銀色の月   作:月光カナブン

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第6話 少年剣士

 空中からの射撃は竜の翼を捕らえた。

 翼に走った衝撃につられて竜の意識がアーシアにそれる。

 アーシアが着地した時にはロイド達を乗せた馬車は既に走り去っていた。

 手にしたボウガンの残弾は数発。とっさに手にとって飛び出したので換えの弾は無い。

 

 竜が空からアーシアを見下ろす。アーシアが地から竜を見上げる。

 

「黒いリオレウス?」

 

 その飛竜の身体は黒く、しかし陽の光に照らされ輝いていた。

 まるで黒い太陽。

 そしてその竜の容姿より異様なもの。

 太陽の影、竜の上に立つ人影。逆光でその姿は影そのものだった。

 竜がゆっくりと降下する。

 

 アーシアはボウガンを木に立てかけオデッセイを引き抜いた。

 

 竜が粉塵を舞い上げながら着地し、その背に乗っていた人影も大地に降りる。

 

 人影はアーシアと同年代の少年だった。女性的ですらある白い顔は息を呑むほど整っている。男としては長い髪は墨を流したように黒く、目もまた同様。身につけている紺色の着物は東方の島国の民族衣装。そして手にした刀。美貌の少年は和人だった。

 間違いない、セレムの広間にいたあの少年だ。

 

「強い竜の力を感じたが、あなたがその力の主ですか?」

 

 少年は穏やかに言った。だが目は笑っていない。

 

「そうだと言ったら?」

 

「人の身でありながら竜の力を持つ者の強さを見極めたい」

 

「君はそんな事を知るために馬車を襲ったの?あの馬車にはセレムの特産品が積んであったのに、食べられなくなってたら許さない」

 

 アーシアはすごむが、美貌の少年は気圧された様子は無い。

 

「僕達は銀色の月を求めて来た。あれは僕達に必要な“鍵”だから」

 

 少年の意味深な発言にアーシアは眉を寄せる。だがアーシアのとる行動は一つ。

 

「君もティアを狙うなら、私は容赦しない」

 

 アーシアが剣を構える。少年が刀に手をかけ、竜が吼える。

 

「通すつもりはないようですね。では僕もファフニールに乗って馬車を追うのはあなたを倒してからにしましょう」

 

 ファフニール、それが竜の名前か。

 

「自己紹介が遅れたな。我はファフニール、リオカオスとも呼ばれている」

 

 竜が発した声は低く重みがあった。

 

(また喋る竜か)

 

「私はアーシア。君は?」

 

「僕は飛燕と言います」

 

 アーシアと飛燕は睨み合いながら名乗った。

 アーシアは切り込めずにいた。敵は飛燕だけではない、ファフニールもいる。

 飛燕の力量はわからないがファフニールは話す事が出来るので、ティアマトの様に特殊な存在だ。その力もティアマトと同様と考えていいのだろうか?

 

 ティアマトの一撃はロイドを窮地に追いやった。ロイドはハンターの中でもかなり頑強だ。アーシアは彼より頑強なハンターは、一人しか知らない。そして防具も優秀だ。

 そのロイドを打ち据えた一撃。ファフニールの攻撃力はそれに匹敵すると仮定する。

 

 一撃でももらえば危ない。

 

 ならばその火竜を従えていると思われる飛燕の戦闘力はいかほどのものか。

 改めて見ると外見的特徴がロイドと対照だ。だが、アーシアが感じる闘気はロイドに勝るとも劣らない。

 アーシアの正面に飛燕、その脇に火竜。

 アーシアは腰のポーチから目的の物を取り出し、盾を持つ左手に握る。

 飛燕はわずかに姿勢を低くし半身を開く。が、そこから飛燕が仕掛ける様子は無い。

 

 動いたのはアーシアが先だった。

 

 飛燕に向かって突進する。走り出す際に左手に握った弾を落とす。

 竜は当然のごとくブレスで迎え撃とうと身構えた。

 爆発音。アーシアの背後で世界が白に染まる。閃光玉の放った光は火竜の目を灼き、怯ませる。アーシアの正面に立つ飛燕は、閃光がアーシアの身体である程度遮断されたため、目を伏せる事で光を無効化した。

 本来閃光玉の光は目を伏せても、まぶたの下の瞳が痛む程に強烈な光を放つが、アーシアの身体が光を妨害し飛燕には効果が無かったのだ。

 だが、これはアーシアの思惑。

 火竜を怯ませ無力化し、その間に飛燕の実力を計る。

 

