外伝Ⅳ 1
セレムを発つ前夜の事だ。
ロイド達はセレム村長、ヘンリーと談笑した。
用意された紅茶は香ばしく、甘いお菓子と良く合う。
ソファにロイドと少し間を開けルトガーが座り、対面の席にヘンリーが座っていた。
「皆さんのおかげで村人達も安心しているようです。しかし、話によればその竜、ティアマトに悪意は無くギルドの思惑が絡んでいるとのこと……」
ティアマトの翼を討伐の証拠とし、既に書類に判はしてある。あとはギルドに提出すれば良い。そしてその書類はソフィがギルドに届けに行っている。
「まだ推測の域を出ていませんが。この推測が当たっていても、ギルドがソフィを襲うことは有り得ないので、心配ないでしょう」
ルトガーはヘンリーに自分の考えを話した。ソフィに話したのだから、その父親にも話すのが道理だとか。
「ソフィなら大丈夫でしょう。あの娘の馬、ヒースは風より速い。この村では“疾風怒濤のソフィ”と呼ばれています」
疾風迅雷では無いのか。
「カッコ良いね、ソフィ」
アーシアとビリーは部屋にあったTVとPS2を接続している。PS2のMH2とPSPのMHPを連動する気満々だ。
「何でTVとPS2があるかって? 外伝だから。仕様だから。仕様って本当に便利だよね」
「というか懐かしいものをプレイしてるな」
「懐古主義というわけじゃないけど、見付けちゃったら久々にやりたくなってね」
「ところで二つ名と言えば、皆さんもそれぞれ、“トリックスター”、“エンジェル・フォール”、“狼牙”と呼ばれていますね。ルトガーの由来はトリッキーな動きから。アーシアさんは容姿からと聞いていますが、ロイドさんの“狼牙”の由来は知りませんね」
「“狼牙”の由来はね、黒狼鳥を討伐したからだよ」
PSPの画面に集中しながらアーシアがヘンリーに応えた。
「堅い。この黒クックめ」
「アーシアさん、スマホで攻略情報を調べるニャ」
「うん。スマホならいつでも見られるし便利な時代になったものだね。えっ、何でスマホがあるかって?外伝だから~以下略」
アーシアとビリーはそれぞれの敵に集中しつつ、脇に置かれたお菓子を摘むのは忘れない。夏休みの○学生のようだ。
「黒狼鳥、イャンガルルガが。あいつは強敵だったな。俺一人で勝ったわけじゃないんだが、“狼牙”の名を持つのは俺だけなんだ」
今でも鮮明に思い出せる、あの狼の牙。
「イャンガルルガと戦ったのは、ロイドと後輩達。そして俺の娘、マドカだ。だがマドカはハンターではない。ロイドと戦ったと聞いた時は冷や汗をかいた」
ルトガーの気持ちはわかる。ロイドもマドカと戦いながら、内心ヒヤヒヤしていたから。
「差し支えなければ、その時のことを聞かせてくれませんか?」
ヘンリーだけでなくビリーも興味を示している。
「そうだな。あれは二年の事だ」
二年前のある日。ロイドは後輩達と森にいた。ロイドは面倒見が良いので後輩からはウケが良い。絶えず自らを鍛え、身に付けた技を丁寧に指導するので信頼も厚い。
その日は異常発生した怪鳥イャンクックの討伐だった。既に数匹を狩り終え、士気も上々。
「これなら、いくらでも逝けそうっすね」
と、フィンブレイドを持つ少年が言った。
「逝くな、ベルナルド。大剣は機動性に欠ける。何度も言うが出来るだけ間合いの外から翼を狙え」
今度はマスターカリンガを研いでいる少女に問う。
