銀色の月   作:月光カナブン

33 / 51
第4話 更なる高みを目指して

 ロイドが目を覚ましたのは早朝だった。最近は朝早く起きなければならない状況にあったので習慣化していた。

 まだ誰も目覚めていない。床にはノアの他にルトガーが寝ている。シーマに落書きしていて、そのまま寝てしまったのだろう。それでいいのか、ギルドナイト。ちなみにルトガーのベッドはビリーが占領している。

 朝日が飛燕とシーマの顔に反射している。シーマの顔は七色に反射している。落書きが不気味で、どことなく天使鍋みたいでおぞましい。

 

 顔を洗い、服を着替える。普段着より少し動きやすい服装を選んだ。軽い武装と言っても良い。

 ティアマトの鱗を首に掛け鬼斬破と少しの荷物を持って部屋を出た。

 早朝だと言うのに市場にはちらほらと人が行き交っている。朝食に果物を購入し、町の外へと向かう。

 町を出てすぐ森や山がある。その中に足を踏み入れる。適当に開けた空間を見つけると荷物を下ろした。周りは木に囲まれている。

 

 ストレッチをして体をほぐし、筋トレをする。それが終わると、鬼斬破を引き抜き構えた。

 大剣、または太刀に分類されるこの刀は、普通の刀より重い。ロイドの鬼斬破は振りやすいように、少しだけ刃を短めに、柄を長めに作られている。

 些細な違いだが、自分に合わせた仕様でロイドには扱いやすくなっている。

 

 ロイドは各武器固有の特性を応用し、活かして戦うので、自分に合わせた武器は何より心強いかった。

 

 しっくりと手に馴染む相棒。素振りを千本、基礎・基本の動作を繰り返す。

 基本は最も重要だ。熟達した基本は技として成立する。そこまで磨き、更に自らの技として昇華し、実戦で使えるのが一流だ。

 

 ロイドは既にその域に達している。

 自分は今強さの限界にいるのでは? そう思った事はある。しかし上には上がいて、それを知る度に、強さの限界は遥か先にあると知る。

 明日の自分の強さの極みは、今日の自分の強さの極みより、高みにある。

 ロイドは己を錬磨する。更なる高みを目指して。

 

「ふぅ、休憩しよ」

 

 一通りのトレーニングをすまし、腰を下ろす。水筒を取り出し中身を口に含む。冷たい水が乾いた喉に心地良い。

 

(給水はこまめにしないといけないらしいぞ)

 

 頭に響くティアマトの声。飛竜なのに、何でそんな事を知っているんだ。

 

(汝は向上心が強いのだな。まさに守護者の器だ)

 

「ティアマト。聞きたいことがあるんだが、鬼人化した時に俺の体を保護してくれたが、あれをアンタの助け無しに出来るかな?」

 

(出来るが難しいな。あれは汝の気に干渉して体の負荷を和らげるように、気の流れを誘導した。習得するには体で覚えるのが一番だな。我が気を誘導するから、その感覚を覚え、トレースすればいいはずだ。しかし鬼人化しながらそれをするのは難しい作業だろう?)

 

「要は慣れだ。役に立つ技は、可能な限り体得しなくてはな」

 

 ロイドは立ち上がり手頃な太さの木を探す。自分の胴より二周り以上太い大木に目を付けた。

 足下に鬼斬破を置いて、木の前で脚を開いて立ち、腰を低くする。

 堅く拳を握り込み、引き絞るように構えた。

 

「シッ!」

 

 鋭い吐息と共に拳が放たれた。拳は幹に食い込み、激しく揺られた葉が舞い散る。

 

「今のは全力で打った」

 

(ふむ。人としては大した拳打だ)

 

「だが威力を上乗せする事も可能だ。次はハンマーを応用し、力を溜めてから打つ。悪いが拳を保護してくれ」

 

 構えてから静かに息を吐き、気を練り上げていく。

 再び、鋭い吐息。

 拳が、いや、腕が半ばまで木にめり込む。

 

(ほぅ。これはなかなかすごいな)

 

 ティアマトが感嘆した。

 

「……」

 

 沈黙、静寂。

 

(……どうした?)

 

「ぬ……抜けない……」

 

 ロイドは必死に腕を引くがびくともしない。

 

(我にはどうする事も出来ん)

 

「この状況で飛竜に襲われたらどうするんだー」

 

(その時は汝がその程度の器だったと言うことにしよう。というか焦り方に余裕があるな)

 

 騒いでいると、気のせいか森の生き物達の気配が離れていった。逆に大きな気配が二つ、別々に近づきつつあった。

 

「何か来たーっ!」

 

(汝の次は可憐なアーシア嬢に守護者になってもらおう)

 

「縁起でも無いこと言うな、このムッツリスケベ」

 

 肩が外れそうなくらい力を込める。しかし現実は無慈悲。やはり腕は木から抜けそうにない。

 

(汝に言われたくないな。汝の頭の中は卑猥すぎるのだ。このケダモノ)

 

「何だと。俺は紳士でオープンスケベなんだよ」

 

 気配の一つはやがて羽音にかわり、飛竜が降り立つ。風圧がロイドを撫でた。

 

「やぁ、ゲリョス君じゃないか」

 

 ロイドはキラリと歯を光らせ、敵意が無いことをアピールした。

 だがゲリョスは敵意を剥き出しにしている。

 背後からも気配。感じる威圧感は圧倒的だ。ティアマトと対峙した時に似ている。かなり強力な個体だ。

 黒い風が吹いた。風はロイドの近くを吹き抜け、木々をなぎ倒した。木が歪み、ロイドは腕を引き抜くことに成功した。

 現れたのは黒いリオレウス、ファフニールだった。

 

