第1話 水性インクは侮れない
時は夜。
灯りの無い部屋にロイド達はいた。
まだ目覚めない飛燕の寝顔。改めて見ると男にしておくのが勿体無い程だ。なるほど、アーシアがいい男だと興奮するのも分かる。
その顔に今、ノアが興奮していた。
そしてロイドもルトガーも、アーシア達も。ティアすらもだ。
始まりは数時間程さかのぼる。
モンスター料理人達との壮絶な死闘の末、腹を満たしたロイド達は宿に戻った。
飛燕とシーマはまだ目覚めない。痺れを切らせたアーシアはルトガーとある物を買いに行った。
アーシアが買ってきた物、蛍光塗料。
アーシアが操る筆は、飛燕の瞼に新しい目を描き、口ひげを生やした。
落書き自体は普通だが、蛍光塗料で描かれたそれは暗闇で輝いた。
飛燕の顔は輝いている。色んな意味で。
「お姉さん、飛燕の可愛い顔をいじるのは、気が引けるな」
「面白いとは思うけど、少し飛燕さんが気の毒だニャ」
ロイド達は楽しいが、常識のあるテリサとビリーは少し引き気味だ。
「テリサがそういうのならば」
貴公子化したノアが踏みだし、
「お兄さんが舐めとってあげる。うふっ」
突然、変態に。舌をチロチロさせながら飛燕に接近し、女性陣に袋にされた。
「ふっ、愛が……痛い……」
何故か幸せそうにオカマは言い、気を失った。
「二人が目を覚ますにはもう少し時間がかかりそうだな」
七種類の塗料を持ったルトガーが言う。どうやら今度はシーマがターゲットらしい。
「アーシア、手を出すな。あ熊(唐辛子)を盛られた恨み、晴らしてくれる」
筆先の塗料が怪しく光る。まるでにじみ出た気迫の様だ。
「うん。ルトガー頑張ってね。お休み」
ティアを頭に乗せアーシアが部屋を出る。飛燕の顔を洗う気など無いに等しい。
「アーシアさん待って下さい」
アーシアの後を追ってソフィも部屋から出ていった。女性陣は皆一つの部屋に宿泊している。男性陣も部屋は一つだ。
一つの部屋に五人の男と猫が一匹いるのだ。考えただけでもむさ苦しい。美形の少年だろうが華やかなオカマだろうが関係ない。
「テリサ、部屋まで送ろうか」
ロイドはテリサをエスコートする。
そのどさくさに紛れて女性陣の部屋に突入し、むさ苦しい空間から解放される。それがロイドの作戦だ。
「お姉さん、ケダモノを部屋に入れる気はないよ」
だが、ロイドの思惑はあっけなく玉砕した。無念である。
仕方ないのでロイドも寝ることにした。
床にはノアがのびている。飛燕の顔が暗闇に浮かび上がる。ルトガーが筆を操る音が聞こえ、そのたびにシーマの顔が怪しく彩られていく。
今夜は少し、寝づらそうだ。
微睡む意識に話しかけて来る者がいた。その声は直接頭に響く。
「ティアマトか」
ロイドの声もまた響く。普通の対話ではない。鎧竜と戦った時にした、心と心、魂と魂の対話と同じだ。
(うむ。肉体を休ませている睡眠時は魂との会話がしやすい)
「ティアマト。シルバールナ、銀色の月とは一体何なんだ?」
(あれは封を司る力を生まれ持った竜だ。その力は封印を解くためにも、封印を施すためにも使うことが出来る。人間が娘を狙う理由もそこにある。彼らは災厄の封印を強化しようとしているのだろう)
「災厄……。封竜伝説に出てくるあれか?」
ルトガー達に概要を話していたせいか、災厄と聞いて封竜伝説と結びついた。
(そうだ。ルトガー殿は全てを把握して無いようだが、そのあたりの事にある程度知識はあるようだ)
「しかし、災厄の封印を強化出来るなら、ティアに強化を協力させれば良いじゃないか」
(とんでもないな。封印の強化の代償は命だ。銀色の月が贄となる。必要なのだ、生き血と、死が)
「そうだったのか。親としては許せないだろうな」
(うむ。それに封印の効果は弱まりつつある。いくら強化しても、そろそろ潮時だ。その意味が、わかるな)
「災厄が復活する」
(そう言うことだ。だが希望はある。銀色の月のもう一つの特性、封印を解く力。それで封竜剣の封印を解くことが出来る。代償は命などではない。必要なのは銀色の月と、守護者と認められた者)
「封竜剣。全ての龍属性を持つ武器の原型となった伝説の剣だな。龍の力を宿すという。守護者は、今は俺の事か」
(封竜剣を使う資格があるのは、力のある者か、守護者だけだ。ルトガー殿やアーシア嬢は条件を満たしいるが、汝が適任だろう)
「伝説の武器なんて使いこなせる自信がないな」
(大丈夫だ。我は汝と戦って感じたよ。この者は守護者の器だと。我々竜には剣は使えない。しかし災厄に対抗するには封竜剣の力も必要。我のような竜の守護者は、剣を使いこなせる人の守護者を見つけなければならない。我は志半ばに倒れたが、最期に汝に会い、使命を託す事が出来た)
「ティアマト……」
(しかし封竜剣がどこにあるのかは我もよく知らん。それにいくら汝が強かろうと、今のままでは災厄には勝てない。明日から修行だな)
「望むところだ。目指すは、更なる高みだ」