銀色の月   作:月光カナブン

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第14話 コーヒー同志

 可憐な少女が寝ている様。男なら幸福を感じるだろう。血にまみれていようとアーシアが可愛らしいことに変わりはなく、逆にその非日常的な様が可憐さを引き立てさえする。

 

 ロイドの鼻から滴る血。目を覚まし、まだ眠そうなアーシアがそれを凝視した。

 下心など無い。跳ね上がる様に起き上がったアーシアの頭がロイドの鼻を強打しただけである。

 

「……ロイドが血まみれ。私も血まみれ。ペアルックだ、恥ずかしい」

 

 鼻血を拭いながら思った、それはペアルックと言えるのだろうか? と。

 

「それとも寝てる私に……。ポッ」

 

 ブバッ。再び吹き出した血潮が舞い散る。

 

「ポッ。じゃない」

 

 ロイドは鼻血をタオルで押さえる。

 

「ティア、汚れてない?」

 

 アーシアがロイドの鼻血からティアを庇うように抱き寄せた。

 俺の鼻血は汚物か? ……汚物だな。他人の鼻血がかかったらイヤだし。

 

「ロイドったら、返り討ちにあったのね」

 

 ルトガーと男を引きずりながら帰ってきたノアが言った。

 何だ、返り討ちって。

 

「ん? ノア。いたんだ」

 

 アーシアの言葉に反応し貴公子化するノア。

 

「アーシア、君が危ないと聞いて飛んで来たんだ」

 

「ノアの方が危ない」

 

 アーシアはさらりと正論で受け流す。

 ロイドはルトガーに目を向ける。疲労は見受けられるが、驚くべき事にほぼ無傷である。

 

「黒いリオレウスか。こっちの少年は誰だ?」

 

「その子は飛燕、気合い使いの剣士。で、黒いリオレウスは、ファブリーズ。別名、黒い太陽またはリオカオス」

 

「訂正するが、ファフニールだ……。そして飛燕は居合い使いだ」

 

 低く唸るファフニール。

 

「また喋る竜か。その色、銀色の月に対をなす者だな」

 

「ルトガー、何か知ってるのか?」

 

 馬車の中でもルトガーは伝説を話題にした。だが何故それを話題にしたのか?

 

「銀色の月は封を司り、黒い太陽は滅を司る」

 

「意味深だな。だが俺が聞きたい事は別だ。アンタ、俺に何を隠してる?アンタは俺に仕事の依頼に来た時から、ティアを銀色の月の事を知ってたんじゃないのか?ギルド隠密、上層部の何者かがそれを狙う理由も」

 

 ルトガーは信頼できる男だ。ルトガーが自分を利用している、という不安は無い。ただ自分に何かを隠してるいるのは不満だ。

 

「隠す、というより話す機会がわからなかった。俺も事態を全て把握しているわけじゃない」

 

 ルトガーは引きずって来た男を指す。頑強そうなハンターだが、完全に気を失っている。

 

「このシーマはギルドの刺客だ。何か聞き出せるだろう。まぁ見ての通り伸してしまったから、しばらく目覚めないだろうが」

 

「口を割るかな?」

 

 ギルドの刺客なら口も固そうだ。

 

「その事だが、ノアはガルシアの言付けを預かっているらしい」

 

「ガル爺の?」

 

 ガルシアはギルド上層部で、ギルドナイトの司令。ジェネラルの称号を持つ。ハンター達にはガル爺の名で親しまれている。

 

「ガルシアはの伝言は、銀色の月を保護せよ、だ。シーマもガルシアを尊敬している。こちらに情報を提供してくれるさ」

 

 ギルドの人間ならガルシアの命を聞かないとは考えにくい。それほどガルシアは信頼が厚い。

 

「わかった。皆合流出来たし、シーマと飛燕を連れて、ひとまず馬車に戻ろう」

 

 ロイドは来た道を振り返った。

 

「どうやって?」

 

 と、アーシア。

 山道は登り坂で、気絶した人間が二人。一人は身の軽そうな少年だが、もう一人はルトガーでも運ぶのに苦労する屈強な男。

 

「ノア、馬車を呼んできてくれ」

 

「人使いが荒いわね」

 

 とりあえず、一番元気であるはずのオカマに馬車を呼ばせる。

 

「ファフニールだったか。アンタはどうする?」

 

 馬車の荷台はあまり広くは無いが、詰めれば皆乗れるだろう。しかし竜であるファフニールは明らかに重量オーバーだ。

 

「我は飛ぼう。まだ余力がある」

 

 強がりではなさそうだ。竜の回復力は並ではない。ファフニールにアーシアが話しかける。

 

「飛燕を休ませたい。私達はひとまず近くの町で宿をとると思う。ついてくる?ギルドのある町なら、ある程度理解はあると思うけど」

 

 竜は人を襲うが、理性があるものはそうでもない。人は食料にするには小さく襲えば騒ぎになり狙われると知っているのだ。狩人達もそういう竜も存在する事を知っている。

 

「心遣いはありがたいが、我は町の近くに潜もう。飛燕とは心で話せるから問題ない。隠れる際は、

この黒い体が保護色になる」

 

 アーシアは頷くと欠伸をかみ殺した。

 

「ん、寝る。ファフニール、飛燕みたく、もたれていい?」

 

 竜は頷いて了承する。

 

「お休み」

 

 アーシアは竜にもたれかかった。

 

「腕に幼竜を抱き、竜にもたれて寝る少女か。何だかすごい状況だ」

 

「ティアは大人しいから良い抱き枕になるんだよ」

 

 と、幸せそうにアーシア。

 

「ロイド。顔、ありがと」

 

 少女の顔が紅潮した様に見えた。だが、顔に付いた血は拭いきれていないので気のせいかも知れない。

 

