虚ろな意識に映るのは、懐かしい風景。
少し田舎の寒村にある、ちょっした館。それがアーシアの生まれた家だ。
そこには母がいて、父がいて、そして姉がいる。
会いたいと思う。帰りたいと思う。
だがアーシアの心にある、後ろめたい気持ちと罪悪感が、それを拒絶する。
有り得ない事だが、姉に恨まれている気がする。
そう、有り得ない事だ。優しい姉がアーシアを憎む等、あってはならない事だ。
それを今から確かめればいい。
アーシアは館の前に立ち、ドアノブに手をかけた。
少しずつ扉が開き、少しずつ意識が覚醒していく。
ドアを開け放つ寸前で、アーシアは夢から覚めた。
目が覚めるとベッドと体が汗で濡れていた。枕元ではまだティアが寝息をたてている。
陽はすでに登っていた。
「夢の中でしか帰れないなんて……。夢の中でも会う勇気がないなんて……」
そっと右目に触れる。そこも濡れていた。汗ではない。
「クラウディア……姉様。私は……、アーシアは、弱い娘です」
有り得ない事に、起こり得ない事に不安を抱くなんて。
そんな自分が情けない。悲しい。
一筋の涙がこぼれ落ちた。
「駄目だね。湿っぽいのは、らしくない……」
幸い部屋にはアーシアとティアしかいなかった。
洗顔をすませ、髪に櫛を通す。寝汗を吸った寝間着を脱ぎ捨て、黒いスカートとブラウスを羽織った。
鏡で自分の姿をチェック。女の子らしくはあるが、少しストイックな印象。自分にはそれくらいがちょうど良い。
「……ん、良い感じかも」
ブーツを履き、眼帯を付ける。
赤い右目、オッドアイは目立つ。隠す必要は無いのかもしれないが、眼帯を付けていると何となく安心する事もある。
右目の特異性か、眼帯越しでも目が見えるので困る事は特にない。
抱き枕一号のおやすみベアを陰干しして、二号のティアを頭に乗せて部屋を出た。
宿には食堂がないので、食事は外食になる。
大衆食堂のテラスにはルトガーとテリサ、ノアが陣取っている。アーシアも余った席に腰を下ろした。ウェイトレスに軽めの朝食を注文する。
「マスターベーグル三個と挟む具を適当に。あとミルクティー」
ルトガー達は朝食を食べ終わった後のようだ。
「アーシア、どうかしたか?」
さりげなく自分の目を指さしルトガーが言った。ガンナーのルトガーは目が良い。
アーシアの左目は少しだけ充血している。寝ている間に、右目同様に涙を流していた。
アーシアにはルトガーが眩しい。正確にはルトガーとその娘のマドカが。
血は繋がっていないが二人は本当の親子のようだった。その絆は実の親子より固い。
そんな二人を、アーシアは羨望の眼差しで見ていた。
アーシアは家を飛び出し、ハンターとなった。ほとんど家出同然だった。原因は自分にある。アーシアの心の弱さがそうさせたのだ。
「何でもない」
何でもないのだ。そう繕ったつもりだが、それをルトガーは見抜いている。
だがルトガーはそれについて何も言わない。そんな優しさが今はうれしい。
「アーシア。少し、元気無いね。チューしてあげるから元気出して」
滲みよるノアに、懐から取り出した耳掻きを投げつける。
すこーん。
本来入ってはいけない深さまで耳掻きが埋没し、ノアが倒れた。
「っていうか何故、耳掻き?」
常識人のテリサも、アーシア達の変人っぷりに耐性が出来たらしいがツッコミは忘れない。ツッコミは貴重な人材だ。
ノアはアホで変態だが、おかげで少しずついつもの自分に戻っていける。
皆がいるから自分がある。ロイドやルトガーに出会ってなければ自分は駄目になっていたのかも知れない。
注文した品が運ばれて来る。
「ふがふっふ。はぐはぐぐけけ」
「何を言ってるかわからないわよ」
テリサがノアの耳から耳掻きを引き抜きつつ言う。常に身だしなみに気を付けているノアの耳に耳垢はなく、耳掻きはきれいなままだった。
「そういえば、ロイドは?」
「朝起きたらいなかったな。ソフィもいないが、そのうち帰ってくるだろ」
気になる。
ロイドはアーシアより年上だが、何となく放っておけない生命体だ。いつも無茶ばかりする。アーシアも人のことは言えないが。
「ロイドとソフィちゃんがいないのが気になるんじゃない? 一緒にいるかもね」
「え?」
テリサが悪戯っぽく微笑んでいる。
思ってもみない事だが、言われて見れば気にならないこともない。
「お姉さん、わかるな。アーシア、あなたは恋をしている」
「濃い?」
確かに、ミルクティーは濃いめだ。
「あなたはソフィちゃんに恋をしてるのよ」
ああ、なるほど。そうかも知れない。
夢見る乙女じゃいられねぇ。