アーシアは飛燕と睨み合った。
相手が仕掛ける様子は無い。
動かないなら、こちらから動くまで。
一陣の風が吹いた。その風に乗り、アーシアもまた疾風となる。
一息に間合いを詰めようとするアーシアを、ファフニールのブレスが歓迎した。アーシアはそれを二条の剣閃で切り裂く。
爆炎と熱風が全身を焼くことも、電流が身体を走るのも無視。立ち上ぼった煙に紛れ、オデッセイを繰り出した。
甲高い音ともに疾風の一撃を受け止めたのは、居合いの太刀。
押し込む少年の腕力は、竜の力を得たアーシアに張り合おうとする。
アーシアは力の勝負に訴えず、居合いを受け流す。刀に押されて流れる身体。その流れに乗って繰り出したインドラが少年に迫る。
飛燕は後ろに飛び退いていた。
インドラは長い髪を数本撫で切った。
再び間合いが離される。
アーシアは逃すまいと飛燕を追った。
飛燕は刀を納刀せずに抜き身のまま構えていた。
迎撃は雷光のごとき刺突。アーシアは踏み込んだ足を支点に旋回し、突きをやり過ごす。
刹那、突きが軌道を変えて、横薙ぎの斬撃となった。
点から線へ。
「くっ」
ここで逃れるわけにはいかない。距離を離せば、黒い飛竜の介入を許す事になる。
アーシアもオデッセイで応戦。火花を散らして刀と剣がぶつかり合い、弾かれ合う。
だが、刀の軌道は止まる事はなかった。吹き荒れるような刀の動き。一つ一つが鋭利な斬撃だ。
線から面へ。
それはアーシアを寄せ付けまいと、無数の太刀筋となって飛燕を包み込み。
面から立体へ。
それは刀の結界だった。
近付けく者を切り裂き、接近を許さぬ、攻防一体の絶技。
だが、アーシアは怯まなかった。
確かに目の前結界は恐ろしく速く、戦慄の鋭さを持っている。
しかし、居合いの太刀に比べれば、余りにも重さと力が足りない。
そして、降竜儀により強化されたアーシアの胴体視力は、結界の一太刀一太刀を認識、把握する。
結界に二振りの剣で挑む。剣と刀の攻防にファフニールの入り込む余地は無い。
不意に結界に綻びが生じた。弾かれた衝撃に翻弄された太刀筋によって生まれた僅かな隙間。
その隙間に狙いを定め、アーシアの剣が掻き乱す。
綻びは傷となり、アーシアの剣は傷を押し広げて行く。
「やああああああああ!」
アーシアの渾身の一撃が結界は砕き、再び空中へ。
飛燕はその名の通り、燕のごとく、バックステップで跳んだ。それを追って地を蹴るアーシアに覆いかぶさる影。
火竜の爪はアーシアをかすめた。アーシアは傷を負いながらもすれ違い様に火竜を足蹴にして更に跳躍する。
左肩から流れた血が彼女を黒く染めていた。
戦姫に刀を振り下ろした。
勢いを刃にのせたアーシアの剣と刀が噛み合い、火花を散らす。
同時に右から迫るインドラ。
飛燕は押し合う刃を支点に身をひねり、やり過ごす。
「もらった」
その言葉は後ろから聞こえた。
飛燕が体をひねると同時に体を旋回させたアーシアに背後を取られたのだ。
背中に激しい衝撃。下方に新たなベクトルを加えられた飛燕は大地に落ちる。
飛燕は振り返りながら受け身をとる。
アーシアと火竜がぶつかり合い、火竜は空へ押し戻され、アーシアが地に降る。
アーシアの足が二条の線を大地に引いた。
「ぬぅ、私のキュートな顔にキズが……」
確かにキュートなお顔です。と内心で頷く。
額から血を流したアーシアが嘆く。見た限りではかすり傷だ。
それより肩の方が重傷では、と思ったが既に血は止まっている様子。竜を宿した彼女は文字通りの化け物だ。降竜儀を発動した事で回復力が尋常ではなく早い。もはや再生と言っていいレベルだ。
多少の傷を無視して攻め込んでくるのは、この再生能力のためだろう。
だが、その力は長く持たないはず。傷を癒すのも爆発的な力を発揮するにも、尋常では無いエネルギーを必要とする。アーシアが果敢に攻め立ててくるのは、自身がガス欠になるまえに飛燕を倒そうとしているからに違いない。
飛燕の結界は溜めた闘気を解放して繰り出される。
イメージは引き絞った弓から放たれる矢のような技、荒れ狂う暴風。
それに対してアーシアは嵐、それも意志を持った。更に言うなら翼を生やした弾丸。空中で振り降ろされた刀を受けた時、普通なら衝撃で地面に押し戻される。しかしアーシアは違った。ほとばしる闘気には推進力もあるのかもしれない。