 睨み合う、ゲリョスとファフニール。

 飛竜同士の戦い。それはロイドもあまり目にしたことはない。ましてや他種族同士の戦いなど、一度も見たことがなかった。それがどのようなものか興味がある。ロイドは固唾を飲んで見守った。

 しかし、ゲリョスとファフニールの間の空気は緩やかになっていく。にらみ合いは、見つめ合いと言っても良い。

 

「ファフニール、どうしたんだ?」

 

「ロイドか。いや、何。たまには他種族の娘も良いものだな」

 

 なるほど、ゲリョス君じゃなくて、ゲリョスちゃんだったのか。

 

(ふむ。なかなかの美人だな)

 

 そうだったのか。

 

「ふっ、もてるな。我」

 

 鼻で笑い、ゲリョスとファフニールは飛び立っていった。

 

「何あいつ。実はプレイボーイだったのか?」

 

(ふむ。黒いリオレウスは伝説的存在だからな。いやでもモテるのかも知れんな。嗚呼、急に娘が心配になってきた。銀のリオレイア、もはや飛竜界のアイドルではないか)

 

 ダメだ。硬派でクールだと思っていた、ティアマトとファフニールのイメージが崩れていく。

 

(ところで、今の、ファフニールと言ったか。あれは黒い太陽。銀色の月と対を成す者だ)

 

「聞いたよ。そして黒い太陽は滅を司るともな」

 

 ファフニールが降り立った際の風圧で、辺りは散らかっている。ロイドの荷物は、飛ばされたようだが中身は無事だ。

 

(銀色の月は封を司ると言ったな。黒い太陽は滅竜剣の封印を解く事が出来る)

 

 滅竜剣。封竜伝説に登場する剣の名前。しかし滅竜剣は封竜剣と同一視されていて、一般的には封竜剣の名前の方が有名だ。

 

「もしかして、封竜剣と滅竜剣は別だったのか」

 

(そうだ。滅竜剣は封竜剣以上の力を持つ。少なくとも災厄に対しては。元々は封竜剣を改良して作られたらしい。詳しい事は我も知らん)

 

 人は文字を使って記録し、それは後に歴史を知る資料となる。しかしその資料には様々な者の思惑が絡んでおり、事実を隠蔽、ねつ造しねじ曲げられる事もある。あるいは資料そのものが欠けていたりもする。封竜伝説は古い時代の出来事なので、詳しい検証が難しい。だからこそ、伝説なのだろう。

 

 飛竜は文字の文化をもっていない。歴史や伝説は口伝えに受け継がれていくのだろう。竜は人より遙かに寿命が長いので、口伝えによる伝達は可能だ。だが、それでも古い事は少しずつねじ曲がっていき、やはりそれも伝説となっていく。

 

(だが滅竜剣の封印を解くには、封竜剣か銀色の月も必要になる。銀色の月が黒い太陽に滅竜剣の封印を解く力を与えるのだ。封竜剣はその力を補助する役割もある。封竜剣が無くても滅竜剣の封印は解けるが、その代償はやはり銀色の月の命だ)

 

「災厄と戦う場合、封竜剣だけでなく滅竜剣もある方が心強いな。だが守護者の立場としてティアは死なせない。どう転んでも封竜剣を見つけない事には、滅竜剣も手に入らない」

 

(そういう事だ。だがいくら封滅の剣を手に入れても、扱う者が強くあらないと意味がない)

 

 ロイドは鬼斬破を鞘から抜いた。

 

「だから今、強さを求めるんだ」

 

 気合いと共に鬼人化する。刀を構える両腕に闘気を集中する。

 今の自分に出来る、最も理想的な太刀筋をイメージし、刀を振った。

 次の瞬間、ロイドの目の前にあった木々に、一筋の亀裂が走る。その木々は明らかにロイドの間合いの外にあった。

 

(今のは?)

 

 流石のティアマトも驚かずにはいられないらしい。

 

「鬼人化と力の溜の併用。そして可能な限り無駄を省いた斬撃だ。筆を持つ手が震えるように、剣を振る時も微細な震えがある。太刀筋から、それを無くしたんだ。完全とは言えないが」

 

 木々にほんの僅かなズレが生じた。

 

「鋭すぎる刃と、音速にも達する剣速は、大気を切り裂く衝撃波を生む。だが衝撃波は拡散してしまう。しかし限界まで無駄を省いた太刀筋は、衝撃の拡散を無くし、収束させる。収束された衝撃は真空の刃となり、放たれる」

 

 ロイドは驚かない。しかし端から見たそれは、冗談のような光景だったのだろう。

 亀裂が入った木々が上と下で斜めにズレ、滑り落ちたのだ。

 

(信じられん……)

 

 剣で木を切る時、いくら太刀筋、刃が鋭くても普通ならへし折れる。だが、転がった木々は鉋にでもかけたかのように鮮やかな断面を見せていた。それだけでも尋常ではない。だがロイドはそれを間合いの外から、しかも幾つもの木に、やってのけた。

 

「これは俺の鍛錬の賜。極みの高みを求め、絶えず己を錬磨する者だけが生む芸術、アーツだ」

 

 ズキリと肩が、いや体の節々が痛んだ。今日はもう刀は振らないでおこう。

 

「この技で直接斬れば、イャンクック程度なら、簡単に一刀両断出来るだろう。だが、これは鬼人化とは比べ物にならない程の負担がかかる。一回使えば限界を超えてしまう。だから実戦では使えなかった。だが、アンタの保護の特性。あれも併用出来れば、この技を実戦で使える。

次に目指す高みは既に見えている。ただ道が険しいだけだ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。