銀色の月   作:月光カナブン

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第12話 狂走円舞 二

 ティアマトとの対話は心の中での事。交わす言葉は多くとも、口と口でする音の会話よりかかる時間は短かった。

 

(汝と戦った後、我は僅かだが余力があった。しかし肉体は既に死に近づいていた。故に 我が魂を片鱗に宿し、使命と共に汝に託した。そして、この魂の片鱗がようやく汝の魂に干渉出来た)

 

(魂の片鱗……、そのまんまじゃないか。)

 

 ようやく干渉出来た、それは今までに何度か干渉を試みたと言うことだ。セレムで聞いた声は気のせいではなかったのだ。やはり、憑かれてるのと変わらない気がする。

 

(我が力で汝に助力しよう。大したことは出来ぬが、汝の弱点を補う。汝は鬼人化で身体を痛めてしまう事がある様だな)

 

 確かに鬼人化を使用し身体を痛める事はよくある。大きな傷にはならないが、それでもロイドの弱点である事には間違いない。

 

(我は守護者だった。その役割は守ること。汝が鬼人化した際は、我が特性で汝の身体を保護し負担を軽減しよう)

 

(それは心強いな。ただ、それでは現状改善にはならない。腕を癒すことは?)

 

 鎧竜から赤いガスが吹き出し熱線が止まる。

 

(すまんが我が特性の一つを汝に分け与えるのが限界だ)

 

(そうか)

 

 やはりこの場はこの負傷した腕で切り抜けるほか無い。元よりそのつもりだった。ロイドの落胆は少ない。

 

 ロイドは痛みを無視し駆けだした。

 鎧竜との間合いを詰めなければ再び熱線が来る。

 

(まずは剣を拾う)

 

 接近するロイドに鎧竜が身構える。

 振り回される尻尾。唸りをあげるそれを転がって回避。

 そのまま全力で大地を蹴った。跳びあがりざまに伸ばした左手を地に付ける。全身をバネを駆使して跳ね上げ、体は空中で一回転。

 狙い通り体はギルドセーバーへ向かった。着地直後にとった前傾姿勢から手を伸ばして剣を掴む。

 目の前には鎧竜の巨体。ロイドは後退せずに、逆に鎧竜に飛びかかった。

 飛び上がり、下からすくい上げた一撃は堅い殻を僅かに削った。それをひるがえし更に剣を突き出す。

 刺突は鎧竜の胴を浅く抉り、ロイドと鎧竜を縫いつけた。

 ロイドを振り放そうと鎧竜が激しく体を揺する。ロイドの身体を激震が襲い、その身を吹き飛ばす。

 それはロイドの狙いだった。下手に後退しても尻尾に叩き潰されるのがオチだ。ならばいっそ弾き飛ばしてもらおうと。そしてロイドはまんまと鎧竜の間合いから逃げ出した。

 

 一息つく。トリックスターには及ばないが、我が事ながらなかなかの曲芸だった。

 剣を取り戻したが、結果として痛んでいなかった左腕にも負担をかけてしまった。しかし浅はかな行為とは思ってはいない。剣が無ければ戦う事も出来ないのだ。

 

 その時、風を切る音。飛来したナイフが当たり、鎧竜の注意がそれる。

 テリサか? ロイドの視線の先にあるシルエット、テリサではない。

 長く伸ばした髪を結わえ、艶やかな服に身を包んだ人影。

 

「ソフィに頼まれて様子見に来たけど、相変わらず無茶してるわねロイド」

 

 走りよってきた人影が美しい声で話しかける。だが美しいが故にそれは異様だった。

 

「ノアか。こんな所で会うとは奇遇だな」

 

 ノア。ロイドの住む街カナンを拠点とする行商人。扱う品は豊富で質が良く、狩人達やギルドに信頼されていて頼りになる。

 特徴、ロイドの知る限り最強の行商人で、美しきオカマ。

 

