銀色の月   作:月光カナブン

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外伝Ⅲ 2

 グローブが地方の町とはいえ、市場には多く人がいる。商人と客。人々でごった返す市場をロイドは、駆ける。

 ロイドは常人ではありえない足捌きで人の群をすり抜ける。

 そのロイドに追いすがる影、アーシア。彼女もまた尋常ではない速さで人々をかわし、なおかつ最短距離で接近してくる。

 

「ロイドッ」

 

 アーシアは自分の背中を指す。そこにはかごを背負われていた。

 手に入れたた食材を放り込めということか。っていうかどこから持ってきたんだ、そのかご。

 

 ギラリッ。

 

 アーシアの目が光る。否、燃えた。いつの間にか眼帯が外され赤い目があらわになっていた。

 唸りを上げて伸ばされた悪魔の手は、近くの男の肩をかすめ、女の髪をなめ、中年男の僅かに生え残った髪を数本焼き切り、突き進む。

 手頃な果実を掴み取り、かごにいれる。それと同時にアーシアが投げたのは数枚の銭だ。放物線を描いた銭は、呆気にとられた商人の手に落ちる。

 

「とっておけ」

 

 そう言い残してアーシアはその場を後にする。

 

「嬢ちゃん、受け取れねぇよ」

 

 あわてた様子で商人はいったがアーシアはどこ吹く風だ。

 果実一つに100zって……。それだけあれば一日のメシが食える。

 アイルーに食事を作らせる場合、高いと500zはするが、それは高価な材料と人件費があるからだ。そう言えば最近、義賊が主役の小説を読んでいたから影響されてるに違いない。

 

 ロイドが向かった先。売っているのは豆だ。様々なかごに入れられた豆はどれも白っぽい。ロイドは数種類の豆を指定し、店主はそれぞれの豆を別々に袋に入れた。

 ロイドは100z支払う。これは正当な対価だ。それだけ高価な豆なのだ。

 

 アーシア達を探す。相変わらずルトガーとランポス料理人は食材を奪い合っていた。

 なぜか市場の外に、野外に調理設備が二つ、向かい合うように準備されていた。その間にはノアが立っている。周囲にはギャラリーが集まっている。

 

「何であんな所に……」

 

 当たり前の疑問を口にするが、設備もギャラリーも当たり前の様にそこに存在している。ツッコミする自分が悪い事をしている気分になってくる。

 

 イーオス、ゲネポス料理人は既で調理に入っていた。

 ロイドは豆を持って市場を出た。

 近くの雑貨店に入り、ボトルと筒型の網、小さな布袋を買った。

 ロイドが準備するのはそれだけだ。他の器具は調理設備に置いてあるだろう。

 ロイドは調理設備から肉焼きセットを取り出す。買った豆を筒型の網に入れ、肉焼きセットに取り付けた。

 ゆっくりと網を回しながら加熱していく。十数分かけて豆を煎る。茶色く色づいた豆に満足げに頷き、また別の豆を煎る。

 

「いい匂いだね」

 

 かごを背負ったアーシアがやってくる。中身は果実と野菜ばかりだ。

 ロイドの脇にかごを下ろし、アーシアは調理台から包丁と鍋をを取り出した。

 両手に包丁を構え、台の上に数個の鍋を置く。

 

「ロイド、投げて」

 

 投げろとは、野菜をだろうか?

 適当に掴んでアーシアに投げる。

 

「イノセントラディッシユっ!」

 

 アーシアの包丁が舞う。乱舞は野菜を切り刻む。みじん切りになったねぎは、吸い込まれるように鍋の中に。あれはルトガーがランポス料理人と取り合っていた物だ。

 周囲から歓声が上がる。ちなみにイノセントラディッシユの意味は、無垢なる大根だ。

 

「その調子でどんどん投げて」

 

 ロイドが野菜を投げる度に、生々しい音と共に野菜が切り刻まれる。あるモノはイチョウ切りに、あるモノは乱切りに。

 

「バラクーダカノン(かます砲)!」

 

 細切れになった人参、鮮血の如く果汁をぶちまけたトマトが鍋へ。

 

「ガトリング・リビドー!」

 

 雄雄しい獅子吼と共に一口サイズに切り分けられた芋はボウルへ。

 

「ビネガーグレイブ(酢の墓)っ!」

 

 野菜を切る度に響きが良いだけの技名が叫ばれ、歓声と拍手が起こる。

 だがイーオス、ゲネポス料理人は動じない。己の作業に没頭する姿はまさに職人だ。

 

「わさび投げるぞ」

 

 アーシアの顔が強ばる。

 宙を舞うわさび。それを睨む赤い瞳。

 

「裁かれよ、断罪十字斬(ジャッジメント・クロス)」

 

 包丁が音速を超える事は無かったが、その威力は凄まじく、切り口を叩き潰しすりおろした。

 

「ねりわさびは刺身に合うから好きだけど、やっぱりわさびは苦手だ」

 

 アーシアがわさびを嫌う理由。かつて仕事の最中に食料が無くなり、たまたま見つけた野生のわさびを丸かじりした。鼻がツンとすると言いながら涙を流していた。その場に居合わせたロイドはよく覚えている。ちなみにその仕事の討伐対象はガノトトス。獲物を前にアーシアは言った。

 トロはどの部分?

