもんだろう。
「保健室でな」
そして俺は保健室のベッドに転がり込み、保険医の佐久間先生からはお小言を頂戴し、栄に夢の中身を話した。
「嫌な夢だ。俺が昔見た光景。悲鳴と燃え栄える街並み、死体の山。俺が見た地獄の夢」
「…それは確かに嫌な夢だ。悪夢といってもいい」
「最近はあまり見なかったんだ。だから嫌な汗もかく。目が覚めた時に教室が見えてほっとした。今日も俺は平和な世界にいるんだって感じられて」
俺は栄に自分の過去を教えたことはない。以前少しだけ話したことはあったが、それ以上はこいつが話させなかった。
「秋葉、前にも言ったけど、今が平穏ならそれでいいじゃないか。僕らはこうして殺し合いも何もない学校に通えている。それだけで君の昔の夢はかなっている」
「そうだな…悪い」
「謝る必要なんてないよ。それじゃあ、そろそろ僕は教室に戻るよ。ホームルームまでには帰っておいでよ」
「…考えておく」
と、
「ホームルームの前に帰りなさい」
佐久間先生からありがたいお小言をまたもらった。
5 同日。北海道庁危機管理センター。
学校が終わって窓からいつものように脱走しようとしていたら、今日はなんと間の悪いことで、窓から下を見たら着地地点に満面の笑みを浮かべたスミ姉とクマがいた。そしてスミ姉は拡声器でこう言った。
「バイトの時間だ」
その声は追っかけてきた水守にも聞こえていたようで、今日に関しては仲良く階段から帰ることになった。そして、クマが運転する車で連れてこられたのは道庁にある危機管理センターだった。昔は自然災害が発生したときに指揮を執るとき使用していたが、あの2年前の事件の後からJTFの本部に模様替えした。そして俺たちはそのJTFに呼び出された。
「まさかあんたらが国連軍になるとはね。世の中わからないもんだよ」
「いえいえ、こちらにしてみればいつの間に庄司原警部はスペックオプスをクビになったかのほうが知りたいです」
開口一番に嫌味なのかわからんことを抜かし、見事にスミ姉が返したのは、JTF駐在警察官で庄司原真澄という奴だ。元はスペックオプスにいたらしいが、見ての通りの我の強さで上司と折り合いが悪く、一時は東部方面隊に出向して首都防衛の最前線である練馬の第一戦闘偵察中隊の中隊長も務めたのだが、そこで独断専行を理由についにスペックオプスを下ろされ、今は新設された道警のJTFチームの一員としてここにいる。俺も5年ほど前に会ったことがあるが、
「…ん?野母崎じゃん!久しぶり!まだ高校生やってたの?いい加減卒業しなよ」
「もう何十回も卒業したよ」
こういう奴だから水守とは別の意味でお関わり合いになりたくない。だが、仕事ならしょうがない。話ぐらいは聞こう。
「それでなんだけど、金の話は道庁の経理担当から聞いて。早速だけど警視庁から協力要請が来ている」
ほう…。
「警視庁捜査一課が殺人容疑で追っていた男が折戸ってとこにある町の研修センターに逃げ込んだらしくて、捜査一課の刑事とうちの刑事課、それに北見署の地域で入ったんだけど、男が惨殺体で見つかった。それだけなら殺人事件で済むんだけど、直後に同行していた北見署の地域も惨殺体で見つかった。どうやら捜索中に何かに襲われたみたい。クマの出没情報はないし、その近所にそういうのはない。で、司法解剖の結果だけど巧妙に隠蔽されていたけど二人とも他殺だった。死因は刃物による頸動脈切断による失血死。惨殺状態だったのはそれを隠すためだった。そして、ここからが肝心なんだけど、すでに警視庁公安機動中隊が現場入りして何が起きたか探っている。正式な協力要請が出ていないから休暇という感じで現地にいるけど」
「庄司原警部、スペックオプスや道警の見解は?」
「グレーゾーン。確かに折戸研修所は戦前戦後と血なまぐさい事件が起きて廃校になった神学校の跡地を町が買い取った場所で幽霊の目撃談もあるけど、スペックオプスの現地調査では地縛霊は確認できたけど、人を殺すほどの怪異は確認されなかった。それは今も同じ。でも、現に怪異かもしれない事件が起きて警視庁の連中がこっそりと嗅ぎまわっている」
「だから私たちに出ろと?」
