第1話 赤いあ熊
夜中セレムに着き屋敷に戻るとロイドはベットに倒れ込んだ。
治療したとはいえ、怪我が治ったわけではない。ルトガーの提案で村に帰ってきたが、かなりつらい。出来るなら、キャンプに泊まって休んでいきたかった。
ルトガーは何か思うところがあって村に帰還したのだろう。明日理由を聞き出そう、と心に誓いロイドは眠りに落ちた。
……。
目が覚めると窓の外が赤い。恐らく今は夕方だろう。半日以上爆睡していたらしい。
ロイドはティアマトの鱗を手にとった。夕焼けの光に照らされても、銀色に反射しうっすらと蒼い。この鱗を持っているとなんとなく力が沸いてくる。
鱗を眺めながらロイドは思った。ティアマトは、
「我が魂は汝と共にある」
と言っていた。
それはもしかしてゴーストになるということではないだろうか?
例えば、辛いものが食べれないととりついたティアマトに子供扱いされたりするかも知れない。
待て、取り憑いてだと?それではまるで呪いではないか。
まずい、考えれば考えるほど怖くなってきた。このままでは夜一人でトイレに行けなくなる。
部屋に扉をノックする音が響いた。
(でたぁーー!)
ロイドは恐慌した。
ドアが開き、盆を持ったソフィが部屋に入ってきた。
「おはよう、ソフィ。幽霊じゃなくてよかった」
ロイドは安堵しベットから身を起こす。
「まだ寝てて下さい。ロイドさん怪我してるんですから」
「そういえばアーシアに叩かれた頭が痛いな」
ロイドが頭をさすりながら言った。
「食事作ったんです。置いておきますからお腹が空いたら食べて下さい」
ソフィがベットの脇の棚に盆を置いた。
「お腹空いてるから今もらうよ」
ロイドは盆に盛られたサンドイッチを手に取る。焼き立てなのだろうか香ばしいパンには瑞々しいレタス、カリッと焼かれたベーコン、そして赤いトマトが挟まれている。スタンダードな具材だが、それだけに作り手の技量が際立つ。ソフィのサンドウィッチは見た目も香りも良く美味しそうだ。
一口かじった。口いっぱいに広がる豊穣の味わい。疲弊し飢えた身には極上の滋味だ。ソフィのような可愛い娘が作ったと言う点も嬉しい。
トマトを咀嚼すると、シャキッとした歯ごたえ。トマトと思ったそれはどうやら別の具材だったようだ。
そして次の瞬間、世界が弾けた。
「どうですか?おいしいですか?」
「美味しいのに辛い。有り得ないくらい辛い。辛過ぎてむしろツラい」
トマトと思った赤いものはもちろんトマトではなかった。
「特産キムチキノコを挟んだんです」
辛いわけだ。だが、怯むわけにはいかない。辛い物を食べれないとティアマトに呪われる気がするからだ。
ロイドが辛さと格闘していると、ルトガーとアーシアが部屋に入ってきた。
アーシアは頭にティアを乗せていた。
「む、この臭いは……」
ルトガーが眉を寄せる。
「これです、食べますか?」
ソフィが盆を差し出した。その上には鮮やかな朱に彩られた食べ物の数々。
「遠慮しておこう」
「スープもあるんですよ」
ソフィが蓋をされたカップを手に取った。
「じゃあ、私が食べる」
アーシアはカップ受け取ると蓋を開けた。
カップから解放された豊かな香辛料の香りが部屋に充満した。
「目が、目がぁぁ……。くっ、赤い……あ熊め……」
ルトガーが倒れた。
ティアがアーシアの頭から滑り落ちた。
「ルトガーは辛い物が駄目でさ、唐辛子は全然駄目なんだよな」
倒れたルトガーをよそに、アーシアはスープを飲み干した。
「まだまだ。これじゃアプトノスも倒れない」
物騒な事を言う。
「すでに生物が倒れるほどの辛さだよ。ルトガーは倒れたし」
(ルトガー殿は辛いものが苦手だったか)
落ち着いた声が頭に響いた。
「ああ、ルトガーはホットドリンクもまともに飲めないんだ」
ロイドはしみじみと言った。
「ロイドさん、誰に言ってるんですか?」
ソフィが不思議そうに聞いた。
「え?今誰かが……」
確かに聞いた。落ち着いた声を。あの声はティア……。ティアマト?憑かれていた?
「……」
ロイドの顔から血の気が引いた。アーシアがロイドの後ろを指差した。
「ロイド、何かが」
ロイドの金切り声、バウンドボイスが村中に轟き、ロイドは失神した。
10分後。
ロイドは目を覚ました。ルトガーは何事も無かったように立っていた。
「ロイド、昨日はすまなかったな。体は大丈夫か?」
「まだ痛む。打ち身と火傷はフルフルのコートで守られていたから痛いだけで大したことはない。む
しろ腕の方が問題だな」
ロイドは腕をさする。外見的にはどうという事はないが、力が入らない。無理に力を込めると痛みが走る。
「打ち身と火傷、そして筋肉痛か。戦闘は可能か?」
「相手による。昨日のティアマトみたいなのが相手だったら手も足もでないな。ところで、どうしてこんな事を聞くんだ?」
ルトガーがソフィを見て言った。
「これから俺が話すことはあくまで推測だ。君に聞く権利があるかは俺は判断しかねるが、聞くか?」
ソフィが頷いた。
「わかった。この事は、ヘンリー以外には他言しないように。ロイド、アーシア。外の気配に気を配れ」