 と。トロを傷つけずに倒したガノトトスの大トロを刺身で食べたのだった。もちろん下ろしたてのわさびを薬味にして。

 

 わさびに苦手意識を持つアーシアだが、わさび単体で食べるのが苦手と言うだけで、薬味としては美味しくいただけるのだった。

 

「果物投げるぞ」

 

 切り裂かれ、鮮血の様に果汁を吹き出した果実もまた、鍋の中に。

 

「下準備完了」

 

 アーシアは鍋の中の野菜を炒め始めた。

 ロイドも一通り豆を煎り終わった頃、ルトガーが市場から戻ってくる。

 

「アプケロスの胸肉だ」

 

 程良く脂がのった肉。ルトガーは手際よく切り分けオリーブペーストで炒め始めた。

 一方、モンスター料理人達にもランポス料理人が加わり、作業速度が上がる。

 白熱する戦いは終結へ向け、加速していく。

 

 

 

 職人であるモンスター料理人達と、それに匹敵する腕を持つルトガーとアーシア。

 

 だがロイドは料理が得意では無い。本来なら、ルトガーやアーシアと同じ舞台に立てないのだ。ならばせめて、自分の最も得意な分野で勝負する。

 ロイドは己の得意とするモノは絶えず磨き続けてきた。

 狩りでもそうだ。ハンターになってしばらくして気づいた。特定の武器を得意とするわけではないと。ならば自分自身を鍛えようとした。その過程で鬼人化と相性が良いと気づいた。

 

 目指すは更なる高み、求めるは至極の錬磨。

 

 それは趣味、嗜好も同じ。

 それを知っているからルトガー達はロイドと別に調理をする。だがそれは足手まといだからだけでは無い。

 

 信頼。その分野でのロイドの腕を知っているからルトガーもアーシアも、ロイドに手を出さない。お互いの腕を信じて戦う。

 それは狩りでも、料理でも同じ。扱う武器、戦術は違えど、三位一体となる。いや異なるからこそ三位一体となる。

 安心して背中を預けられる心強い仲間達。

 

 炒った豆を挽いていく。漂う香ばしい薫り。

 そして背後から聞こえてくる仲間の声。

 

 

 

「よし、特性スープ注入っ! 出番だよ、ホワイトエンジェル」

 

 ちらりと背後に目を向けると鍋に注射機を構えるアーシアがいた。野菜を炒め(傷め)終わりスープを注入する気なのだろう。

 ぶりぅう、むりり。

 形容しづらい壮絶な音をたてながら鍋に注入されるスープの元。

 それは一体なにをベースにして作られたのか、とにかくグチャグチャしてネトネトでピカピカでブヨブヨで、名状しがたきペーストだった。

 ギャラリーからは悲鳴すら聞こえてくる。

 

「アーシア、それ何だ?」

 

「…………………。本当に聞きたい?」

 

 遠慮しておこう。

 アーシアの隣でハリセンを振り上げるルトガー。

 

「ハァッ!」

 

 ベゴシっ!

 降り下ろされたハリセンは、まな板ごと何かを叩き潰した。

 

「やはりスパイスは使う前に粉末するのが一番だ」

 

 とルトガー。調理台の上には粉々になったまな板の木屑と、破れた麻袋。木屑と混じらないようにするため麻袋にスパイスを入れたのだろうが、破ってしまっては余り意味が無い気がする。

 だがルトガーは気にした様子は無く、破れた穴から漏れる香辛料を焼いた肉に振りかける。ステーキの完成だ。

 

「即席だが上等だろ」

 

 ルトガーの言うとおり、溢れんばかりの肉汁と薫りが食欲をそそる。

 

「我が呼びかけに応えよ、炎よ」

 

 凛としたアーシアの声。

 それに応えるようにコンロの炎の勢いが増す。生きとし生けるモノ全てを贄とする、そんな勢い。

 まるで業火、並の飛竜のブレスより熱そうだ。

 コンロの前に立つアーシアの額に玉の様な汗が浮かぶ。

 圧倒的火力に煮えたぎる鍋。

 