「そういうこと。正規のJTF部隊は存在が確認されていない以上出せない。調査部隊に関しても現地入りさせるにはそれ相応の手続きがいる。その前に警視庁の連中が事を起こしてしまうとうちらの責任問題になる。そこでお偉方は警視庁の方からうちに協力要請を出すように警察庁に仕向けたってわけ。名目は合同捜査だけど、実際のところはいるのかいないのかはっきりしない殺人犯の正体を暴くことが目的。何がいるのかはっきりしたら北見と陸別で待機させている即応部隊が制圧にかかる」
「だけど、その前に私たちが片付けても文句はないよね?」
「抜け目ないな純香は。その時は報酬上乗せってことで」
そういうことでお開きとなり、俺たちは帰りの車に乗り込んだのだが、誰しもが同じことを考えていたようだ。
「ひょっとしなくても現地にいるのって…うちの純子さんだよね?」
水守の言葉に皆が頷いた。
「むしろいないほうがおかしい。あの人はそういうのが専門だからな」
クマがそう言って車のエンジンを入れた。
警視庁公安機動中隊は俺も昔お世話になった警視庁の対怪異戦特殊部隊でスペックオプスの前身の一つだ。戦後の混乱期に警視庁管内で続発する怪異犯罪および災害に対処するために設立され、第二次宮城事件や都内連続テロ事件、将門クーデター事件の解決に一役買った実力部隊だが、表向きは警視庁公安部が保有する機動隊に相当する部隊ということになっている。部隊は将門クーデター事件の後に発足した統合タスクフォース計画、後のスペックオプス発足で一時的に姿を消したが、愛知県警で怪異がらみの警察官殉職事件がマスコミにリークされて大騒ぎになったこともあって2年前に再編されていた。あの時も札幌へ派遣される予定だったらしいが、練度不足で派遣されなかった。そして、その部隊を実質的に仕切っているのか『純子さん』こと三原純子警部だ。彼女は旧公安機動中隊で実績を上げたやり手で、水守の叔母であると同時に彼女の得物である薙刀の師匠でもある。そしてその頃は退魔薙刀村雨一号改を手に切り込み役として名をはせていた。スペックオプス発足後は警官をやめて民間警備会社にいたらしいが、前述の部隊再編で訓練教官兼切り込み要員として再招集されたのだそうだ。俺としては…できれば会いたくないタイプの人だ。去年ごろにお世話になっているが、その時に片腕を切り飛ばされている。あまり周りは気が付かないが、俺の左腕は義手なのだ。義手といってもぱっと見は普通の腕と大差ない。切れば血も流れる。言わば生きた腕だ。去年純子に片腕を飛ばされた後に彼女の見事な土下座と共に紹介された人形師の蒼崎燈子というスミ姉と似たようなキャラの魔術師(?)の世話になってインド象が踏んでも壊れない特注品の義手を作ってもらった。それがこれなのだ。そのあたりはスミ姉も了承済みなのか、
「今回は去年みたいなことは起きないよ秋葉。その義手だって警視庁が作ってくれて純子さんの見事な土下座まであったんだからこれ以上は何も起きないよ」
とか言っていた。この人にこのこと話したことないんだけどな。どこまでもお見通しな人だ。
「じゃあ、諸君、仕事の時間だ。人員は警視庁とケンカにならないように少数で行く。クマは富田と折戸町役場で待機。緊急時にはJTFとの連絡役だ。水守と丹野、それにスギとマツさん、あと秋葉に栄君は現地に。あとはフリーの連中に声をかけておくから緊急対応チームは近くに待機させておく。航空支援はいざというときのために軽武装のリトルバードを置戸町のヘリポートに待機させておく。ケガ人が出た時のためにブラックホークもそこに。それでもダメな時は音威子府から別の助っ人が来る。とりあえず質問ある?」
「武装の制限はありますか?」
「とりあえずなし。だからと言っていつかの時みたいにランボーみたいな恰好でやるのはなしだよ丹野」
「了解です」
「警視庁の人員はどのくらいなんですか?」
「純子さんが来ているといってもあの人は一応訓練担当官兼現場補助で正規隊員じゃない。休暇という名目とはいえ向こうも主力を連れてきていると見るべきかな。純子さんはその引率役。事前情報によれば少なくとも6名確認されているし、帯広飛行場にこっそりと警視庁のブラックホークが運び込まれたところを見ると、事が起きたらすぐ動くと見た。だから向こうは6名プラス1の7名程度かな。そういうことで純子さんとの連絡は任せるよ水守」