「マリー。機動性に富む片手剣ならば、とっさの防御、回避に間に合うが、注意することは何だった?」
「怪鳥は尻尾を左から振る習性があるので斬り掛かる時は右側から。怒った時などにする足踏みはダメージは少ないのですが、踏まれると痛いし体制を崩してしまうので油断出来ない、といったトコロでしょうか」
「模範的な回答だ。しかしマリー。君の体の傷は怪鳥の足踏みによるものが大半だ。慣れないうちは仕方ないが気を付けろ」
ロイドは自分の回復薬をマリーに渡す。
最後に後輩達の中で最も年長のガンナーの少年に目を向ける。
「腕を上げたな。テリー。訓練所の教官はメチャクチャだが、教えはいいだろ」
テリーと呼ばれた少年は屈託のない笑みを浮かべた。
そこへ、
「兄さん」
と鈴を転がしたような声。
声の方を見やると、闇色の忍び装束。顔はキツネの面で隠れているが、自分の事を兄と呼ぶのは一人しかいない。
「マドカ」
駆け寄ってきた少女はキツネ面を上げた。そこにあるのは人形のように整った愛らしい少女の顔。左側で結った艶やかな黒髪、黒い瞳。東方の島国、和国の血族である彼女の顔立ちは、幼馴染であるロイドにも神秘的に感じる。
「父さんとギルドからの伝言です。黒狼鳥がこの付近で見かけられたそうです」
「黒狼鳥……イャンガルルガか」
「イャンガルルガなる飛竜は非常に気性が荒く、危険な存在です。可能であれば被害が近隣の村に及ばないうちに討伐しろとのことです」
唐突な事だった。
黒狼鳥の噂は耳にしたことはあった。噂通りの相手なら、後輩達は足手まといにしかならないだろう。
「皆は一旦キャンプに戻るぞ」
まずは後輩達の安全が第一だ。ハンターとして中級者のテリーと、ルトガーの娘のマドカなら、例え黒狼鳥に遭遇しても逃げきれるだろうが、まだ初心者の域をでていないベルナルドとマリーは心配だ。
森を抜け、丘に麓にあるキャンプへ急ぐ。後輩達に先を行かせ、ロイドは殿をつとめる。
轟っ。
と音を立て一陣の風が起こる。怪鳥イャンクック。
「無視しろ。キャンプまで走れ!」
怪鳥が降り立つ。地に足をついた怪鳥に一筋の雷光が襲いかかった。
それは黒い稲妻だった。
一撃で怪鳥を貫き、葬った黒い稲妻。
それは怪鳥に酷似していて全くの別物。
シルエットは似ているがイャンクックではありえないほど、凶悪な形状。そして傷跡だらけの黒い体と、鋭すぎる隻眼の眼光。
何より底知れぬ存在感と撒き散らされる殺気。
それらの特徴は噂の黒狼鳥のそれと一致する。
「おおおおおおおおおおお!」
黒狼鳥の興味が怪鳥から他へ移るより早く、ロイドは手にしたハンマーを振り下ろした。
堅い手応えが腕に返ってくる。
素早く間合いを取り、武器を構え直す。黒狼鳥の眼がロイドをとらえた。
「ここは俺が押さえる。お前達は早く……」
振り返ると後輩達は高速で逃走中だった。脱兎の如く。彼らの背中が、逃げるが勝ち、と語っていた。
「薄情なやつらだ……」
黒狼鳥と睨み合いながら装備を確認する。
武器はタツジンハンマー。訓練所の教官から貰った品。見た目はかっこよく使い易いのだが、何故か“グッジョブ”と彫られている。
防具はリオソウル一式。ただし頭は外し、剣聖のピアス。視界が広い方が後輩達の面倒も見やすいと思ったからだ。
道具は携帯食料、砥石、薬が数個。
武器も防具も一級品。だが防御性能が皆無に近いハンマーで初めて合う敵に挑むのは不安だ。そして、薬は多くない。