 鍋で煮込まれた玉ねぎ、人参、生姜、にんにく、果実が名状しがたきペーストと合わさりスープが出来上がる。

 

 そこにルトガー特製のステーキと、具材となる野菜を投入。

 蠢く中身はグツグツと不気味な産声を上げた。

 

「出来た。アーシアとルトガー合作、天使鍋」

 

 どこがだ。とツッコミたくなる。

 匂いはものすごく良い。目をつぶって食べたら間違いなくおいしいだろう。そう、目をつぶって食べたら、だ。

 おぞましく蠢動するそれはドドメ色で、虹色の光を発している。フルフルの十倍は怪しい。

 

「アーシア達は完成したみたいね」

 

 しゃもじをマイク代わりに、ティアをマスコット代わりに持つオカマは悪魔鍋にも臆さない。

 

「我々も完成したぞ」

 

 モンスター料理人達も出来た品を差し出す。

 キラキラ、と輝く光を背景に差し出されたのは馬鹿でかいケーキ。ウェディングケーキだ。

 

「わぁ、美味しそう」

 

 アーシアが目を輝かせた。

 

「あいつらブリカブトで出汁とって無かったか?」

 

 ロイドの疑問を聞いたイーオス料理人が自信満々に応えた。

 

「常に想像を覆すのが料理人だ。常識に囚われていては高みは目指せん」

 

 ロイドはボトルに袋をセットし豆を入れた。

 

「俺も準備は出来た。調理はまだだが、焦るな。すぐに終わる」

 

「それじゃ審査ね。まず審査員を紹介するわ」

 

 いつの間にか用意された審査席には5人の老若男女。その内、二人は顔見知りだ。

 

「まず、グローブ村長」

 

 壮年の男が会釈する。グローブっ町じゃなかったか?

 

「そしてグローブ町長。グローブ長老」

 

「つっこんだら負けだ」

 

 中年の男と小柄で元気そうな老婆。小柄な老婆は恐らく竜人だろう。

 

「そして隣の村、セレム村長の愛娘ソフィちゃんと謎のお姉さん」

 

 謎のお姉さんとはテリサの事だ。何故か頭にビリーが乗っている。

 

「よく食べたニャ」

 

 爪楊枝で歯をしごくビリーと、相づちを打つソフィとテリサ。

 

「あいつら……」

 

 奮闘するロイド達をよそに朝食を食べていたのだ。

 

「そういえばお腹空いたね」

 

「赤いあ熊をあげよう」

 

 アーシアに赤い瓶を差し出す。

 

「ふがふが」

 

「おのれぇぇっ!赤い、あ熊……め……」

 

 ルトガーが倒れた。

 ルトガーはどこからともなく現れたアイルー達に担架で運ばれていった。

 

「ルトガー……。仇は絶対にとるからね」

 

 アーシアの赤い瞳に涙が浮かぶ。

 

「ふふ、我々に勝つつもりか」

 

 自信満々の料理人達がケーキを切り分ける。

 負けじとアーシアも器にスープを盛る。繊細であり洗練された美しい皿に、悪魔鍋が盛られた。食卓を彩ってくれるハズの皿。それは今、不気味な効果線を背負っている。

 その間にロイドはボトルに少量の湯を注ぎ、蒸らす。数十秒後、更に数回に分けて湯を注ぐ。

 人数分に分けられた皿が審査員に配られた。

 

「果たして最後に立っているのは誰だっ! 審査開始」

 

 オカマの号令で審査員達が試食を始める。

 ギャラリー達も余ったケーキを試食している。

 

「ロイド」

 

 アーシアが話しかけてくる。ボトルの中身をカップに移しながら応える。

 

「これは最後の仕上げだ。だから最後に出す」

 

「これ」

 

 差し出されたのは悪魔鍋。

 

「……」

 

 食えと言うのか。

 

「仕方ない。あ~ん」

 

 アーシアは美少女だ。

 そのアーシアが上目遣いにスプーンをロイドの口に運ぶ。

 畜生、卑怯だ。それは男のロマン。んな事されたら食うしかないだろっ!

