執行人の大鎌。ノアの武器であり、彼にしか扱えない特殊な仕様を持つ。
本来、行商人のノアに武器は必要ない。
彼が武器を持つ理由。単純だ。強さが欲しかった。
ノアは地方の寒村に生まれた。小さな村で市場もなければハンターもいない。何もない平凡な村だ。
まだノアが少年だったある冬に、村の近くに飛竜が現れた。村人達は飛竜が村に近寄らないように音爆弾等で威嚇し、追い払うが効果は薄く、手を焼いていた。
最寄りの町のギルドに依頼はしたが、冬の雪は深く、ハンターもノアの村には近づけなかった。
そこに一人の男が訪れた。男の名前はアシュレイ・ブルーティッシュ。
旅人であり、ハンターであるアシュレイは村の事情を耳にし、雪が吹雪く中をやってきた。
アシュレイは瞬く間に飛竜を討伐し、村に感謝された。
ノアの村は貧しかった。村を救ったハンターに報酬も満足に払えない。詫びる村長にアシュレイは言った。
「俺は村を助けたかっただけで、金が欲しかったわけではない」
その言葉に胸が熱くなったのを、ノアは今でも覚えている。
雪が止むまでは、アシュレイは村に滞在する事になった。アシュレイが村にいる間に、ノアは彼と色んな事を話した。
「金には困っていない。俺が欲しいのは、探求と自己満足だ」
と、アシュレイは言っていた。彼の自己満足とは、ノアの村の様な貧しい村を無償で救う事も含まれる。
ノアもそれに続こうと思った。
だがアシュレイとは少し違う形で。ノアが選んだのは行商人。目指すは戦う行商人。
商人達のキャラバンに参加し、商人としても、護衛としても活躍する。それがノアの望んだもの。
ノアは自分が自分であるために、強さが必要となった。
雪が止み、アシュレイは村を去った。一人息子を町に預けて来たらしかった。
アシュレイの息子はロイドといった。
現在ノアは、成り行きでロイドと行動をともにしている。
クローブの大衆食堂のテラス。ロイドの姿は無い。朝起きた時にはすで彼は出かけていた。
朝食を食べ終え、皆で雑談する。このまま昼まで居座り、昼食も食べる気満々である。
「今日ね。私変な夢見ちゃった。聞きたい?」
ノアが聞くと皆頷いた。
雨が降っていた。
誰もいない街道をノアは歩く。傘は持っていない。
冷たい水が衣服を濡らし、身体を冷やす。心は沈んでいた。理由はわからない。
寒い。疲れた。この身が朽ちても悲しむ者はいない。
ならばここで休んでしまおうか?
ノアの冷えた身体がぐらつく。倒れる寸前、誰かの腕に抱かれて支えられた。ロイドだ。
「お前が倒れたら、俺は悲しい」
思ったより逞しい身体。このまま腕の中にいていいのだろうか。心地良い不安を抱きつつ目が覚めた。
「ちょっと待て。何の話だ?」
底冷えするような声。振り返ると、刀に手をかけたロイドがいた。
どうやら夢の話をしている間に帰ってきたらしい。話に夢中で気づかなかったのは失態だ。
テラスの脇にソフィが馬を停めている。何故か馬はドスファンゴを引きずっている。
「今日私がみた夢の話よ。何、私の夢に出て照れてるの? ロイドったら、カワイイ~」
少し色目を使う。効果テキメン。ロイドは青くした顔を押さえてふらつく。
「悪夢だ。断ち切らねばなるまい」
「まず配役がキモい。私に代えるべきだ」
と、アーシア。今朝は少し沈んでいたが、今はいつも通りだ。
「え、えっと……」
うろたえるロイド。
「……ルトガーと私を。じゃなくてロイドと私を」
「そっちか。ああビックリした」
何を想像したのかは見当がつく。
「クスッ、ロイドも男の子だしね」
意地悪く笑ってやる。もう少しだけからかってやろうか。
「アーシア。ロイドと配役を変えた夢の再現してみようか」
「やだ」
軽く拒否されてしまった。
アーシアの様子にノアは満足気に微笑むと、紅茶を口に含んだ。ひとまずいつもの調子に戻っている。馬鹿話をした甲斐があったというものだ。
