銀色の月   作:月光カナブン

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第7話 偽善者

 状況は良くない。

 絶体絶命という訳でもないが、ロイドの格闘技術ではテリサを撃退するのは困難だ。

 

 肘打ちから体を沈めての回し蹴り。普通なら放たれた蹴りは相手の足元をすくう水面蹴りへと派生する。しかしロイドはこれを相手の胴を狙って放った。水面蹴りと予測した相手はロイドの一撃を受けるはずだった。しかし相手はロイドのフェイントを読み、蹴りを肘で受け止めた。

 

 相手は格闘戦の駆け引きに長けているばかりでなく、反射の早さも半端ではない。

 ロイドの攻撃は全て見切られていた。だが、防戦に回るわけにはいかない。このテリサを相手に反撃の機を見付ける前に打ち倒される。ロイドは攻勢を維持し、力と速さで押し切るほか無い。

 

 ロイドは劣る技術を鬼人化で身体能力を高め補う。

 鬼人化は狩人の身体能力を高めるが、体力を消耗させるので発動時間が短い上、疲労と筋肉痛という形で反動が返ってくる。持久戦は不利だ。

 故にロイドは早期決着を望んだ。

 

 ロイドの拳がテリサに叩き込まれる。その威力は弾丸にも匹敵する。

 テリサはその手首を手刀で弾く。

 弾かれた勢いでロイドの体が旋回。テリサの側面に回り込み爪先を跳ね上げた。

 テリサは腕を交差させそれを防ぐ。

 ロイドは蹴りを止めた腕を踏み場にし、軸足で地を蹴り、テリサの背後へ跳んだ。

 空中で体をひねりテリサの背中めがけて蹴りを繰り出す。ロイドの足は何もない空間を抉った。

 テリサは軽く後退し、更に間合いを放していた。

 

「まるで猿ね」

 

 テリサは肩で息をしていた。

 腕が微かにふるえている。強化されたロイドの攻撃を受け止めるのは流石に難儀なことだったらしい。

 

 そして、静寂。

 二人はにらみ合ったまま動きを止める。

 聞こえてくる爆発音はアーシアと交戦している火竜のものだろうか?

 そして背後から鳴き声。ギャアギャアとやかましい。

 

「ビリー鳴くのは後にしてくれないか」

 

 視線はテリサに向けたままでロイドは言った。

 

「僕じゃないニャ」

 

 鳴き声は収まらない。むしろ大きくなっていく。

 

「やかましいぞアンタ」

 

 テリサが仕掛けてくる様子は無いので振り返っみる。そこにいたのはロイドもよく知っているもの。

 赤い体と瞑らな瞳がキュートなイーオス君の群だ。

 

「うぉいっ!」

 

 ロイドの体が驚愕で跳ね上がり、跳ね上げられた足が一頭のイーオスの腹を蹴り上げた。

 蹴り倒されたイーオスはぐったりとして気を失う。

 仲間を攻撃されたイーオス達が激高する。

 ロイドは半眼でテリサを睨む。

 

「アンタ、俺がいつ気づくか楽しんでただろ」

 

「そんな目で睨まれたら、お姉さん困っちゃうな」

 

 困って無いテリサが困ったように身をくねらせる。まぁ、可愛いから許す。

 目の前の相手に気を取られすぎていた。うかつだ。

 

「ひとまずこの勝負預ける」

 

 テリサはそう言うと腰のナイフを引き抜いた。

 テリサはナイフ構えて息を吐く。ロイドも鬼人化を解き、ルトガーから預かったギルドセーバーとボウガンを抜く。

 愛刀は馬車の中。取り出す余裕がないわけではないが、ロイドの力量ならばイーオスと素手でも渡り合える。

 テリサはモンスターとの戦いにはなれていないのだろう。自分との勝負を後回しにし確実にイーオスを片付けようとしていた。

 

 イーオスは無数にわいてくる。群れているだけはある。

 テリサとの戦いは普段の狩り、竜との戦いに似ていた。ただし狩人がテリサでロイドが竜だ。

 力で勝る竜のスキをついて戦う狩人。ロイドは狩られる側の立場でテリサは狩る側。格闘技能と対人戦に長けた彼女だからこそそれが出来たわけだが、その技術が竜に通じるわけではない。イーオスが相手でもテリサは全力で戦わねば命を落とす可能性がある。

 気を抜けば命取りになるのはロイドも同じだが、ロイドにとってイーオスはそれほど恐ろしい相手ではない。

 この数でなければ、だが。

 

 テリサが飛び出し近くのイーオスに蹴りを浴びせる。怯んだイーオスに銀光が走る。突き出されたナイフは正確に急所を貫きイーオスを絶命させた。

 牙をむいたイーオスに身をひるがえしたテリサが斬りつける。ナイフは喉笛を斬りどす黒い血を飛び散らせた。

 流石に大した身のこなしだ。そこいらのハンターより良い動きだ。しかし彼女の武器は刃渡りの短いナイフ。戦えば戦うほど彼女の攻撃力は低下するだろう。

 ロイドは馬車を守りながら剣を振る。

 一振り一振りがイーオスを血に沈めていく。だがそのいずれも急所を避けた一撃。

 ロイドは無意味な殺生を好まない。殺す事にためらいを感じるわけでは無いが、やはり後味が悪い。それに無闇に狩っても自然破壊になるだけだ。

 ロイドはひたすらイーオスの戦闘能力を奪う。

 剣の腹で脳天を叩く。その後ろから飛びかかる奴に向けボウガンの引き金を引いた。

 ロイドの前方からイーオスの悲鳴。

 小さな影がイーオスをなぎ倒していた。

 

