銀色の月   作:月光カナブン

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第13話 吹き上がれ! 鼻血

 ロイドはハンカチで鼻血を拭い、丸めたちり紙で鼻孔に栓をした。最後にノアの鏡でチェック。

 

「よし、ハンサム」

 

 キラリと白い歯を光らせて鏡を返す。

 

「ホントハンサムね、今度デートしましょ」

 

 鏡の覗きながらノアが言った。当然だが却下だ。

 

「ロイド、誰この人?」

 

 テリサが不審げに言った。確かに、鎌を持ったオカマは怪しくて仕方ない。

 そんなテリサにあからさまに態度を変えたノアが自己紹介した。

 

「はじめまして、ノアと言います。以後お見知り置きを」

 

 突然、貴公子に。オカマだが元が良いので、男に戻ったノアはただのイケメンとなる。大抵の女性は好意を抱く。

 このオカマの恐ろしい点、男好きでありながら無類の女好き。要は彼が気に入れば男も女も関係ない。いや、同じ生物である必要もない。噂ではより多くのモノを愛するためにオカマになっとすら言われている。

 もっとも彼のナンパ成功率は恐ろしく低い。いくらハンサムでも普段オカマなので大抵の女性は幻滅してしまうのだ。

 

「あなたのような美しい女性に出会えるとは、今日は素晴らしい日だ」

 

 テリサが助けを求めてロイドを見やる。

 しかし、ロイドはティアと戯れたり、依然として居座る鎧竜とにらめっこしたりと多忙だった。

 

「平和だ」

 

 とは言うが実際は平和ではない。テリサと鎧竜を退けたが、まだ刺客が残っている可能性は十分にある。アーシアやルトガーはまだ戦っているかもしれない。今くつろいでいるのは単に休息だ。

 

(鬼人化の際、体を保護したが完全とはいかなかったか)

 

 ティアマトが語りかけてくる。

 

(そうでもない。あれだけの動きをしたら、いつもなら全身の疲労で動けなくなる。しかし今は体が軽い。予想以上の効果だ)

 

 ティアを腕に抱き地面を転がっても平気だ。転がった衝撃で息が漏れ、鼻孔のちり紙が勢い良く飛ばされた。

 

(ならば良い。我は休む。魂だけの我だが休息はいる。汝に力を貸すのは少々酷なのだ。また何かあったら鱗に呼び掛けてくれ)

 

 首から下げた鱗、これに呼び掛けるのか。どんな風に? 口元に寄せて、こちらロイド応答願う、とか。

 ティアを肩に乗せて立ち上がる。アーシアとルトガーの加勢に向かわなくては。だがその前に確認することがある。

 

「ノア、ここに来るまでにアイルーにあっただろ。どうしてた」

 

 歯の浮く様な言葉でテリサを口説いているノアに問う。ノアがやってきたとき鬼斬破を持っていた。向かう途中ビリーに合い刀を預かったのだろう。

 

「ビリーなら、今ソフィちゃんと一緒に山の頂上にいるわよ」

 

「ノア、歩きながら説明してくれ。テリサは休んでろ」

 

 ロイドは山道を駆け下りる。

 

「置いてくなんて、ロイドひどい~」

 

 苦もなくノアが追いついて来た。

 

「二日前の夜、私がベリスのギルドにいたら、ソフィが飛び込んできてね。私を見るなり駆け寄ってきたの。やっぱり私に惚れてたのかと思ったけど違ったみたい」

 

 走りながらガックリと肩を落とすノア、器用だ。

 

「あの娘からロイドが危険かもって聞いて、彼女の案内で飛んで来ちゃった。私の唐辛子はセレム産だしね、ソフィとは知り合いなのよ」

 

 なる程そういうわけか。

 ソフィがセレムを出たのは三日ほど前。普通の馬車ならベリスまでは三日かかる。その道を二日かからず駆けたことになる。

 

「そういえばロイドはシーマを知ってる?」

 

「ルトガーから聞いた名前だな。それがどうかしたか?」

 

「ベリスにいたのは私もセレムに向かう途中だったから。私はそのシーマに伝言を預かってるのよ」

 

 シーマに伝言、ギルドの陰謀を感じる。

 

「少なくとも、俺は会ってない」

 

「テリサが言うにはロイド達が来た道のどこかに待ち伏せてたみたいなんだけど」

 

 いいのかテリサ、味方が隠れてる位置教えて。

 でもテリサは結構サッパリした性格みたいだから教えかねない。

 辺りの雰囲気が一変した。

 なぎ倒された森の木々と、抉れた地面がアーチを作っている。その先にいるのは、

 

「アーシアっ!」

 

 ロイドの視線の先に血まみれの少女が倒れていた。その脇に黒い竜が横たわっている。

 

「アーシア、大丈夫か!?」

 

 アーシアに駆けより傷を看る。だがどの傷も既に塞がっている。右目の眼帯が外れ、顔が血で汚れているが、幸せそうな寝顔だ。

 

「ふがふが」

 

 寝言。寝ているアーシアの隣にティアが降り立つ。

 降竜儀を使ったのか。悪魔を宿したアーシアならば黒い竜を退ける際、このアーチを作ることも出来るだろう。

 

「あら可愛い子ね」

 

 後ろでノアが言った。アーシアとは面識があるはずだが? というか結構親しい仲だ。

 一体誰の事を指しているんだ?