アーシアが額の血は既に止まっていた。流れたのは少量。だが風に吹かれた血はアーシアの顔を染めている。
可憐な少女が血にまみれた姿は、非日常的であり凄惨であり、壮絶なまでに美しい。だが……、
「あれでは天使と言うより赤い悪魔かも」
互いに息を乱し、視線をぶつけ合う。
アーシアの眼が次の一撃で勝負を決すると語っていた。
「面白い」
飛燕もそれ応じることにした。
飛燕は弓を引き絞るような突きの構えを取り疾走した。自慢の居合いは既に見切られているだろう。
単純な突撃、だが回避のタイミングは難しい。
アーシアもまた突進してくる。
ファフニールが空から踊りかかる。
見据えていたアーシアの姿が霞んで見えた。
「退けっ、飛燕!」
危機を感じたファフニールの狼狽の声。
「な、ファフニール!?」
次の瞬間、飛燕が感じたのは猛烈な衝撃と浮遊感。ファフニールが飛燕を掴みアーシアから逃れようと羽ばたいていた。
聞こえてくる美しくも不気味な吐息の旋律。
それはアーシアが降竜儀を発動した時、聞こえたもの。
コマ送りのように時間が経過する今ならわかる。その唄が。
「この力は偽り。されど仮初めの竜は我が剣を猛らせ、破壊を顕現する」
アーシアが跳ぶ。蹴られた地からめくりあげたように大量の土が舞い上がる。
ファフニールに掴まれたまま刀を手に添え防御の構えをとる。
「ジャッジメントクロスっ!」
語尾を聞いた瞬間、アーシアの腕がかき消える。
二条の閃光が交差した。
刀を持つ腕が軋み、怒濤の衝撃波が飛燕とファフニールの身を打ち据え吹き飛ばす。
火が身を焼く、竜の力が蹂躙する、雷が身を裂く、そして水に流される。
鋼がぶつかる音を聞いた。そしてアーシアの剣が音より速いと理解した時、飛燕とファフニールは地に沈んでいた。
えぐられた土とへし折られた木々がアーチを作っていた。それはファフニールが地を滑った軌跡。
薄れゆく意識を奮い立たせ身を起こし、ひざが折れる。刀が手から落ちる。右腕が折れている。
ファフニールはかろじて意識はあるが動かない。
アーチの向こうから戦姫が歩いてくる。脚が動かない、前に倒れる体を左腕支える。
額に冷たい殺気。顔を上げ、剣を突きつけるアーシアを見据える。
「完敗だ。ファフニールが助けてくれなければ僕は死んでいた」
飛燕は正直に負けを認めた。
「あの技、君達なら死なない程度に防ぐと確信していた。気付いてるだろうけど、君の敗因は一つ。一太刀目の居合いで私を仕留めなかったこと。あの剣の結界。あれほどの技を使えるんだ。それは十分に可能だったはず。何故そうしなかった? 最初から君が本気だったら、私は初撃で死んでいてもおかしくないんだよ?」
確かに、闘気を込めた居合いなら、あるいはアーシアを初撃で倒せたかもしれない。だが、
「言ったはずですよ。僕はあなたの竜の力をみたいと」
「それが理由?私を倒してティアを追うべきなのに、酔狂だね」
アーシアが剣を落とす。纏っていた神々しさは消えていた。
「くっ、さすがにきついな」
アーシアが膝をついた。両手の剣が地面に突き刺さる。
「ああ、悔しいな……勝ったのに倒れるなんて……」
アーシアは肩で息をしながら、目線で飛燕を見据えた。
「大丈夫ですよ、僕も限界ですから」
「そう……」
アーシアは安心したようにうな垂れ、そのまま地面に倒れこみ、そのまま意識を失ったようだ。
「力の遣った反動でしょうか」
悔しいと言っていたがその寝顔は満足そうだった。
「寝顔は間違いなく天使ですね」
赤いけど、と心の中でつけ加えた。
飛燕も疲労が意識が遠のきそうだ
前に倒れればアーシアに覆いかぶさる事になり、横に倒れれば天使の寝顔と対面する事になる。
飛燕は疲れた身体を叱咤して、後ろに倒れこんだ。相棒の身体にもたれるようにして目を閉じる。顔が赤くなるのを感じた。ファフニールが笑っていた。
「なるほど、天使降臨、ですか……」
呟いて、飛燕は目を閉じた。
アーシア:人々の未来のため命を捧げんとするルトガー、その叫びがアーシアを目覚めさせる! 次回銀色の月、走れアーシア!また一人友が死んでいく! 乱世の怒りが私を呼ぶ。
ロイド:次回はルトガーが死ぬのか?
アーシア:死なないよ、ルトガーは元気です。