だが、悪い状況と言うわけでもない。立ち回り方次第でいくらでも勝機はあるはずだ。
防御は出来ないので回避を主体に。ハンマーを引く。力を溜め、闘気を練り上げる。
黒狼鳥が動いた。ロイドは反射的に横に飛ぶ。
砲哮が大気を震わせる。黒狼鳥は吼えながら飛びかかって来た。
バウンドボイスで身体が麻痺したのは一瞬。身体は既に相手の軌道からそれていた。
ロイドの予想を上回る動き。かわせたのは偶然で、幸運でしかない。
突進を空振りした黒狼鳥がたたらを踏む。
好機。
耳の痛みを無視し、転がり立ち上がる。
反射的に伸びてくる嘴の一撃。ハンマーを嘴に叩き込んだ。
鉄と鉄が噛み合うような響き。
衝撃をいなし、振り下ろしたハンマーを振り上げる。
最初の一撃は囮。本命はこの二撃目から。
唸りを上げる鎚が黒狼鳥の顎をすくい上げ、強打。
更に回し蹴り。爪先が黒狼鳥の首を痛打した。
蹴り足の勢いを利用し身体を回転。
遠心力を加え打ち落とした一撃は、空を裂き大地を砕いた。耳に激痛。
イャンガルルガが宙へ後退しつつバウンドボイスを発したのだ。
リオソウルの防具の特異性、聴覚保護のおかげでバウンドボイス本来の威力は無い。だが至近距離からのボイスは耳栓の効果を打ち破り、脳を揺さぶる。
黒狼鳥の着地から攻撃への予備動作がほとんどない。リロードが速すぎるガンナーのようだ。
上から迫る嘴をバックステップで避ける。
跳ね上がり旋回する黒狼鳥。地を這う蛇のようにロイドに迫るのは、尻尾だ。這い上がる凶器。
とっさに身体を捌く。
が、尾の先端を掠めたロイドの頬が裂け、体勢が崩れた。
ロイドは体勢を直さず全力で左に飛んだ。
案の定、右手から尻尾の追撃。
黒狼鳥の射程から逃れ、ロイドの顔が苦痛に歪む。右足のスネ、そこを尻尾が掠っていた。頬の傷から血が、顎を伝って流れる。
尻尾に毒でもあるのだろう、頬と足の痛みは傷自体よりも、そこを蝕む異物感によるものだ。
そして何より恐ろしいのは、黒狼鳥の一連の動きは、ロイドの連撃をなぞった物だった。それに気付けたから、最後の尻尾の一撃を最小限の被害に抑えられたが、戦慄は拭えない。
「やはり、強敵だな。血が騒ぐ」
状況は劣勢になりつつあるが、ロイドの声は歓喜すらにじませていた。
この相手を倒すには鬼人化する必要があるだろう。しかし、毒が身体に残っているうちは、暴れまくるわけにはいかない。
解毒薬は、持っていない。
「あっ、豚が飛んでるっ!」
あらぬ方向を指さす。無論、黒狼鳥とロイドが死闘を繰り広げる場に豚はいない。黒狼鳥は無反応だ。
代わりに、
「誰が豚ですかぁぁっ!」
その怒号はナイフとともに飛来した。声の主はマドカ。
ロイドの指さす方から憤慨し、走ってくる。
ナイフは黒狼鳥の翼に刺さり、同時にマドカが腕を翻す。ナイフが翼の傷を抉る。
黒狼鳥が悲鳴を上げスキが生じる。
マドカのナイフはクナイと呼ばれ、忍びが使う刃物の一種だ。
マドカの足はロイド並に速い。一瞬でロイドに詰め寄ってくる。
「さて、誰が豚ですか?」
「すまん、事故だった」
とは言え、本当は嬉しいんじゃないだろうか、とも思う。だってマドカは子豚好きだし。
「言い訳は、後で聞きます。これ差し入れです。黒狼鳥の毒は出血性です。早く解毒しないと壊死する危険もあります」
何それ怖い。
差し出された漢方薬を素早く服用。何故か包みには“感冒薬”と書かれていた。