「別に。起こしてしまったから礼なんて……」

 

 アーシアは既に寝息をたてていた。

 ルトガーとファフニールが笑っている。

 顔が赤くなる。

 くそぅ、オッサンめ。

 

 気になる事があった。ファフニールの黒い体。

 

「ファフニール、一つ聞かせてくれ」

 

 ロイドの言葉に竜が顔を上げる。

 

「アンタ、ブラック珈琲は好きか?」

 

 しばしの沈黙。

 

「我は珈琲は豆から挽いてブラックで、と決めている。刺すような酸味と絡み付くような苦み、そして上品なコクと香ばしい薫り。あれは一つの芸術だ」

 

 素晴らしい。間違いなくこの竜は同志だ。

 

「気が合うな。ブラック珈琲は至高の芸術だ。だがその味に何かを加え、更なる高みへ押し上げるアレンジ・コーヒーも素晴らしい」

 

 種族を越えて意気投合。やはり珈琲は全てを魅了する。

 

「ちなみに俺は紅茶派だ」

 

 と、ルトガー。

 

「紅茶も素晴らしい。珈琲と紅茶、どちらが優れているか? と議論する者がいるが、意味がない。珈琲には珈琲の、紅茶には紅茶の特徴と長所がある」

 

 淡々と語るファフニール。

 そこへ馬車と馬に跨った者達がやって来る。

 ノアも馬に乗ってきていたらしい。

 

「無事ですか?」

 

 馬から下りたソフィが駆け寄って来る。手には何故か、赤いあ熊の瓶。

 

「ソフィか」

 

 ソフィは紅茶派か、珈琲派か。恐らく唐辛子派だ。

 

「ロイドさんが鼻血ブー。アーシアさんが流血天使。ルトガーさんが……、疲労? 疲労には唐辛子が一番です。グイッと飲んじゃて下さい」

 

 ソフィは手にした唐辛子をルトガーに押しつける。

 

「ぐぁぁぁ……! 赤いあ熊め……」

 ルトガーが悶えている。

 何故唐辛子は悪魔ではなく、あ熊なのか?

 悶えているルトガーを尻目にノアと協力して負傷者を馬車に乗せる。

 

「シーマも飛燕も、のされちゃったのね」

 

 ロイドがシーマを、ノアが飛燕を、テリサがアーシアを馬車へ運んだ。

 

「ティア、しばらく見ない間に大きくなったね」

 

 とファフニールに言うソフィ。

 

「違うぞ。そいつは紅茶と珈琲を愛するオッサンみたいな竜でファフニールというんだ」

間違いの芽は早急に摘んでおく。

 

「オッサン……」

 

 うなだれるファフニール。

 そういえば、アーシアはルトガーのボウガンを持っていた。どこかに置いてあるのか。探さなくては。

 

「悪いな、ロイド」

 

 ちゃっかり馬車で休憩しているルトガー。

 自分の銃だろ、一緒に探せ。

 

「シルバースパルタカスなら、このアーチの向こうだ」

 

 うなだれていたファフニールが教えてくれた。

 言われたとおり、抉れた地面の先へ向かう。

 アーチを抜けた先、所々地面や木々が焦げている。視界の端に輝くモノ。

 

「あった」

 

 銀の装飾が施されたボウガンは目立つ。

 見つけたボウガンを拾い馬車に戻った。ルトガーにボウガンを渡し、荷台に乗ろうとする。

 

「定員オーバーですニャ」

 

 冷静に現状を告げるビリー。確かに。馬車の中には負傷者三人とルトガー。テリサはソフィと馬に乗っている。

「……ゾクリ」

 

 艶っぽい視線を感じた。美貌のオカマの馬になら乗れそうだ。

 

「観念しなさい。そして、素直になりなさい」

 

 何故か鞍の後ろに下がりノアは、自分の太ももを叩いていた。あれは馬を駆るロイドにしがみつく、もしくはノアの脚に乗れと言う事だ。

 

「ファフニール、乗っていいか?」

 

 

 オカマを無視して竜に聞く。

 

「我は構わないが、落ちても知らないからな」

 

 オカマと馬に乗るよりマシだ。背中の刀を馬車に預け、ファフニールに跨った。

 

「とりあえず、麓まで降りよう」

 

「了解したニャ」

 

 ビリーが馬車を駆り、ソフィ達が後に続く。

 

「では我らも行くか」

 

 羽ばたくファフニール。ゆっくりと地面から離れていくにつれ視界に広がる景色。

 

「スゴい。これが竜の視線……」

 

 目の前に広がる絶景にただただ感動する。

 そして、

 

「うおっ!?」

 

 猛烈な風圧、文字通り後ろに飛んでいく風景。

 はっきり言って、怖い。

 

「俺は今、風になった」

 

 そして吹かれて散りそうだ。

 

「掴まれ」

 

 速度をあげるファフニール。

 

「ひぎゃぁぁぁぁ……!」

 

 ロイドの悲鳴の尾を引き竜は天を翔た。

 圧倒的な早さで麓に着く。ルトガー達を乗せた馬車はまだ来ない。

 

「ここから一番近いのは、クローブか」

 

 頭に地図を浮かべて言った。

 

「我は近くに潜む」

 

 そう言い残してファフニールは飛び去った。

 一人取り残されたロイド。

 

「寂しいな」

 

 先にクローブに行くわけにもいかず、近くの石に腰掛けルトガー達を待つ。

 ロイドは危機を乗り越え安堵していた。ギルドが銀色の月を狙う理由もわかるだろう。今はただ休息が欲しい。

 ロイドは目をつぶる。彼もまた微睡みに意識を委ねた。

 

 この時、彼は知る由もなかった。クローブで待つ恐るべき死闘を……。

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