 

(そうだ、覚悟を決めろ)

 

 心に響く声。こんな時に出てくるなティアマト。

 意を決してスプーンを口にする。

 弾ける食感は、豊穣の薫りがした。それでいてジューシー。それに反して後味の爽やかな爽快感は、わさびだ。

 

「うまい」

 

 素直な感想だった。

 その言葉を聞いたのかギャラリー達が恐る恐る試食にやってくる。

 アーシアの反応は早い。よってくるギャラリーに片っ端から皿を配り、ためらう男には容赦なく、スプーンをねじ込んだ。

 見た目に反して美味な悪魔鍋は意外にも好評だ。

 審査員達の試食も終わる。

 

「ふむ、甲乙つけがたいのう」

 

「確かに。ただこの悪魔……、じゃなくて天使鍋。少し見た目が怖すぎませんか?」

 

 旗色は少し悪いようだ。

 

「そろそろ、俺の出番かな」

 

「ふがふが」

 

 アーシアはいつの間にかモンスター料理人のケーキを食っていた。

 

「ロイドの分も別にとってあるから」

 

 皿に山盛りにされたケーキはみるみる小さくなり、アーシアの腹に収まった。

 

「甘くてコクがあるね」

 

 ロイドは審査員にカップを配る。

 

「これは珈琲か」

 

 既に制限時間の二時間は過ぎていた。ロイドの珈琲は審査の対象にはならない。

 それでもロイドは気にしない。

 

「審査されなくても構わない。一口でもいい、飲んで欲しい」

 

 審査員が珈琲を飲むのを確認してからロイドは言葉を続ける。

 

「どうだい。可能な限り、最高の豆と最高の水を用意し、最高の湯温で最高の珈琲を淹れた。アンタ達はこの珈琲のどこが一番優れていると思う?酸味か苦味か、コクか薫りか、それとも色か?」

 

「ロイドさん。砂糖とミルク入れて良いですか?」

 

 おずおずとソフィが訪ねた。

 

「構わない。ただ注意してくれ。ミルクを入れると香りが変わるからな」

 

 注がれたミルクが珈琲と混じり合う。

 

「珈琲の薫り。まるで自分の存在を誇示する声ようだと思わないか? よく耳を立てくれ。聞こえるハズだ、漂う薫りが」

 

 気づけば皆、ロイドの言葉に耳を傾けていた。

 

「食う事は生きる事。それは何かの生き物の犠牲の上に成り立っている。食べるなとは言わない。食わなきゃ死んでしまう。だが食べるからにはせめて、その味を楽しんで食べるべきではないか。料理するならせめて最高の味に仕上げるべきではないか。

 アンタ達もそう思うだろ」

 

 ロイドはモンスター料理人に問う。

 

「当然だ。我々は食材への感謝を忘れてはならない。感謝を込めて料理しているのだ」

 

 料理人達の言葉にアーシアも頷いている。

 

「ここにあるケーキと悪魔……じゃない、天使鍋も、見た目は酷いが作る者の最大の感謝が込められている。優劣を決める責任は重い。良く考えてから決めてくれ。俺からは以上だ」

 

 ギャラリーから歓声があがる。

 ロイドの役目は終わりだ。

 少し遠まわしだったが、見た目に捉われずに判断して欲しいと訴えた。

 アーシアの料理は美味しい。だが、そう知っているロイドですらためらうほど見たがやばい。しかし見た目さえ気にならなければ、家庭料理の域を超えた美味しさに気付いてもらえる。

 そして、ルトガーはそのアーシア以上に料理が上手い。二人が力を合わせれば、プロが相手でも負けはしないのだ。

 

 審査員の町長が口を開く。

 

「君はハンターだったね。命を奪う立場にある君が言うからこそ、考えさせられるね」

 

「仲間からは偽善って言われるし、俺もそう思う」

 

 そっぽを向いて答えたのは照れくさいからだ。

 

「しかし、この珈琲はケーキによく合うね。互いを引き立て合っていますね。この珈琲は審査の対象ではないすが、ケーキが美味しくなる。私はケーキに一票」

 

「ワシもそう思うの」

 

 ゾクリ。アーシアの殺気を感じる。

 

「ロイド。さっきの演説カッコ良かったよ」

 

 アーシアは笑顔。だが目は笑っていない。

 

「お姉さん、ケーキお代わりしちゃおうかな」

 

「あっ、私もケーキと唐辛子お願いします」

 

「ワシもケーキに一票」

 

 アーシアがルトガーの落とし物、ハリセンを構える。

 

「5対0で、モンスター料理人の勝ち。惜しかったわね。接戦だったけど珈琲が決め手になっちゃったみたいね」

 

 余計な事を言うなオカマ。

 

「待て。落ち着……」

 

「吹き飛べ。エンジェル・ホームラン」

 

 その日グローブの空に、ロイドという新しい星が輝いた。

 

 

 

 人は生きるために食べる。忘れないでほしい。食に対する感謝の気持ちを。




アーシア:ガトリング・リビドーだと……。もっと他に無かったのかな、私。ロイドの前で思いっきり叫んじゃったよ……。

リビドー。性的衝動という意味。

アーシア:……orz
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