「……ビリー。マジで強かったんだ」

 

 ロイドの顔に驚きと困惑が浮かぶ。

 ビリーは右に左に攻撃を避け確実にイーオスを仕留めていく。

 

「ティアは?」

 

 視線を巡らすと、馬車の周りを旋回しながら火球を吐く幼竜の姿があった。

 

「今日は変なことばかり起こるな」

 

 周りを見ればすでにイーオスは半分に減っていた。

 鈍感なイーオス達も勝機が無いことをさとったのか逃げだした。

 ただし彼らが走り去ったのは、来た道とは逆の方向だ。

 

「数は多かったが楽勝だったな」

 

 元々ビリーとティアは戦力として考えてなかったのだが、彼らはロイドの予想を裏切りイーオスをなぎ倒した。

 

「さて俺達も決着を付けるか」

 

 剣に付いた血を拭い鞘に戻す。空手になったロイドは再びテリサと向き合った。

 テリサもナイフをしまい、構えをとる。しかし、テリサから感じる覇気は弱く、顔色も心なしか悪い。

 

「あんたイーオスの毒にやられただろ?」

 

 ロイドの問いにテリサは無言をもって答えた。その意味は肯定。

 テリサが微かに微笑み、駆ける。

 矢の如く繰り出された拳は風を切って飛来した。単純な正拳突きでありながら、それ自体が技として成立しそうな一撃。

 だが、テリサ本来のものよりキレが無く、遅く、軽い。ロイドが恐れた攻撃力は既に無い。

 ロイドは右腕で突きを絡めとり、左手で手首を掴む。瞬間、テリサの体が浮き上がり地面に叩きつけられた。

 

「やめとけ、いくらあんたでも弱った状態で俺には勝てない」

 

 悔しそうにテリサが唸る。そのテリサに顔を背けて言った。

 

「それに女性をいたぶるのは俺の主義に反する」

 

 自分で言っておいてなんだが結構恥ずかしい。

 

「ビリー馬車の中に解毒薬があったはずだ」

 

「わかったニャ」

 

 ビリーが馬車に駆け込んだ。

 

「あなた少し敵に甘すぎない?」

 

「こう見えても平和主義でね。偽善だけど」

 

 ロイドは偽善と言う言葉が好きだった。正義を貫く、というのは難しく、むず痒い。

 誰かの正義が、別の誰かには悪と成り得る。自分の正義が誰かを傷付けるかも知れないと思うと、正義と言うものが疎ましくさえ思えた。

 そもそも正義という言葉が嘘くさいともロイドは思う。そう考えるロイドにとって善意なのに嘘、というのは非常に好感が持てる。偽善の対義語、偽悪に関しても同じだ。

 

「薬ですニャ」

 

 ビリーが瓶を差し出した。蓋を開けテリサに渡す。

 

「辛い」

 

 テリサがうめく。きっとソの付く誰かのせいだろう。

 ロイドは微かな振動を感じた。ふと辺りを見回すとイーオスがやって来た方向から、並ならぬ威圧感と熱気。

 ソフィの言葉が脳裏によぎる。森の主、鎧竜。

 彼女と別れた後調べてみたのだが、元々ここは活動してないが火山だとわかった。鎧竜が好む地形的条件を備えている。

 

「さっきのイーオスは鎧竜から逃げてきたのか」

 

「鎧竜と戦うには街道であるここは狭いですが、少し先に広場がありますニャ」

 

「よし、そこまで奴を誘導しよう。俺が囮になる」

 

 本来なら無視しても構わないのだが、ロイドのいる地点はアーシアが戦っている場所とあまりはなれていない。

 戦いの気配に鎧竜がつられてしまえばアーシアが窮地に陥る事も考えられる。

 それ故に、ロイドは鎧竜を無視出来なかった。

 

「ビリー、馬車を避難させてくれ。熱線が当たると大変だ。荷物が駄目になったら特産品が食えなくなる。そうなったら俺達はアーシアにボコボコにされる」

 

「わかったニャ。特産品は死守するニャ」

 

 ビリーは街道の先にある広場の更に奥に馬車を避難させることになった。

 

「ティアは俺といろ。ただし鎧竜の熱線には十分に注意しろよ」

 

 ティアはロイドの肩で翼を休めながら頷いた。

 ロイドはテリサを振り向いた。

 

 

「問題はあんただな。本当は馬車と一緒に避難させたいが、今は一応敵だからそういうわけにもいかない」

 

 テリサは不敵な微笑みを浮かべた。

 

「お姉さんを見くびらないで。おかげで毒も楽になったし、鎧竜の攻撃をかわすくらい造作もない事よ」

 

 確かに、鎧竜の一撃は重いが動きは決して速く無い。

 

「ティア、鎧竜との交戦のドサクサに紛れてさらわれないように注意するんだぞ。知らない人にお菓子もらってもついていっちゃいけないんだぞ」

 

 ロイドがティアに世間の常識を教育していると、木々を揺らしながら巨大な影が現れた。

 岩の様な躰と力強い脚、発達した顎。まるで戦車の様な竜。

 鎧竜は一般的には白っぽい色をしているが現れた竜はところどころ苔や泥で汚れている。しかしそれが逆に、森の主といった貫禄を演出していた。

 

「来た。とりあえずテリサは先に逃げろ」

 

 テリサはしぶしぶ街道を走っていった。

 

「さて、主役も来たし、始めるか」

 

 ロイドは背中の愛刀に手を伸ばす。が、その手は空を握る。

 

「あれ?」

 

 そういえば鬼斬破は馬車の中だ。

 

「カッコつかねぇな」

 

 ロイドの落胆をよそに、鎧竜の咆哮が大気を震わせた。

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