「わかりましたけど…あの人あまりいうこと聞かないからな…」
「とりあえず作戦まで時間が少しある。各員装備は整えておくように」
そういうことで出発は明日の昼となった。俺は外に流れる札幌の街並みを見ながら、
「…あの人の言葉…私は守れただろうか」
口に出してから気が付いたが、思わずその言葉がこぼれていた。
『あなたが幸せだと思える人生を歩んでくれること…それが、私があなたに託す思い』
あの時、ずっと昔に言われたことだ。そして、思わずその時のことを思い出していた。
6 2014年1月18日。警視庁丸の内警察署内臨時対策本部。
思えば初めて純子に会ったのは、あの都内連続テロ事件だった。あのテロで警視庁本部は壊滅し、臨時対策本部が丸の内署に設置され、事後処理はそこでしていた。そして、俺の当時の仕事も事が済んだら終わりで帰り支度をしていた。といっても、行く先など決め手はいない。当時の俺は何もかもが空っぽだった。雇われていた岡部家から引き留められたが、もうこの街にいる理由などなかった。周りを見渡せば桜田門庁舎が『あいつ』に蹂躙されて機能不全に陥った警視庁が何とか体勢を立て直そうともがいている。都内全域が今や混乱状態で政府主要施設すべてに攻撃が加えられた。おまけに新宿では怪獣映画さながらの惨劇が起きてその収拾もついていない。東京という街そのものが混乱の極みだ。まるで、かつて見た焼け跡の時のように。
「秋葉」
荷物を背負って立ち上がった時、声をかけられた。振り返るとそこにいるのは腕に包帯を巻いた特殊部隊の女性隊員。それが純子だった。
「初陣にしては上々。よく生き延びたもんだ」
そう言うと彼女は血がまだにじんでいる腕の包帯に手を当てた。彼女は今回の事件が初の実戦だったという。その割には手馴れていたと思うが、それは彼女の『師匠』が優秀だったからだろう。だが、俺には関係ない。彼女は生き延びて目の前にいるという事実だけ。
「じゃあ、もうこれっきり遭うこともないだろうけど、元気で」
「本家から聞いた。誘いを断ったって。まだまだこの街にはあなたのような人が必要とされているのに…」
「じゃあ逆に聞くが、何を求めるんだ?もう守るべきものは何もない。生きる目的だった人は目の前で果てた。かつての同胞は死に、私を逃がすためにあいつは消えた。もう意味などないじゃないか。むしろ必要とされているのはお前らの方だ。この街を守るために多くの血を流して守り抜いたお前たちこそこの街に必要とされているんだ。よそ者はもう出る幕はない」
「じゃあ…これからどうするつもりなの?」
「さあな。どこかに行くさ。でも…」
もう生きる意味などない。その時はそう思っていた。だが、彼女は違った。
「私も私の仲間もみんなあなたのことをよそ者だなんて思っていない。あなたは私たちの仲間よ。死んでいった人たち、敵だった人たちにとってもあなたは仲間だった。あなたはひとりじゃない。だから、あなたが幸せだと思える人生を歩んでくれること…それが、私があなたに託す思い」
彼女のまっすぐな目は今でも覚えているし、去年会った時もそれは変わらなかった。俺はある意味で彼女に救われたといってもいい。おかげで野垂れ死にするかもしれない方針からある程度の生きる目的を見出した。でも、それを話すとお調子者の彼女はすぐ舞い上がるから口にはしなかったが。
「わかったよ純子。とりあえずの方針は決まったから心配はしなくていいよ。お前も他の連中も私にとっては仲間だってことを再確認したよ。だから…つまらん理由で死ぬなよ純子」
そう言い残して俺は混乱の街を去った。あれから12年経つが、まだ彼女の言葉に対する『答え』は出せていない。俺は幸せな人生を歩んでいるのか…今のところ血なまぐさい道にしか進んでいない。ただ、感謝はされた。それは悪くない思いだ。でも、やっぱり答えは出ないまま、いつの間にか12年経っていた。一体俺はこれからどういう道を進んでいくのだろうか。
ということで事件名や単語が現れますが、それはおいおい。察しのことと思いますが実は彼女は部隊内で最年長ですが、その事情はおいおいに、