 今日の荷物は商売の為の物ではないようだ。彼が手に構えたデカイ鎌、執行人の大鎌だ。執行人の大斧の柄と、鎌威太刀の刃を組み合わせて作られた武器。特殊な仕様で大剣でありながらハンマーとしても機能する。しかしその特異な武器を扱うことが出来るのはノアだけである。

 

(これはまた面妖な助っ人だな)

 

 ティアマトが唸る。確かに、否定はしない。

 新たな乱入者を前に鎧竜が雄叫びをあげた。テリサとティアはリアクションに困っている。

 

 鎧竜が体当たりを仕掛けた。ロイドとノアは同時に飛び出し、これをかわす。

 鎧竜がたたらを踏むその隙に、

 

「ロイド、しばらく私に任せなさい」

 

 ノアが何かを投げ渡してきた。それは鬼斬破とそれにくくりつけた薬瓶。

 

「これは……秘薬か」

 

 秘薬には死者を蘇らせる効果があると言われる程の治癒効果がある。

 その希少価値は高く、市場に出回る物の多くはまがい物だ。しかし例えまがい物でも、非常に良質な物があるのも事実。

 ロイドは鎧竜から離れながら瓶のフタを開け、飲み干した。いつもの事だが、不味い。最近不味い薬しか飲んでいない。お口直しに美味しいコーヒーかトマトジュースが飲みたくなった。

 背後ではノアが鎧竜をあしらいながら鎌を振るっている。

 

「鎌を持ったオカマが暴れてる」

 

 駆け寄って来たテリサの声からは畏怖が伝わってきた。

 

「テリサ、ついでに剣も頼む」

 

「言うと思った」

 

 テリサにギルドセーバーを預け、鬼斬破を握る。テリサの腕の中でティアは大人しくしている。

 

「この子可愛いからもらって良い?」

 

 テリサの顔がにやけていた。

 

「絶対駄目」

 

(許さん)

 

 ティアマト、怖いよ。

 秘薬の効き目は素晴らしく、腕の痛みが引いていく。やはりノアが用意した薬は良質なものだった。

 刀を振って腕の調子を確認する。まだ本調子とは言えないが十分に刀を振れる。

 

(鬼人化する。ティアマト、頼むぞ)

 

(承知)

 

 刀を右手にロイドは疾風と化した。

 ロイドと言う名の一陣の風が吹いた。

 

「ノア、下がれ!」

 

 ノアと鎧竜に割り込むように、風は吠え、駆ける。

 駆けながら鬼人化。ノアが離脱したのを確認し、ロイドは加速した。

 鎧竜がロイドに反応するより早く、ロイドは跳躍し、大きく刀を振り被る。

 

 刀を振り下ろした勢いと、全身のバネを駆使し、ロイドの身体が竜巻のごとく旋回した。

 それが生み出す無数の斬撃は鎧竜の殻を削る。血風と殻の破片は竜巻に巻き込まれ、ロイドを赤黒く彩った。

 

 竜巻を振り払おうと叩きつけられる尻尾。

 赤い竜巻と白い鉄槌がぶつかり合い、火花を散らす。

 数条の煌めきが鎧竜の尻尾を斬り裂き、尻尾は煌めきを押し返した。

 竜巻が止まった。激しさを増したロイドの刀が鎧竜の尻尾に食い込んで止まったのだ。

 尻尾が振り切られ、ロイドは一気に刀を引き下ろす。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ロイドの砲吼と鎧竜の憤怒の怒号が重なり、尻尾が切り離された。

 尻尾を失い鎧竜が前めりに倒れ、ロイドもまた衝撃で尻尾と共に地に落とされる。

 すかさず、もがく鎧竜の懐に潜り込んだ。

 円を描く切っ先は殻を削る。更に一撃、二撃。刀が生み出す乱気流が鎧竜の殻を剥ぎ取っていく。

 