 振り返るとノアは黒い竜にもたれるように眠っている少年を見て舌なめずりしていた。アーシアに気を取られて気付かなかった。確かに恐ろしく整った顔立ちの少年だ。その体はどこも傷だらけだ。アーシアという悪魔と戦ったのなら仕方ないが。

 黒いリオレウスもまた傷だらけだったが、違うのは意識があるらしいこと。

 

「黒いリオレウス……」

 

 殺気は無い。だが油断もしない。ロイドはいつでも動けるよう適度に体を緊張させた。

 黒い竜は僅かに開いた目でロイドを見据える。

 

「動くなよ」

 

 警戒しつつ歩み寄る。この竜は馬車を襲ってきた。野生の竜が人や馬車を襲う事は少なからずある。食うためか、それとも単なる遊びか八つ当たりか、理性を無くし手当たり次第に襲うか。

 しかしこの竜は背に人を乗せていた。上記の理由が該当するとは思えない。ティアが狙いと考えて間違いはない。

 竜にもたれている少年。特徴的な民族衣装と刀、容姿からして和国人。アーシアがセレムで見た人物だろう。

 

「事情を聞きたいが、そうもいかないか」

 

 傷だらけの少年には意識が無い。眠っている、という表現が当てはまるアーシアに対し、少年には昏睡している、が適当だろうか。

 

「ふふ、お兄さんが起こしてあげましょう」

 

 何をする気だ、オカマ。

 

「飛燕に近づかないでくれないか?」

 

 低く落ち着いた声。その主は黒い竜。ティアマトという前例があるが、喋る竜に対し驚愕は禁じ得ない。

 

「あら、良いじゃない。それとも何、ジェラシー?」

 

 ノアは多少驚いた様だが、すぐに気を取り直した。

 ある意味このオカマの方が驚愕に値する。

 何はともあれ、竜が話せるならば、事情を聞き出せる。

 

「このオカマは気にしないでくれ。それより聞きたい事があるんだが」

 

 ノアを無視して竜に話しかける。

 

「我々の目的か?言わずともわかるだろう」

 

「ティアだろ。目的ではなく理由を聞こうか」

 

「我々には銀色の月が必要なのだ。それ以上は我の一存では話せない」

 

 ロイドは刀に手をかけた。

 

「こちらは無理にでも、話してもらって構わないが?」

 

 脅すロイドに竜は、笑った。少し調子が狂う。

 

「ふっ。気を悪くするな。我々はそのお嬢さんに負けた。アーシアの言葉なら聞いても良い。だがさっきも言ったが我一人の考えで話す気はない。飛燕が起きたら話すかどうかを決めよう」

 

 ロイドは少年を一瞥した。昏睡している少年が目を覚ますのはしばらく先だろう。ロイドは刀から手を離す。

 

「わかった。彼が起きるまで待とう」

 

「すまないな」

 

 少年の脇にノアがしゃがみ込む。

 

「酷い傷だな。命に別状は無いけど。目立つのは打ち身、切り傷、骨折、火傷か。内臓にダメージが無いと言いのだけど……」

 

 先ほどの良く丸出しの態度とは打って変わって、真剣な表情でノアは手際良く応急措置を施していく。

 

「ロイド、アーシアの顔、拭いてあげなさい」

 

 差し出されたのは一枚のタオル。

 

「何、恥ずかしがってんのよ」

 

 むぅ、図星だ。

 

「アンタが怪我した時、そばにいれば、いつも手当てしてくれるでしょ? たまには恩返ししなさい」

 

 確かにそうだ。アーシアはいつも治療をしてくれる、荒いが。

 乾いてこびり付いた血は水気が無いと取れにくい。持っていた回復薬でタオルを湿らせる。

 

「その薬もアーシアのお手製ね。すごく苦いけど効き目はいいでしょう?」

 

「何で知ってるんだ?」

 

 寝ているアーシアを起こさないように丁寧に血を拭う。

 

「その娘に薬の調合のコツを教えたのは私よ。昔、無茶をするバカに付ける薬が欲しい。って言ってきたから教えてあげたのよ」

 

 その時アーシアから聞いたのか。しかし無茶するバカとは。言い訳は出来ない。けれど。

 

「君も無茶ばかりしてるぞ」

 

「ふがふが」

 

 ロイドの言葉に返事をするような寝言。

 

「苦しゅうない……近う寄れ」

 

 どんな夢だろう。

 

「ロイド……」

 

 ノアが耳打ちする。その視線の先に小さな人影が二つ。

 

「大丈夫、ルトガーだ。やはり無事だったか」

 

 距離があるのでハッキリとは見えないが、ギルドの制服であることは見て取れる。ルトガーはもう一人の人影に肩を貸し引きずり歩いてくる。

 

「ロイド、見えてるなら手伝ってくれ」

 

 ルトガーが声を張り上げた。人一人引きずって山道を登るのは骨が折れる。

 それはルトガーも同じだろう。

 

「私が行く」

 

 少年の手当てを終えたノアがルトガーを手伝いに行った。

 それを見送り、アーシアに顔を向けた。

 瞬間。世界が暗転して弾け、星が飛ぶ。

 痛みは後からやってきた。




ロイド:ファフニール、一つ聞きたいんだが。

ファフ:なんだ?

ロイド:あんたさ、この回で自分の事“我一人”って言っていたけど、竜は一人じゃくて一頭じゃないか?

ファフ:言われてみればそうだな。だが、我一頭では語呂も悪い。

ロイド:言葉としては正解じゃないかもしれないが、台詞としては分かりやすいから、これもあり。そういうことか。

ファフ:そういうことにしておこう。
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