マドカが刀を構える。彼女の武装、反りの無い脇差の様な刀、忍刀・カルラ・。そしてそれに付属する籠手と、忍び装束・摩利支天。
共に東方の神であり、カルラは竜の宿敵で、摩利支天は武人の守り神だ。
薬が少しずつ効いてきた。痛みも少しずつ引いていく。
激昂する黒狼鳥の黒い吐息に混じり、渦巻く炎が吐き出された。
ブレスはロイドとマドカの間に着弾、二人はそれぞれの方向に回避した。
ロイドは左へ。マドカは右へ。
ブレス後のスキを突き、ロイドとマドカは黒狼鳥を挟み撃ちにする。
黒狼鳥に銀光が降った。マドカのクナイだ。
クナイは堅い殻に弾かれるが、マドカが腕を翻すと同時に、クナイもまた翻った。軌道を変えたクナイは再び黒狼鳥に襲いかかる。
マドカのクナイには糸が結び付けてあり、それにより彼女はクナイを自在に操る事が出来る。
黒狼鳥はクナイを無視した。大した攻撃ではないと考えたのか、ロイドのハンマーの方が脅威と考えたか。
確かにクナイ一つで飛竜を相手にするには威力が低い。ましてや少女の腕力では。
一つならば、だ。
肉薄するロイドに、ブレス後の体勢から黒狼鳥は尻尾を振るう。
ロイドは腰を落とし地を滑るように駆ける。
頭上を尻尾と烈風が通り過ぎた。
黒狼鳥の足下、懐に潜り込み、そこで溜めた力を解放。
通常ではあり得ない速度、動きでハンマーは振るわれ、荒れ狂い、黒狼鳥を蹂躙する。
めまぐるしく動くハンマーの合間を縫うように走るのは、四つのクナイ。
ルトガーも自分の剣に糸を結び相手の虚を突くが、糸で操るに両手でも二振りが限界だ。しかし、マドカのクナイは軽く、指一本でクナイを一つ操れる。
ハンマーが鱗、殻をはがし、むき出しの肉をクナイが抉る。
もがきつつ、黒狼鳥は宙へと羽ばたく。
「はあああああああああ!」
マドカの刀が気合いとともに宙を走り、翼を斬る。刃はほんの少し翼にめり込んだにすぎない。
だが黒狼は飛び立つ前にバランスを崩し、転倒した。
ロイドは身動きの取れない黒狼鳥の顔面にハンマーを振り下ろす。
並の飛竜ならば致命傷を負う程の一撃を受け、黒狼鳥の顔が地面にめり込んだ。
顔面に大きな損傷を与えたが致命傷になりえない。
その瞳に映る憤怒は、衰えるどころか更に勢いを増し、口からは炎が漏れている。
もう一撃。ロイドは更にハンマーを振ろうとして、吹き飛んだ。
その背を打つよう払われた尻尾が直撃したのだ。
「兄さんっ!」
したたか大地を転がったロイドをマドカが助け起こした。
「大丈夫だ」
鎧に守られた身体に大きな損害はない。
しかし戦慄は禁じ得ない。倒れた不安定な体勢からの一撃がこうも重いとは。下手をしたら背骨が折られたかもしれない。
黒狼鳥は翼を広げ飛び上がり、そのまま飛び去っていく。
「追わないと」
ハンマーを背負ってロイドは黒狼鳥の後を追おうとして、
「待って下さい」
マドカに呼び止められた。
アーシア:うすうす勘付いている読者の方もいるかもしれないけど。この話が始まったのはMHP2NDが発売される前だったんだ。つまりMHPの頃。イャンガルルガはMH2と連動すると出てくるんだけど超強いの(連動しなくてもランポス狩りで一回だけ出てきます)。すんごい堅くてね、まだハンターとして半人前なカナブンはぼっこぼこにされたんだって。おかけで今でもイャンガルルガ=超強いというイメージがあるみたい。実際強いけどね。