テラスの脇からソフィが言った。
「皆さん、今日はイノシシ鍋を食べませんか?」
「食べる」
アーシアが即答した。0,1秒未満の超反射だ。
「では、野菜を仕入れないとな」
ルトガーが立ち上がり、市場に向かって歩きだした。
「じゃあ私も行く」
ノアもルトガーに続く。
「ぐふふ。腕が鳴る」
アーシアがバキバキと指を鳴らしていた。鳴らすの腕であって指ではないはずだが、気にしないでおこう。
ノアはルトガーと並んで歩く。
「ルトガー。アシュレイからの伝言がある。捜し物が見つけたかも、だって」
「そうか。しかし、かもってどういう事だ」
「さぁ。ただアシュレイが見つけた遺跡に剣がある可能性は高いと思う。奥に入れないから、確認出来ないみたいだけど。扉に塞がれる。それを開けるには……」
「銀色の月が必要、か。場所はどこなんだ?」
「東の砂漠。その地下に埋もれた遺跡に、封竜剣は眠っている」
ソフィとビリーは、イノシシ鍋の準備のため食堂を出ていった。
相変わらず食堂のテラスに陣取るロイドは、困惑していた。
銀色の月、ティアは知能が高い。元々飛竜は生物の中でも知能は高い部類だが、ティアのそれはずば抜けている。
ティアの父ティアマトも人語を操る事ができた。黒い太陽、ファフニールも同じだ。彼らは伝説的で特別な存在なのだから、不思議なことではないのかもしれない。
だが、それでもティアの頭脳は圧倒的と言える。何故なら彼女はまだ幼竜のだから。
ティアは知能の高さ故か、様々な事に興味を示す。
今回彼女が興味を持ったのは文字だった。
ロイド達が昼食を注文しようとメニューを広げていると、ティアがそれをのぞき込み凝視したのだ。
最初会った時から人語をある程度理解していたようだった。ならば文字も覚えるだろうか?
興味本位でロイドはティアに基本的な読みを教えてみた。
「あり得ない……」
「ふがふが」
ロイドの呟きにカツ丼を片手にアーシアが同意した。
テリサがティアに、リンゴと書かれた紙を差し出す。それを見るとティアは近くにあったリンゴを翼で指す。
「基本的な字の読みだけでなく、単語まで……。何て学習能力だ」
「ふがふが」
唖然とするロイドに牛丼片手にアーシアが同意した。
「ティアちゃん可愛い。やっぱり貰ってくわ」
テリサはティアにベタぼれだ。無理もない話だ。ティアは飛竜とは言え見た目は愛らしく、人懐っこい。基本的にはやんちゃなのだが、腕に抱いている時は大人しい。それがまた人を惑わし、虜にする。
「ティア、罪な女だね」
天丼を片手にアーシアがしみじみと言う。
「でも、ティアは渡さない」
ビシッと、鉄火丼をテリサに付けるアーシア。
アーシアも相当ティアを気に入っている。ティアもロイドよりアーシアになついている。彼女達はいつも一緒にいる。銀色の月の守護者としては少し悲しく思えるが、微笑ましくもある。
「っていうか、さっきからとんでもないペースで丼食ってないか?」
イノシシ鍋は夕食に食べることになったので、ロイド達は昼食を軽く食べただけだ。
「イノシシ鍋の前の腹ごしらえだよ。空きっ腹で戦はできない」
言いたいことはわかるが、腹を満たしてイノシシ鍋は食えない。ただ言っているのがアーシアだ。彼女ならやりかねない。
「ふががふっふ、むがむがおろろ(でもテリサがティアに全身の骨を抜き取られて、軟体動物みたいになってるのはわかるよ)」
デザートのアンコ丼を頬張りながらアーシアが言った。
ちなみにアンコ丼、味はおはぎに似て美味。
「次は字を書かせてみるか? 筆を翼爪に挟めば何とかなるかもしれん」
「げふっ、ご馳走様」
アーシアが空になったキングサイズの丼を積み上げ、五重の塔を建造した。
「字の書き方は、また今度私が教えてみる」
アーシアの教養は高いので、任せても問題はないだろう。