 アーシアは一気に間合いを詰める。だが飛燕はまだ刀を抜かない。

 間合いは後一歩。飛燕が踏み出し、アーシアが剣を振り下ろした。

 飛燕の刀は未だ鞘の中。オデッセイは飛燕の肩口目掛け疾走する。アーシアは勝利を確信した。

 鞘走りの音。

 アーシアの視界の端にかすかな煌めき。その一撃は疾風。見えたのは一瞬。背筋に走る悪寒。

 金切り音。火花が散る。

 アーシアの胴に触れるか触れないかのところに、刃はあった。

 それを受け止めたのは、軌道を変えたオデッセイだった。

 

「くっ……」

 

 飛燕が刀を引き、アーシアは大きく飛び退いて間合いをとる。アーシアの背中がじっとりと冷や汗で濡れていた。飛燕の隣、ファフニールの視力が回復したようだった。

 聞いたことがあった。刀を鞘に収めた状態から繰り出される神速、一撃必殺の技。和国特有の剣技。確か名前は……。

 

「気合い……」

 

 アーシアの声は戦慄をにじませていた。

 

「居合いです」

 

 飛燕が訂正した。

 飛燕の技は一撃必殺。だがその必殺は人を対象にしたもので、竜は対象外だ。

 居合いに二太刀目は無い。与えるダメージが大きくても一撃で倒せなくてはそこで返り討ちにあう可能性は高い。

 アーシアはそこで一つの可能性を考えた。

 

「飛燕、もしかして君はファフニールを従えているのではなく、従えられている?」

 

 飛燕の表情は変わらない。

 

「居合いに二太刀目は無いって聞いたよ。君の太刀が鋭くとも一太刀で頑丈な竜を倒せることは稀。そうでしょう?」

 

 アーシアの言葉に火竜が口を開く。その居合いではファフニールを倒す事は出来ない。

 

「なるほど、自分より弱い者に我が忠誠を誓うはずがないと。そう考えたのだな」

 

「貴女は勘違いしている様だ。僕はファフニールを従えていないし、その逆でもない。僕達は同志。対等な関係なんだ」

 

 飛燕が刀を鞘に納め、再び居合いの構えをとる。

 

「僕達の目的は同じ。それを果たすには銀色の月が必要」

 

「参ろうか」

 

 火竜も同様に身構える。

 

「律儀だね。ティアを追うなら私を無視して飛んでいけばいいのに、自分の言葉を守るか」

 

 火竜がブレスを吐き、飛燕がその後を追う様に疾駆する。

 

(でも、そういうの嫌いじゃないな。ロイドの愚直さにも似てるし)

 

 ファフニールのブレスは異様だった。赤く燃え盛る炎は紫電を纏っていた。

 アーシアは横に飛び、ブレスの軌道から逃れる。

 そこでブレスは更なる異様を見せた。いや、異様が見えた。

 

「っ!」

 

 三つに分かれたブレスの一つがアーシアに迫る。否、分かれたのではなく、分かれていた。

 ブレスは最初から三つだったのだ。そしてこのブレスはフルフルのそれと同一。

 アーシアはそれを盾で防ぐ。腕に衝撃が走り炎は防がれた。が、熱と電流が盾を通してアーシアの身体を蹂躙した。

 そこへ飛燕の裂帛の気合いと共に、刃が迫る。

 再びオデッセイで居合いを防ぐ。剣の腹で受け止めるも衝撃は重く、力で抑えようにも身の軽さ故に翻弄される。

 刹那。

 僅かに崩れた体勢を立て直すアーシアの目の前。刀がその軌道を巻き戻すかの如く駆けた。雷光の速さで吸い込まれるように鞘に納まった刀が、再び迸る。

 無我夢中だった。崩れたままの姿勢で強引に剣を引き寄せた。刃と刃が噛み合う硬質な音が轟く。

 だが、飛燕の剛剣は生半可な防御などものともせず、アーシアを吹き飛ばした。

 

「あぐっ、あ……」

 

 地面に叩きつけられたアーシアの細い呻き。

 

「片目で二度、いや三度も僕の太刀を防ぐとは。でもそれも長くは続かないでしょう」

 

 飛燕が構え、火竜が飛び上がる。アーシアが身を起こす。

 

「私はこの目をハンデと思ってない。それに私は人より電気耐性が強い。君こそ自慢の太刀を防がれた事を危惧したら?」

 

「気丈な人だ」

 

 どこか楽しそうに飛燕は言った。

 

 火竜が空中からブレスを放ち、飛燕が走る。

 アーシアは後ろへ飛んだ。空中からのブレスはアーシアの手前に着弾する。

 アーシアは空中で体勢を整える。

 だが、不意に浮遊感とともにアーシアの体が舞い上がった。

 爆風が彼女の体を持ち上げたのだ。

 火竜が空から踊り掛かり、飛燕が飛ぶ。

 空中で体勢を崩した彼女は、飛燕達にとってただ無力な獲物だったろう。

 だが、その状況でアーシアは不敵な笑みを浮かべていた。

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