刀を鞘にしまい、荷物をまとめて背負う。
ファフニールになぎ倒された木々と、ロイドに切り倒された木々。辺りは最初来た時より開けた印象になっている。
少しだけ、奥まで見渡せるようになった。見渡す先に、森の生き物はいない。ファフニールとゲリョスが降りたった時に、皆逃げてしまったのだろう。代わりに見知った姿があった。
「ソフィじゃないか」
ちらりと、視線の先に映ったシルエット、たくましい馬に跨る少女だ。
ロイドは駆け寄れない。先の技で体が痛むからだ。
幸い、ソフィがこちらに気付き、寄って来た。愛馬のヒースが何かを引きずっているらしく、走ることはしない。ソフィは左手に手綱を握り、右手には弓を携えていた。ヒースが引いている荷物はブルファンゴだ。
「おはよう、ソフィ」
「ロイドさん、おはようございます。朝の自然破壊ですか?」
それは皮肉だろうか。だがソフィの口調、表情からはそういう意図は感じられない。
「朝の運動だ。君は弓を使うのか」
「ええ。前も言いましたが、私それなりに強いんですよ。さっきもファンゴを狩りました」
しかし、ファンゴにしてはサイズが大きい。
「……。こいつはドスファンゴだ」
「そうだったんですか。どうりで手強かったわけだ」
あっけらかんと言うソフィ。ソフィも馬も無傷である。確かに腕は立つようだ。
「私は伝令として、よく村を出るんですが、その際通る山道にランポス等の小型モンスターはよく出るんですよ。そういう時は自分で対処しないといけなかったので、お父さんが弓を教えてくれたんです」
ソフィは馬に乗ったままだ。
「もしかして弓は馬上で使うのか?」
「はい」
馬上で弓を使う場合、両腕が塞がってしまい手綱が握れなくなるので、常に内股で馬の胴を挟み込まなくてはならない。そして走る馬の上から、動き回る的を狙う。見た目以上に高度でアクロバットなのだ。
「ところで、ロイドさん。朝早く目が覚めちゃったんですが……」
少しだけソフィの表情が沈む。
「アーシアさんが、すごくうなされていて……。見ている私が切なくなってしまいそうで」
声には不安が感じられた。
「そうか」
アーシアは強い。誰もがそう思っている。それはフィジカル面での話だ。
だが彼女の心、精神はそうでもない。
時折、彼女は弱さを見せる。
例えば、泣き虫。初めてティアに会った時、ティアに親の死に涙を流し、アーシアも泣いていた。
「アーシアの心は強くない。どこにでもいる、普通の女の子と同じだよ。いや、それより弱い」
「何だか意外です。凛として強いイメージがあったのですが」
初めて会った時から、アーシアは気丈に振る舞おうとしていた。その時はまだ、どこか危うさがあった。
今はその危うさは見えない。目をこらさなければ。
「アーシアのうなされる姿は、いたたまれなくなるな。普段はあどけない寝顔なんだが。だけど寝言連発。エンガチョとか言っていた事もあるな」
そこでソフィが顔を赤らめているのに気が付いた。わなわなと肩を震わせている。
「ロイドさんは、どうしてアーシアさんの寝てる姿を知ってるんですか?まさか、よ……よよ、夜這い、したんですか」
(夜這いだな)
ぶばっ。鼻血が吹き出した。
「確かに、アーシアさんって女の私から見ても可愛いですから」
(ケダモノめ)
黙れ、ティアマト。
「違うっ! 断じて違う」
「全力否定するんですか。まさか、飛燕君みたいな男の子が……」
「誤解だ一緒に仕事すると移動時に野宿するからそれで……」
セリフに句点、句読点を付ける余裕すら、今のロイドには無い。
「からかっただけですよ。ムキになるなんて、ロイドさんカワイイ」
……畜生。今夜は俺も泣いてやる。
ロイドはいつか見た、見てしまったアーシアのうなされる様を思い出す。
仕事での移動中の野宿。テントの外で、徹夜の監視役をしていた時だ。時折聞こえる押し殺した声、呻き。
女子の寝所に入るのは後ろめたかった。
しかし、慣れない地域での野宿には風土病などの疾病は付き物だ。耐性の低さ故にかかりやすい、これらの病は下手をすれば命取りになる。
何にせよ、具合が悪いなら、直ちに何らかの処置を取らねばならない。
そう考えたロイドはアーシアのテントに入り、後悔した。
泣き、怯え、震える。
そこにあった姿は、ボケまくるが、凛としている、いつもの強いアーシアでは無かった。
小さな呻き。
聞き取れた単語、「クラウディア」「姉様」「ごめんなさい」。
クラウディアというのははアーシアの姉の事らしいが、詳しい事は知らない。追求しても、アーシアを傷付ける可能性がある。
ロイドに出来る事は、無い。
ただ黙ってテントから出るだけだった。
「アーシアは心に何かを背負い込んでいるんだ。それが深刻な事なのか、何なのかはわからないが。普段通りに接してやってくれ」
年頃の娘なら悩みの一つや二つあって当たり前。アーシアと年の近いソフィだって、それは同じだろう。
「わかりました。でも、いつかアーシアさんが耐えられなくなったら、その時は……」
「ああ、その時は出来る限りの事はするさ。大切な仲間、友達だからな」
とは言ったが、具体的に何をすればよいのか、見当が付かない。
陽は既に上っている。
「俺はそろそろ町に戻るが」
「私も町に帰るところでした」
ロイドとソフィは並んで歩き出した。ロイドが疲労で歩行が遅れ、ソフィの馬がそれに合わせている。
「ロイドさんっていつも、怪我か肉体疲労かしてませんか」
「鍛えてるんだけどな。並のハンターなら即死するような一撃にも耐えられるんだが……」
例えば、この間の鎧竜戦。踏みつけられた足を刀で受けた。普通なら潰されて圧死だ。耐えられたのは日頃の鍛錬の成果だ。
「即死の一撃を食らわないで下さい。聞いていて冷や冷やしますよ」
よく言われる。しかし、常に危険が付きまとうのがハンターの仕事だ。どんなに慎重に戦っても、受けてしまう一撃もある。
「ソフィはどうなんだ?」
「私はこの子といる限り平気です。このヒースより速い馬はそういういませんし、自分と同じかそれ以上の敵とは戦いません。逃げます。戦うのは、私の仕事ではありませんから」
「逃げるのは正しい選択だ。俺だって駆け出しの頃は、よく逃げ回ってたよ。だけど、今は退くことが許されない時もある」
自分が逃げることで、仲間が危機にさらされる。ハンターのいない村や集落からの依頼の場合、退く事が依頼主を見捨てることになる事もある。そんなのは、耐え難い。
「ロイドさんの考えは分かります。それは強さがあるから言えること。でも自重は忘れないで下さいね」
ソフィの声、言い方は優しかった。ただ、目は厳しい。
「肝に銘じておくよ」