 腹の肉をむき出しにした鎧竜が激昂し、懐のロイドを踏み潰さんと足をあげた。

 とっさに飛び退くが、鎧竜の足は大きく間合いが広い。

 ロイドは辛うじて爪先を受け止めた。衝撃が全身を駆け巡り、足元で爆発。地面が陥没し粉塵を上げた。それは稲妻を浴びるに等しい衝撃だ。

 鎧竜が足に体重を乗せていく。だが、軸足の膝裏にノアが走る。華麗に弧を描く鎌、そのスピードは尋常ではない。膝裏に走った衝撃に鎧竜がバランスを崩し、ロイドは解放された。

 ロイドが懐から這い出すと同時に鎧竜が地に伏せる。だが伏せた鎧竜はロイドを追って体を転がせる。

 ロイドは後ずさりながら刀を振りあげ、投擲した。

 弾丸の如く飛来する刀は鎧竜の腹に突き刺さり、その動きを阻害する。

 さすがの鎧竜も耐えきれず、悲痛な声を上げ、横向きに止まった。

 

「ノア、手を出すな」

 

 油断なく鎌を構えるオカマに言った。

 

「こいつが襲ってきたのは俺にも原因があるからな」

 

 ロイドは動かない鎧竜に歩み寄り、刺さった刀を引き抜いた。その際、盛大に血が噴き出したが、大丈夫だ。

 鎧竜は溶岩に潜るという特技を持ち、熱から体を保護するため、内蔵は体の中心部にまとまっているという。

 刀は深く刺さったが内蔵を傷つけてはいないはずだ。

 

 ロイドは刀を構え、ゆっくりと鎧竜の前へ移動する。

 

「ソフィの話が本当なら、こいつはこの森の主」

 

「聞いたことあるわね、その話」

 

「ここの森の主と言うことはこの地の生き物の頂点ということだ。それを狩ってしまうと、どうなると思う?」

 

「新たにその頂点に立とうとする竜、モンスターが争うって事?」

 

 ノアが首を傾げる。それが似合っているのがこのオカマの恐ろしいところだ。

 

「そうだ。そして争い合う間、常に気が立っている竜達は必要以上に攻撃的になる。つまりこの辺り一帯の治安が乱れ、人々に危害が及ぶ可能性があるんだ」

 

(なるほどな、なかなか思慮深いではないか)

 

 感心したティアマトの声が響く。

 

(誉められて嬉しいが、事の原因は多分あんたにもあるんだ)

 

 ロイドはチラリとテリサとその腕の中のティアを見やる。

 

「ここの近くに竜脈というものがある。数日前戦った竜がその力を使ったんだが、この鎧竜はそれを関知したんだ」

 

 首元を飾るウロコを指す。

 

「これがその竜のウロコなんだが、これを持つ俺を竜脈の力を得た者と認識した。自分の地位を保つには、力を持つ者を排除しなくてはならない。だから襲ってきたんだ」

 

 ロイドは鎧竜の前に回り込み、その目を見据える。

 

「勘違いさせて悪かったな。俺はただの通りすがりなんだ」

 

 ロイドの言葉に反応し鎧竜がうなる。

 その目に凶暴な輝きは無い。

 穏やかな目を見てロイドは安堵した。少し前までは殺し合いをしていたが、争う理由が無いならそれでいい。無意味に命を奪うのは信念に反する。

 

「やっぱり、平和主義なのかな?」

 

 からかうようにテリサが言った。

 

「何となくだが、こいつから邪気は感じなかったんだ。討伐対象となる大抵の飛竜は何かピリピリした雰囲気があるんだ。殺気立ってるってことだな。けどこいつは何というか大らかな感じがした。それも殺したくない理由の一つ。結局偽善なんだが……」

 

(そんな偽善も悪くはない。ところで我からも邪気を感じたか?)

 

(何かもうあり得ないくらいビリビリしてた。殺気とかハッキリ言って怖かったぞ)

 

 一息ついてから腰を下ろす。

 隣にテリサが座り、ティアが飛びついてきた。

 愛らしい幼竜の頭が鼻にクリーンヒット。ロイドは鼻血をぶちまけながら仰け反った。

 

(どうやら随分気に入られたみたいだな。良い名も付けてくれた。汝、娘の婿にしても良いぞ)

 

 お父さん、そいつぁ無理ってもんだぜ。

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